魔道具の競り市
19.魔道具の競り市
「では他に……エール内で寄りたいところはあるかな?魔道具のチャージも、宿に缶詰め状態であった二週間のうちに依頼して仕上がって来ただろう?どうせすぐに冬期間で冒険者業務は停滞するだろうからと……客である俺たちの分の魔道具は割込みで優先的に仕上げてくれたようだ。俺もパステルも全ての魔道具のチャージは終わっている。」
「はい……俺もエミリアも魔道具のチャージは終わっています。大陸内統一価格で助かっています。」
巧も大きく頷いた。
「だったらもう……エール内で寄るところもないかな?どうせ今日は……エール内の宿に宿泊しないと……馬車では開門時間中に次の城塞都市まで辿り着けそうもない……だが……土産物を買って帰る知り合いはいないのか?
そうだ……エミリアはどうだ?御父上に……土産物など買って行かないのか?」
男爵は巧とエミリアに気遣って、土産物屋へ誘っているようだ。
「はあ……父様に土産物……何も考えていませんでしたけど……ハリキルの特産品でも買って帰ることが出来たら、確かに喜びますね……。」
エミリアがふっと宙を見つめるような感じで視線を上に……
「おおそうか……ハリキルは国の大半が高地にあり寒さが厳しく……冬物の衣類が有名だ。アルパカという高地特有の動物の毛で編んだセーターなど喜ばれるのではないか?」
「いいですね……それを買って帰ります。」
男爵の助言にエミリアは笑顔で頷いた。
「お……俺は……。」
「成程……魔道具の競り市か……そこで大量の魔道具を買い漁った冒険者がいなかったか探りたいのだね?確かにね……巧殿はその若さで随分と多くの魔道具を所有している……しかも一般ではあまり見聞きしないような特殊な魔道具まで……一介の冒険者とは到底思えないともいえるね……。
その出処を探ることで、巧殿の過去へたどり着ける可能性もないとは言えないね。
魔道具の競り市は年に数回……出物が集まった時点で得意顧客や大陸内の名士宛に通達が送られ、ここエールで開催される。だが……次の開催時期はまだ未定だ、うちにも案内は来ていない。
それでも競り市の担当者ぐらいなら顔馴染みで知っているから、訪ねてみるかい?何か聞き出せるかもしれない。事情が事情だから……同情して調べてくれる可能性もなくはないからね。」
巧が魔道具の競り市へ行って、自分が持つ魔道具を見せて競り落とした人物について聞きだしたいと打ち明けたら男爵が大きく頷いた。
「だけど……各界の名士などが絡むと……個人情報を聞き出すのは困難だからね……あまり大きな期待はしないほうがいいかも知れないよ。何年か前に競り落とされた品物かも知れない……程度の情報なら聞き出せるかも……位に俺は思っているのだけれどね。
それだって有力な情報だよ……競り落とした人物像と巧殿が一致すれば、巧殿はその時期にエールを訪れていたことになるからね。そこから辿っていけるかもしれないし、全く別の人物が競り落としたのなら……その人を探せば巧殿の素性が明らかになる可能性が高くなる。はっきり誰それとは聞きだせなくても……何か手掛かりにはなりそうだ。」
それでも個人情報詳細を聞き出すことは、魔道具のような高価な品物だけに難しい面があることも十分言い含められた。
「ぜっ……是非……お願いいたします。」
巧は深く頭を下げ願った。
「分かった……じゃあまずは……競り市関係者のところを回って……セーター購入はその後でも……いや……パステルが案内してあげればいいから、エミリアはここから直接洋品店へ向かうかい?」
男爵はエミリアにも気を使って、視線を振り向ける。
「いえ……巧さんの過去を探ることは、命を救ってくれたお礼として私も協力すると約束したことですので、ご一緒させてください。」
エミリアは競り市関係者のところへ同行すると答え、
「じゃあ……まずは競り市が開催される会場へ向かうとするか……。」
男爵が御者に行先を告げ、全員で馬車に乗り込む。
「ここは……カジノ……ですか?」
巨大な白亜の建物の前に馬車は横付けされ、最初に馬車から降りた巧の目の前には……六尺ほどの高さの鉄柱の上に半球状に編まれた鉄製籠が置かれ、中に数本の薪が入っていて大きな炎を上げて燃えている……かように大きな松明がエントランス左右に数十本並べられ、まだ昼間だというのに豪快に燃え盛っていた。
そうして建物屋根には……カジノと書かれた巨大な看板が……
「魔道具の競り市は……エール内に幾つもあるカジノの中で行われる。どのカジノで行われるかは決まってなく、開催日直前になって出席を返信した参加者の宿泊先へ、カジノ名が記載された招待状が送付される。
魔物との戦闘時に有効な魔道具は、それ自体に骨董的価値もあり、冒険者だけではなく骨董品収集家及び武器マニアなども競り市に参加する……というか、最近では冒険者よりもそういった富裕層の蒐集家の方が熱心な様で、魔道具価格が暴騰気味だ。今では新人冒険者どころか、中堅冒険者ですらも手が届かないまさに高根の花となってしまっているね。
そうして富裕層は……個人情報が表に出ることを極端に嫌う。高価な魔道具蒐集をしていることが知れ渡れば、保管している自宅を狙われる危険性があるからね。だから……皆お忍びなんだ。
カジノへ来店したふりをして……奥で会員限定で開催される競り市に参加するわけだ。勿論、素顔は出さず仮面をつけ、しかも大きな背もたれが付いた座席は前向きで動かせず、窓のない会場内は照明を最小限にして人物特定が容易ではないよう気遣っている。競り落とした場合でも番号で案内されるのみで、名前など一切明かされない。
競りが終了して金額を振り込むと、後日商品が自宅へ配達される……だから会場から手荷物をもって帰宅するなんて目立つようなこともないわけだ。」
男爵が魔道具の競り市事情を詳細に教えてくれた。
「はあ……すごく個人情報に敏感なのですね……。」
エミリアがため息を漏らす。
「ああ……競り市参加……イコールお金持ち……という事では決してないが、骨董的価値が高く高額で競り落とせた人物は、やはり金持ちだ。バイヤーとして人気の出る骨董性の高い魔道具を競り落とし、自国へ持ち帰って高値で自国の金持ち相手に転売をする者も以前いたようだが……価格暴騰の一要因として競り市側がバイヤーを締め出した。
競り市で競り落とした魔道具を売る時は競り市に買い戻してもらう以外は転売禁止という法律を、大陸内全ての国で施行するよう働きかけた。まあ闇で……転売することまでは防げないだろうが、せっかく買い取った高価な魔道具を誰にも自慢して見せられないのは蒐集家として物足りないだろうから、一定の抑止力にはなっているはずだ。
だから余計に……競り落とせたら即金持ちという式が成り立ってしまい、過敏になっているということだ。
そう言った事情だから……カジノ内では魔道具のことは小声でも話さないようにね。知り合いを見つけたら、どこか話せるところまで場所を移すつもりだからね。」
男爵はそういうとカジノの大きなドアを開け中へ入っていき、動物は入れそうもないのでエミリアはアルルとぺリルを馬車の客車へと戻した。
カジノの中は入り口付近には数列にわたってスロットマシンが並び、多くの客たちがコインを入れレバーを引いては一喜一憂していた。
男爵の背中を追ってさらに通路を中へ進むと、今度は右手にはルーレットテーブルが幾台も並び、左手にはポーカーテーブル……その後も通路左右にはカードゲームの台が幾つも並び、客が歓喜の声を上げたり落胆のため息を漏らしたりする様子が歩きながらでも間近にうかがえた。
「ハーシェル・ケンリッヒだが……支配人はいるかい?」
カジノ最奥の両替所横の案内カウンターで、男爵が受付嬢に声をかける。
「はあ……少々お待ち願います。」
受付嬢はすぐにカウンター奥のドアから中へと引っ込んでしまった。
「おおっ……これはこれは……ケンリッヒ男爵……いかが致しました?今頃の時期にいらっしゃるとは珍しい……魔道具の競り市だって、当分冬ごもりで行われませんよ。」
しばらくして恰幅のいいスーツ姿の中年男性が受付嬢とともに現れた。男はすぐに男爵の姿を認め、人懐っこい笑顔を浮かべながら近づいてきた。
「おおっ……支配人……久しぶり。実は折り入って頼みごとが……ここではなんだから……場所を変えて……。」
「はっ……はあ……分かりました。では、支配人室へ参りましょう。」
男爵に耳打ちされ、支配人はすぐに出てきたカウンターの裏側へ皆を導き、ドアを開け中へ入っていった。
中は細長い廊下で、支配人は左右のドアには目もくれず奥へと歩いていき、一番奥の廊下の突き当りのドアを開けた。
「ここなら誰にも話の内容を聞かれる心配は御座いません。いかが致しました?」
支配人は男爵の話しぶりから深刻な内容であることを察したのであろう、完全な人払いが出来る場所を提供してくれた。
二十畳ほどの部屋の中には一番奥に支配人と名札が付いた木製デスクが置かれていて、入ってすぐ右手には会議用なのか壁側に黒板が配置されその前に十人掛けほどのテーブルと椅子が置いてある。左側の壁には台帳などが入っているのか、棚にはびっしりと書類のファイルが並べられている。
「給湯室は別なのですが……お茶くみを呼ぶ前に、まずはお話を伺いましょう……。」
支配人は皆をテーブルの席へと招き、皆が席に着く……。
「実は……俺は五年半ほど前に………………」
事情も話さずに情報は引き出せないだろうと、巧が記憶喪失の状態で発見されたことと、それからしばらくして命を狙われたこと、そうして事情を探るために過去を見つけようとしていることを打ち明けた。
「それで……俺が所持していた魔道具なのだが……これらの中には珍品として高価なものも含まれていると聞いている。そういったものを扱っているのはここ……競り市だけということで……この品を競り落とした人のことを調べられないだろうか……。自分の過去を知ることで、命が狙われる理由を知りたい。」
巧は自身の冒険者の袋から、次々と入っているすべての魔道具を取り出して支配人に見せた。
「ははあ……成程……確かに……一人の冒険者がこれだけの魔道具を持っているというのは非常に珍しい。なにせ高価ですからね。しかも……退避豪に……これは……極寒?こんな珍しいものまで……魔道具使いというわけではないのでしょう?甲冑を着て帯刀されているし……剣士ですよね?なのにこれだけの魔道具を持っている。
ふうむ……確かに珍しいですよね。競り市に出品される魔道具は盗品でないことを確認するために、厳格にその出処を調べ過去の所有者を少なくとも十代前までは遡ります。私も数々の魔道具の所持者の経歴を調べましたが、かような方は初めてですね。
剣士でも炎と水の魔道具を持っているとか、弓を扱うが雷撃の魔道具を持っているなどと言った冒険者の方は結構多いですけれどね……これだけの数の魔道具を持っていられたなら魔道具だけで十分に戦えるのではないでしょうかね?」
支配人は首を傾げ、魔道具と巧を順に何度も見返した。巧も素性を知りたい気持ちがあるのか、支配人室に入ってから兜は外して素顔を晒している。
「ふうむ……先に断っておきますけど……事情は分かりましたが協力はできませんよ。ですが……うちの競り市に出展され競り落とされた品物かどうか位は見て差し上げます。」
ふっと息を吐いてから支配人は徐に切り出した。
「うん?協力できないとは?彼は信頼できるぞ……俺もまだ出会って二月しか経ってはいないが、それからずっと行動を共にしてきて、魔物の巣窟を掃討したし魔族だって打倒してきた。命のやり取りをする場で背中を預けられる人物だ。
だから……俺に免じて協力してやって欲しい。」
男爵は巧に代わって頭を下げた。
「そうしたい気持ちは山々なんですがね……ご存じかどうか知りませんが冒険者の袋……これも遥か太古から利用されていて……骨董価値のあるものも中にはあるそうでして……おおっ……巧さん……あなたが持っている冒険者の袋は……まさにそれだ。その……巾着袋の様に口を紐で縛って閉じるタイプ……。
通常の冒険者の袋は皆さんがお持ちの様に、がま口財布のような金具が口元について開閉するではないですか……だからがま口金具より大きな袋は作れない。それでもその昔は大物……牛系魔物の太い後ろ足を丸ごと収納できるような袋が望まれていて、巾着袋方式の袋が存在したようですね。
ですが現在はがま口金具の袋しか生産されておらず、しかも供給先は冒険者に限られるようになり、使用していた冒険者が亡くなった後は、組合へ返却するように変わりました。そこで……一般でも所有できる旧式の冒険者の袋は重宝されていて、今では魔道具と同様に競り市に出品されることもたまにはあるのです。
実は三年ほど前に……今の巧さんと同じように記憶を失ったという若い冒険者が競り市会場を訪ねていらして……自分の名前すら覚えていない重症な記憶喪失なのに、夢にきんちゃく方式の冒険者の袋が浮かんでくるという……。
冒険者ですらほとんどその存在を知らず……一般の方が知る由もない袋だから……それは恐らく記憶を失う前に所持していた袋ではないかと……丁度同じ時期に出回った袋があり、競り落とした方を教えたらしいのです。」
支配人は申し訳なさそうに、後頭部を掻き掻き打ち明ける。
「へえ……なんだかどこかで聞いたようなお話ですね……まさか巧さんではないですよね?」
「勿論だ……ハリキルへ来るのもエールに来るのも記憶を失ってからは初めてだし、三年前だと王都のイーストリバーの河川敷魔物を掃討していた時期だから、王都東の冒険者組合へ行けば俺が当時王都にいたことは確認できるはずだ。」
「ああ……そういえば……三年半ほど前まではウエストリバー河川敷魔物を掃討していて……受付の方も覚えておいででしたよね……冒険者の袋の副使用者設定がされていなくて、期限を超えると使用禁止とされてしまうから何度も請求されたようなことを仰っていましたね。」
エミリアの問いかけに巧が答え、エミリアも頷いた。
「教えたのはうちじゃあありませんでしたがね……まあでも……冒険者の袋は登録した本人にしか使えませんから……競り落としたとしても中身は取り出せませんし、冒険者組合へ持ち込まなければ結界を再設定して使用することは叶いません。しかも冒険者以外は組合が断るので再設定は出来るはずもない。
もし記憶を失ったという青年がその袋の持ち主だったなら、中から本人の身元が分かるような品が出てくるかもしれないと考えて親切心から特例で教えたらしいのですが……ところがそいつは金持ち狙いの強盗団の一員だったのか……教えた翌日に競り落とした方のお屋敷が強盗被害に遭いまして……家人は全員殺され火まで放たれ全焼する始末。
そのことが公になり、それまでは競り市を担当したカジノでそれぞれ持っていた競り市の伝票など全て本部に集められ、金庫で厳重に保管されているのです。だから……例えこれらの品がうちのカジノの奥の特設会場で競り落とされていたとしても、今では調べようも御座いません。
ですが転売防止のために……競り市に出品された品は全て管理番号が付されており、特殊な魔道具で照らせばどこの競り市会場に出品されたのかとその時期程度までは分かります。何度も競り市に掛けられていればそれだけの来歴も辿れるでしょう。私にできることはそこまでですが……調べてみましょうか?」
支配人の顔から笑みが消え、真顔で巧に視線を移した。
「ぜっ……ぜひお願いいたします。」
「承知しました……では……えーと……どこにしまったかな……。」
支配人は立ち上がって棚の引き出しを色々と開け始めた。
「あった……これだ……。」
真っ黒い直径一寸ほどで長さが三尺の円筒を取り出してテーブルまで戻って来た。
「この先で照らせば……………………」
支配人が円筒を巧が取り出した魔道具の上へ次々に掲げるが、何も起こらない……
「ふうむ……………………」
支配人は魔道具を裏返しにしてもう一度試したが、やはり何も起こらない……
「本来ならば、この魔道具で照らせば普段は見えない数字が浮かび上がって見えるのですが……競り市に一度でも掛けられていた場合は……ですよ。何も浮かび上がってこないところを見ますと……これらの魔道具は全て、競り市を通さずに巧さんの手に渡ったということになります。は……あ……こんなこともあるのですね。
魔道具は知り合いから譲って頂いたり……一番多いのが師匠から弟子へ、あるいは親から子へと受け継がれる場合……他には犯罪がらみで、襲ってきた賊を捕らえて冒険者組合へ引き渡し、押収品から魔道具を正式に受領する場合……等ございますが、多かれ少なかれ一度や二度は競り市に掛かっている筈なのですがね。
まあ……転売防止のためにこう言った管理番号を付与するようになったのはかれこれ二十年ほど前ですから、それ以前のことまでは分かり兼ねますがね……。」
支配人はふうっと大きなため息をついた。




