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ようやく解放

18.ようやく解放

「は……あ……ようやく……ようやく連日の宴から……解放されるのですね……。」

「ああ……長く辛い……二週間だった……。」


 エミリアも巧も憔悴しきった様相でロビーへ降りてきた。成人であっても飲酒時間や量まで制限されるハリキル国内にあって、特に戒律重視のスムープ内でも毎晩開かれる宴席は勘定外なので、宴の後で二次会とばかりにルームサービスで酒を頼んで飲み続け、男爵とボーグル及びブルだけは連日上機嫌だった。


 国賓が集う宴に甲冑の兜を付けての出席は無礼ということで、連日の宴の際には兜を外していた巧だったが、そのうちに脇に抱えることをやめて宴出席の際は部屋に兜を置いていくように変わっていった。


 どのみち厳重に身元確認されたホテル従業員のほかは政府要人の来客以外と接することはなく、命を狙われる危険性はほぼ皆無と判断……その上飲酒しない巧は、今の状態ならばふいに襲われても十分対抗できる自信もあるのだろう……それでも出された飲み物及び食事には一切手を付けず、好き嫌いが激しくアレルギー持ちということで通しきった。


 そうして信頼できる仲間内と一緒の部屋の中では、兜を付けずに生活するようになり……恐らく巧にとって記憶を失ってからの五年間で、ようやく信頼に足る仲間と出会えたと思えているのだろう……巧のトラウマがこのまま改善していって、仲間と共に同じ鍋をつつけるようになるといいとエミリアは巧の変化をうれしく感じていた。


 さらに……


「おおっ……ふむふむ……次の段階への入り口には到達したみたいだね。こんな短期間でここまで進むとは……ゼーンの修行僧らの話では、幼いころから修行に励み数年で無の境地に入りそこから十年ほどで命題が解けるようになると聞かされていたから、俺とパステルも早い方だと自負していたのだが……まさに神がかっているくらい早いね。」


 宿での缶詰が続いた十日目……やることも他にないので巧もエミリアも食事と鍛錬と就寝時以外はほぼ修行に励んでいたのだが、毎日行う成果確認時に巧が命題を解きかけていることが判明……男爵が目を大きく見開いて驚いていた。


「すごいですねえ巧さん……どうやって解いたのですか?」


「うん?いやあ……どうにも……入るわけもないから……だったら籠をでかくしたらどうだって考え……橋が入るくらいの鉄籠を編めるかどうか……鉄材をどうやって加工して籠にするか真剣に考えて……でもそんな籠持ち運べないしなあってなって……だったらどうする?どう運ぶってことも考え……色々と試行錯誤している。


 そうやって伝えたら、命題の第一段階は終えたって言われた。まだまだ解には至らないけど少しは進んだようだ。」

 巧が後頭部を掻き掻き答える。


「へえ……成程……そういった思考もありなのですね?私も……頑張ってみます!」

 エミリアも巧の成長にかなり奮起された様子だ。


 うれしい知らせは他にもあった……


「ええっ?本当ですか?ようやく……平和に……。」


 スムープでの宴の最終日……招待客として出席していた外務大臣が、ボーキサイ、メンドー、スーバキ、ターメリア四国連名で、戦争終結の報が一週間遅れで届いたと教えてくれた。講和条約が結ばれ双方和解し戦争終結となり、しかも賠償金など一切発生しない平和的和睦となったようだ。


 和睦内容を聞いた限りではどうやらエミリアの提案が完全採用されたようで、ボーキ海へのボーキサイ国内からの川の水の流入を止めない……農業用や生活用に使用せず、これまで通りにため池を作って水を使用する代わりに、夏場で水源が枯渇する事情を考慮し、メンドー及びスーバキ両国は必要量だけ農産物をボーキサイ国へ無償で提供することとなった。


 これはエミリアの賠償請求なしでの和睦よりもさらに条件が良く、恐らく川の水量を制限されたことによりボーキ海の水位が大幅に下がり、これまでのボーキサイ国の影の努力が顕在化し認められたということで、ボーキサイ国側の勝利とも言ってもよい内容に感じられた。


「お知らせ頂き感謝いたします、本当に有難う御座いました。」


「いえいえ……送付されてきた講和条約の写しの文書に加えて、ボーキサイ国王様からハリキル王あての親書が御座いまして、戦況悪化で国力も乏しく全面降伏しかないとまで至った時に、エミリア様からの提案を受けて交渉開始したところ、全てが逆転したかの如くうまく回っていき、講和条約を結ぶことが出来たと……。


 今回の魔王の羊皮紙の件もあり、エミリア様はボーキサイ国を二度お救いになられたと……帰国された際には直接お会いしてお伝えするが、とりあえず感謝の意を伝えて欲しいと記されていたそうです。本当に……ご苦労様でした。」

 仕立ての良いスーツ姿の外務大臣が満面の笑みを見せ、エミリアを称える。


「いえ……そんな……私なんて、本当に大した事はしていないのです。この旅もほとんどが巧さんの活躍のおかげで何とか切り抜けてこられましたし……巧さんが怪我をしてからは男爵さんたちチームの支えのおかげで……ですが本当によかった。お忙しい中、わざわざお教えいただき御礼申し上げます……ありがとうございました。」


 エミリアを絶賛する外務大臣に対しエミリアは謙遜し、深く深く頭を下げた。これでエミリアの心配事が一つ解消した。

 すぐに巧にも男爵たちにも報告し、喜びを分かち合った。



「巧さん……これをどうぞ。」

「うん……これは?」

 受付ではハルクが宿を引き払う清算手続きをしていたが、ベルンが巧のもとへ寄ってきて一枚のカードを手渡した。


「この後ハリキル国内で冒険者活動をなさると仰っておりましたが、ハリキル国内のどの宿でもご使用いただける宿泊カードです。ご宿泊の際はぜひご使用ください。さすがに予約なしでスイートは……埋まっていて恐らく宿泊できないとは考えますが、それでも上等な部屋でも無償で宿泊可能ですので……ご活用ください。」


 ベルンがハリキル国宿泊カードと書かれた部分を指し示しながら説明する。


「いやあ……そこまで甘えるわけには……今回の二週間の滞在及びハリキル国内での豪華な馬車及び宿での豪華な部屋での宿泊……これらは我々が受けた仕事の報酬に含まれていると考え甘えさせて頂いていたが、これからは一個人としてハリキル国内で冒険者活動を行う。だから……宿泊に際しても自分で宿代を支払うのでご心配なく。


 街道脇での野宿禁止ということを心配なさっているのであれば、法で禁止されているのであればやむを得ずちゃんと宿をとるのでご安心を……勿論その……野外での不遜な行いも決して行わないので……。」

 巧は宿に宿泊するし宿代は自分たちで支払うから心配無用と突き返す。


「いえいえ……そんな……巧様達にはまさにこの世界をお救い頂いたという功績が御座いますから……それに少しでも報いたいという聖教会挙げての気持ちですので、なにとぞお納めください。


 なにより……ハリキル国内では巣窟拡大に伴い里山から魔物が下りて来て作物や家畜及び人間に対して被害が発生しない限り、鳥獣及び魔物保護法という法律が御座いまして、殺傷が禁じられております。国の大部分が標高八千尺以上のハリキルでは丁度今の時期の山間部は既に積雪も始まり、冬眠準備を終え既に冬眠に入っている個体も多いでしょう。


 その為恐らく多くの冒険者組合で魔物討伐の依頼はほぼ皆無ではないかと……魔物討伐依頼が多く発生するのは冬眠明けの春先が多いのです……腹を空かせて動き回るものでね……今は……都市部であれば都市間を移動する隊商の護衛業があるかも知れませんが……雪深くなる冬期間は都市間の移動自体も減少致します。


 ハリキル国内の多くの冒険者は専業ではなく兼業で、冬の間は期間工として働き口を求めるか、実家の商売を手伝うものが多いようです。専任として修練を積めない為か未熟なものが多く、魔道具に頼る節が御座いまして、魔道具屋は流行っておりチャージ依頼は一月待ちなどざらにあるようですが……実際のところ仕事は少ないのです。


 その為もあり……大規模に発展した魔物の巣窟掃討時には北の勇者である男爵様たちのお力添えが必要になってしまうほどに……冒険者の質は低下しております。


 その上……ご存じのようにハリキル国内では宿代もボーキサイ国に比べて高額でして……相部屋でも一泊銀貨十枚はくだらないでしょう。そのため……今の時期ですと冒険者としての稼ぎでは宿代すら出ないことになってしまいます。


 世界存亡の危機を未然に防がれた最大の功労者であるお二人に、かように不自由な思いをさせるわけには参りませんから、どうか……このカードをお使い願います。」

 ベルンはそれでも何とか巧の手にカードを握らせようと押し付けた。


「いやあその……そのような事情があるのであれば……今回ハリキル国内での活動は……差し控えさせていただき、男爵らとともにボーキサイ国へ帰ることに致します。ハリキル国での活動は……来年の春にでも再度訪れるとします。


 エミリアも……それでいいか?」


「はい……お話を伺う限り……仕事はなさそうなので仕方ありませんわね。」

 巧は今回ハリキル国内での活動はあきらめエミリアも了承した。


「そうですか……承知いたしました。ですが来春の活動時には……ハリキル国内での魔物の巣窟は高山にありますので……早めに入国頂き体を高地に慣らしてから活動されるよう、お心得下さい。そうしなければ高山病と言って……酸素不足で倒れてしまう場合がございますのでね……。


 男爵様たちは日頃からボーキサイ国の北部山脈で活動されておりますが、それでも活動拠点はサントスですから……サントスから直接入国なさった際には、一週間ほど活動せずに体を慣らしてから山へ向かわれます。お気を付けください。」

 ベルンも納得し笑顔を見せ、更にありがたい助言をくれた。


「成程……確かに……。」


 巧は北部高原での魔族がいた魔物の巣窟掃討時のことを思い出し、確かにいつもに比べて疲れが速い状態であったことに対し、納得がいった。山自体は八千尺級でも巣窟自体は六千尺程度だっただろうが、それでもかなり体の負担が大きくすぐに息が切れ、その場にへたり込みたい気持ちを今一度奮い立たせて魔物に向かって行ったのだった。


 国の大部分が八千尺以上で、さらにそこから山へ入って行って巣窟の魔物掃討を行う事の困難さを改めて認識した。


「ご助言有難う御座いました。」

 巧は素直に頭を下げ


「いえいえ……土地柄が御座いますからね……戒律の名目で……酒量を制限している理由も、実はそこにあるのです。高地ゆえに酔いも早く、それでも普段通りに飲もうとする方が多いものですから旅のお方が悪酔いして、病院へ担ぎ込まれる事も多く、命の危機となる場合も少なくありません。それ故に……制限せざるを得ないのです。」


 ベルンは高地ゆえの事情なので仕方がないとばかりに笑顔で応じた。



「成程……冬期間は冒険者としての仕事はハリキル内ではほとんどなさそうか……確かに……この国から依頼があるときは春先か初夏が多かったね……どのみち冬期間は国境の山岳地帯がほぼ閉鎖状態だから、依頼がなくても違和感はなかったが……そうか……そういった事情があるわけか……。


 では仕方がない……一緒に帰ることになったね……まあそれでも……ハリキル国内は馬車の中で修行の状況をみられるからよかった。それに……そろそろ急がないと、国境付近が積雪で封鎖される恐れがあるからね。」

 スムープを出てエールの冒険者組合へ向かう馬車の中で打ち明けると、男爵が大きく頷いた。


「はっ……よろしくご指導のほど……お願いいたします。」

 巧が軽く会釈する。


「私も……パステルさん……よろしくご指導願います。」

「任せて……しっかり頑張ろうね。」

 エミリアもパステルに会釈し、パステルも笑顔を見せた。



「はっはい……四本腕の魔族の収監ですね……会長より伺っております。すでに聖教会より結界術師の方に来て頂き、牢屋の方は施術済みですので、直接収監部屋の方へ収容をお願いいたします。」


 エールの冒険者組合へ出向き受付カウンターで男爵が魔族を倒して持ち込んだことを告げると、組合の待ち受けホール内に集う冒険者らがどよめき、視線が一斉に集まって来た。


 それでも受付嬢は魔族収監を待ち受けていた様子で、すぐにカウンターから出て来て組合建物の外へと向かい、入り口横の下り階段の先の重厚なドアの施錠を外し、地下へと降りていき巧たちも続く。


 ベルンが言っていた通りに受付カウンター後部の掲示板には仕事の依頼票の掲示が全くなく、巧が魔物討伐の仕事がないか聞いたが恐らく春まで一件もないだろうと受付嬢に謝られた。


 ではなぜ仕事もないのに組合事務所に冒険者らが入り浸っているのかと男爵に巧が歩きながら尋ねると……別の仕事をしていても仲間と疎遠にならない様、仕事の合間に組合事務所に集う冒険者も多いようで、それ以外では冬場でも他の仕事に就かず護衛業などを求めて事務所に集う冒険者チームもそれなりにいるそうだ。


 冒険者組合は規定により二十四時間営業であり、仕事依頼はなくても喫茶部は営業しているからそれなりに儲かるらしいし、何よりハリキルの仕事は元々物価が高いせいもあり依頼料が高額らしい。



「こちらの……一番奥の部屋へ収容願います。」

 受付嬢は両側に牢の部屋のドアが並ぶ地下廊下を奥まで進み、最奥の部屋のドアを開けて収監を願った。


「ではまず俺が……胴体を降ろします。」

 巧がひときわ大きな冒険者の袋から、巨大な魔族の胴体を取り出し床に仰向けで置いた。


「じゃあ順に……手足を置いていってくれ……俺が最後に首を置く。」

 男爵の指示のもと、それぞれ冒険者の袋に収納していた腕や足を配置していく……床には段々とパーツが集まり、四本腕の魔族の形が出来上がっていく。



「ようしっ……首を取り出して置くぞ……置いたらすぐに部屋を出るから……すぐに扉を閉めて鍵をかけてくれよ。首を置いたらすぐに再生が始まるからね。」


 男爵が自身の冒険者の袋から魔族の首を取り出し床に並べるとすぐに部屋を飛び出し、待ち構えていたボーグルが扉を閉めて受付嬢が施錠する。


「ふうっ……これで一安心だな。では……清算に入ろう。」

「かしこまりました。」

 すぐに階上へ戻って組合事務所にて清算に入る……



「ええっ……これはちょっと……多すぎませんか?男爵たちが受け取らずこちらへ全て回したとしても多すぎ……振込間違いですかね?受付嬢に確認しないと……そもそも我々だけで受け取るわけにはいきませんから……。」

 清算後に入金伝票を確認して巧が驚く……


「待て待てっ……間違っていないぞ。以前言ったと思うが……巣窟の魔族を殺した場合は作法に則り首と胴体を離して埋め……申請すると金貨一枚だが、生きたまま持ち込むと金貨は十枚だ。意地を張って死を選ぶ魔族が増えた為に一時期礼金額は減ったが、今はまた元の水準に戻っている。ボーキサイだけ異常なんだ。


 だから……山分けで金貨一枚と銀貨五十枚ずつ配分で間違いがない。手数料一割を差し引くから実質九枚だからね。


 更にハリキルは物価が高いせいもあり、魔物肉や毛皮の引き取り値もボーキサイのおよそ二倍ほどだ。だが魔道具のチャージ料は大陸内統一価格を謳っているから、魔族収監の礼金は大陸内では統一されている。


 尤も……ハリキルはボーキサイに比較して物価は十倍ほどだから、魔物肉なども十倍で引き取ってもいいはずなのだが……そこはそれ……冬期間は開店休業に近い状況でもあり……その補填として帳尻合わせしているのさ。」


 カウンターへ歩き出す巧を、急いで男爵が引き留めた。男爵たちにアドバイスを受け、魔物肉も半分ほどは残しておいて二人目の魔族収監時に精算することとしていたのだ。


「ああっ……そっ……そうでしたか……すみません。」

 巧も以前聞いていた話なので、うかつだったと恐縮気味に謝る。


「だが……だからと言ってハリキル内でやたらと魔族討伐に走るなよ。ハリキル内では討伐依頼が出ていない魔物巣窟の掃討は法律違反だからな。ボーキサイの様に討伐依頼が出ていなくても魔物は人を襲う危険性があるから問題なしとは認めてくれない。


 特に魔族が絡むと……魔族は基本的に人間との争いは避ける傾向があるから、自分が管轄する巣窟の規模は絶対に大きくしない様……細心の注意を払っている。ハリキル内では特にね……。


 だから魔族が潜む巣窟が討伐対象となることなど、ほぼない……まあ魔物化したとは言え元は家畜や獣……勝手に里へ降りて田畑を荒らしたり人を襲ったりする場合もなくはない。


 そう言った不慮の事故的案件以外で討伐依頼がかかることはほぼないから……魔族がらみの仕事はハリキル内では期待しないほうがいい。」

 男爵が巧が先走らないようにと、忠告気味に伝える。


「そうでしたか……十分肝に銘じておきます。」

 これは先ほどベルンに聞いた話の内容に近く……巧はハリキル内での冒険者活動は容易ではないと、改めて認識した。


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