羊皮紙返還
17.羊皮紙返還
宴は……王宮横の迎賓館で催され確かに正装した男女が集うような場ではなく、それでも列席者は国王陛下はじめ王妃に王子と王女……内閣総理大臣のほかには閣僚が十名ほど……先ほど巧たちを訪ねた大臣二名と冒険者組合会長もいた。
甲冑に帯刀はせず兜は脇で抱える巧に革ドレス着用のエミリアは目立たぬよう末席を願ったが、主賓である巧とエミリアは国王一家と同じテーブルに導かれ会話に困っていると、他の席からハルクや男爵がやってきて会話に加わってくれた。それだけ重要な案件を担ってきたのだと……今頃になって背筋が寒くなってきたエミリアだった。
出された食事に手を付けない巧は、好き嫌いとアレルギーが多すぎて自分で調理した食事以外は口にできないと紹介され、エミリアはこういった堅苦しい場所に出席しないで済むアルルとぺリルのことをうらやましく感じるのだった。
宴は戒律に則り宵の口前には終了し、ようやく解放されホテルのスイートに戻り、男爵らは宴の続きとばかりにルームサービスで酒とつまみを注文し、巧とエミリアは自室で修行に励んだ。
「ここが都市国家スムープ……?」
翌朝迎えの馬車に乗り込み四半刻ほどで、見上げるほどの石造りの高い塀に囲まれた都市国家スムープ正門に到着した。
客車の窓から見まわすと、まだ早朝というのに門前で入国を望む信者らの長い行列は遥か見えないくらい先まで続いているようで、これでは今から並んでも通門できる順が回ってくる頃には閉門時間になっているのではないかと心配される位に、門を通る人々の列が進むスピードはゆっくりだ。
勿論召喚された客である巧たち及びハルクたちが乗る馬車は、衛兵らによる検閲も何もなくそのまま通過……高い壁の中は石畳の道路と石積みで造られた四、五階建てほどの四角い建物が建ち並ぶ……エールの街中とさほど違いはなかった。
だが……石積みのビルが立ち並ぶ広い大通りの先には……ひときわ目立つ鋭角の高い三角屋根を持つ大きな建物が、正面に待ち受けているように鎮座していた。青い屋根瓦に真っ白な壁……上側が丸く加工されたステンドグラスで人物や建物、動物などが描かれた窓が美しい建物は荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「正面に見えるのが聖教会世界本部の建物よ……私たちの最終目的地ね。」
パステルが指さし告げたように、馬車は迷いなく直進し正面の建物に向かって行く……そうして正面玄関前に横づけで停車した。
「ようこそ……聖教会へ……」
すぐさまフード付きの真っ白いローブを羽織った僧たちが、待ち構えていたかの如く玄関から出て来て巧たちを迎える。
「ありがとうございます、私ボーキサイ国王都聖教会司祭のハルクと申します。」
「おお……ハルク司祭……お久しぶりです……。」
すぐさまハルクが馬車から降りて来て出迎えてくれる僧侶に応じ、ハルクと顔見知りの僧侶が後列から声をかけて来た。
「おお……ベルン司祭……お久しぶりです、ご無沙汰しております。」
ハルクも満面の笑みを見せ、列の前面に出てきたベルン司祭に会釈する。
「枢機卿らがお待ちです……さっ、こちらへ……。」
ベルン司祭に促され、一行は見上げるほどの高さである両開きの木製の厚い扉から教会内へ入っていった。
「うわあ……すごい……。」
エミリアの口から思わず感嘆の声が漏れる……
教会内は天井がなく遥か高い三角屋根の裏側を支える梁までが見通せる造りで、屋根の所々にはステンドグラスで彩られた天窓が施されていて、そこから漏れ入る日の光が白い内壁に反射し、教会内を緩やかに照らしていた。
「こちらです。」
ミサなどに参列するための木製長椅子が左右に何列も長く並ぶ中央通路を、ベルンは時折後方を確認しながらゆっくりと奥へと歩いていく。エミリア達は教会内部の造形美をゆっくりと味わいながら眺めることが出来た。
正面壁には聖教会のシンボルである大きな円を取り囲むように幾つもの波のような突起が配置され、幼いころのエミリアはそれが生き物図鑑で見たライオンの鬣だと思い込んでいたことを思い出し苦笑いした。母がこれは日輪と言って燃え盛る太陽の炎……コロナを模しているのだと教えてくれたのだが、幼いエミリアはライオンさんだと信じて疑わなかった。
右手奥には高いものでは百尺はありそうな長いパイプが並んだパイプオルガンが配置されていて、左手奥にはミサを執り行う牧師が立つ教壇が配置されている。
「ささっ……どうぞ……。」
ベルンは教壇左奥の壁にあるドアを開けて、エミリア達を中へ誘導……その先は奥まで続く長い廊下であった。
廊下は左右の壁の六尺ほどの高さに配置された燭台に立てられた蝋燭で照らされ……左右の壁には木製のドアが一定間隔に配置されている。恐らく司祭らが集う部屋があるのであろう……。
ベルンは廊下の奥にまで歩いていき、廊下の終点の壁にある木製ドアの前に立ち止まって振り返った。
「トーレンス枢機卿がお待ちかねです。」
ベルンは振り向きざまにそう言い、後ろ手でドアを開けた。
「さっ、お入りください。」
内開きのドアに沿って後ずさりするように部屋へドアと共に入ったベルンは、左手で皆を中へと促す。
「ようこそいらっしゃいました。私、当教会の幹事を務めさせて頂いておりますトーレンスと申します。
この度は当教会の管理不足から皆様方の御手を煩わせる事態となってしまい、大変恐縮するとともに多大なるご助力に感謝の意を表させて頂きます。本当に……ご苦労様でした、そして……ありがとうございました。」
巧たちがぞろぞろと部屋の中に入っていくと、大きな黒檀製のデスクの向こうに腰かけていたトーレンス枢機卿はすぐに立ち上がり、左へ少しずれると腰を折って深々と頭を下げた。真っ白で袖に袂が付いたローブのような法衣姿の枢機卿は、短髪の白髪頭に丸眼鏡をかけている老齢男性。
二十畳ほどの広さの執務室は、入ってすぐ右手に会議用だろうか六人掛けの木製テーブルと木製の折りたたみ椅子が備えられ、左手入り口ドアのすぐ向こうには給湯用の小さな流し台と隣には茶箪笥があり、さらにその奥には木製の棚があって書物がずらりと並んでいた。だが応接用のソファやテーブルもなく極めてシンプルな印象の部屋だ。
「どうぞお掛け下さい。」
ベルンに促され巧たちが木製椅子に腰かけるが、椅子は六脚しかないので足りない……ハルクもベルンも座れず、アルルとぺリルはそのまま床に座り、枢機卿は自分のデスクからキャスター付きのデスクチェアーを持ってきた。
「椅子が足りない様なので他の部屋から持ってきて下さい。」「はっ。」
ベルンは他の司祭に椅子を持ってくるよう指示を出し、自分は流し台で茶の準備に入った。
「大司教がお見えになり次第、魔王の羊皮紙の返還式と水晶柱への封印を執り行いますので、しばしお待ち願います。」
枢機卿がデスクチェアーに腰かけながら会釈した。
「どうぞ……」
ベルンがティーカップに紅茶を入れて各自の前に差し出す……辺りが紅茶のいい香りに包まれた。
「ボーキサイ国北部山脈の魔物の巣窟では、大型の牛系魔物の群れに突進されたり、更に体高十尺はあるような巨大狼系魔物を打倒し、加えて四本腕の二刀を操る魔族に遭遇……等々……大変なご苦労をされたようですね。
よくぞご無事でおいで頂きました。全ては神の御心によるものと……感謝いたしております。」
どうやら昨晩王様出席の宴の席で男爵が語った武勇伝は、こちらにも伝わっている様子だ。
「どうやら魔族側には魔王の羊皮紙の存在は知られているようで……今回の旅の道中を襲う為の二重三重の策が講じられておりました。ハリキル入国以降は収まっておりますが……逆に不安を感じております。
ここ……聖教会に安置されると考えますが……これまでより一層警備を厳重にされる必要性があるものと考えます。」
男爵が代表して、羊皮紙返還後の警備強化を願う。
「勿論です……千年以上もの時が過ぎ……伝説と化してしまったためか、その存在自体が疑われ書物庫の警備が疎かになっていたことは猛省致しております。今後は聖騎士団精鋭による、昼夜を徹しての交代警備を続けることといたしました。
ですが……魔族の軍団に襲われでもしたなら……さすがに手勢だけでは守れるものではございません。そのため……魔王の羊皮紙返還後二週間は……魔王の匂いが強く周囲に漏れ出ることが予想され、関係者全員ここ……スムープ内に滞在願うことになりますこと、どうかご了承いただきたい。」
枢機卿が、返還式後二週間は都市国家スムープから出られないと告げた。
「成程……羊皮紙から漏れ出る魔王の匂いが漂う我らがボーキサイ国へ帰国する旅を続けたなら、その旅路をさかのぼれば羊皮紙保管場所の目星がついてしまいますね。そうなると……二週間は缶詰という事ですか……。」
「勿論スムープ内のホテルのスイートをご用意しておりますし……漏れ出た魔王の匂いにつられて魔族襲撃も想定されますので、ご滞在期間は警護を兼ねて滞在頂くということで冒険者組合を通じて仕事の依頼をさせて頂きます。
どうか……お願いいたします。」
枢機卿は警護として受けて欲しいとも願った。
「確かに……魔族らに羊皮紙のありかを容易に推定させることは好ましくありませんね……巧殿……どうします?」
男爵は巧の方へと視線を移す。
「事情が事情なので……二週間の滞在はやむを得ないのでしょうね……エミリアもいいだろ?」
「はい、私は……まだまだゼーンの修行が進んでおりませんので、パステルさんとご一緒出来ればそれでいいです。」
「その上で……もしお許しいただければ……俺とエミリアは二週間経過後もハリキル国に残って、エール周辺の魔物の巣窟を掃討する仕事をしていきたいのです……羊皮紙を入れていた冒険者の袋を付けたままで旅をしていれば……羊皮紙の保管場所が分かりにくくなると思うのですが……如何でしょうか?」
巧はさらにハリキル国内での仕事を望むようだ。エミリアは少し驚いた様子も見えたが、巧の発言を否定する様子は見受けられない。恐らく巧はハリキル国に残って、自分が持っている魔道具に関して入手先を調べたいのであろう。
「おおっ……我々はボーキサイ北部地域の巡回があるから同行は無理だが……それでもほのかに魔王の匂いが漂う我らが二方へ分かれて活動するのも、魔族らを混乱させることが出来ていいかもしれないね。
ハリキル内での活動については、どうせ魔族を収監しにエール冒険者組合を訪れるわけだから、その時に相談すればいいだろう。そうだ……エールの冒険者組合会長に、明日にでも伺うと約束してしまったのですが……都合で二週間遅れるとご伝言を願えますかな?」
男爵も巧の案に同意し、
「承知いたしました……冒険者組合には使いを出しておきましょう。」
ベルンが小さく会釈をした。
「大司教様がおいでになられました。」
ノックの後ドアを開けて、僧侶が中に向かって声をかけてきた。
「いよいよですね……返還の儀式は聖堂にて執り行われます……では参りましょう。」
枢機卿は笑顔で椅子から立ち上がり、皆を促した。
長い廊下を戻って行って広い聖堂へ入ると、太陽のオブジェの下には真っ白い法衣の上に煌びやかな金糸や銀糸に飾られた豪華なローブをまとった老人が立っていて、すぐに大司教であろうと誰もが認めた。
大司教は丸い布製の帽子を後頭部に乗せるようにかぶり度の強そうな丸眼鏡をかけているが、優しそうな笑みを浮かべて巧たちを待ち受けていた。
「こちらです。返還の儀の際は魔王の羊皮紙を冒険者の袋から取り出して、大司教の隣にいる巫女にお渡しください。巫女は匂いが手に就くことを避けるため羊の皮で作った手袋をしておりますが、エミリア様は冒険者の袋の特性から手袋はつけられませんので、申し訳ありませんがお気を悪くしないで頂きたい。」
ベルンに案内され、巧とエミリアは大司教の目の前に歩み出る。
「ドルモフです。この度は我が教会の不手際を解消頂き、しかも数多な魔族を退け困難な道のりをよくぞご無事でいらっしゃった。貴殿らの比類なき強さと類まれな武運は称賛に値するものと感じております。
そうして……本当に有難う御座いました。全人類などといった代表を気取るつもりは毛頭御座いませんが、少なくとも都市国家スムープを代表して巧殿とエミリア殿に御礼申し上げます。」
大司教は深く頭を下げると、巧とエミリアの手を取って自分の両手で包み込んだ。
「いっ……いえ……おおっ俺なんか……大したことはしておりません。そもそも魔族らの手からまさに命がけで魔王の羊皮紙を取り戻したのは彼女……エミリアの御母上ですから……亡くなりましたが功績と言えば彼女が一番大きい。」
巧は恐縮してうまくろれつが回らないなか……ターメルの功績を称えた。
「おおっ……そうでしたか……エミリアさんの御母上が……ご遺志を継いだのですね?ご苦労様でした。」
大司教が目を細め優しいまなざしでエミリアを見つめる。
「はっはいっ!こっ……この子達と共に……母様の願いを果たそうと、やって参りました。」
エミリアは直立不動と言った姿勢で、カチコチになりながらもなんとか答えた。
「ご苦労様でした。そうしてお二人の冒険に多大なるご助力を頂いた、ハーシェル・ケンリッヒ男爵及びパステル殿、ボーグル殿及びブル殿……加えまして巧殿たちの旅を裏方として支えてこられたハルク殿ら司祭御一行にも深く御礼と感謝の意を述べさせていただきます。」
大司教はさらに男爵らチーム一行とハルクたち司祭にも頭を順に下げていった。
「では……魔王の羊皮紙の返還……お願いいたします。」
「かしこまりました……。」
巧が甲冑の腰からターメルの冒険者の袋を外し、エミリアに手渡す。
「これです。」
エミリアはすぐさまがま口金具を外して手を入れ、中から一枚の紙片を取り出した。
「頂戴いたします。」
羊皮紙は大司教の隣にいた白い礼服を身にまとった若い女性が受け取り、別の若い女性が手に持つ蝋燭の灯りを反射する筒……水晶柱の中へと丸めて入れ、すぐに自分の手にはめていた手袋を脱いで一緒に筒の中に押し込めた。
その後水晶柱には水晶の蓋が被せられ、はめ込み口を溶かした蝋にて封をした。
「…………………………………………」
それからすぐに大司教が水晶柱の上に手をかざし、目をつぶり念じ始めると……なんと水晶柱が金色に輝きだした後は赤から黄色、緑から青へとまさに七色に輝いた後で真っ黒くくすんだ外観に変わった。水晶柱から全ての光が放出され、残った消し炭と化したかのように感じられた。
「これで……魔王の羊皮紙を封じた水晶柱から魔王の匂いが漏れ出ることは一切なく、更に魔物も魔族も水晶柱を直接視認できないようになったはずです。水晶柱は今ここに集う我ら以外には一切その存在を明かさず、教会地下の書物庫にある金庫にて結界修復時以外は永久に動かすべからずと記したうえで、厳重に永年保管いたしますので……どうかご安心を。」
大司教は今まさに大仕事を終えたと言わんばかりに、ふっと息を吐いて緊張していた場が少し和んだ。
「お疲れ様です、ご苦労様でした。では……宿泊先の宿へご案内いたします。
それとも……聖教会本部をもうしばらくご見学されていきますか?この教会本部は、この大陸で聖教が生まれ広められる起源となった場所であり、建物自体もおよそ千五百年ほどの歴史が御座います。建築様式も当時の最先端の技術が施されており、歴史的建造物としても非常に価値の高い建物と評されております。」
ベルンが巧たちに宿へ行くか見学するか尋ねてきた。
「いや……俺はもう……疲れたので……。」
「私も……なんか……どっと疲れました。」
巧もエミリアもすぐに宿へ行きたい様子だ。
「では……宿へ参りましょう。
本日夕刻から大司教様主催の……巧様エミリア様及び男爵様たち御一行の歓迎の宴がホテル内ホールにて予定されております……後ほど呼びに伺いますので、それまではゆっくりとおくつろぎください。」
「ええっ?また……宴……ですか?」
ベルンの巧たちを気遣う発言に、エミリアの顔が曇る……だが……この後滞在中の二週間中……退屈させないためと枢機卿やハリキル国王……さらに外国からの来賓も含めて連日宴が催されることを、エミリアも巧もまだ知らない。
都市国家から出ることが出来ない上に特に羊皮紙の臭いが強いエミリアはホテルに缶詰めで、アルルとぺリルは男爵含め皆で交代で朝晩散歩に連れ出し都市中歩いて回った。




