首都エール
16.首都エール
「ハリキルに入ってからは魔族たちも完全沈黙ですね……ハリキル国内はボーキサイよりも魔物や魔族は少ないのでしょうか?」
ハリキルに入ってすでに十日……当初山間の街道を上り下りしながら進んでいたのが三日目くらいからは平坦な道に代わり、馬車での旅はより快適なものになって来た。
「いえ……基本的に聖教会の戒律では自分たちが食する以外の無用な殺傷は禁止しているから、魔物の巣窟を掃討する冒険者もボーキサイほど多くはないのよね。勿論……全ての人が家畜を飼育しているわけではないし冒険者でもないし様々な職業に従事しているから、互いに人として生きるための職業は認められているのね。
だから農業従事者は農作物を育て市場へ降ろして収入を得、酪農家は家畜を飼育して肉や鶏卵などを市場へ出荷して生活しているわ。でも……地産地消と言ってその地域の住民の消費量以上の収穫は禁じられているのよ。要は……人は他の生き物を搾取しないと生きていられないけれど、それは必要最低限度であるべきと戒律で定められているの。
魔物だってやたらと駆除するのではなく、数が増えすぎて近隣を脅かすようにならなければ魔物の巣窟の掃討は禁じられているし、魔物を駆除して家畜肉や巣窟のキノコ類など収穫があった場合はその収穫分だけ、今度は酪農家や農家の収穫を抑えるのね……毎週毎週収穫量は厳しく集計されていて翌週の収穫量が定められるの。
勿論人によって大食の人や小食の人はいるのだろうけど……聖教会では標準的な一日の食事量というのが男女別、各世代別に定められていて、戸籍から集計した地域ごとの食品流通量が定められているの。だから極端な肥満の人はハリキルにはいないと言われているわね。
それで……ハリキル国では食品の廃棄……食べられなくて廃棄される食物は収穫量の五分以下と言われているわ。
ボーキサイ国では廃棄食料はゼロと言われているけれど……それは疲弊した国情で流通量が消費量を下回っているからで……飢餓に苦しんでいるから当然なのだけれど……ハリキル国の様に十分に潤っている国としては異例と称賛され、メンドー国もスーバキ国もターメリア国も真似たいと使節団を何度も派遣しているようだけれど、結局失敗しているわね。
ハリキル国では食料品だけではなく……衣料品や工芸品に家屋などの建築物までも……流通過多にならないように規制が入っているとも言われているわね……糸を作るための蚕に綿花に麻だって……家を建てる木材だって……元は皆生き物だから……。」
「は……あ……戒律のためとはいえ……何か極端というか……いい事なのでしょうけど窮屈そうですね。」
パステルの話すハリキル国の食糧事情に、エミリアは少し面食らっている様子。
「まあそれでもハリキル国民は満足しているようよ……幾度かハリキル国へ来ているけれど……大っぴらに不満を漏らすような人にあったことはないわ。まあ……子供の頃からずっとそうだし、全国民が飢え等味わったこともないだろうから……幸せな生活とはこういったものだと思っているのかもしれないわね。
それでも魔物関連は戒律のおかげで厳しいのよね……特に魔族が絡むと……人族は殺傷禁止だから手が出せなくて……ボーキサイ側に討伐依頼が出るほどね。つまり……魔物にとっても魔族にとっても住みやすい国と言えるのよね。
だけどその分……城壁を高くして国民を守っているという面もあるけど……街道を往来する行商人や旅人を襲う魔物も少ないと言えば少ないのよね……人間の生活圏と魔物達の生息域がはっきりと区分けされているというか……それでも魔物の巣窟があまりに大きくなってしまうと……そこからはみ出た群れが人を襲うこともあるわけ。
そうなるとお師匠様のところに依頼が来て……現地の冒険者らと討伐隊を編成して巣窟掃討へ向かうのよ。今でも……年に一、二度は来ているかな……お師匠様は……冒険者らを育てて自立させたいと言っているのだけれど……なかなか……皆いい子たちばかりで……率先して魔物の群れに立ち向かっていこうとする子は少ないわね。
豊かな国だし……教会へ通っていれば食べるに困らないみたいだから……食うに困って……とか、なにがなんでもっていう気概は……少ないみたいね。
でも……私たちが加わっただけでも魔族がいる巣窟も一掃して来たし……その上……ハリキルに入ってからは騎兵が十五騎も加わったでしょ?さすがに隙を見い出せないんじゃあないかしらね……諦めてはいないかもしれないけれど。」
パステルがハリキル国内の魔物事情と、現状の鉄壁な武力を解説する。
「それにしても……最後部の座席が倒せてよかったわね……おかげでゼーンの姿勢が楽に取れるようになったわね。」
大型客車の最後尾は荷物を置くための架台となっているが、勿論巧たちは主な荷物は全て冒険者の袋に収納して移動しているからほぼ手ぶら。最後部の座席を倒してフラットな……人が寝転がれるくらいのスペースを作り出してそこで連日巧とエミリアが修行しているのだ。
エミリアがゼーンの修行をしているとアルルとぺリルが顔を舐めて邪魔するので、一緒に散歩して仲が良くなったボーグルが移動の間二匹を押さえている。
「はい……ですがどうしても命題が難しすぎて……。」
「まあ焦らない事よ……それと……無の境地に入ることを忘れずに……思考することだけが重要ではないのだからね。」
連日の修行中……巧は微動だにせずに日中はひたすら胡坐をかいて瞑想しているのだが、エミリアはちょくちょく休憩して竹筒から水を補給したりしている。尤も……巧の場合は兜に仕込まれたチューブから水も果実ジュースもいつでも飲める状態ではあるのだが……。
「ついに……ハリキル首都のエールに到着したわね。ハリキルは王様はいるけれど民主化が進んでいて、王様は国の象徴で崇められてはいるけど国の政治にはほとんど参加していないのよね。議会制民主主義国で、選挙で選ばれた議員が国のかじ取り……いわゆる政治を行っているのよ。王様は議会に選ばれた総理大臣の任命を行うけれど、形式上だけで直接の指名権限があるわけではないの。
だから……貴族など特権階級はいなくて国民は等しく平等を掲げている国なの。だけど宗教色が強くて……宗教国家として首都の中には聖教会の世界本部として都市国家のスムープがあるのよ。
都市国家と言っても警察機構や軍などは持たず、全てハリキル国が担っているのだけれどね……だけど高い城壁に囲まれた城塞都市エールの中に、お堀と城壁に囲まれた王宮があって、更に都市国家として一段と高い城壁に囲まれたスムープが存在しているの。
加えてハリキル国の政治を行っている国会議事堂及び内閣府まであるから……一つの都市の中に三つの異なる政治機構が存在するから……ちょっと異質ともいえるわね……。」
更に四日経過し、丁度二週間かけて一行はハリキル国首都のエールまでやって来た。客車の窓から景色を見ながら、パステルがエミリアにハリキル国首都エールについて説明してくれた。
「馬車で都市間を旅している時はほとんど修行で景色もあまり見られませんでしたが……それでも時折休憩中に客車の窓から覗いた限りでは街道の人通りは多いですし、皆身なりもよくて豊かな国であると想像できました。ボーキサイも早く戦争を終わらせて、豊かな国へ変わって行ければいいと強く感じました。」
エミリアがボーキサイ国での生活を思い出したのか、しみじみと感情込めて呟く。
「そうね……魔王復活するかもしれない時に戦争なんてしてはいられないから……早いところ戦争は終結させねばならないわね。まあでも……魔族の眷属だったエラルミント伯爵が捕えられたから……今後は外交手法も変わっていくのじゃあないかしらね……新たに任命された国務大臣に外務大臣と国軍司令官に期待と言ったところね。」
「そっそうですね……」
パステルに言われ、エミリアは父とその親友の二人にボーキサイ国の行方がかかっていることを改めて思い知った。
「本日はハリキル首都エールのホテルに宿泊いただき、明日の早朝から都市国家スムープ入りして聖教会世界本部に出向き、大司教様と面会後に羊皮紙を返還することとなります。ここまで来たらもう……スムープは目と鼻の先……目的は達せられたも同然です。本当によかった……それもこれも皆様方のおかげです……本当に有難う御座いました。」
首都の城壁を通過してから二刻後にようやく馬車は停車し、大きなホテルのエントランスに巧たちは下車。すぐに後続馬車からハルクが駆け寄ってきた。
「では……我々の同行はここまでとなります……お疲れさまでした……。」
ホーメン以下騎士団一行も別れを告げ去って行った……。
「こちらこそ……ハルク殿の結界術は魔族相手に本当に役に立った……ここまで無事に到達できたのも……半分はハルク殿たちのおかげといえる……もう半分は……男爵たちのおかげですけれどね……。」
巧もほっと一息といった感じで、ハルクと男爵らの協力の賜物と打ち明けた。
「いやいや……卑劣な眷属らの手に掛かって負傷されなければ……我らが手を差し伸べるまでもなく、エミリアと二人だけで巧殿なら成し遂げただろう……まあでも……我々が関わらせていただく余地があってよかった。
怪我をされた巧殿には申し訳ないがね……この旅の成否は俺が長年かけて調べて来た、この世界の存続にかかわる重大事項なのでね……。」
男爵はあくまでも負傷した巧の右腕替わりでしかないと謙遜する……そうして魔王の羊皮紙案件に関われたことを喜ぶ。
「ですがハリキルに入ってから、全く魔族どころか魔物の影すら見ませんでしたね……こんなこと言っては不謹慎かもしれないですけど、少し拍子抜けです。」
「そうよね……エールに入ってしまったら手は出せないだろうから……エールに入る寸前辺りが危ないかもと心配していたのだけれど……全く何も起こらなかったわね。ボーキサイ山岳地帯で魔族の幹部クラスを二人も倒したから……魔族ももう人材不足かしらね……私の見立てではボーキサイ国内よりもハリキル国の方が魔族は多いはずなのだけれどね。」
パステルも腕組みして首をかしげる。
「まあまあ……こんなところで立ち話もなんですから……このホテルでもまた最上階のスイート二つがあてがわれているようですので……お部屋の方へ……。」
ハルクが受付を終えて部屋の鍵を持って玄関前へ戻って来た。
「ボーキサイ国冒険者……巧様及びエミリア・シュタインベック様御一行とお見受けいたしました。
私はハリキル国国務大臣ハスランと申します。こちらはハリキル国冒険者組合会長のメンデル……さらにこっちは防衛大臣のグリラムです。この度はハリキルのみならず……世界存亡の危機を招きかねない火種のもとを見事魔族らの手から守り抜き聖教会へ返却されますこと、深く感謝の意を表し、更にご武功を称えさせて頂きたくご挨拶に伺いました。」
ホテル受付前のエントランスへ巧たちが入った途端、護衛兵らを連れた三人のスーツ姿の中年男が出てきて深く頭を下げた。どうやらハリキル国の政府要人のようだ。兜は外しているが甲冑姿に帯刀している兵士ら五人と、上等な仕立てのスーツを着た恰幅のいい中年男性三人は笑顔を浮かべながら近づいてきた。
「わたっ……私はボーキサイ国冒険者の巧……彼女は同じく冒険者のエミリアだが、彼女の御父上は大蔵大臣などを兼務されているシュタインベック公爵です。」
巧は速攻でエミリアを自分の前に引っ張り出し、それからきょろきょろと辺りを見回しハルクの姿を探した。
「おおっ……シュタインベック公爵のご息女……我々も以前ボーキサイ国を訪れたときにお会いしたことが御座います。
そういえば政務に復帰なされたとか……エラルミント伯爵が突然の重篤なご病気のために兼務されていた政務が滞り、以前の重鎮らが続々と復職されているそうですね……ボーキサイ国の早急なる復興を願っております。」
「はっ……はあ……ありがとうございます。」
突然前面に立たされたエミリアもどうしていいのかわからず、しどろもどろの様子だ。
「私はハーシェル・ケンリッヒ、縁あって巧殿たちと共にハリキルまで魔物や魔族らを掃討しながら旅を続けてまいりました。何事もなければ巧殿とエミリア殿お二方で無事到着されたことと思いますが……途中卑劣な手を使う眷属により巧殿が負傷してしまいましたので、助太刀として微力ながら我が冒険者チームが同行いたしました。」
二人が対応に苦慮していると見たのか、男爵が前に出て応対し始めた。
「おおっこれはこれは……ケンリッヒ男爵……冒険者組合会長のメンデスでございます。いつもハリキル国内の魔物の大規模巣窟掃討……特に眷属がらみでは我々ハリキル国民には手が出せませんから……ご協力頂き感謝に堪えません。
そうでしたか……大陸中から魔族が集結して襲ってくるほどの危険な旅と心配されておりましたが……男爵たちのお力添えもあって無事到着という事ですね?本当に感謝いたします……ありがとうございました。」
すぐさま冒険者組合会長が出て来て、男爵に対し深く会釈をした。
「さっ……立ち話でも何ですから、ロビーの喫茶部へ参りましょう……。」
ハスランに促されエントランス左手奥のソファとテーブルが並んだ喫茶室へ入っていく。
「ほっほう……鳥系魔族に続いて眷属及び眷属に騙された冒険者たちの襲撃……サントスへ魔族を収監された後で……さらにしつこく襲撃してきたのですね?この時に男爵御一行と巧様たちがお知り合いになられたということですか……。」
ホテルの喫茶スペースでコーヒーや紅茶を楽しみながら、男爵が巧から聞いた旅の当初の話を面白おかしく脚色しながら話していくと、一語一語に彼らは反応する。さすがに失礼だろうと巧も兜を脱いで脇に抱えた。
「ええっ?さらにボーキサイ国中から魔物が集結し、その上四本腕や二刀流の魔族まで……それらを全て打倒していらっしゃったのですか……さすがと言いましょうか……まさに神がかっておいでですな。
それでその魔族はいずこへ収監されたのでしょうかな?北部山脈にボーキサイ国内では国境の町であるエラルドしか城塞都市はないはずですよね?」
「ええ……エラルドも何十年間もの長い間魔族の収監はしていなかったようですが、昨今魔族は魔力供給に協力的ということで、魔族一人をエラルドの冒険者組合に収監して参りました。一人で十分ということで……もう一人分はいまだ収監先が決まっておらず……我らの冒険者の袋の中に納まっております。
魔族は簡単には死にませんし、冒険者の袋の中は時間経過がありませんからね……帰りの道中ボーキサイ国内で収監先を探すつもりでおります。」
魔族の収監に過敏にメンデルが反応し、男爵が一人だけ収監してきたと説明。
「そうでしたか……でしたらその……残っている魔族を……ここエールの冒険者組合に収監させて頂けないでしょうか?ご存じのようにハリキル国内では冒険者活動はさほど活発ではございません。聖教会の戒律が厳しいこともあり、また国民性として争いを好まないところもあると考えて居ります。
ですがこの度、魔王がらみの事件が明らかとなり、万一の災厄に備え国軍にも魔道具を装備させ軍事力強化を図ろうと考えております。ハリキル国内にも魔族を収監している冒険者組合も存在し、魔力供給を受け魔道具のチャージを行っておりますが、エールではここ何十年間もの長い間魔族収監はされておりません。
過去に収監した魔族は全員協力を拒み、餓死した経緯があるためですが……最近の魔族は協力的になったとお聞きし、それならばと……魔族捕獲を冒険者組合として依頼しているのですが、ご存じの通りにハリキル国内で魔族と対抗できる腕を持つ冒険者はおりません。
現状エール内で魔道具のチャージには一月から二月待ちとなっており、とても国軍が増強する魔道具整備に対応できそうもありません。どうか……ご協力をお願いいたします。」
冒険者組合会長のメンデルと、防衛大臣のグリラムが揃ってテーブルに頭が付くほど深く頭を下げた。
「そっ……それでしたら……問題はないかと……。」
男爵は横の席へ視線を移し巧とエミリアに順に目線を合わせると、二人ともに大きく頷いた。
「明日は早朝から都市国家スムープ入りでしょうから……明後日にでも、エールの冒険者組合へお伺いいたしますよ。」
「おおっ……本当にありがたい……ご協力に感謝いたします。」
二人ともにますます深く頭を下げた。
「ああっ……こちらにいらっしゃったのですか……客室係の方から巧殿たちがいつまでも部屋へあがってこないと連絡が来て……。」
そこへハルクが慌てた様子でやって来た。
「ああ……ハリキル国国務大臣及び防衛大臣に冒険者組合会長さんたちに呼び止められ……お茶していた。すまなかった。」
すぐに男爵が立ち上がり、目の前の御三方を紹介する。
「そっ……そうでしたか……旅に同行させて頂いているボーキサイ国王都聖教会司祭のハルクと申します。
そうでしたそうでした……ボーキサイ国王からのハリキル国王様及び総理大臣様宛の親書を預かっております。
後日お届けするつもりでしたが……遅くなってもなんですので……今、お渡し差し上げてもよろしいでしょうか?」
「勿論です……国務大臣ハスランと申します。」
ハルクがハスランに国王からの親書を手渡した。
そこからはハルクも加わり談笑が続いた。
「では……本日はハリキル国王主催の夜会……巧様たち御一行歓迎の夜会が催されます。馬車を迎えに回しますので、どうかご出席のほどお願い申し上げます。」
四半刻ほどの会話の後、ハスランが別れ際に夜会への招待を告げられた。
「いやっ……有難い申し出だが俺は……」「わっ私も……」
すぐに巧とエミリアは拒絶反応を示す……
「我々は武骨な冒険者でして……社交界的な公の場はどうにも苦手でしてね……大変申し訳ありませんが……」
男爵もやんわりとお断りする。
「いえいえいえ……そんなかしこまった場ではなく……国王様もいらっしゃいますが普段着で……我々にも普段着か……なんだったら部屋着で来いと仰っておりました。私にもエミリア様と同じくらいの娘がおりまして、妻と一緒に連れていくつもりですし……どうか……堅っ苦しく考えずに普段の食事に行くつもりでご参加ください。
どうか……お願いいたします。」
ハスランは腰を折り深々と頭を下げた。
「どうする?」「どうするって……お断りしたらハスラン大臣が責められそうで……」「そうだな……。」
巧たちも渋々承諾した。




