ハリキル国
15.ハリキル国
「そうだね……残酷だね……知っている通りに魔族はなかなか死なない……食べなくても生き続けられるが……魔族も人間同様毎日三度三度食事をする……人間社会に溶け込んだ生活をするようになってからの習慣としてなのかもしれないが……つまり毎日腹は減る……恐らく人間並みの空腹感はあるはずだ。
それが何日も……何ケ月間も続いたらその飢餓の苦しみは如何程か……想像を絶する……それでも協力を拒んで餓死する魔族が続出したと聞いている。
収監されてから飲まず食わずで……なんと十年は普通に生き続けるのだそうだ……その間の魔族が食料を乞う声や腹の虫の音が組合事務所に漏れてこないように……魔族収監の牢は出入口が組合建物の外にあるとすら言われている。
他の魔族が協力を拒んで餓死していくのに自分が協力するのは恥ずかしいと……それまで協力的だった魔族も食事を拒むことも多くなり……以降は複数の魔族を収監することは避けるようになったと聞いた。もしくは複数魔族を収監しても結界を決して緩めず……他の収監者の気配すら伝わらないよう気を使っているようだ。
今でも人間に協力的な魔族は……魔王が存在していたころから存命の……二千年以上も生きている魔族が大半なようだね……そういった魔族がいる組合は……ボーキサイ国内では数ケ所に一つくらいの割合のようだ。他の組合事務所は魔族収監用の牢は長い間空だった……。
収監時は数人がかりで牢に収監した魔族が……餓死した後は干物同然で人ひとりで軽々持ち上げられるくらいまでになっていたと聞いたが……十年も飲まず食わずだからね……勿論収監した局員が荼毘にふすわけだ……これではたまらないと新たな魔族の収監を躊躇う組合事務所が大半となり、魔族を捕らえた場合の礼金も激減したと聞いている。
ところがここ十年ほど……捕らえられた魔族がやけに協力的……世代が代わって人間を憎む魔族が減って来たのではないかと噂されていたのだが……原因は魔王の羊皮紙にあったということだ。
協力を拒むより生き続けて魔王が支配する世になったら解放されて手助けしようとする思いが芽生えたんだろうね……おかげで今ではどの組合事務所も魔族大歓迎と……新たな仕事として依頼書を回している組合事務所もあるくらいだ……ボーキサイ国内では相変わらず礼金は低いがね……。」
男爵が最近魔族が協力的なのは、魔王の復活に期待しているせいと紐づけをした。
「では……これから交代で見張り番をする……まずはボーグル、パステル、エミリアの三人が休んでくれ。
ブル……周辺の見回りを頼む。」「おうっ」
「巧殿は……今日も命題の修行だ……まずはゼーンの基本……無の境地に達してから……命題を成し遂げることを考えるのだぞ。」
食事を終え交代で見張り番をすることとなり、いつも通りに巧の修行が始まった。
「その……与えられた命題は……男爵も修行の際に考えられたのですか?」
「ああ……全く同じではないが近い命題はあったね……それがどうかしたのかい?」
「もしそうだったら……男爵が出した命題の解を教えて頂けないですか?それを参考に俺も思考したいと思うのですが……このままではなにをとっかかりに考えたらいいのか……荒唐無稽と言いますか……まるで思考に入れません。」
生真面目な巧は、どうやら無の境地には入れるようだが命題の思考は苦手な様子だ。
「うーん……この命題の解は……これが正解というものはないんだ……しかも自分なりの解を出さねばならない……人の解を参考にはできないのだね……だから……あくまでも自分自身で解を導いて欲しい。昨日も言ったが、こう考えなければならないといった解の導き方は存在しない。
だけど……あくまでもまじめに考えるんだ。どうすれば成し遂げられるのかをね……いいかな?」
巧の申し出に……男爵がやんわりと自分自身で解を見つけなければならないと断りを入れた。
「は……あ……分かりました……何とか頑張ってみます。」
「まあ……あきらめないで粘り強く……思考の極限を目指して考えるんだね……無の境地に達してから命題の解を普通に導き出せるようになるまで……俺は一年半もかかったのだからね……焦らないことだ。」
男爵が優しい笑顔を見せた。
「ではこれから通関だ……冒険者は冒険者証を見せれば審査なしで関所は通ることが出来るから問題はない。」
翌朝日の出とともに起きて朝食を終え、支度を整え関所へ向かう……ハルクたちも関所周辺には宿泊場所がないため、通関待ちの隊商らと共に駐車場で野営したようで、巧たちの列のすぐ後ろに並んだ。
「はい、次の方どうぞ……」
税関の建物の中に入ると、そこにはロープで間仕切られた五つのルートがあり、それぞれの先にゲートがあって役人が立っている。通関者はそこで書類を提示して審査を受けるようだが、冒険者である巧たちはただ冒険者証を見せるだけでほぼ素通しだった。ハルクたちはエール聖教会からの召喚状を提示して通関した様子だ。
「ここからは緩衝地帯……いわばどちらの国にも属さない無国籍な土地だ。これからハリキル国へ入国するぞ。」
分厚い木製の大きな門を通過した先は……五十間ほどの何もない荒れ地で、すぐ先にはまたもや……今度は真っ黒い金属の巨大な門が待ち構えていた。門の左右にはコンクリート製の二十尺を超える高い塀が延々と左右に伸びている。
巧たちも……ハルクたちも徒歩で次の門扉へ向かう……ハルクたちの乗っていた馬車は馬車として、別審査で通関しているようで、並行でついてきていた。
鉄製門扉を抜けた先には大きな三階建ての建物があり、皆そこへ入っていく……。
「ここでも冒険者証提示で大丈夫だから……。」
「はいっ……次の方どうぞ……。」
男爵の言葉通り、入国審査も冒険者証提示だけで済んだ。
「は……あ……なにもお咎めを受けるようなものは一切持ってはいないのですけど……出入国審査は何回やっても緊張しますね。」
無事ハリキルへ入国できたようで……関所建物から出た広場で、馬車に乗る前にハルクが巧のもとへやって来た。
「ああ……案外簡単で拍子抜けした。名前のほかに生まれや生年月日に素性など……根掘り葉掘り聞かれるのではないかと心配していたのだが……冒険者証提示だけで済んで助かった。さすがに兜の面帯は外したがね……。」
巧もほっと胸をなでおろした様子だ。
「さて……ハリキル入国後もやはり高地で……この先一日の距離に山間の盆地に造られた城塞都市があり、そこまでいかなければろくな野営地すらない……というか、ハリキル国内では冒険者でも野営は禁止だから……山奥の魔物の巣窟付近は除いてだがね……街道筋では野営はできないから急ぎ出発しよう。」
男爵がすぐに出発を促す。
「そうですね……では急ぎましょう。」
ハルクも駆け足で馬車に戻っていった。
ボーキサイ国同様……山間を縫うように上ったり下ったりしながら街道をひたすら北へ向かって進んで行く……
「はあ……日が暮れる前に何とか着いたな……野営禁止のお触れがあるからハリキル国内の移動の際はいつも冷や冷やだ。野営禁止のくせに各城塞都市の門は日の出とともに開き、日の入りと共に閉じるからな。日の入り後に城壁周辺で野営をしていると、夜間見回りの軍兵士らに見つかって営巣行きだ。
それが嫌なら街道を外れ一里以上山奥に入って野営するしかない……だから街道の往来時には途中休憩もできない。」
男爵が街道の遥か先へようやく見えてきた、高い城壁に取り囲まれた城塞都市を見つけしみじみ呟く。
「ずいぶんと厳しいのですね……聖教会本部がある宗教国家と聞いていたので、慈愛に満ちた優しいお国柄と考えていたのですけれど……。」
男爵の言葉にエミリアが少しがっかりしたように、眉を顰め悲しげな表情に変わる。
「その逆だね……戒律でがんじがらめというか……道に唾を吐いただけで……まああまり褒められたことではないのだが、それだけで官憲に捕まって牢に放り込まれ数日は禁固刑となるくらい……厳しいお国柄だ。
おかげで城塞都市内は道にごみ一つ落ちてないくらいきれいな街並みではあるけれどね……酒場は宵の口に閉まるし女郎屋なんて国中探してもどこにもない……窮屈で息が詰まるような国さ。」
男爵が吐き捨てるかの如く、ハリキルのことを告げる。
「お師匠様は……それが辛くてハリキルでは長く滞在できないのですものね……ですがカジノは各都市に必ずあるではないですか……都市によっては競馬場も御座いますし……お楽しみもない事はないのですよ。」
パステルが男爵に代わりハリキルでの楽しみ方を紹介する。
「ハリキルは宗教国家でしかも永世中立だから……各国から要人が首脳会談を兼ねて訪れるからな……カジノくらいの娯楽はあるだろう……だがな……一晩中騒いで飲める居酒屋だって必要なんだぞ……。」
男爵は飲んで騒げる場所がない事に強く不満を抱いている様子だ。
「戒律が厳しく国軍ですら人族に対して殺傷は禁止で……魔族がらみの巣窟掃討に際して度々対応依頼が冒険者組合を通じて回って来て、討伐するため遠征に来るのですが……都度飲み足りないと毎晩不満たらたらなのです。
ハリキル国王からも感謝状や、私が加入する前は勲章まで頂いたこともあるようですけど……いつも飲み屋を増やせと愚痴ばかり言っています。確かに……酒屋へ行っても大人一人一日二合若しくはグループで一升迄しかお酒を購入できませんし、宿は酒類持ち込み禁止なうえに食事時以外はお酒の提供もされません。
それでもそのおかげか……深夜に街中を歩いていても酔っ払いなどいませんから、女性でも安心して街中を歩けると聞きますし……悪い面ばかりでもないのですよ……。」
パステルが悪い事ばかりではないとも説明し、無理やり城門へ男爵を押し込んだ。
「ボーキサイ国冒険者……巧様及びエミリア・シュタインベック様御一行ですかな?
我々はエール聖教会から派遣されました聖騎士団……私は隊長のホーメンと申します。」
城門通過に際して巧たちは冒険者証を提示したが、ハルクたちの馬車はエール聖教会からの召喚状を提示したようで、すぐさま役人が伝令に走り、銀白色に輝く甲冑に身を包んだ十数人の騎士団が馬に乗って表れた。
「はい……私は彼らの付き添いのボーキサイ国王都聖教会司祭のハルクです……巧殿とエミリア殿に加え……」
ハルクが客車から降りてホーメンに応対している声が漏れ聞こえてくる……
「どうやらエールから使いが来ていて、巧殿達用に馬車があつらえられて頂いているようで……男爵たち御一行が加わったと申し上げましたら、旅の重要性から護衛は必要でしょうと同行を快諾されました。大型の客車がついている六頭立ての馬車が迎えに来ておりますので、ご乗車ください。宿までご案内頂けるようです。」
応対を終えたハルクが駆け足でやって来て、馬車で迎えに来ていると告げ、ハルクに続いて大型馬車が巧たちの目の前に横付けされた。
「いや……やはり安全面からもハリキル国内も徒歩で旅を続けたいのだが……魔物達の襲撃は想定されるはずで……」
巧は徒歩での旅を主張するも……
「ハリキル国内は戒律が厳しく、女性陣は宿場町若しくは茶屋などご利用頂けているようですが男性陣は……街道脇でのその……立ちション……などご法度で厳罰に処されますし……。
皆様方は一冒険者ではなく国を代表する使節団なのです……どうか……馬車の旅をお願い致します。御者に頼めば最寄りの公衆便所へ連れていって頂けますので……何卒どうか……お願い致します。」
ハルクが言いづらそうに……さらに深く頭を下げて懇願する。
「さっ……毎度のことなんだから……ほらっ……お師匠様も……馬車に乗りますよ……。」
パステルが先導し、男爵を無理やり大型客車へ押し込み……ボーグル及びブルも続き……エミリアに目で促され巧も渋々客車へ乗り込んだ。
半刻ほどで五階建ての白亜で壮麗な大型ホテルへ到着……
「巧殿たちは最上階のスイート二つが割り当てられております。男性陣と女性陣で分かれてお使いください。勿論アルルとぺリルのペット可の部屋のようです。我々聖教会の僧は酒席には参加できませんので……ここでも別部屋となりますが……ご容赦ください。」
ホテルへ到着するとハルクが宿泊手続きを全て代行してくれ、巧たちはただ部屋へ向かうだけ。そのスイートは……会議室や応接付きで寝室が四つもある豪華な部屋だった。勿論ジャグジー付きの浴室もあり、その夜はエミリア達も呼んで客室にルームサービスで食事を運んでもらい宴となった。
勿論宴前に……巧とエミリアの修行はきっちり一刻程行われた。
「明日もずっと馬車で移動するのであれば、巧殿とエミリアの修行は馬車の中で行うこととする。馬車中だと周囲の騒音に気をとられるとも考えていたのだが、本日乗車した限りでは極上の客車と見え……外の喧騒はほぼ伝わってこなかった。
本来ならば日中の騒がしい音の中でも無の境地に入れねばならぬのだが……まだ修行に入って日も浅いのでね……折角短期間で無の境地に入れたのだから、ここで逆戻りすることもないと考えていたのだが十分修行できる環境と見た。
そのほうが宿に着いてから自分の時間が持てるから、いいだろ?」
男爵が宴席が始まってから徐に切り出した。
「はい……私はそのほうが……溜まった洗い物など処理できるのでありがたいです。」
エミリアは素直に喜び……
「俺としてもありがたいが……食事の後で自室に戻って修行を続けることは可能でしょうか?その……命題が難しすぎるので……少しでも長い時間考えられるように……。」
巧は余裕が出来た分も修行に充てたいと申し出た。
「いや……まあ……宿に着いて食事を終えたら自由時間だから……なにをするのも勝手と言えば勝手だが……。」
「巧さんはお酒は嗜みませんから……。」
「いや……その……記憶を失った時に頭を強く打ったのが影響しているのか……顔を隠さず冒険者活動をしていたころはまだ他のチームと共に仕事をすることもありましたが、仕事終わりに居酒屋で一杯……となると……酒を少しでも飲むと頭が割れるように痛くなってしまい……終いに体が受け付けぬようになってしまったのです。
酒に酔うこともなくなったおかげで仲間内のもめごとを鎮める役目を託され、席を外したために毒の入った食べ物を食べずに済んだと言えばそうなのですが……未だに怖くて酒には手が出ません。」
巧がうつむき気味に過去の忌まわしい記憶を明かす。
「巧さんは飲み物もご自身で作られた果実か野菜を絞ったものしか召し上がらないし……皆と一緒の食事の時間が苦痛であれば、お部屋で済ませてもいいのですよ……ねっ?お師匠様?」
巧の言葉にパステルが反応する。
「あっ……ああ……巧殿の過ごしやすい方で構わないと思うが……。」
「いえ……一緒に活動する皆と食事時を共にすることは……親睦を深めるためにも必要な事と考えておりますし、何より情報共有の場ですから……食事は皆さんとご一緒させてください。」
巧が椅子から立ち上がり、テーブル越しに深く頭を下げた。
「ああ……それは有り難い……チームで戦う時は意思の疎通が最大課題だからね……。
さっ……つまむものもなくなったし酒もとっくに空だ……どれだけ金は払うといっても男四人で一晩ボトル一本以上の酒は販売できないとホテルの女給が頑として譲らなかったからな。仕方がない……お開きとするか……こんなのが長く続けば……欲求不満で……耐えられなくなっちまうぞ……。」
男爵が不満そうに頬を膨らませる……
「まあお師匠様……そんな子供じみた真似はおやめ下さい……いいのですか?羊皮紙の返還の模様をご覧になると仰っていたではないですか……巧さんたちの同行を正式に認められたのですから……間違いなく立ち会うことが出来ますよ。
それとも……お酒が飲めないからと……ボーキサイへ戻りますか?」
パステルが男爵をたしなめる。
「いやっ……そうだった……返還式をぜひとも見なければ……もう一度水晶柱に封印されるところを確かめなければ枕を高くして眠ることは叶わない……我慢するぞ……絶対に……我慢だ……。」
男爵は目を大きく見開いて、右手で拳を作り強く力を込めた……。




