魔族のプライド
13.魔族のプライド
「はっはっはっはっはっ」
決戦の火ぶたはパステルが放つ矢の連射によって切られた……魔族は次々襲い掛かってくる矢を左に持つ小刀だけで弾いていく……そのすきに男爵が勢いよく駆け込んで行き……
「どおりゃああっ!」
剣を上段に振りかぶり思い切り斬り込んでいく……が、簡単に右手の長刀で受け止められ……
「ふんぬっ!」
男爵の剣を跳ね上げるとともに手首を返して男爵の左わき腹を狙う……これには堪らず男爵は後方へ飛びのいた。
「なかなかやるね……」
「そっちこそな……わしが剣を使って相手の剣を受けたのは久方ぶりだ……まあそれでも五年半ぶりかな。
その間あまたの冒険者らを打倒してこの地までやってきたのだが……今また極上の剣士と出会えるとはな……短期間でこの国へ舞い戻ってきてよかったとつくづく思うぞ……。」
魔族は息も上がっておらず余裕の笑みを浮かべた……
「どりゃっだっだっ!」「おうおうおうおうおうっ」
二人の会話など気にも留めずにボーグルが目にもとまらぬ速さで長槍で連続の突きを繰り出し……ブルが大ハンマーを振り回していく……
「ふんっ!そんな大物……当たれば威力もすごいのだろうが……簡単に躱せ……」
魔族は大きな体を小さく屈めて槍を避け、跳ね上がると身をよじってハンマーを躱しながらブル目がけて長刀を振るう……
「はっはっはっ」
だがその行先目がけてパステルが矢を射かけ、
「だありゃあっ!」
男爵が左肩口目がけ斬り込んでいき……堪らず魔族は右へ飛んだ……
「うまい連携だな……」
「お褒め頂き光栄だ……だが……その余裕もどこまで続くかな……こっちは応援が来たぞ……。」
「はぁはぁはあ……まっ……魔族?……」
男爵の視線の先……南側の林の中から……巧たちが姿を現した……
「南には……大隊で押し寄せられた場合を想定し、退路確保の目的で眷属に勝るとも劣らないヒヒを五頭も配置したはずだが……それを排除してここまで来るとは……ううぬ……」
先ほどまでの余裕の表情は消え……魔族の頬がひきつる……
「そちらも……手下を加勢させて頂いても構わないのだぞ……。」
「ちいっ……おいっ……」「はっ」「はっ」
野良着姿の眷属二名が鍬や鉈を置き立ち上がった。
「家へ戻って甲冑を身に着けてくるくらいの時間は差し上げるつもりだが?剣だって持ってきても構わないぞ。」
一人は鍬の柄に仕込んだ刃先を出してひっくり返して取り付け槍代わりに持ち、もう一人は鎌に持ち替え歩いてくるので男爵は支度してきてもいいと告げる。
「フンっ……このままで構わぬわ……お前らごとき……。」
怒り心頭と言った口調で、右手の長刀を大きく振り上げ男爵目がけて魔族が突進していく……
「はっはっはっはっ」
だがパステルが矢を射かけ続け出足が鈍ると……
「どぅりゃっ!」
ボーグルが追い付き長槍で突き……
「おうおうおうっ」
ブルが背後へ追いついてきて飛びのく……一向に男爵まで到達できない。
「うー……」「ふーっ」
「おっと……お前たちのお相手はこっちだ……。」
二人の眷属が魔族の応援に駆けだそうとするもアルルとぺリルに回り込まれ、巧がゆっくりと近づいてくる……
「はっはっはっはっはっ」
エミリアが矢を連射し……だが眷属は鍬の変形槍と鎌で簡単に振り払うが……
「アルっ、右手っ噛めっ!ペルっ、左足っ噛めっ!」
「うぎゃああっ!」
槍を持つ眷属はアルルとぺリルに右手と左足に噛みつかれ……
「だりゃあっ!」
鎌を持つ眷属目がけ巧が斬りつけていき……鎌で応戦しようとするが所詮鎌……振り回す動きをものともせずに巧は冷静に右肩を剣で突いた。
「ちいっ!」
その様子を見た魔族は信じられない跳躍力で、ブルを飛び越え眷属のもとへ行こうとする……
「おうおっ!」
だがブルの振るうハンマーが魔族の左腰に当たり鈍い音が響き渡り……
「どっせっ!」
ボーグルの長槍で右肩を突かれ……
「だりゃああっ!」
最後は駆け寄っていった男爵に胸を突かれた……
アルルとぺリルに動きを封じられた眷属はなんとか避けるがその右肩にエミリアの矢を受け……よろけたところを巧が両名の顔と両手を魔道具の炎で焼いた。
「ふうっ……何とか倒せたな……巧殿たちが来なかったなら……動揺を誘えなかったら危なかったな。」
男爵がほっと一息……
「まさか……私たちはそれまで戦いに参加していない眷属を足止めにしただけですわ……魔族を倒されたのは紛れもなく男爵たちのチームですよ……。」
エミリアが男爵の言葉に首をかしげる……
「いやあ……そうではないのだ……なにせこいつは超一流の剣士で……しかも二刀を使う……その上に魔法まで使われたなら……間違いなく勝ち目はなかった。
だからどうしても弱みを作りたかった……その上で君たちが戦場へやってきてくれたのは幸いだった……しかも魔族が逃げ道用に強力な魔物を配置していた南側を掃討してきたわけだからな……眷属を参加させないわけにはいかなかった。
見た感じ彼らもこちらの様子を窺いながら、うずうずしていた様子だったからな……だが長年付き添った眷属ではなく最近従属したまだ若い眷属だったのだろうな……各地を回って冒険者らを打倒してきたと吹いていたが……恐らくその時にでも討ち死にしたのだろう……折角従属させた眷属が惜しくて戦わせたくない雰囲気が見え見えだったからな。
案の定巧殿とエミリアに犬たち相手に眷属らの分が悪くなりかけると焦って助けに向かった……そこをブルに突かれ一撃を食らい……そこからは一気呵成に 攻め立てることが出来た。こいつ一人相手だったら……剣の腕に加えて魔法まで駆使されたなら……ここにいる全員相手でも勝てたかどうか……分からんな。
だがこいつの剣士としての自尊心が邪魔建てをしたのだろうな……眷属に加勢までさせたのだから魔法は使えない……とでも考えたのだろう……最後まで魔法を使おうとはしなかった。剣士としては最高の武人だったが……勝負士としては……どうであっただろうな……俺としては魔法をつかうことは決して卑怯な手立てとは思わないのだがな。」
男爵が疲れ切ったとばかりに、またもや尻から地べたに座り込んで打ち明ける……
「はあ……加勢させるのが弱みとなるだなんて……魔族相手の戦いは、なんだか複雑ですね……。」
エミリアが困惑気味につぶやいた……そういえば以前巧にも同じようなことを聞かされた……と、思い出した。
「さあっ……動ける人は……後片付けよ……サルが多かったから肉などの収穫は少ないけど、そのままにはしておけないから……もうひと踏ん張りいたしましょう。」
パステルの掛け声のもと……エミリアを筆頭に巧やブル達がよろよろと立ち上がり……魔物達の死骸の片付けが始まった。魔族は前回同様、首と手足を切り落とし巧が胴体を冒険者の袋に入れ、エミリアとパステルが腕を一本ずつ。ボーグルとブルが足を一本ずつ……男爵が頭をそれぞれ受け持った。
「もうこの先国境の都市エラルドまでは監視していた魔物の巣窟もないし……恐らく襲撃の危険性は少ないだろう。だがまあ……油断せずに進もう。」
すでに標高は高く季節も秋に入ったころで吐く息が白く……野営用の焚火の暖が心地よい。
「エラルドを過ぎたら……すぐ隣国ハリキルですわね……一体どんなところでしょう……楽しみですわ。」
「エミリアちゃんはハリキルは初めて?」
「ハリキルどころか……ボーキサイ王都も今回の旅で初めて伺いました。私は箱入りというわけではありませんが……父様が厳しくて……遠出などとても許してはいただけませんでした。ですからアルミナ近郊とせいぜいテルミくらいまでが……私の行動範囲でしたから……。」
エミリアが不満そうに頬を膨らませて答える。
「ああ……アルミナ近郊は魔物の巣窟も多くて……しかも魔族が居たり魔物のボスも強力なのがいると評判だったから……お父様も心配なさっていたのよ……仕方がないわ。北方の地は……お師匠様が私たちを連れて魔物を増殖させないように……定期的に見回りしては間引いていたけれど中央から南側は……そういった冒険者らはいないみたいね。」
「そうですね……巧さんも仰っていましたけど……アルミナ周辺の冒険者はほとんどが隊商護衛の仕事目当てで、それにあぶれて食べるに困ると野党と化す者までいると……どちらかというと魔物の巣窟が多くて護衛なしで隊商の通行ができない事を喜んでいるのだろうと……そんな状況でした。
ですが巧さんと共に主だった魔物の巣窟は駆除いたしましたし……今後は少しずつ変わっていくのではないかと期待しております。」
パステルの考えにエミリアも同意し、その上で今後に期待していると笑顔を見せた。
「そう……行商の方や隊商の通行が普通にできるようになったら護衛業は廃業だものね……少しは魔物の巣窟へ目が向くようになるといいわね。北部地域はお師匠様が先頭に立って魔物巣窟の規模を制御する活動を続けているから、今では賛同する冒険者も多く、おかげで城塞都市ほどの堅固な城壁がない小さな農村でも安全に暮らせるようになっているわ。
尤も……戦争時の国民の安全のためにどうしても堅牢な城塞都市を各地に配置する必要性はあるようだけれど……早く平和な世の中になって欲しいものだわ。」
パステルがふっと息を吐いた。
「本当にそうですね……」
エミリアもしみじみとそう感じた。
「おお……遂に到着したぞ……国境の町、城塞都市エラルドだ。ここから国境までは険しい山道だがおおよそ一日。
ここまで来たらもうハリキルは目の前と言える。」
魔族との壮絶な戦いから六日……ようやくボーキサイ国北の終点ともいえるエラルドへ到着した。山岳地帯の盆地に造られた城塞都市は標高七千尺の高地ではあるが広大な平地で、田畑も開墾され周辺の山の斜面では牧畜も盛んに行われている。養蚕や綿花栽培も行われており、この都市だけで自給自足可能ないわば地産地消で成り立っている街である。
隣国ハリキルとは険しい山脈で隔てられており、エラルド周辺のみが平地が確保されており隣国への交通の要衝と謳われ、ハリキルとの通商もここを通して行われており、交易面でも北方最大の都市となっている。
「にぎやかな街ですね。」
街道にある正門を通って城塞の中に入ると、レンガや石造りの建物はどれも赤に黄、青など原色の鮮やかな色彩で壁や屋根が彩られ、華やかな雰囲気を醸し出していた。通りを行きかう人々も多く、平日の昼間だというのに歩道は人で溢れていた。エミリアは向かってくる人たちをようやく避けながら、何とか男爵たちに遅れまいとついていく。
「ボーキサイ国は物価が安いから、わざわざハリキルから越境してきて日常品雑貨のみならず、肉や野菜など生鮮食料まで買っていく外国人も多いと聞いた。
海産物以外なら何でも揃うし、ボーキ海で取れるサメの魚卵の缶詰はハリキル国内では一缶銀貨十枚で売られているそうだが、ボーキサイ国王都なら銀貨一枚、ここエラルドでも銀貨三から五枚で売られている。」
男爵がエミリアの様子に気づき、立ち止まって少し待っていてくれた。
「冒険者組合はすぐそこだから……早いところ清算してしまおう……。」
分割しているとはいえ……二人分もの魔族の体をいつまでも持っていたくはないようで……男爵は速足で歩き出した。
「は……あ……魔族を二人も……捕らえたと仰るのでしょうか?しょ……少々お待ち願います。」
エラルドの冒険者組合事務所に入り、収穫した肉や毛皮の清算とともに魔族を二人捕獲したと伝えたら、受付嬢は目を丸くし、速攻でカウンター後ろのドアから事務所内へ入っていった。無理もない……魔物の巣窟の掃討を行っていても魔族と出会うことはごく稀なのだから……
「お待たせいたしました……ええっと……ですね……ここエラルドではこのところ何年間も魔族の収監がされておらず、魔族を捕らえて頂いたことは大変ありがたいのですが……その……」
戻って来た受付嬢が言いづらそうにもじもじしながら言葉を選ぶ……
「牢の鉄格子の結界ならば……結界術師の司祭が帯同しているのでお願いできるがどうかな?」
事情を察した巧がハルクを受付前に押し出した。
「どうも……ハルクと申します。その……北部地域は私の担当区域というわけではないといいますか……ここ何十年間も結界施術依頼がなかったはずで……担当区域枠から除外されております。如何でしょうか……これを機に正式に魔族収監を行い結界施術も定期依頼なさっては?」
どうやら何十年間もの長い間魔族が収監されていないようだ……ハルクがこの機会に結界施術を勧める。
「しょ……少々お待ち願います。」
再び受付嬢が引っ込む。
「魔族の収監が何十年間もされていなかったという事の様ですよね?いくら北部地域はパステルさんたちが巡回して魔物の巣窟の規模が大きくならない様調整なさっているとはいえ……魔物が全くいないというわけではない筈です。冒険者だっているでしょうに……魔道具のチャージはどうされているのでしょうか?」
不測の事態にエミリアはパステルに小声で尋ねる。組合事務所内にはそこそこの数の冒険者がいて、活気づいているというのに……。
「私の魔道具のチャージは、基本的にサントスの魔道具屋さんで遠征前に行っているわ。お師匠様もそうね。でも確か……エラルドの魔道具屋さんでもチャージは出来るはずよ。恐らくハリキルまで出向いて魔力を補給してくるのではないかしら……ハリキルだったら大きな街は多いし、冒険者組合も規模が大きいから魔族もそれなりに収監しているはずよ。
サントスだってつい最近まで魔族が収監されていなくて、魔道具屋さんは共同で王都まで魔力を補給しに行くと聞いていたわ……近場に魔族を収監している冒険者組合がないと不自由だけど、魔道具屋さんは頑張っているようね。
魔道具のチャージ料は大陸内は一律だから……とはいえ基本料的なものだけで、急ぎの場合の特急料金や割り込み料金に大口割引などがお店によっては存在するみたいだけれどね……どこで魔力供給を受けても同じ値段のはずだわ。」
「成程……ハリキルへ……国境の街だけあって国内の他都市よりもハリキルとの交流が多いのですね。」
エミリアも納得とばかりに頷いた。
「お待たせいたしました……そうですね……捕縛して連行された魔族は、こちらで収監させて頂きます。ですが一人だけで……昨今他事務所からの情報では魔族は魔力供給に協力的で、拒むものはいないと聞いております。そのため一人収監すれば十分ですので……もう一人は他の組合までお持ち込み願えないかと……。
それで……ハルク様……申し訳ありませんが、大至急結界施術をお願いいたします。それで……定期施術の申し込みは……どちらへ宛てて行えばよろしいのでしょうか?王都の冒険者組合事務所でしょうか?」
なんと……魔族は一人しか収監してもらえないようだ。
「かしこまりました……定期施術申し込みは王都王宮内の聖教会宛にお願いいたします。」
「ではこちらへ……」
受付嬢に先導され、いつもとは異なりハルクが先頭に立って組合外へ……やはり収監する牢への入り口は組合事務所外の入り口右手側にあった。受付嬢が堅牢な石造りの階段を降りていき入り口ドアの施錠を外し、更に地下へと降りていく。
「魔族を一人だけとなると……どちらをここへ置いていきます?」
地下深くまで延々と続く長い階段を降り乍ら巧が男爵に小声で確認……
「うん?どちらでもいいのだろうが……まあ順番で……というか入れた順の逆の方が……あとで入れた方が取り出しやすいはずだから……二刀流……いや……どっちもか……二本腕の方を置いていこう。」
「了解しました。」




