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魔物らの巣窟へ

8.魔物らの巣窟へ

「だが……俺のやり方にはやはり無理があり……おかげで全滅しかけた……。」

 巧はいまだに先日の晩の出来事を気にかけている様子だ。


「そうだね……襲う方は標的の動向を見据え自分たちが優位に戦えると踏んだ時点で行動に移せばいいのだろうが、襲われる側はいつ来るかいつ来るか油断できず常に緊張の糸を張っていなければならないから大変だよね。


 だから君たちは相手が優位に立っていると錯覚させるため……わざと二人で旅をして、宿にも泊まらず野営して交代で見張り番をしているのだろう?そりゃあ確かに魔族や眷属だったら、宿場町の警備なんてものともせずに平気で宿を襲ってくるかもしれないから、宿にも他のお客さんにも迷惑をかけることを心配してもいるのだろう。


 宿場町の宿が襲われたならその騒動を聞いて、自分たちだけ逃げおおせることは可能だろうが、巻き添えにされた他の客や従業員らが犠牲になってしまうだろうからね。


 だけど一番の目的は常に襲うのに好都合と見せ隙があるような勘違いをさせ……その実常に待ち構えていて懐深く誘い込み敵を一網打尽にする……そういった作戦なのだろ?大胆不敵というか……よほど腕に自信がなければできない作戦だが……二人だけで旅立たねばならない事情もあったのだろうね。


 そう言った事情を鑑みると……他に打つ手はなかった……なにせ戦力はほんの僅かだ。その中でいかに効率よく魔物や魔族を相手に戦っていくかであり……どうだろうな……俺だったら……二日でやられてしまっているかな。


 なあパステル……俺と君二人だけで……このところ数日かけて聞かせてもらった魔族や魔物に眷属を相手に……ここまで生き延びられてきたと思うかね?勿論エミリア同様貴重な相棒を連れていたとして……だよ。」

 すると男爵は今度はパステルの方へと向きを変える。


「あらっお師匠様……ご冗談を……私とお師匠様の二人だけでしたら……鳥系魔族が現れた時点でアウトですわ……だってお師匠様はいつも猪突猛進……単騎でやみくもに敵の真ん中に突っ込んで行きますから、恐らく鳥系魔族に捕まえられて上空から落とされ一巻の終わりでしょう。


 私は敵の姿さえ確認できれば正確に当てられますが、存在を悟られぬよう忍び寄る相手には滅法弱いですからね。


 いつも通りに壁となる前衛がいない戦い方はできませんよ……ですがそこはそれぞれのチームの特色ですから……同じ状況……同じ戦い方で比較しようとしても……致し方ありませんわね。


 ですがうちの四人で旅をしてさえいたなら……全く別の展開にはなっていたでしょうが……それでも魔族も魔物も駆逐して来たでしょう……ですがやはり先日の眷属ら相手では……どうでしたでしょうね……疑問符が付きます。」


 パステルはチームの戦い方だから比較はできないとしながらも……やはり卑劣な眷属らに対抗できたかどうかは不明と評した。


「そうだろそうだろ……パステルは古来からの様々な兵法に詳しく……言わばうちの参謀だからな。彼女が言うのだから間違いはない……あれは仕方がなかった……俺たちのチームだったとしても引っかかって全滅しかけたかもしれない。


 だがそれでも違和感を覚え……自称冒険者のなりそこないの二人組を眷属がらみの疑いありとして番屋に報告したのだから……おかげで眷属疑い案件として報告は上がったわけだからな……出来るだけのことはやっていたわけだ。


 それよりもここからは……少しでも俺たちの戦い方を覚えて……いや、できれば参考にして欲しい……。

 俺たちの戦い方が正しいだとか優位だとか言うのでは決してなく……こういった戦い方もあるのだという戦法の一つとしてでも覚えていて欲しい。引き出しは多いほうがいい筈だろ?」


 男爵はそう言って歩きながら周囲を何度もきょろきょろと見渡し始めた……


「おおっ……戻って来たな……。」



「御屋形様……ただいま戻りました。」


 男爵が笑みを見せてから幾許もしないうちに突然雑木林の中から大男が現れた。


 すでに山深く道は細く馬車もすれ違えるかどうかの片側一車線……左右は樹木が密に生い茂った山林にも関わらず下草の茂みをかき分ける音や気配すら感じさせずに……勿論アルル達も何ら反応してはいなかったし、その上エミリアはボーグルが居なくなったことすら認識していなかった。そういえば……今日はブルの姿も見えないことに今更ながら気が付いた。


「おおっ……ボーグル……それで……どうだった?」


「はっ……北東に位置する以前より監視を続けていた魔物巣窟ですが……三月ほど前の定期確認時には中規模程度の集団でしたが今回改めて確認したところ、大型魔物が二十を超える大規模巣窟へと様変わり致しておりました。急増ともいえる変貌は……恐らく巧殿たちが原因であるかと……。」


 ボーグルは立ち止まった男爵の前で片膝を着きながら俯き気味に報告……


「おお……やはりな……向こうさんは二重三重に策を張り巡らせていると見える……先日までの度重なる襲撃は……成功すれば良しのあくまでも時間稼ぎというわけか……。」

 甲冑姿の男爵は腕を組み右手で自身の顎をまさぐるようにしてから何度も大きく頷いた。


「どういうことですか?」

 緊迫した状況を察しエミリアが二人に尋ねる。


「ああ……我々は常に北部山脈一帯の魔物分布を監視している。山脈地帯は豊かな自然に恵まれ餌となる果実や木の実に山菜……さらに流れる小川には多くの魚がいて……魔物達もそれらを糧として生きている。


 木の実や果実は魔物や獣らに食べられ糞に混じって排出される事で種子を遠くまで運ぶことが出来るし、昆虫や小動物らも適度に間引かれ環境保全に繋がっている。


 だから……平野部と違い高い城壁など設けなくても人々は安全に暮らしていけるわけだ。


 だが魔物化するとどの獣も長寿となるようで……やがて地域の容量を超えるような集団となると森の植物は食い荒らされ山肌が露出し……大雨が降ると土砂崩れが発生したりしてさらに環境が悪化し、エサを求めてさまよう魔物らが村々を襲い始める。最初は魔物も人を恐れ深夜の田畑のみ徘徊するが……段々と凶暴化すると人そのものを襲うようになる。


 そうならないように……魔物らの巣窟を常に監視して、大規模化する前に掃討するよう北方地域を我々は常に巡回しているわけだ。魔物だって生き物だからね……人々に害をなさない限り見つけたら駆除……なんて乱暴なことはしない。


 通常は北部山脈の東部……もっともっと東寄りの地区を巡回している時期なのだが……今年は異常で前回巡回時に東部地域の中規模だった巣窟のほとんどが空で……かといって疫病が発生して全滅したとか山火事などで住処を失ったとかではなく、山側に何ら異状を見つけられないにも関わらず、魔物達がどこかへ消えた。


 我々は消えた魔物らを追って……中部地区であるこの辺りまでやってきていた。まずは我々が拠点としているサントスの冒険者組合に報告しようとしていた時にエミリアたちと出会い……魔族の眷属がらみと気づいて急遽引き返したわけだ。


 魔物らの動向異常がエミリア達が受けた仕事関連と判った以上……どうせサントスへ報告は出来ぬから……そのままエミリアたちに同行を申し出た。そして以前から監視を続けている中規模巣窟の状況が様変わりしていると……今判った。


 魔物達だってすぐに湧いて出てくるわけではないから……どこかからか集めねばならず……東部地域のほかに西部地域からも……恐らくは南部地域からも……ボーキサイ国中から魔物が今この地域に集結していることだろう。


 この先五日ほど進んだ先にも中規模巣窟があるから……そのまま進んで行けば魔物らに挟み撃ちを食らってしまう。

 そうならない様……こちらから仕掛ける。」


「仕掛けるとは?」


「勿論……これからその巣窟へ攻め込み魔物を一掃するのさ。山岳地帯に入り宿場町は激減し、既に三里半ごとに峠の茶屋と宿場町を兼ねた宿泊施設付きの茶屋が交互に設置されている。これまで通りに十五里もの距離を一日で進むのは難しく、このところは一日十里を進むのがやっとだが、特にハルク司祭らの馬車では無理がかかっているだろう。


 だから……司祭らの馬車は先に行かせて……我々は巣窟の掃討を行って恐らく今晩中まではかかるかな……それでも明日の夕刻には馬車に追いつけるはずだ。いかがかな?」


「ああ……大規模魔物の集団に挟み撃ちされては六人いてもとてももたないだろうから……一つずつ潰していくという案には賛成しますが……一晩で……本当に一晩で大規模巣窟を討伐するおつもりですか?」

 エミリアの横で男爵の話を聞いていた巧が驚いて聞き返す。


「すでにブルは巣窟近くに伏せているから……恐らく向こう側へ回り込んでいるはずだ。周囲を取り囲むように包囲して一斉に攻め込めば……逃げ場もなく掃討までに時間はかからんとみている。ここから三方に分かれて南側と北側両面から攻め込むとしよう。ボーグルは真っすぐ戻って西側から攻め込んでくれ。


 巧殿とエミリアは南側から……俺とパステルは北側から攻め込む……東西方向に山がある窪地で地形を考慮すると北と南へ抜けやすいためにそちらを手厚くする……いいかな?」

 男爵の顔からはいつものような優しい笑みは消え、真顔で問いかけてきた。


「あっ……ああ……こちらは問題ありませんが……こちらの戦力は剣士で魔道具使いの俺と弓使いのエミリアに相棒が二匹……彼らは忍犬としての訓練を受けており戦力差は二から四倍……もう少し他の組に配分したほうがいいのでは?」

 巧はこれでは他の組と戦力的に釣り合わないと申し出る。


「それは……君たちが我々特級冒険者と個々の戦力に差がないと見積もっているのかな?しかも巧殿は手負い……人数に勘定するのは間違っているのではないかな?」

 男爵が胸を張って己の体躯を誇張して見せる。


「いっ……いえ……決してそのようなつもりは……ですがすでに傷口は塞がっているので右手で魔道具なら使えますし、左手だけで剣を振るえるよう訓練は日々行っております、包囲戦では個々の技能よりも手数の計算となるのでは?」

 男爵の言葉に巧は委縮して俯き気味に……それでも意見は発した。


「おおっ……それはすごい……驚異的な回復力だね……。」

「パステルさんの治療のおかげです……。」

 巧は改めてパステルの手際のよい止血と治療に感謝していた。


「男爵……確かに巧殿のおっしゃることも尤もと考えますわ……隙間が多く漏らしてしまっては戦闘中に背後から攻められかねませんよ。」


「そうか……だったら皆頑張って通常の二倍から四倍動いて魔物を漏らさねばいいだろ?ボーグルもいいな?」

「はっ……御意……。」

 ボーグルは跪いたまま答えた。


「じゃあ……いいかな?まあ小手調べと思ってくれ……別に巧殿らの戦力を過小評価しているわけでもなんでもないが、先日も言った通りに若くて優秀な冒険者を育て次代を担って頂くよう導くのが務めと考えているから……我々が無理すれば済むなら無理でもなんでもするさ……だから……気を悪くせんでくれ……いいかな?」


「分かりました……では私たちの戦いぶりをご覧になって下さい。巧さんっ……行きますよ。」

 エミリアは意見することもなく素直に右手方向をそのまま歩き始めた。



「じゃあ……ここから皆別れるぞ……巧殿とエミリアと相棒らは南側……斜面を降りて三百間ほど進んだら東へ向きを変えてくれ。巣窟の南端に到達するはずだ。ボーグルはまっすぐ進み、俺とパステルは斜面を登って迂回して北端から攻める。


 合図は……そうだな……白い照明弾を打ち上げるから……それをきっかけに突入してくれ。くれぐれも魔物を後ろへ漏らすなよ。そうして……個々の組で何か不都合があれば……赤い照明弾をすぐ打ち上げてくれ。


 作戦を中止して打ちあがった場所へ集合……いいかい?」

 道なき道を延々と下草をかき分け歩き半里ほど進んだところで男爵が立ち止まり切り出した。


「了解しました……では……失礼します。」

 エミリアはそういうとすぐに斜面を降り始め巧とアルル達が急いで後を追う……



「私たちの実力を存分に見せつけてやりましょう!」

 数十間ほど進んだところでエミリアがぽつりとつぶやく。


「なんだ……男爵の言い方に腹を立てていたのかい?仕方がないだろ……向こうは全員特級冒険者で俺は手負いだ。


 しかも俺は記憶を失っているから冒険者試験の初級を受けただけで昇級試験は受けていないし望んでもいない。記憶が戻った時に今の記憶を引き継げるかどうかわからないからね。エミリアだって初級試験に合格したばかりなんだろ?実力差は大人と赤子程もあるのは間違いない。だから……こっちの人数はもっと多くてもいいくらいかも知れないくらいだ。


 だがなあ……包囲戦となると……その人数と手数がものをいうからと思って進言したのだが……まあ無理してでもってやけに謙遜していたみたいだが……漏らさず戦えると踏んでいるのだろうから仕方がない。

 大体……ここまで通ってきた道を見てみてくれ……下草が倒れて俺たちが進んできた道が丸分かりだろ?」


「それは当たり前ですよ……ここは山脈の中腹とは言いませんけれどそれでも標高は高く樹木が生い茂り下草が伸び放題ですからね……下草をかき分けて踏んづけながら進んできたのだから……そりゃあ足跡は残りますよ。」

 巧の問いかけにエミリアはまだ頬を膨らませたままだ。


「だが……先ほど通ってきた道……長槍使いのボーグルが戻ってきたはずの道だろ?なのに通った航跡がほとんど感じられなかった……男爵やパステルの歩き方を見ていて感じたのだが……彼らは一歩はさほど大きくはないが軽やかであまり体重を移さずにどちらかというと空中散歩のような感じで歩いているようだ。


 だから下草も固く踏みしめられることはなく、四半刻もしないうちに復活して跡が分からなくなる……だからこそ彼らは足音も立てずに……いわば気配を感じさせずに標的まで近づけられるのだろうね。


 歩き方一つだけでもこんなに大きな実力差があるんだ……出来ればこの機会を勉強だと思って彼らの技や戦い方を一つでも学べたらいいと感じている。こっちの実力を見せつけるのではなく彼らの技を盗むんだ……いいかい?」

 憤るエミリアに対して巧はあくまでも冷静に……しかも彼らから学ぼうとしていると告げる。


「はっ……はあ……そういう事ですか……分かりました。私もパステルさんの技を一つでも盗んで見せます。」

 エミリアは真顔で大きく頷いた。



「この辺りですね……アルたちの様子が変わってきました。すぐ先が魔物達の巣窟のようですよ。」

 しばらく歩いた先で突然アルルとぺリルの動きが止まり、唸り声こそ上げてはいないが低く身構えて歯をむき始めた。


「ああ……そのようだな……じゃあここで待機して合図をまとう。」

 巧も身を低くして小声で応じた。



 すぐに乾いた破裂音がして、上空に白い閃光が打ちあがった……


「よしっ……行くぞっ!」

「アルっ、ペルっ、行くよっ!」

 巧が立ち上がり茂みをかき分けながら駆けだし、エミリア達もそれに続く……


「ンモッ?」

 飛び出た先は下草はほとんどなく木立も途切れ開かれた場所だった……恐らく牛系やヤギ系など草食魔物が下草を食べきって山肌が露出した場所を根城にしているのであろう……


「だありゃっ!」

 巧はすぐさま左手だけで剣を抜き大きな角を生やした雄牛系魔物に向かっていき、その首に深々と剣を突き刺した。


「ガウアッ!キャンッ」

 すぐさま巧の後方から狼系魔物が飛び掛かっていくが、空中姿勢の途中であえなくエミリアの矢の餌食となる。


「アルっ、右っ!……ペルっ、左!」

 エミリアはすぐさま身振りで、アルルとぺリルに左右に群れている小動物系魔物を抑えるよう命じる。


「だありゃっ……おりゃあっ……たあっ!」


 巧は更に後続の雄牛系魔物の喉目がけて剣を突き刺し、素早く抜いて返す刀で雌牛系魔物一頭と子牛系魔物一頭の喉笛をかき切っていく……どうやら左手だけでも戦える……急襲の利点を存分に生かし、相手が攻め込まれたことに気づき戦力を整える前に根絶やしにする勢いだ。


「ガアッ」「ギャンッ」「ガッ」

 エミリアも狼系魔物や狐系魔物らが飛び出してくるところを的確にとらえていく……


「どうやら各所から魔物が集まってきているというのは本当のことのようだな……最初に仕留めた雄牛系魔物だって大きさから言うと恐らくはボス級……いきなりボスが仕留められ浮足立ったから簡単に処理できた。


 出身巣窟ごとに散らばらず群れているのだろう……そう考えると確かにこちらから仕掛けるというのは正解だったな……小動物系魔物を斥候にして足が速く機動力がある狼や狐系および鳥系魔物らを前衛に襲わせ乱した後にボス級の大型魔物の集団に突進されたなら何も残らなかっただろう……ボス級魔物が分散している今だからこそ楽に仕留められる。」


 ひとしきり斬り捲った後で動くものがほとんどいなくなったのを見定め巧が口を開いた。


「確かに……ここにいる魔物達だけで小規模の巣窟並みに魔物が居ましたね……この程度のが幾つもここに集合しているとなると……一斉にかかられたなら手ごわいでしょうね。アルっ……ペルっ……おいでっ!」

 エミリアも自分が射かけた獣らを見回したあとで、アルルとぺリルを呼び寄せた。


「ですが本体というか……他の魔物達はどこなのでしょうか?」

 エミリアが周りを見回すが、周囲は樹木が密になっていて見通せない。


「ああ……俺たちは南側から斬り込んでいくわけだから……目指すは北だ……太陽の位置から考えて北はこっちだな。」

 巧は大きく体を反らせて天を仰ぐと、北へ向けて先の見えない樹木の隙間を進んで行った。


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