旅立ち
5.旅立ち
「今日教えていただいた干物のレシピは図解入りでまとめて、仲間内で共有化するつもりです。学期末試験代わりのレポートも、これらを含めて提出予定です。」
娘が笑顔で町長に報告する。
「うん?学期末試験代わりのレポートというのは何じゃ?」
「本来なら一昨日から今日まで、夏休み前の期末試験だったのです。ですが魔物に捕まってしまったものですから……学校では予定通りに期末試験は実施され、試験を受けることができなかった私たち五人はそのままでは留年確定でしたが、校長先生の恩情で代わりに囚われていた前後の様子をレポートにて提出となりました。」
「おおそうか……薬草採取は地域のためのボランティア活動とはいえ、外出禁止区域の危険な森の中へ護衛もつけずに少人数でいき、しかも森の奥深くまで入り込んだため魔物に捕まってしまったわけだからな。
本来なら無断欠席で情状酌量の余地なしとなり、留年となってしまったはずじゃな。
だが国庫を圧迫しかねない国軍派兵の前に、冒険者様が皆を救出してくれた訳じゃからな、大事とはならなかっただけに、少し温情をかけてやろうという事にでもなったのじゃろう、それはよかったな……。
これに懲りて冒険者まがいの危険なことはやめ、少しは女の子らしく家の中でおとなしく過ごすようになってくれるとありがたいのじゃがな。」
娘が留年せずに済んだ事を聞き町長の顔が急に明るくなったが、最後は大きなため息で締めくくった。
「でも……あのままでは診療所の薬庫は空となり、地域のお年寄りや貧しい家庭の子供など、弱い立場の者は治療を受けられないところだったのです。
春前の間伐の際に同行して薬草摘みをすると申し出たのですが、危険な作業の時に周りをうろちょろされては迷惑と、業者の方たちに断られてしまいました。
仕方なく間伐後に向かうことになったのですが……森の入り口付近は視野も確保され安全という触れ込みでしたが、なんと……薬草が自生する花畑は間伐を行った業者たちの仕業でしょう……踏みつぶされて半分以上は枯れてしまっており、残った部分も生育が悪く採集は叶いませんでした。
恐らく間伐の際の安全確保のために、花畑の上で野営を行ったと思われます。所々にかまどを設営したとみられる焼け焦げや炭の燃えカスに灰など多く見られましたから、魔物たちの所業では絶対にありません。
魔物たちも自らのケガや病気の治療のために薬草を必要とするため、花畑を踏み荒らすことは決してしないと言われております。恐らくそれを利用して作業者の安全を図ったのでしょうが、花畑での薬草摘みを安全に行うための間伐なのに、花畑をつぶしてしまっては本末転倒です。
おかげで森の奥の花畑迄採取に向かう羽目に陥ったのですから、決して私たちだけの過失とは受け取って欲しくありません。
昨年までの町の業者であれば私たちが同行して薬草摘みも出来ましたし、花畑周辺に野営して決して花畑を荒らすことはしませんでした。なのになぜ、今年の業者は変わってしまったのでしょう?」
娘が多少キレ気味に最後は甲高い声色で打ち明けた。
「なんと……これまで間伐の際には町の若者たちを募って一時的に自警団のような組織を編成して向かわせていたのだが、王都には専任の業者がいるからそちらを使うようにと王宮から通達があったのじゃ。
おかげで出張費込みで例年の三倍ほども請求されてしまったのだが、専門業者であるから安心して任せられるとの触れ込みじゃった。だがそんな問題があるのなら来年からはやめじゃな。更に花畑を踏み荒らしたという事で、賠償金を請求してやるとしよう。
しかもおかげで娘たちが魔物に捕まり命を落としかねない羽目に……更にその救出要請すらも無視されたのじゃからな……ちょっと王宮あてに苦情を申し立てる必要性がありそうじゃな……。」
町長は娘の言葉に目をつぶり腕を組み、暫し黙考した後で小さく頷いた。
「そんな……王宮へ直接苦情を申し立てるなんて……流石にそこまでしなくても……間伐を行った業者あてに苦情を申し立てればいいのではありませんか?」
「勿論そのつもりだよ……間伐の代金はまだ支払っていない筈じゃからな……もう一度やって来させて花畑の整地と薬草の苗を自費で植えさせてやるつもりじゃ。
だが……王宮にも業者を斡旋した責任というものがあるはずだろう……全く知りもしない業者を紹介するはずもないのだからな。恐らく何らかのつながりがあるはずじゃ……裏金を渡して各地の町へ斡旋してもらっているとかな……そうなるとサービスや業務内容が悪いのも納得じゃ。
なにせ王宮が後ろ盾についているのじゃからな……そのような業者をこのままはびこらせるわけにはいかん。大きな問題にして王宮内の粛清も行わねばならんだろう。」
町長はその穏やかで優しい口調にも拘らず、かなり物騒なことを口にし始めた。
「ええっ……そんなことをして大丈夫なんですの?町長としての父様の立場が悪くなってしまうようなことは、ないのですか?今後何か町で困ったことが起きても、中央は無視するなんてことに……」
娘がやや引き気味に父に考え直すよう促した。
「ああ……問題ない……落ちぶれたとはいえ、これでもこの地方の豪族の家系で現王国の公爵なのじゃからな……なり手のいない町長業務のために公爵位は凍結を申し出て碌などは頂いていない身だが、それでも国王様には国の有事の際には公爵として意見を出してもらいたいと言われておる。
そのいい事例ともいえるじゃろう……まあ……汚職は確かに悪い事ではあるが、現状の国庫を考えれば緊縮財政の折……悪知恵を絞って贅沢をしたいと悪に染まってしまうこともあり得なくはない。
じゃが……こういう時こそ気を引き締めて、清廉潔白に業務を全うしなければならんのじゃ。それが公職に就く者の務めというものじゃからな……。」
町長は至極当たり前と胸を張って主張する。何せ自分は町長としては肩書のみで、一切手当など頂いていないのだ。手弁当で問題の多い町政のかじ取りをしているのだから、少しでも給料が出ている公務員は、しっかりと働けという事なのだろう。
「そう言う事でしたら……まあいいですけど、お役人様をあまり泣かせないでくださいね。」
自信満々の父親に対し、娘はあきらめ気味に応じた。
「それはそうと……冒険者殿……いや……巧殿……帰って来た早々から娘との会話だけで無視するようになってしまって申し訳ありません。何かお飲み物でも……酒なら我が家にもひと揃えありますぞ。」
娘との会話がひと段落したところで町長は、傍らの席で黙々と干し肉にかじりついている冒険者へと視線を移した。娘は未成年でもあり晩酌の相手は出来ないからだろう、嬉しそうに笑顔を浮かべながらキッチン脇の酒棚へと向かった。
「ああ……ここは町長宅で、親子なんだから遠慮なく会話を続けてくれ。それで申し訳ないが……酒は飲まないし、自分で用意した飲み物以外には手を付けない性分だ。どうか、お構いなく……。」
冒険者は自分が蚊帳の外であったことを気にかけることもなく……というより構われることを拒むかのように、ざっくりと答えた。冒険者は食事に際して兜は脱いでいたが甲冑は装備したままで、更に帯刀していた。恐らく急襲に備えているのであろうが……何もそこまで……と町長は小さくため息をついた。
「そうでしたそうでした……確か刺客に襲われた経験がおありのようでしたね。記憶を失った自分のことを知っている相手がいないか確認するために、信用できる相手の前だけでは素顔を見せる……それでも人が準備したものには一切手を付けない……でしたね……失念しておりました。
それはそうと……巧殿のく……ですが、どのように表記すればよろしいですかな?ご存知かどうかわかりませんが、この国の言葉ボーキ語の人名文字にはクという発音がございません。クッかキュかクゥ若しくはクェとかで……近い発音のものはございますかな?
王宮へ苦情を提言する際に娘たちをお救い戴いた冒険者様として記載する必要性がございまして……記憶を失った後でつけられた名前という事は聞いておりますが、何分にも正確に記載する必要性があるものでして……。
なにせこの地域では珍しいお名前ですからな……。」
町長は突然巧の名前の書き方について質問してきた。
「いや……巧というのはこうやって……確か礼金を受け取った際に領収書に記入したはずだが……こうやって書く……漢字という書体だ。読み方はタクミ……」
「ああはい……紙とペンです。」
テーブルの上を指でなぞって見せる冒険者に向かって、町長は急いで紙とペンを渡した。
「ああそれが……漢字という文字でしたか。この辺の文字とは全く似ておりませんな。ミミズがのたくったような印象で、領収書の時は速記用の文字で書かれたのかと思っておりました。
そうですか……漢字……確かこの大陸の遥東にも大陸が存在し、その東の地域には漢字という文字を使う民族が住んでいるとか……巧殿はそこのご出身でしたか……。」
紙に巧が記した文字を見て、町長が首をかしげる。
「いや……漢字を見せる度に他の町でも同じようなことを言われたが……だがしかし、東の大陸にはこれまで幾度も大船団を繰り出して向かったがいずれも失敗し、途中から引き返してきたものはいても、東の大陸に辿り着いて帰って来たものはいないとか……途中の海域が常に大嵐だとか大渦があるとか聞いた。
そんなところから、果たして人がやってくるだろうか?」
町長の解釈に巧が否定気味に首を横に振った。
「まあそうですね……東の大陸に関しては確かに未知の地……と申しますが、誰も行って戻ったものはいない、いわゆる人外未踏の地……という場所ですからね。
ですがなぜか……古くから東の大陸に関しては言い伝えられているのだから、私は存在するものと考えておりますし、行って帰ってきた者も恐らくいたはずです。ただ単に今現在は人の行き来は出来なくなっただけで、遥か太古には行き来できていたのではないかと……そう考えております。」
町長は町長なりの東の大陸の見識を披露した。
「確かにそうですよ……父様……ですが遥か太古にやってきた方が永らく眠りについていて、今目覚めたが記憶を失っていた……とかいった事は考えにくいですよね?眠っていても歳は取りますからね。もし眠っていれば歳を取らないのであれば、私はお出かけと食事以外は常にベッドで眠っていたいくらいです。
もしかすると巧様は、これまで東の大陸を目指した船団の一員の冒険者だったのではありませんか?
東の大陸に辿り着いたか、あるいは途中で東の大陸の住民と出会うことに成功した……ですがそこから戻ってくる際に大嵐か大渦に遭遇して何処かの海岸に流れ着いたときには記憶を失っていた……と言った境遇ではなかったかと……?」
「いや……東の大陸にこちら側の船団の一部が漂着した、あるいは途中で東の大陸の住民と遭遇できたと仮定するなら、巧殿がその遭遇した東の大陸の住民という事でも不思議はあるまい?
漢字を使いこなせるという事より、巧殿はやはり東の大陸の元住民ではなかったかと……」
娘の推測にダメ出しをして、町長はもっともらしい推論に辿り着いた。
「そ……そうか……だったら俺は……遥東に存在する大陸の元住民……。」
その推察に巧は腕を組み、目を閉じて唸り始めた。
「いえいえいえ……あくまでも娘の推察通りに東の大陸にこの大陸からの調査船団が到着できていたのであれば……といった条件付きの仮定でございます。
元より東の大陸自体が伝説まがいの……実際に存在するものかどうかすら定かではないことと、仮に巧殿が東の大陸の住民であった場合、こちらの大陸に知人など居るはずもございませんからね……そうなると素顔を晒していた時に刺客に命を狙われた……と言ったことが疑問に残ります。
なので話半分……いや四分の一程度に考えておいていただければ……と……まあ、絶対にありえない事ではございませんからね。可能性の一つとして残しておいてください。
とりあえずこの図柄をそのまま書き写して……発音として……そうですな……発音を聞いた感じではクゥですかな……タクゥミ……と読み仮名を入れておきましょう。」
少しでも自分の過去のヒントになりそうな事柄に貪欲な巧に対し、町長はあくまでも仮説にすぎないとくぎを刺す。何の手掛かりもない現状では、ひたすら聞いて回るしか手はないのだろうが、情報の有効性を判断する際の一助にでもなればいいと、町長は考えているのだろうか。
「そうですね……国中を回ってでも巧様のお知り合いという方を探し出して、巧様の過去の手掛かりをつかむ必要性がありますね。私もお手伝いできると思いますわ。」
町長の娘はそれまで使っていたナイフとフォークを皿の上にハの字に置くと立ち上がり、微笑ながら冒険者の方へと視線を移した。
「うん?エミリア……突然何を言い出すのだ?まさか……冒険者様に……巧殿について一緒に国中を回ると言い出すのではないだろうな?」
町長は初めて娘の名前を口にした。もしかすると年ごろの娘の名前を、男性である冒険者に知られたくはないと考えていたのだろうか……
「もちろんそうですわ……父様。私がご案内差し上げれば、巧様の自分探しも効率よく実行できると思っております。父様の代理として商工会などの打ち合わせに出席しておりますから、近隣各都市の長の方とも面識が御座いますからね。顔が広くて信用が置けそうな方でしたら、十分ご紹介できますわ。」
エミリアが自信満々と言ったように胸を張り、口角を緩ませながら宣言する。
そう……町での揉め事の仲裁など町長業務以外の雑務等に忙殺され、どうしても手が足りない時などは人当たりが柔らかで頭脳明晰で慎重派の娘に代理を頼み、すぐに結論を出さなくてもいいがそれでも重要性の高い会議などに出席させていた。おかげで高校生の身で、各地の貴族に財閥や長などとも顔見知りなのだ。
「だがお前はまだ高校生……しかも期末試験を受けられなくて留年の危機なのだろ?巧殿の世話をしている場合ではないだろ?」
「ですから……先ほどもご報告致しました通りに、薬草収集の際に魔物達に捕らえられ期末試験に出席できなかった点については、囚われていた期間の様子をレポートにまとめて提出することで期末試験の単位とかえて頂けることになりました。ですから心配ご無用です。」
「いや……だから……レポートを提出せねばならんのだろ?」
「囚われるに至った経緯など含めて記載が必要ですから思い出し思い出しして……1日や2日で仕上げられる代物ではございません。ですから……巧様と同行して各地を回りながら仕上げるつもりです。知人をご紹介差し上げる時間以外は、十分活用できそうですからね。
締め切りは二週間後ですから、それまでに校長先生あてに飛脚便で出せば十分間に合いますわ。」
娘が高校を卒業できるか否かがかかっているという一大事を心配する父親に対し、エミリアはあくまでも冷静に答えた。
「いや……待て待て待て……仮にレポート提出で留年は免れたとなっても、すぐにくる夏休みが終われば二学期が始まるのではないのか?
大学へ行けと何度も勧めたのに広く社会を見て回りたいので試しで就職してみたいというから……この町の老舗の陶磁器会社を受けて何とか内定にこぎつけてはいるが、卒業できなければ就職どころではないのだぞ。
わしの知人の会社を紹介してやるというのを断りよって、わざわざ何の関係もない会社を選んだのだったな!それでも受かったというのに卒業や就職はどうするのじゃ?」
町長の娘の採用という事になると何かと裏での利益供与や忖度が疑われるため、家柄を一切伏せ母方の姓で就職試験に臨み、それでも成績優秀な娘は内定を勝ち取ったのであった。
「いえいえご安心ください……お付き合いしますのはあくまでも夏休み期間までで、八月中には戻って来て九月からは高校に戻りますわ。
それに……今回の件で騒ぎが大きくなってしまいまして、その際に私の素性がバレてしまったのでしょう、内定取り消しとなってしまいました。表向きは卒業単位取得が現時点で不明確なためという……難癖にも等しい理由でした。
でも……お堅い性格の父様のことは町中知れ渡っておりますから、娘の私を雇用してのメリットはなく、逆に不具合発生時など正規の手続きと処置をしなかった場合に言いつけられ、改善要求される危険性が高いと判断されたのでしょう。痛くもない腹を探られる様なことは、避けたいとの趣でしょうね。」
娘が少し視線を落としながら答える。
「そ……そうだったか……」
「ですから……どうせ時間は余っておりますから……巧様のお手伝いをいたしますわ。」




