知りたい過去
4.知りたい過去
「ささっ……どうぞ遠慮なくお召し上がりください。」
町長はそう言うと自分も冒険者の前に陣取り、並べられた大皿から取り皿に肉や野菜を盛りつけ始めた。
妻に早くに先立たれた町長宅にはメイドなど居らず、娘がいない状況では日々の食事もままならず、役場の食堂の食事だけが彼が口にできる全てであった。それでも娘のことが心配でほとんど喉を通らず、ようやく昨晩久しぶりにまともな食事をした。
恐らく五人前はあるであろうが冒険者と二人だけ……勿論助役にも後で食べさせるつもりではいたが今は一緒の席に着くつもりだ……少々バブリーな食卓ではあるが、町長は半分は平らげるつもりでいた。
「申し訳ないが俺は携帯食で……。」
冒険者は頑なに拒むと、腰に下げた袋から干し肉と水筒を取り出した。恐らくそれが冒険者の袋であろう。
以前、余程のことがあったのだろう……町長はことさら事情を聴こうともせずこれ以上勧めるのをあきらめ、折角用意した食事でもあり助役を手招きで席につかせ一緒に食事をすることにした。
「その……お名前をお聞かせ願えますかな?
そう言えばまだ名のってもおりませんでしたね、失礼いたしました……私はランドルフ・シュタインベック三世と申します。古くからの……この辺りの地主の家系でして……。」
そう言いながら町長は軽く会釈をした。
「……今は仮に巧と名のっている。」
「今は仮に……とおっしゃいますと?」
「隠しても仕方がないし、ここまで話した内容から察しが付くと思うので正直に打ち明けるが、俺には過去の記憶がない。そうして……以前素顔を晒して街中にいると何度か刺客に命を狙われた経験がある為、普段は滅多に人前で顔を晒すことはない。
それでも俺は自分の過去を知りたいため、信用できる御方に出会うと自分は何者なのか、確かめることにしている。おかしな奴だとお思いでしょうが、ご容赦願いたい。」
そう言いながら巧は、引きつったような笑みを浮かべて見せた。
「いえいえ……決しておかしな奴だとは……思いませんよ。何か強い衝撃を……強く頭を打ったとか、あるいは精神的に強いダメージを負った場合など、記憶を一部なり全部なり失ってしまうことがあると聞いたことがございます。ひどい場合は言葉すら忘れて、赤子のようになってしまうこともあるようです。
巧殿の場合は、まだ言葉はそのままで……ご自身に関することだけ忘れてしまわれたのでしょうかな?屈強な冒険者のようですが、記憶を無くされる以前も冒険者であったのでしょうかな?」
たった一人だけで娘たちを魔物の群れから解放したことからも、相当な手練れの冒険者であることは間違いがない。以前からそうであれば、うまく過去を辿れるかもしれないと思い、その点を確認してみることにした。
「五年ほど前……気がついたときはとある集落の民家で寝ていた……この鎧と兜を装備したまま……この剣を握りしめた状態で街道近くに倒れていたところを地元の農民に発見され、看病してくれていたそうだ。
だから多分……冒険者であったのだろうと考え各地を渡り歩いて仕事を請け負い、冒険者組合で俺を知った奴がいないか確認して回っている。
だが発見された時点で俺は、冒険者証を携帯していなかった様だ。だから名前も分からない……それでも登録の際にふと思いついたのが巧と言う名だ。それが俺の名前なのかあるいは知り合いの名前なのかもわからないし、口に出しても皆それが名前とはおかしいというが……俺には名前だという認識がある。
どうやら近隣の国の名前ではなさそうなのだが……名前含めて何か心当たりはないだろうか?」
冒険者は詳細を打ち明け、何とか自分の手掛かりを探ろうと問いかけてきた。
「ううむ……申し訳ないのですが、私には分かりかねますね……ですがそういったご事情でしたら、私にもお力になれることはあるはずです。
まずは……この国の冒険者組合の会長に紹介してみましょう。そうして国中の冒険者組合に巧様を存じ上げるものがいないかどうか……刺客の心配もございますから五年以上の長期雇用者限定で、秘密裏に職員らに確認するよう手配は可能と考えます。
その間は……我が家にでもご滞在いただければ……我が愛娘も命の恩人の冒険者様とご一緒出来れば喜ぶでしょう。」
流石に何日間も宿の最上級の部屋をあてがうわけにはいかない……町長の家も苦しい財政状況なのだ。それでも娘の命の恩人をぞんざいに扱うわけにはいかないので、仕方なく自宅へ招くことにした。娘が喜ぶと言えば、高級宿を引き払って自宅へ招く良い言い訳になるであろう。
「いや……さすがにそこまでお世話になるわけにはいかない。組合の会長へご紹介いただくのは有り難いのだが、それ以上は……俺が勝手に自分の身元確認をしたいと思っているだけなので、自分の足で確認して回るつもりだ。とりあえず……二、三日はこの町を回って何か手掛かりを探すつもりだが、宿など心配無用だ。
この町は公園以外にも空き地が多いし……私有地などは勝手に入るわけにはいかないだろうが、公園予定地などと書かれている場所でなら一晩過ごす程度は問題ないでしょうな?野宿は慣れているし、どの道携帯食しか手をつけぬのでね……。」
そう言いながら慣れた手つきで素早く兜と手甲を装備すると、そのまま部屋から出て行こうとする。確かに寂れる一方のこの町では王都のみならず他の国へ移住する者も後を絶たず、住む人がいなくなり放置され荒れ放題となった土地は町で買い上げて公園や娯楽施設などに整備する予定としている。
とはいえ緊縮財政の町では開発計画もほとんど進まず、整地だけして放置している土地がほとんどなのだ。朽ち果てて廃墟同然となった家々が建ち並ぶゴーストタウンのようにだけはしたくないと、町長主導で何とか最低限のメンツだけは保っているというのが現状だ。
「まま……お待ちを……娘の命の恩人が町にご滞在中に野宿させるわけにはまいりません。私が世間から笑いものとなってしまいますので、どうかご勘弁を……お食事はともかく寝るだけでも我が家をお使いください。お願いいたします。」
町長は自分にこのような脚力があったのかと驚くような身のこなしで素早く冒険者の前に跪くと、両手を床について頭を下げた。
恐らくよく知らない家に厄介になるという事に警戒しているのではあろうが……
「あああっと……どうかお顔をお上げくだされ……勿体ない……こちらは雇われの身……筒がなく業務を遂行し、約束の礼金を受け取った……それでもういいではないですか。
ここからはこの町の町長と、さすらいの冒険者といった関係にもどり、互いに貸し借りなしという事で問題はないはずだ。逆に宿を手配して頂いたり、町長宅にお邪魔させて頂くことになったなら、こちらが気を使って何かお手伝いをしなければならなくなる。
そうしてまた町長がそのことに感謝して何か礼をすると申し出られでもしたなら……これではずっとこの関係が絶たれないことになってしまいます。なのでその……どうかご容赦願いたい。」
そう言って冒険者は小さく会釈すると目の前に跪く町長に両手を差し出して起立を促し、その横をすり抜けて行こうとした。
「まま……お待ちください。そうでは……そうではないのです……。
こんな言い方をすると私がおかしいと思われかねないのですが……我の娘含めて町の女学生たちをお救い戴いた礼金が、銀貨二百枚で妥当とお考えですか?不慣れな土地で道に迷った娘たちを大人数で捜索するだけならまだしも、魔物たちの巣窟に命懸けで救出に向かわれたのですから……安すぎますよね?
我が娘だけであったとしても金貨千枚積んでも妥当と言えるかどうか……それくらいに命の価値は重いものです。それはもちろん……巧殿の御命に関しても、もっと重く受け止めております。
ですがその……恥ずかしながら我が家には……小作をお願いしている農地はあれども資産と言えるものはないのです。土地を売って……等と考えても、ただでも過疎が進むこの町で農地など売れるはずもありません。つまり現時点で私がお支払い可能な額を、礼金として提示させていただきました。
この程度では引き受ける冒険者など皆無であろうと冒険者組合でも納得し、申込金だけで礼金は支払いの猶予を受けたほどなのです。」
町長は少し戸惑いながらも、苦しい胸の内を打ち明ける。
「勿論娘たちをすぐにでも救出しなければなりませんから、この町の町長として公式な要請を王都に向け発信し、軍隊の派遣を待っておりました。ところが待てど暮らせど派兵を吟味する連絡すら届かなかったのです。
ほぼ絶望と見られたところに、あなた様が娘たちを救出してくださったと……更に魔物どもの巣窟を完全掃討していただきまして、以降は安全に薬草取りに森へ向かうことができるようになりました。本当に感謝感激雨あられ……これ以上の喜びはございません。
ですからその……せめてこの町にご滞在いただく間は……どうか我が家にお泊り下さい。家に招き入れたからそれでよし……等とは決して思ってはおりません。まだまだご恩は返しきれたものとは考えておりませんが……せめて……せめて我が家にお泊り下さい。
約束した礼金だけ支払って後はそ知らぬふりで恩人である巧殿は野宿している……などと住民たちに後ろ指を指されぬよう……どうかこの老人を気の毒と思っていただけるなら、我が家においでくだされ。
お願い申し上げます。」
町長は話しかけながら出て行こうとする冒険者の前に再度立ちはだかり、最後は涙ながらにその両手を包むように握りしめ、すがるように懇願した。
「はあ………………わかりました。どうやら承知しなければ、この部屋から出て行くこともままならぬようだ。この町に滞在する数日間は、町長宅にご厄介になるとします。よろしくお願いいたします。」
とうとう根負け気味に、冒険者は町長宅に泊まることを了解した。
「そっ……そうですか、よかったぁー……ではこれから拙宅迄……ご案内いたしますから、ご一緒しましょう。」
そう言って町長はくるりと身軽に回って冒険者に背を向け、部屋を出て行こうとする。
「町長、お待ちを……。ここ数日はお嬢様のご心配で手につかず……業務が滞っております。町長は溜まりに溜まった書類の処理を最優先でお願いいたします。」
ところがすぐさま二人の前に、継ぎ当てだらけの作業服姿の中年男が立ちはだかる。町長配下の助役だ。
「いやあ……わしの家まで……ほんの半刻のことだ。問題なかろう?」
「そうはいきません。娘様たちが行方不明の間は我慢しておりましたが、もうなりません。業務最優先で……冒険者様は私がご案内いたしますので、どうかお席にお戻りを……。」
助役は厳しい目つきで首を横に振った。
「そっ……そうか……確かに机の上は書類の束が今にも崩れ出しそうに山積みのようじゃ……仕方がないのう……では任せるが、くれぐれも粗相のないよう頼むぞ。
おおそうだ……そう言えば巧殿は、料理はなさらないのでしょうかな?食事は……干し肉や弁当など全てご購入されるのでしょうかな?」
少々うなだれ気味にデスクへと向かう町長が、突然思いついたかのように振り返る。
「いや……俺が口にするものは全て俺が仕留めた獲物の肉か、若しくは森や洞窟等で俺が摘み取った果実に木の実かキノコなど野菜類のみだ。自分で調理して干し肉や干物、煎り米になど日持ちするよう加工している。
漬物なども自分で作ったりもするが……。」
突然の問いかけに冒険者は首をかしげながら、それでも答えた。
「おお……そうでしたら……我が娘は……親の私が申すのもおかしいのですが、なかなかの料理上手でしてな。決して親の欲目ではないと、自負しております。」
「そうですね……町長のお嬢様はただお美しいだけではなく料理もお上手で、バザーなどに仕出しされるアップルパイやミートパイなどたちまちのうちに完売するほどです。おかげでお嬢様にご参加いただければ寄付金などすぐに目標に達すると、各慈善団体からいつも引き合いがございますね。
早くに母君様を無くし、町長宅の切り盛りを幼いころからずっと任されてきた賜物……とも評されておりますが、町長……稀代の冒険者様に目をつけ、早々にお嬢様の売り込みでしょうか?」
町長の言葉を受け助役が解説するも、すぐに冷ややかなまなざしで町長に見つめられることとなった。
「なっ……馬鹿もん!いくら何でも娘はまだ18にもなっていないのじゃぞ。
そうではなくてじゃな……その……巧殿……娘は料理上手の上に環境問題にも興味があるようでしてな、昨今のフードロス?の問題にも頭を悩ませておるようです。
それで……ですな……是非とも巧殿の技術を学ばせていただけませんかと……これは昨晩娘から是非にと言われ、断りきれなかったことでありますのじゃ。救出の際に娘たちに与えられた干し肉の味が絶品だったという事でして……もし購入品であれば、その店を知りたいという事でした。
その……お世話になった上さらに料理の手ほどきを……と申すのも心苦しいのではありますが、しかし娘は本当に料理上手でして、巧殿の携帯食作りに必ず役立つと考えます。何卒よろしくお願いいたします。」
町長はまたもや腰を折って、深々と頭を下げた。
「はあ……そう言う事でしたなら……携帯食も少々乏しくなってきたところですので……台所をお貸し頂けるのであれば有り難い。ですが人様に料理を教えたことも人から教えを乞うたこともなく、全くの独学ですので……せいぜい一緒の台所に立ち隣で調理する程度ではありますが、それでよろしければ……。」
冒険者は少々あきらめ気味の口調で、町長の頼みを引き受けた。ここまでのやり取りから、どうせこれも断り切れるものではないと理解したのであろう。
「おお……良かった。これで娘にも顔が立ちます。ささっ……娘は昨日持ち帰った猪や雉肉を準備して、首を長くして待っているところだと思います。お急ぎのほど、お願いいたします。」
願いが叶った町長は上機嫌で助役に先導させ、冒険者を見送った。
本当は娘が命の恩人のために腕を振るうと張り切っていたのだが、出された食事に手を付けない性分であれば仕方がない。それが記憶を失った後に顔を晒していて刺客に襲われたと言っていることと関係しているのかもしれないが、用心のために自分で調理した食材しか信用しないのだろう。
自分の手料理を振舞うと意気込んでいた娘には気の毒だが、それでも宿を提供することは叶ったし、自らの食材しか手を付けないにしても食卓を共にすることは可能であろう。
何もかも全てが思い通りになることなど滅多に起こりえないのだ。ある程度の所で妥協するしかないし、我が娘は分はわきまえていると信じている。町長はそう気を取り直して書類が積まれたデスクへと歩を進めた。
その日は夜遅くまで溜まりに溜まった業務をこなし(戻ってきた助役の監視下で遅れを取り戻すためのノルマを果たすまで帰ることを禁じられていたのだ)、町長はようやく家路についた。
「父様お帰りなさい。お食事の準備は出来ておりますのよ……。」
居間へと入って行くと娘が笑顔で出迎えてくれ、隣の食堂へと案内された。
「こ……これは……。」
ようやく帰ってきた娘による豪華な食卓……を期待していたのだが、食堂のテーブルの上に並べられた皿には猪や鳥肉などの干し肉に燻製肉、一旦乾燥させてから水で戻したと見られる大根やニンジンなどの乾燥野菜。更に煎り米に大豆のスープなどが並べられていた。
「干し肉もきちんと血抜きをして清潔な場所で干せば、必要以上に塩を振ることもなく長期保存ができるのですって。大根やニンジンなどはそのまま生で食べるよりも干したのを水で戻したほうが、栄養だって豊富になるそうよ。干していいものってキノコか芋くらいかと思っていたけど、違うのですねえ……。」
町長の娘は上機嫌で満面の笑顔をふるまう。
約束通りに冒険者は町長の娘と一緒に台所に立って、色々と教えながら調理して見せてくれたのだろう。何にでも興味を示す年頃ではあるのだが、とりわけ料理好きの娘にとっては冒険者限定とはいえ保存食の作り方を教えてもらえたのはまたとない最高の経験であっただろう。
「おお……そうかそうか……。」
取り敢えず冒険者も一緒の食卓に着いて娘と一緒に調理した干物などを食べてくれたので、町長も満足だった。しかも……確かに塩分も控えめで健康に良さそうで……その上味もいい……。




