若きヒーロー
3.若きヒーロー
翌日の正午近くになって娘たちを勇敢にも救って頂いた命の恩人とも言うべき冒険者が、直接町役場の町長執務室までやってきてくれた。
昨日前もって銀行頭取に火急の事情を告げていたのだが、それでも銀貨二百枚が町長あてに届けられたのは、彼が来るほんの少し前のことであった。
「ようこそお越しいただきました。本日夕方以降であれば仕事帰りに宿までお訪ねして直接お支払いする旨、お伝えしておりましたが、出来れば早く受け取りたいとおっしゃっていらしたようですので、手前どもの方までわざわざ御足労頂き、感謝しております。
もうお昼間近ですので、まずはお食事でも……。」
町長は慇懃に、まずは準備した食卓へと恩人である冒険者を誘う。娘が言っていた通り冒険者は、体型に合わせて特注したと見える衣服のようにフィットした……まるで肌に密着しているかのように中身の体格を容易に想像できそうな甲冑を装備し、更に小ぶりな兜をかぶったまま現れた。
通常はそういった着るタイプの鎧は木の薄板を丈夫な布地に括り付け、肩や腹部分を防備するような初級者用か、若しくは厚手で丈夫なワニ革などを下地に縫い付けて、やはり肩や腹部分を防備する中級者用だが、彼の鎧は頑丈な金属板を肩や腹に背中部分に配置し、つなぎ目の関節部分は薄い金属板を少しずつずらして幾重にも縫い付けているような、完全防備の相当手の込んだものに見える。
腰から下げた剣の柄には一切飾りなど施されてはいないが重厚そうで、手甲の指跡がうっすらと見える事から、相当に使いこまれていると想像できた。
特注の、恐らくは最上級と言ってもよい装備を身につけた冒険者……所属する国の冒険者の中でも名の知れ渡った一級品の冒険者であろうが、そんな冒険者がどうしてこんなさびれた国へ訪れ、通り過ぎることなく小さな町の礼金も事前に払い込まれていない依頼を受けたのだろうか……町長は彼の話を聞きたいと思った。
今日の仕事終わりに町長自ら冒険者組合へ出向き、礼金を冒険者組合に預けると連絡係の助役が昨夕告げると、冒険者組合を介した依頼ではあるのだが礼金を積み立てておらず、冒険者組合もそれを認めた珍しい事例のため直接交渉を冒険者組合が許可したという事で、直接伺って礼金を頂くと答えたらしい。
昼前後には金を届けられるだろうと言った頭取の言葉を受けて、もし間に合わなければ取り敢えず食事でもして時間繋ぎをしようと考え、役場の食堂のコックに無理を言って豪華な料理を準備させておいたのだ。
と言っても、物流の滞ったさびれた町でのこと高級食材など存在しない……地場の野菜とたまたま昨日娘が持ち帰った森で仕留めたと言っていた猪肉いわゆるジビエ料理だ。
野生動物は自然環境保護の目的から、樹木の若芽を全て食べつくしたり、環境を酷く荒らしたりしない限りは保護対象となっているのだが、魔に取り込まれると積極的に人間に襲い掛かるようで、そのような場合のみ狩猟が認められている。
とはいえ魔物化した動物を狩る様な力自慢は一般的には冒険者だけであり、今回はたまたま弓を持つ娘が森の中を逃げながら射止めた獲物を持ち帰ってきた。
魔物化はこの近隣では今の所家畜にまで及んではいないが、それでも他の町などでは家畜が魔物化する場合があるようで、常に警戒している状況だ。
仕留めた獲物は娘たちの足取りを追った冒険者が回収しながら娘たちの元へと運んだようで、囚われとなった時に放棄したはずの、娘愛用の弓と矢袋も回収してきてくれたと娘は喜んでいた。
そもそも娘たちがすぐに帰ってこなかったのは、回収してきた魔物化した獣肉を冒険者と一緒に冒険者組合の調理場を借りてバラシていたからのようで、宿をあてがってもらってからは宿の調理場を借りて精肉していたようだ。
コックもおかげで鹿のいい肉が手に入ったと喜んで腕を振るったようだし、リーダー格の町長の娘が他の娘たちの家々を頭を下げて回った時も、ご近所様まで十分に配って回れるくらい、両手に持ちきれないほどの猪肉やウサギに野バトを持たせてやることができ、怒られるどころか感謝されたと聞いた。
それもこれも収穫物を一定量までなら重さと容積を感じずに持ち運べる、冒険者の袋のおかげと娘から聞いたのだが、娘が狩ったものとはいえ囚われの身となった娘に回収することなど出来なかったはずで、自らの収穫として冒険者組合なり町の市場などで売りに出せば、それだけでもかなりの収入となるだろうに、あくまでも取得物として娘たちに回収してきたものを手渡したらしい。
律儀な性格と言ってしまえばそれまでなのだが、なぜここ迄親切にしていただけるのか、町長はこの冒険者の人となりを知りたいと感じていたのだ。
「いえ……おもてなしには感謝するが……既定の礼金以上のものを受け取るわけにはいかない。宿も無理やり宿泊費を清算してきたし、出された料理にも手をつけずに自前の携帯食でまかなった。
人を疑うようで申し訳ないのだが……例え依頼主の下であっても出された飲み物や食事に手を付けることはしない……大変無礼と感じられるかもしれないが……小心者故……ご容赦願いたい。」
冒険者はそう言って軽く会釈した。
「いやっ……あの……もしや食事に毒や眠り薬など仕込まれてはいないかと……御疑いでしょうかな?
まあそれは仕方がない事とはいえますか……確かに銀貨2百枚ですからね。
冒険者組合で直接受け取ることが出来ればよかったのでしょうが、わざわざ御足労願う形となり、大変ご無礼をいたしました。深くお詫び申し上げます。」
そう言って今度は町長が深く腰を折って頭を下げた。
「ですがその……礼金を積んでおかなかったのは……さびれて冒険者が寄り付きもしないような田舎町のことでして……依頼を引き受けていただけるような冒険者様がいらっしゃるとは夢にも思わなかったからで、しかも娘たちを全員無事に解放していただき、本当に心の底から感謝している次第です。
ですから礼金はお支払いいたしますし……そうですね、まずはこちらの方が先でしたね。
では……銀貨二百枚……御改めください。」
町長は銀行の帯封がついたままの袋を、そのまま冒険者の目の前のテーブルの上に置いた。
「感謝する……。」
すると冒険者はその袋を中身の確認もしないまま、自分の腰から下げた袋に押し込んだ。
「そうですか……一見の手前どもを信頼頂き、ありがとうございます。さて……お支払いも済んだことですし……折角用意したものですから、どうかご賞味いただけないでしょうか?どれでもご指摘いただけましたなら、毒見代わりにまずは私めがつまませていただきますからご安心してお召し上がりください。」
警戒しているであろう冒険者を少しでも安心させようと、町長は自ら毒身役を買って出た。
「いや……折角用意して頂いたのをお断りするのは大変心苦しいのだが……これも身についた習慣故……お気を悪くされぬよう……ご理解願いたい。」
そう言って冒険者は再び軽く会釈をした。
「それからこれが……銀貨二百枚の領収書だ。組合の手数料込みでお支払いいただいたようなので、これから組合へ出向いて手数料分を渡すとしよう。」
そう言って冒険者は、つかつかと執務室のドアの方へと歩み寄って行く。
「あっ……お待ち願います。
それからその……今回依頼の礼金は銀貨二百枚ですから……手数料は含まれておりません。依頼票にも礼金として銀貨二百枚と記載があったはずです。冒険者組合へ手数料分だけは、依頼時に支払っておりますから……そうしないと依頼を掲示していただけませんもので……二重払いにもなりかねませんのでそのままでよろしいかと……。
それよりも……娘たちの命をお救い戴いた、大恩人なのです。このままお返しするわけには……料理がお口に合わないようでしたら、お酒など如何でしょうか?この国の産業はほぼ潰れたようなものですが、米を醸造して作る酒は地域性もありますし、この地は米どころという事もあり地酒だけは自慢です。」
そう言いながら町長は素早くぐい飲みに徳利から選りすぐった地酒をなみなみと注いで見せ、一息で煽った。並の酒好きなら……いや、酒好きではなくとも飲めるのでさえあれば……その豊潤でフルーティな香りは、人の心を惹きつけるものだ。流石に断るものなどいないであろうと心の中でほくそ笑んでいた。
「そういった心遣いは、俺には全く無用だ。どうか、ご容赦願いたい。
それよりも……冒険者組合手数料に関してなのだが……礼金掲示額のうちの1割は組合手数料として徴収されたうえで支払われるのではないのか?これまでこの国の様々な地域を流れ歩いてきたつもりだが、どこの冒険者組合でも同様の対応だった。この地域の冒険者組合だけ特別なのだろうか?」
冒険者は少し首をかしげながら問いかけた。
「ああそれは……ううむ……あくまでも推測に過ぎないのですが……。」
冒険者の問いかけに町長は少し頷いた後、言葉を区切ってから話し始めた。
「恐らく、ご明察通りに手数料の二重取りなのでしょうな。ですがその……どこまで悪気があってのことなのか……その……ご存知かどうか……冒険者組合というのはどこの国にも属さない完全中立の独立団体なのです。勿論組合としての利益が出れば所属する国に対して税金は納めるでしょうが、どこの国の組織でもないのです。
その為、例え戦時中でありましても冒険者は敵対国間を冒険者証の提示だけで行き来できますし、戦争に加担しなければ各国で仕事の依頼を受けて稼ぐことができます。
冒険者組合は完全に独立採算なものですから、たとえ赤字が出ても所在する国に支援は求められないわけです。例えて申し上げますと……我が国のように国庫が空で疲弊しきった国では、ほとんど依頼も発生せずに冒険者が立ち寄ることもありません。それでも主要な町には組合があって業務は継続せねばならないわけです。
景気のいい大国の利益が出ている冒険者組合の黒字分が、この国の冒険者組合へ補填として流れているのでしょうな。ですのでその……決して暴利を得ているという事ではないようで……。」
裏の事情を知っていると思われる町長は、そのことを正直に打ち明けた。
「おおそうか……だったら組合の手数料を上げてしまえばいいのではないのか?どうせ取っているのだから二割を手数料にすれば問題はないはず……。」
その話を聞いて冒険者は至極当たり前のことを口に出す。
「その……小耳に挟んだことですが……国の機関ではない冒険者組合の実情をどうして知っているのかと疑われてしまいそうですが……組合自体は独立機関でも、そこで働いているものはこの国の……この町のものですから……特にこの国の組合会長は私の知り合いでしてね……少なからず事情は聞いております。
かなり以前は冒険者も羽振りが良くて気前が良く……受け取った報奨金の一割程度はチップとして受付嬢などに手渡していたようなのです。その当時は受付嬢の賃金は特に設定されておらず、唯一冒険者からのチップだけが稼ぎであったようではございますが……今はチップもほぼほぼなくなった為、仕方なく受付嬢も給金を頂いて生活しているようです。
そこで手数料を値上げしようとしたようですが……チップが無くなったのは受付嬢らのサービス精神が無くなったからではないのかと、逆に改善要求が所属する冒険者たちから出たようです。
つまり……チップが欲しければ、それだけ我々冒険者に媚びて仕事をしろ……と申すわけですな。
受付嬢はもっと胸元が開いたセクシーなシャツに、スカートは裾にスリットを入れろ!とか過激な服装での接客迄要求してきたのです。そんな事……うら若き乙女である受付嬢がやりたいはずはありません。
その為手数料の値上げは頓挫してしまい……今では恐らく手数料の二重取りのようなことが行われているのではないかと……ですがその……怒らないでやってください。
私の方から冒険者組合には……是正を勧告しておきますので……。」
そう言って町長はわがことのように深々と頭を下げた。一冒険者が組合事情をどこまで把握しているのか町長が知るはずもないのだが、流石に古くからのいきさつは若い冒険者では知らない点もあるだろう。
この町の冒険者組合の会長は、町長の幼馴染で飲み友達でもある。酒の場で組合業務の辛さを嫌というほど聞かされているのだ。景気のいい大国と違い滅多に仕事依頼が入らないこの国でも会長は二人いて、もう一人は最大の都市王都を含めた以東を任されているため経営的に安定しているようだ。
だが王都を含まない以西を任されている幼馴染は決してひいき目という事ではなく、仕事依頼が少ない中でもそれなりに頑張ってやっているようだし、それは他の国の組合も同様と信じている。その為ここは何としても穏便に済ませたいのだ。
「ああ……そう言う事であれば……別に俺としては構わない。手数料が二割だと理解しておけばいいのだからな。それでその……一つお願いがあるのだが……。」
冒険者はそう言うと両腕の手甲を外し始めた。彼の手甲は造りも細やかで、指はある程度自由になり領収書へのサインも先ほどそのまま行ったほどだが、どうしてまた……町長は少し首をひねりながら、
「はい……どのようなご用件で?如何様でも私が出来る範囲でしたら……お力になりたい所存ですが……。」
町長は決心したように答えた。
「先ほどまでの受け答えから、信頼が置ける方であると判断した。更に人付き合いも頻繁で多数の方とお会いしているような方であろうと……それでその……俺の顔を確認していただきたい。
これまでに出会ったことがある人物であろうか?もしそうであれば、いつ頃出会い、そうしてその時の俺は何者であったのか……お教え願いたい。」
両手の手甲を外し終えた後、今度は兜のあご部分に手をやり喉元の紐をほどいてから、ぴったりと装着している兜を両手を上げて取り外した。その下からは予想外に若く初々しい顔が……恐らく年の頃は……三十を超えてはいない印象だ。
透けるような銀髪に黒色の瞳……大きな目に均整の取れた鼻すじ……美男子という言葉が最も適切であろう。一つだけ……大きな欠点は、丁度両目の下……鼻の突起の始まりの辺りを横一文字に痛々しい刀傷がつけられている。それは恐らく壮絶な……生き死にをかけた戦いの傷跡であろうと容易に想像できた。
「はあその……仰ることから察するに、その古傷以前も含めて、あなた様にお会いしたことがあるのかどうか、お尋ねという事でしょうな。ふうむ……私は存じ上げませんな……助役……君はどうかね?」
手甲を外した後の両腕や両手の甲も、よく見れば指先含めて無数の薄い切り傷が、それこそ数えきれないほど入っている様子で、恐らくは鎧を外した体にはもっと深い刺し傷跡などもあるだろう。歴戦の勇者と言ってしまえばそれまでだが、彼の見た目の年を考えるとどうしてここまで……といった疑問が生じてしまう。
取り敢えず自分には見覚えがない人物のため、町長は答えを配下の助役に振った。
「はあ……私も……お会いしたことは一度もなかったと思いますね……。」
助役も首をひねりながら答える。そもそも彼の質問の意味を、理解しかねているのであろう。何せ自分は何者かと……初対面の我々に問いかけてきているのだから……。
「その……出会ったことはなくとも手配書などに、似ているような人相書きを見た覚えはないでしょうかな?」
すると今度は質問を変えて来た。
「いやあ……もし仮に手配書が回っているような御方であれば、仕事の依頼を受ける時点で組合受付嬢が気づいて軍へ通報しているはずです。仕事を斡旋する際は冒険者証と顔を確認するはずですからね。
その……何か事情がおありのご様子ですね?もしよろしければ……お聞かせ願えませんでしょうか?
もうお昼を既に回っておりますし……冷めてしまいましたが折角用意した料理ですから……このままでは助役は昼食を食べ損ねたまま午後の業務につかなくてはなりませんし……お昼をご一緒しながらお聞かせねがえませんでしょうか。」
そう言いながら町長は冒険者の背後に回って両肩に手を当てて押しやり、無理やり彼を食卓に着かせた。もしかしたら彼が人前で食事をしないのは、兜を脱がねばならないからでは……と町長は感じたのである。




