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孤独な勇者とじゃじゃ馬

2.孤独な勇者とじゃじゃ馬

「お救い頂いた冒険者はたった一人だけだったと聞いておるのだが?


 その御方は本当にたった一人だけで昼なお薄暗い森の奥深く……ばかりか、魔物たちのいわば巣窟にまで飛び込んでいかれたというのか?それとも数人の仲間で現れ、多くは魔物たちとの戦いの際に傷つき、あるいは命を落とされたのであろうか?もしそうであれば、何人のお仲間たちがご無事なのか?」


 町長は無事に戻ってきてくれた娘の姿を何度も眺めなおし、それでも救出までのいきさつを確認しておこうとする。なんせ銀貨二百枚の礼金なのだ。娘たちが逃げ惑った挙句何とか森を脱出し、町へ帰還する途上で出会っただけ……なんてことであれば礼金全額など支払えない。


 行った功績によって当然ながら値切ろうと考え娘からいきさつを聞こうとしたのだが、どうやら娘たちは本当に一時は魔物たちの住処に捕らわれた様子であった。そこを救っていただいたのであれば勿論、礼金は全額お支払いすることになる。


 だが何十もの魔物の群れの中にたった一人だけで飛び込んでいくような、無茶というより無謀なことをする冒険者など存在するのであろうか?本当は数人でチームを組んで、他のメンバーは命を落とし、あるいは傷つき療養中などで一人だけ代表で娘たちを町まで送ってくれたのではないのだろうか?


 もしそうであれば冒険者チームのメンバー全てが恩人である。たった一人だけをねぎらうのではなく、町の病院を紹介して傷ついた方には適切な治療を施すし、万一命を落とされた方がいれば英雄として町の共同墓地に埋葬し、手厚く葬った後に遺族あてに礼金の一部を送るつもりだ。


 代表で来た冒険者がパーティのリーダー的存在であれば彼に任せ、礼金を全額払ったのちに適切に分配していただくというのもいいのだが、後日傷ついて治療していたメンバーが個々に現れて、それぞれ礼金を要求されてはさすがに困る。


 何せ全く素性の知らない流れの冒険者なのだ。しかも普通の冒険者であれば素通りするような、疲弊しきって金の臭いなど全くしない貧乏国の、さらにここは地方の小さな町だ。


 こんなところにまで仕事を求めに来るような輩は……景気のいい他国の冒険者組合では経験豊富で屈強な冒険者パーティが主力で、組合だって仕事を斡旋するならそちらを優先するであろう。そこで仕事にあぶれ食い詰めてしまい、少しでも割のいい仕事を求め、かような貧乏国を訪ねて来たと推定できる。


 だったら冒険者パーティと言いながら実は食い詰め同士の寄せ集めでパーティ内の親密性はゼロ、動けなくなった仲間を放置し一人だけで礼金目当てに娘たちを連れてきた可能性がないとは言えない。


 そうと分かれば明日の礼金の引き渡しは一時的にしろ人数割分だけお支払いし、残りはパーティメンバーに分割してお支払いするとお断りできる。


 そうしてのちの憂いを断っておかねば……大切な一人娘を救ってきて頂いた冒険者の方には申し訳ないのだが、いかんせんほぼ全財産を支払ってしまうため、後日他のメンバーたちが請求に来られたとしても、ない袖は振れないのだ。命を賭した冒険者の遺族の方にも、お詫び申し上げるしかなくなってしまうのだ。


「いえ……私たちの元へお救いに現れたのは……お一人だけでした。魔物たちの巣窟を出て森を抜けるまでの道中にも、見張り役のお仲間の姿すら見かけませんでした。あの方は……たった一人だけで森の奥深くにある魔物たちの巣窟へと飛び込んできてくれたのです。」


 愛娘はじっと父と目を合わせ、嬉しそうに笑みを浮かべながら答えた。


「なんと……やはりお一人だけで……?そうすると冒険者というのは……魔導士系の妖術つかいか?わしも詳しい訳ではないが魔族という人間の何倍も力が強く、しかも魔法を使える存在がいるという。その魔族の中にも人間に味方するものがまだいて……お前たちを救って頂けたという事なのか?


 いや……だが素早い動きをする獣系魔物たちなど……群れる魔物は大抵そのようだが……そいつらに直接攻撃魔法はなかなか効果が薄いと聞いたことがある。自らも炎で焼き殺されるつもりで広域の範囲魔法でも使わねば、魔物の群れを駆逐することなど到底かなわぬと……。


 だったらお前たちの無事が不思議じゃな……?冒険者殿もご無事で一緒に戻ってこられたのだろ?」


 町長はもちろん武人ではないのだが、それでも魔物ひしめく外界から町民を守るため、戦術や戦闘に関しての知識を多少は持ち合わせているのだが、それでもたった一人だけで魔物の群れを相手にできる存在など、これまでに聞いたことがない様子。


 地方の小さな町であるこの町も二十尺もの高い城壁に囲まれ、それぞれ分厚い木製の扉で仕切られる四方中央の城門の上には大砲が一門ずつ備えられ、砲撃手が交代制で昼夜問わずに守っているし、彼らはもちろん町に雇われた、いわば町の警護部隊なのだ。


 町長は町の防衛に関して、最高司令として常に最新鋭の防御態勢を構築すべく日夜勉強しているのだ。


 この世界の一般的な武器は剣に槍にナイフなどの接近戦用……斧に鉈などの道具も使われる場合があるようだ。弓矢等の飛び道具に、大砲などの集団を攻撃する破壊力重視の武器も存在するが、これは軍隊用で国同士の争いなどで主に使用されるものだ。


 魔導士などの使う範囲魔法などは大砲などと同様に、大勢の敵軍目がけて遠距離から攻撃を仕掛ける場合に重宝されるもので、基本的には戦争向きで魔物相手に使われることは少ないと聞いていた。


 対する魔物たちは素早い動きと備わっている牙や爪のほか、高等な魔物になると炎玉に石つぶて、高圧の水流などを使って冒険者たちを苦しめるそうだ。


「いえ……長い諸刃の剣を振り回し、バッタバッタと襲い掛かってくる魔物たちを切り捨てておいででした。

 でもその……魔法も使っていらっしゃったようで……魔族と戦う際には常に私たちの前には土壁の障壁を設けて頂いておりましたし、剣を振るいながら炎に雷撃などの魔法を駆使して魔族を倒してしまいました。


 それでもお一人だけでしたから……私たちを守るために周り中を魔物達に囲まれてしまった際には、まずは私たちを退避豪という安全な箱に入れて頂きました。


 それからその……目くらましでしょうか、魔物の視界を奪うために私たちに目をつぶれと言ってからすぐに強烈な閃光と同時に大きな音を……瞼を閉じていてもまぶしい光と耳をつんざくような大きな音を発する魔法も使っておられたような……視界と耳を奪ったのちに動きが止まった魔物たちを素早く葬っておいででした。」


 娘は的確に当時の状況を、なおかつ詳細に伝えた。


「ほお……魔法を……だが剣で仕留めたという事は、魔導士の類ではなさそうだな。魔法を専門に扱う冒険者が存在すると聞いてはいるのだが……魔族のような人間以外の存在ではないとして、剣士でも魔法を使う冒険者がいるという事のようだな……。」


 町長は腕を組み沈思黙考する……人間たちも魔法を使いたいのだが、その際は魔道具……と言って、魔物達が持つ魔力を封じ込めた、言ってしまえば兵器を使うことになる。


 魔道具は封じられている魔法の威力や使用可能回数などによって値段は様々で、中には家が一軒買える程の高価な魔道具が存在すると聞いたことがある……だがそのような高価な武器を……半ば使い捨ての砲弾のようなものを娘たちを救出するのに使用したというのか?


 魔道具の価格など全く知らないのだが、銀貨2百枚の報酬に対して使っても問題ない程度なのか?いや……どうなのだろうか……この町にも使用した魔道具に魔力を封じる商売を行っている業者は存在するが……使い果たした魔道具の再チャージにやってくるごく稀な冒険者相手に商売が繋がっている様子だ。


 一度にいくつもの魔道具に再チャージできないようで、大きな街ではそのような店が何軒もあるにも拘らず、何ヶ月先にまでスケジュールが埋まっていて、酷いところでは1年待ちなんて人気店もざらにあるという事だ。


 その為この町のような辺鄙なところまでわざわざやってくるような気得な客もいると聞いてはいるが、恐らく月に一度も訪れない客で商売が成り立っているのだから、結構な暴利を得ていると見られても仕方がない。何せ人間には魔族の持つ魔力など、そのままでは扱えないのだから使いたければ金を出すしか手はないのだ。


「恐らく特注でしょう……体に合わせた薄手の鎧と兜を装備していたのでお顔は拝見できなかったのですが、縄をほどくときに手甲を外されて手を見ることは出来ました。常に甲冑を身に着けておいでなのか日に焼けてはおりませんでしたが、逞しい上腕をしておいででした。


 声はしわがれておりましたが恐らくワザとで……多分30代前半の……人間の……男性でした。」

 娘はうっとりとしたような遠いまなざして、中空を見つめながら話す。


「なんとそうか……人間の……冒険者……おっ……おいおい……まてよ……まさかその男に……。」

 それまで嬉しそうに娘の話に耳を傾けていた町長だったが、突然顔をしかめて娘の両肩を掴んで睨みつける。


「ぷっ……まさか……私が、その冒険者様をお慕いして……?なあんてお考えですか?滅相もございません。第一あまりに年上すぎます。いくら若い男性がほとんど出稼ぎに出てしまっているこの町でも……まだ私と同年代の男の子はいっぱいいますからね。


 父様に紹介しないのは、なんだかんだと難癖付けて裏で手を回して遠ざけようとなさるから……だからお話ししないだけですよ。」

 心配症の父に、娘は思わず吹き出し大笑いしながら否定する。


「なんとそうか……ならばよし……ってことではないぞ!何という事を申す!妻を失って早5年、手塩にかけて育ててきた大事な娘。変な虫がついては亡き妻に申し訳がないと……確かに彼氏のような存在が出来る度に家族構成や補導歴など調べることはした。だが別に、別れさせるような細工をした覚えはないぞ!


 大抵はその素行歴など調べ上げる途中で……興信所などが近所に探りを入れ始めた段階で、根掘り葉掘り調べ上げられるのを嫌い、お前から去って行ってしまうのだ。それまでの人生に何らやましいところがなければ、どれだけ調べられても構わないだろうとわしは思うのだがね……。


 良いか……わしの眼鏡にかなわない男とは付き合うな……なんてことは言わない。だがなあ、欲深い財産目当ての男どもには騙されて欲しくない……お前に悲しい思いをして欲しくないのだ。


 親バカと思われても仕方がない……わしはお前が付き合おうとする者の身上調査は決してやめないぞ!」

 町長は少し顔をしかめて眉を寄せ、悲しそうにしながらも堂々と宣言した。


 町長の娘は世話好きで明るい性格をしていて、親の欲目を外したとしてもかなりの器量よしだ。これは遠慮のない意見を平然と述べる助役らに、何度も確認をしているので間違いがないところだ。


 その上、家は代々続く古くは地域の豪族として現在の町の大部分を領地としていた、今でも大地主の家柄なのだ。これと言って収入のないいわば名誉職の町長を無選挙で何期も続けていられるのは、広大な農地を耕作している小作農家からの収穫があるからだ。


 その為、財産目当てで……遠くの町から……たまに隣国からでも、娘目当てに一時的に引っ越してくる家庭が後を絶たないのだ。多くは没落貴族の家系で……その由緒ある家柄を背景に、公式に一見したこともない娘に交際を申し込んでくる……次男坊の婿入り先にこれ以上の優良物件はないと考えるのだろう。


 それ以外では、大きなマーケットや工場などを運営する資産家の次男坊……その多くは事業継続のための借入金交渉を有利に進める目的で、担保となる土地目当て……ではないかと、大抵の場合はすぐに見透かされてしまう。


 性格が良くて娘を大切にしてくれるのであれば、当初は財産目当てでも構わないと考えたこともあったのだが、多くはわがまま放題に育てられて性格がねじ曲がった……犯罪まがいのことをいくつも親の力でもみ消してもらっているような、いわば放蕩なドラ息子達ばかりだった。


 そのような輩には決して大切な娘は渡せない……町長はそう固く誓っているのだ。


「父様が心配性なのは重々承知しております……でも私を信じてください。決して中身がスカスカの、外見や肩書だけの男性になどなびくことはありえません、これでも人を見る目は持っていると自負しております。

 どうか私を信じて、自由に行動させてくださいませ。」


「う……うむ……だが……しかし……。」

 軽く会釈して願い出る娘に対し、町長は答えに窮した。


 自分がしていることは、はたから見れば親バカの類であることは、重々に承知している。いや、承知しているというのは、あくまでも頭の中では……というだけで、助役や娘の友人の親たちなどから娘に近づいてくる若い男の噂を聞くたびに、悪いとは思いながら興信所に身上調査を反射的に依頼してしまうのは、最早本能的行動であり、避けられないのだと本人は納得しているのだ。


 明るく朗らかで誰に対しても優しく接する……決して八方美人ではなく、諫める時は相手を敬いながら言葉を選び分かりやすく非を指摘し、納得させたのちに過ちを訂正させる。誰もが彼女に一目置いているのだが、それでも友人グループ内のリーダー的存在と言う訳ではないようだ。


 常に一歩引いて周りの者の話をよく聞くため、相談役のような役割を担っていると聞いている。


 親から見ても端正な顔立ちと清楚な外観にも拘らず、弓術は師範代の腕を持ち格闘技も上級者である娘は、言ってしまえばじゃじゃ馬……と評される部類であり、乗馬も一級品で週末には遠乗りと称して遠くの町まで食料品の買い出しに行ったりしている。


 産地購入により少しでも安価に抑えようと、実家のみならず近隣の家庭のための買い出しを兼ねて行くのだが、勿論魔物に襲われる危険性がある遠出は通常は男たちの仕事だが、近所に買い出しに行ける若い男が皆無と称して、遠方の男たちに交じって出かけるのだ。


 身長は若い男の中でも中程度……手足が長くて胸も大きくスタイル抜群で、これでおとなしく料理上手であれば王子様だって見初めるに違いないと、助役たちによく冷やかされたものだ。


 今回の薬草の採取に関しても、町営の老人ホームと診療所の薬庫がほぼ空の状態で、かといって王都から薬を調達するだけの予算の余裕もないという事で、ボランティアでそれらの施設の世話を日々行っている娘の通う高校の学生たちが自主的に、森の中へと薬草採取に出かけたらしい。


 薬草が生い茂る花畑自体は森の入り口すぐの場所にあり、生い茂る木々の間伐も行われたばかりのために視野も確保され、危険性は少ないと言われていた。


 娘は彼女たちのボディガード的役割で弓を持って出かけたのだが、矢は全て使い果たしていた。その多くは序盤に襲い掛かってきた獣系魔物たちを追い払うのに使われたようで、魔族率いる魔物たちの集団に囲まれたときは弓を捨て、おとなしく投降したと打ち明けた。


 下手に抵抗しなかったのは周りの者たちを気遣ってのことだったのだろうが、今思えば正解の行動と言える。おかげで全員が無事に戻ってこられたのだ。


「ふうむ……だがなあ……今回のようなことがあると、完全に自由に……と言う訳にもいかなくなるぞ。」


 町長はゆっくりと首を横に振って見せた。今回はたまたま町に居合わせた冒険者が救出に向かってくれたおかげで、娘たちは助かった。


 だが流れ者の冒険者が、いつまでもさびれて活気のないこの町に居ついている訳はない。何より次にトラブルが発生したとしても、ほぼ全財産を使ってしまった今では、冒険者組合に仕事を頼むこともできない。王都に軍隊の派遣を依頼しても一向になしのつぶての現状では救援は望めないのだ。


「それならご心配なく……薬草はかなり大量に持ち帰ることが出来ましたし、当座の危機は回避できそうです。当面は薬草をすりつぶして粉にして、調合する作業に追われるでしょうね……。」

 町長の不安げな面持ちを気にも留めず、娘は快活な笑顔で答えた。


「はあ……まあ……当面はおとなしくしてくれるのであればまあ……いいさ……。

 友人たちも全員大きなけがもなくよかった……逃げまどっている最中や、囚われた時など辛かっただろうが、よく頑張ったな。疲れただろう……今日は早く寝なさい。」


 決して今回のことに懲りて危険な行動を慎むとは思えない娘の態度に町長は深くため息をつき、それでも娘をねぎらってから休むよう勧めた。



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