襲撃
4.襲撃
「冒険者の袋は中が異世界とつながっていて、結界術師が使用者に合わせた網目状の袋を内部に設置して使う。
異世界というのは広大な大きさを有しているので、そのまま物を放り込むと膨大な異世界空間を漂うため取り出せなくなってしまうので、ある程度の大きさに絞って有限サイズでなければならないわけだ……だからがま口の先の異世界側に袋がぶら下がっていると考えると分かりやすいようだ。
とはいえ網目状と言っても伸び縮みする……入っている物に合わせて大きさが代わるわけだな……そうして使用者が念じるとその物が網目の伸縮によって手元に近づいてくる……。
冒険者組合でなくても上級の結界術師なら使用者を代えられるがその際は、一旦その袋を断ち切ってから新たに使用者に合わせた袋を設定しなおすことになる。しかも張られた結界術の展開方法を探るのに試行錯誤が必要と聞いた。
だから……俺が記憶を失って倒れていた時に装備や落ちていた魔道具のほかにも冒険者の袋だって何一つなくなっていなかったのは、このご時世とんでもなく奇跡的なことだと……組合へ行くと他の冒険者らによく言われたよ。」
巧がエミリアに冒険者の袋の仕組みについて解説した。
「へえ……このようなことも冒険者の初級者講習で習うのですか?」
「いや……さすがにこんな詳細までは講習ではやらない。俺はただ漠然と冒険者の袋は異世界に通じているとは知っていたが仕組み自体は知らなかった。だがこのところハルクが早朝にはやってくるので……奴が冒険者の袋の使用者や副使用者も切り替えることが出来ると話していたのでその詳細を教えてもらっただけだ。
話はそれてしまったが……あの二人……俺が入ったテントの位置に……位置を見失わないよう白い石を入り口すぐ前に置いてあっただろ?その真後ろに……テントのほぼ中心目がけて火矢は放たれていたからな。
しかもアルルやぺリルが気付けないほど遠距離から……エミリアも知っているだろうが……火矢を放つには矢先に油をしみこませた布をきつく巻いて火をつけて放つ……重心が普段と変わるしその上矢先の炎で焦点が合わせづらいはずなのに……それでもきっちり狙って放っていた。あれは……冒険者試験に落ちるような腕ではないはずだ。」
「ただの偶然ではないですか?たまたまうまい事いったとか……。」
「まさか……三本中三本だぞ……しかも一尺ずつずらしてほぼ正三角形に……テントの布地に当たっていたなら……さらに俺にも当たってしまえば詳細な狙いまでは検証できなかっただろうが……俺はテント位置をずらしていたから地面に突き刺さった矢跡ではっきり認識できた。あれは相当な手練れだぞ……。」
「成程……そうなると……小太りの男の人の方が怪しいわけですね?」
「いや……小太りの方が弓を肩にかけていただけで……こいつが放ったかどうかすらわかっていない。痩せたほうが放って俺につかまる前に小太りに弓を渡した可能性だってある。痩せた方だって小刀しか帯刀していなかったからな。
そもそも……奴が言った言葉……テントの少し上を狙って……と言っていたが、火矢で先が重い矢を放てば手前側に落ちるから上を狙ったのがたまたま丁度テントに当たったと言い訳染みていた気がしてならない。普通は左右に狙いをずらして放つだろ?脅すならそれで十分だし重心の違いを考慮する必要性がないから安全だ。」
「そうなると……二人ともに怪しいわけですね?」
「ああ……もしかすると昨晩だってわざと捕まった可能性すら……サントス手前からも実はついてきていて……襲撃されても気配が無くなれば俺もエミリアも交代で眠ると分かっていて……だが昨晩はあまりにもあっさりと捕まりすぎて逆に不安になり……二人とも一晩中起きていたから手出しできなかった可能性すら出てくる。
俺は奴らがおとりで騙した眷属の方が襲ってくると考えていたのだが……朝になって検証してみて奴らも怪しいと気づいた。だから引き渡し時に厳重に身体検査をして、弓と小刀以外武器や魔道具に冒険者の袋も所持していない事を確認した。
あとは取り調べでどうなるかだが……まああれだけ言っておけば簡単に釈放とはならないはずだ。数日勾留になれば早々追いつけないだろう。」
巧はとりあえずの脅威は去ったと説明。
「ふうん……こうなると何を信じればいいのか……人間不信になりそうですね……。」
エミリアも俯き気味にため息をついた。
「うー……」「ぎゅるぎゅるぎゅる……」
巧がテントに入ってから四半刻ほどして、突然アルルとぺリルが唸り声をあげ身構えた。
「巧さんっ!何者かが様子を窺っているようです。」
エミリアがすぐに巧に声をかけると……何もない異空間から突然巧が姿を現した。
「うんっ?」
飛翔音に反応して巧が身を翻して剣を振るうと矢が地面に突き刺さる。
「エミリアっ」「はいっ」
すぐさまエミリアが矢が放たれた方向に向かって矢を射かけると……
「ぎゃっ!」
遥か前方で悲鳴が上がった。
「昨日の二人組でしょうか?」
「分からんっ!だが魔物でも魔族でもない……矢を使っている時点で相手は人間だ。」
巧は慎重に周囲を窺うように身構えながらゆっくりその場で辺りを伺う……
「うー……」「ぎゅるぎゅる……」
アルルとぺリルはじっと一点を見据えて唸り声を上げ続けている。
「アルっ、ペルっ……行けっ!」
エミリアが察して二匹を放つと……
「どりゃあっ!」
その瞬間、エミリアの右手前方から大きな影が飛び出してきた。
「だりゃあっ!」
だがすぐに巧が割って入り、男の脇腹に剣の腹で一撃を食らわせた。
「がうっ!」「がぁっ!」「うわああっ……」「ぎゃあーっ」
奥の木立の中ではぺリルたちの格闘が続いている様子だ。巧が抜いた剣を持ったままぺリルたちの方へ駆けていく。
「うわぁっ!」「やめてくれっ、勘弁してくれっ!」
「武器を捨ておとなしくしろっ!」
巧がアルルとぺリルに噛みつかれ転げまわっている二人に剣を向け、武装解除を要求する。
「降参っ!だからこいつらを何とかしてくれ!」
「アルル、ぺリル……よしっ……お座りっ!」
巧が命じると二匹は素直に噛んでいた腕や足を離し、その場にお座りをした。
「甲冑姿に剣と弓矢……元冒険者の今は盗賊と言ったところか?」
巧が二人に剣を向けたまま手放した剣を注意深く足で蹴って二人から離しながら尋ねる。
「ああっ……だがあんたらを襲ったのは別に身ぐるみ剥ごうってぇ訳じゃあねえ。今夜四半里手前の茶屋裏の飲み屋で飲んでいて出ようとしたら、あんたらに突然襲われて冒険者の袋を奪われたって奴が店先に立っていて……取り戻してくれたら礼金に金貨一枚払うってんで……見たらあんたが二つ女が一つ冒険者の袋を下げていた。
そいつの言った話を信じたわけじゃあねえが……冒険者の袋は闇でも銀貨五十枚で売れるから三つで金貨一枚と銀貨五十枚だ……こっちは四人……まず勝てるだろうと踏んで襲った訳さ。勿論殺すつもりはなかったし、冒険者の袋さえ奪えばそのまま逃がしてやるつもりだった……だから……勘弁してくれ……このまま逃がしてくれ。」
「ほんとうだっ……殺すつもりなんて全くなかった……だから……。」
甲冑姿の男二人は正座した後で両手を上げて頭を下げ、土下座スタイルで逃がしてくれるよう懇願した。
「信用できないな……ほらっ……手を後ろに……。」
巧は男たちの言葉を気にも留めずに、一本の長いロープで二人の手首を後ろ手に縛り上げた。
「こっちは鉄の胸当てをつけていました……それでも太ももに矢が刺さったみたいで逃げられずにいました。」
エミリアが先ほど矢を射た先から、太ももに矢が刺さった男を後ろから弓で威嚇しながら連れてきた。
「やれやれ……。」
巧は二人と同じロープでもう一人の男も後ろ手に縛り上げると、最初に倒した甲冑男のところへ三人を連れていき、四人を一本の大木の幹を囲むようぐるりと背でもたれかけさせて座らせ、長いロープで腹部分を一巻に縛り動けなくさせた。
そのあとで太ももから矢を引き抜き、止血し包帯を巻いてやった。
「昨晩の若い男たちの仲間でしょうか?」
「どうだろうな……話の内容からすると仲間の可能性もあるといえるし……同じ眷属が絡んでいるとも言えそうだ。
なんにしても……少し様子を見ていようか……。」
巧は少しの間縛り上げた賊の様子を見ていたが、彼らがじたばたすることもなくすぐに目を閉じ眠ってしまったのを見て焚火の前に座ってじっと目を閉じた。
「ふあーあ……結局一睡もできませんでしたね。」
エミリアは朝日を浴びながら小さく伸びして欠伸をする。
「俺は焚火の前に座りながら少しは休めたぞ……一人で野営する期間が長かったから魔物の巣窟近くではおちおち寝袋の中で睡眠……なんて出来なかったからな。」
「へ……え……私は結局一睡も……だっていくら縛り上げたとはいえ……新手が襲って来て彼らの縄を切ってしまえば一気に立場が逆転ですからね……びくびくして……風による草木の梵ですらびくっと体が反応していました。」
エミリアがとても居眠りできる雰囲気ではなかったと語る。
「まあ……そのうち慣れるさ……まだまだ先は長そうだからな……だが……これは消耗戦だな……。」
「消耗戦……ですか?」
「まあいい……まずは出発しよう……。」
「ええっ?夜が明けかけている最中ですよ……ハルクさんたちもまだ来ていませんし……。」
「ああ……ハルクたちが宿泊している宿場町へ戻って、こいつらを番屋に引き渡すぞ。さすがに十里も四人の賊を連れて歩くのは容易ではない……戻れば四半里で宿場町だからな。ぐずぐずしているとハルクたちが来てしまうから急ごう。」
「了解いたしました。」
エミリアはすぐにテントをしまい始め
「おいっ……起きろ!出発するぞ。」
巧が四人組をたたき起こす。彼らは縛られたまま安気にもぐっすり寝ていた様子だ。
「じゃあ……出発しましょう。」
エミリアが相棒の犬たちと共に出現し、一本のロープに繋がれた四人を連行して来た道を戻っていく。
巧は剣を抜きエミリアも弓には矢をつがえ、臨戦態勢で彼らを先行させて歩いていく。
「どうされました?……巧さんっ!」
宿場町へ戻ると丁度ハルクたちの馬車が街道へ出るところに鉢合わせた。
「なんと……また昨晩も?」
すぐに巧が事情を説明……ハルクが驚愕の表情を見せる。
「なんにしても……冒険者の袋を狙っているところを見ると……あれ狙いとみて間違いはない。だが……冒険者の袋をとっても使用者でなければ中身は取り出せないだろ?別の人間を使用者にしてしまったらその時点で中身とはおさらばだ。使用者ではなくても中身を取り出す方法はあるのかい?」
四人を番屋に引き渡し事情を説明した後で巧がハルクに問いかける。どうやら魔王の羊皮紙が狙われているようだ。
「うーん……私には思い当たる節は御座いませんねえ……使用者と副使用者以外では取り出せない筈です。この国の人間は十五歳になった時点で戸籍に指紋を登録いたしますが……その指紋と照合する結界を施してあるので本人以外は使えない筈です。副使用者登録するにしても使用者本人がその場に立ち会わなければ、簡単には変更もできません。
使用者登録を施した結界術師がいれば使用者本人がいなくても副使用者登録を変更することも可能ではありますが……使用者登録した結界術師が引退などした場合は……一旦中身を全て取り出した後で……再度使用者登録からやり直すのですな……他に方法はございません。
素性を偽って別人に成りすまして有名冒険者の娘と偽り副使用者登録しようとした事件が過去にありまして……今では本人の指紋ではなく役場に登録してある指紋で登録しますので、間違いなく本人以外は使えません。」
ハルクが自信をもって本人と副使用者以外は使えないと断言する。
「例えば腕を切り取って……その腕を使って取り出すことはできるのかい?」
「うーん……冒険者の袋は使用者が頭に描いた物が入っていればそれが指先に触れて取り出せるのです。切り取った腕を突っ込んでも……それは死んでいるというか人形の腕のようなものですから、何も取り出せないでしょうね。」
「そうか……だったら……魔族だったら……腕を切り取ってももう一度くっつければくっついて使えるだろ?別人の腕だったらどうだ?他人の腕を切り取って自分の腕の代わりにくっつけて……それでも使えないか?」
「どうでしょうねえ……確かに魔族は生命力が強く……鳥系魔族などは巨大鷲の羽を奪って自分の背につけて飛べるようになったとか……戦いに強くなれるようライオンの足に付け替えた……なんて獣人魔族はそうやって誕生したと学説を発表した歴史学者もいるようですけれどね……猛獣との間に子を設けたとするよりは現実的と支持されています。
四本腕の魔族なんて剣豪の腕を切り取って取り付けたような気がしないでもないですが……。」
ハルクが自信なさそうに答える。
「だったら……一時的に自分の腕を切り落とし……別の人間の腕をくっつけて自分の手のようにして動かせば……その手が使用者の手であれば冒険者の袋から取り出せないか?」
「成程……そんな手がありましたか……勉強になります……。」
巧の推定にハルクも大きく頷いた。
「俺たちを捕らえて袋から羊皮紙を取り出させようと魔族を送り込んだが失敗し……作戦を切り替えたのかもしれない。
なんとしてでも袋だけでも奪い取って……あとはエミリアか俺の腕だけ狙う……エミリアの御父上は副使用者だったがもはや遠隔地にいるからな……。
魔物は殺すし魔族は捕らえて厳重に結界が施された牢屋に閉じ込める……だが人間の場合は殺さずに役人に引き渡すだけだ……しかも眷属である必要性もない……金で雇えば消耗品だ。
また二日寝ていない……特にエミリアはこういった戦い方に慣れていないから心配だ……悪いが頼み事はできるか?」
「はい……なんなりとお申し付けください。」
ハルクが急ぎ足で町中へと走っていった。
「やはりこちら側の体力を奪う作戦でしょうか?」
エミリアが巧のそばへ寄ってきて問いかける。
「ああ……誰が企んでやっているのかまだわからないが……最初の二人組は眷属の疑いもあり非常に怪しいが、今晩の四人組は食い詰めの元冒険者どころか恐らく試験もぎりぎり通ったがろくに稼げずに……この辺りだと魔物の被害は少ないようだからな……街道を通る業者の護衛業だけじゃあうまく稼げなかっただろう。
当たり前だが護衛なら経験豊富な冒険者に頼むだろうからな……実績のない新人冒険者ではなかなか番は回ってこなかっただろうな……本来なら山奥へ行き魔物の小規模の巣窟から初めて段々と大きな巣窟を掃討していって経験を積み重ね、冒険者として実績を積んでから引退までの期間は護衛業……なんだろうが……。
仕事にあぶれ食い詰めて……組合が支給する冒険者の袋を売り払った……売れることは何となく知ってはいても普通の冒険者はいくらで売れるとか知っていないだろうからな……冒険者の袋は遺族が遺品として一定期間所有する以外は廃業したらすぐに組合へ返却しなければならない決まりだ……返却出来なければ莫大な違約金が発生するし牢屋に送られるからいくらで売れるか調べようなんてしないだろう。
最近の若い者は表面しか見ないから……冒険者という職業は大きな隊商の列にくっついて歩くだけで大金が稼げる楽な仕事に映るのだろうな……実戦で腕を磨いてこそ信頼される用心棒となれるということまで考えない。
そう言った面では最初の若者二人は……まさにその典型といった形でうまく化けていたが……あまりにも腕が良すぎて騙しきれなかったな……今度は本当に素人に毛が生えた程度のを送り込んできやがった。
ほぼ素人だからと言って……新手が現れ一斉にかかられたならこちらが危うい……だからおちおち寝ることも出来ない……こんなことを毎晩続けられたら疲弊するだろ?だから……消耗戦だ。」
「成程……向こうはまたその辺の食い詰め盗賊を探して、声をかけるだけでいいわけですね?どうするのです?まさか……何人もの賊を縛り上げたまま交代で眠るなんて……怖いですよ!」
「そうだな……とりあえず言い訳染みたことはさせない様……エミリアの御母上の冒険者の袋は甲冑の中へしまい込むことにした。どうせ使えないのだから腰に下げておく必要性はないのだが……俺が腰に下げておくことにより使用者登録は俺にしてあると勘違いをして、エミリアが逃げやすくなるのではと思いわざとそうしていた。
だが……ハルクにも確認したのだが、使用者の腕を切り取って魔族に取り付けるという荒業も考えられるので、無駄なことはやめることにした。あとは……エミリア……馬車は使えるだろ?」
「ええそれはもちろん……アルミナ近郊の森へ薬草摘みに行くとき……一人だけの時はアルたちと共に自宅の荷馬車を使っておりましたから……同級生らとともに出かけるときは、皆さん荷馬車の荷台は嫌がるので徒歩でしたけれど……。」
「だったら丁度いい……。」
「お待たせいたしましたっ」
ハルクが一頭だての小さな馬車を引いてきた。




