新たな刺客?
3.新たな刺客?
「じゃあ……胸の矢を引き抜くぞ……抜いたらすぐに部屋を出るから、すぐに扉を閉めて施錠してくれよ……いい加減時間が経過しているから……すぐに目覚める可能性があり危険だ。」
ハルクが収監する牢の部屋ごとに結界を施していき、最奥の部屋の結界処理が終わるのを確認してからハルクに借りた手錠を外し、巧が魔族の胸に突き刺さったままの矢を引き抜こうとする……鉄パイプの矢は真ん中部分に螺子が切ってあり矢羽根部分は取り外し可能で、矢羽根側を外すと矢じり側から引き抜ける対魔族用の特別仕様となっているのだ。
「よしっ……じゃあすぐ扉を閉めてくれ。」
廊下で弓を構えているエミリアの脇をすり抜け巧が廊下へ出て扉を閉めるとすぐに受付嬢が施錠する……。
「ふうっ……これで一安心だな。」
魔族を堅牢な牢に収監でき、ようやく一息付けた一行……扉の格子越しに見ると魔物の青白かった顔にはみるみる生気が戻っていく……やはり心臓が再生し復活し始めている様子だ。
「じゃあ……早いところ清算を済ませて買い物して……日が沈む前に都市を出るぞ。」
巧が先頭に立って長い廊下を早足で歩いていく……
「まあまあ巧さん……厄介な魔族は倒せましたし……本日はサントスの宿で一泊しませんか?
高い城壁で守られている街ですから……魔族もおいそれとは襲撃してこられないでしょう。どうせお買い物もあるのですから……テントは宿に着いてからでも私が結界を施しますから……今日だけでも宿に泊まりませんか?以前も申し上げましたがボーキサイ国内の旅費込みの報奨金ですからね……宿代は既に振り込まれており勿体ないですから……。」
長い階段を上り切ったあたりでハルクが追い付き巧に声をかける。
「私からもお願いいたします……今日は……この町の宿に泊まりましょう!」
エミリアが巧を追い越して前に出て深く頭を下げ願う……ここを逃したらこの先いつまた大きな街の宿へ泊まれるか分からず、エミリアも必死な様子だ。
「王都を出たあたりから追って来たであろう鳥系魔族はようやく倒すことが出来た……確かにな……ここらで一息つくのも悪くないだろう……緊張ばかりでは身が持たないからな。分かった……今日はサントスの宿に宿泊しよう。」
「あっ……ありがとうございます。」
エミリアは満面の笑みを浮かべハルクに一礼し、巧も頷いた。
「ここからは北に向かって軽い上り勾配になっているのですよね……そろそろ山岳地帯へ入っていきますから……段々と一日十五里進むのは難しくなっていくと思います。山岳地帯では主要街道の宿場町の間隔も六里おきとか五里置きとかになるようですよ……峠の茶屋に毛が生えたような小さなものとは聞きますけれどね。」
城塞都市サントスで宿に一泊し、元気いっぱいのエミリアが先頭に立ち歩きながら今後を説明する。中学か高校の地理で習ったボーキサイ国内の地形に関する知識だろうが、記憶を失い出生すらわからない巧には貴重な情報だった。
「そうか……ここまでかなり順調に来ていると感じていたが……やはり国境まではまだ遠いようだな……まあいいさ……ハリキル国側も都市国家エール側も旅程は予想しているだろうからな、焦ることはない。
それよりもここから先……襲ってくるであろう魔族への警戒は怠らないよう気を付けよう。まさか……徒歩で旅する金のなさそうな冒険者二人組……盗賊が襲ってくるようなことはないだろうからな。」
巧は周囲の様子を注意深く確認しながら歩いていく……どこか遠くから二人の動きを観察しているような気配がないか……
「たっ……巧さんっ、大変ですっ!」
何とか十五里進み、エミリアに見張り番を任せて巧がテントに入って四半刻もしないうちにエミリアが叫ぶっ……
「なんだぁ?」
巧がテントから顔を出すと、先ほど巧のテントが置いてあった辺りが火の海と化していた……
「ふうっ……こっそり移動させておいてよかった……。」
ほっと胸をなでおろす巧であったが……
「魔族でしょうか……。」
「いや……魔族が矢を射るとは聞いたことはない……飛び道具なら自分の魔法があるからな。接近戦用に剣や斧を使うことはあっても弓矢はないだろう。しかも火矢だ……こんなことは眷属だってやらないだろうな……火炎魔法で十分だ。
何より大量の油に浸した布に火をつけて放ったから……飛翔経路に点々と炎が残って……自分たちの居場所がバレバレだ……こんなバカなことは魔族や眷属はしない。
恐らくは……食い詰めた冒険者が盗賊になった最初の仕事とか……ともかく全く手慣れていないな。
エミリア……申し訳ないがビビったように叫びながら、色々な方向に向けて出て来なさいって呼び掛けてくれるか?そのすきに俺がこっそり近づいて捕まえてくるから……。」
テント越しで巧が、燃え盛る炎を見つめながらあまり動かずにエミリアに告げる。
「は……あ……分かりました……きゃあっ!こわいっ!だれっ、誰なのっ?出て来なさいっ!」
エミリアは言われたとおりに立ち上がると弓を構え、ぐるっと回転しながら周囲に向かって叫び始めた。
「捕まえたぞ……二人組の盗賊のようだ……。甲冑どころか皮の鎧すらつけてはいない……全くの素人だな……冒険者崩れとも思えんが……。」
巧は両手を後ろ手に縛り上げた二人の男のシャツの襟もとを引っ張って引きずりながら運んできた。一人は弓を持っているようで弓が肩に掛けられ、もう一人は短い剣が腰につけた鞘に収まっていた。どちらもまだ暑い盛りだというのに厚手の長袖シャツに厚手のズボンをはき、靴はゴム長を履いていた。
一人の左足ともう一人の右足が二人三脚の様にロープで結ばれて逃げられないようにしてあるようだ。
「まだ若そうですね……。」
「ああ……エミリアとそう変わらないくらいの歳かな……おいっ……起きろっ!」
巧は二人の上半身を持ち上げ近くの木にもたれかけさせると、鼻先に気付け薬をしみこませた布で刺激を与えた。
「うっ……うーんっ……………………」「……………………………………」
目を覚ました二人はすぐに言葉を失った様子だ……
「お前たちは何者だ?魔族の眷属か?どちらにしても明日には冒険者組合に引き渡すが……眷属として取り調べを受けるとどうなるか……分かっているよな?お前たちのボスはどこだ?まさか……二人組ではないのだろ?」
巧が男たちと目線を合わせ、低い声で尋問を始める。
「おおっ……俺たちは……決して怪しい物じゃ……。」
「怪しくないものがいきなり火矢を放ってくるっていうのですか?」
すぐさまエミリアが厳しく問い詰める。
「いやあ……その……俺たち実は冒険者になりたくて……この春に高校を卒業したからすぐに冒険者試験を受けたんだけど落ちてしまい……他に就職先なんて探していなかったから親にも怒られ……それでも来年の試験には受かりたいから山で二人で特訓していたら……追剥に冒険者の袋をとられたって人がやって来たんだ。
取り返してくれたら礼金として金貨一枚支払うって言ったから……これも人助けの冒険者としての初仕事って思って引き受けて……あんたたちを昼間からつけていたら確かに言われたとおりに冒険者の袋を二つ腰から下げているし……冒険者の袋は組合から一人一つずつしか支給されないから……二つあるってことは他人から奪ったってことだろ?
俺たちは悪くないっ!悪党はお前たちの方だろ?
一人は中年でもう一人はペットの犬を連れた女だったからたやすいって思い……今夜襲って袋を取り戻そうって決めた。
交代で見張り番だろうから……男がテントに入っていくのを見て……でもすぐにテントを見失ってしまったけど……それでもあった場所に火矢を打ち込んでやった……男が慌てて這い出てくるところを捕まえようと……思った通りに女が一人騒いでいたけど男が這い出てこないからどうしようかと思っていたら突然……襲われた。」
二人の若い男のうち小太りの方の男が考え考え……自分たちに非はなかったと懸命に言い訳する。弓を持っていたほうの男だ。
「いくら俺たちが悪く見えたとしても……寝入ったはずのテントにいきなり火矢を打ち込むことはないだろ?下手したら中で矢に心臓を射抜かれて死ぬか、急所に当たらなくても動けなくなって焼け死んでいたかもしれないんだぞ!お前ら……人を殺したことはあるのか?」
巧が野太い声色のまま若い男の浅はかさを咎める。
「いやあ……甲冑を付けたいっぱしの冒険者だろ?火矢程度で焼け死ぬって……だったらそれだけの男だったってことさ仕方がない。」
小太りの男は平然と答える。
「馬鹿っ……いくら悪党でも死んでいいことあるもんかっ!だから言ったんだ……いきなり火矢を直接打ち込むのはまずいって……テントの上あたりを狙うだけにして……驚かすだけにしようって……。」
ところがもう一人のやせぎすの男は考えが違うようだ。
「ふんっ……お前はいつもそんなんで消極的だから……だから冒険者試験に落ちるのさ!」
それでも小太りの男の方は考えを曲げない。
「試験に落ちたのはお前も同じだろっ!筆記試験は俺の方が成績がよかったぞ!」
「実技は俺の方が上だっ!」
二人は巧たちのことを忘れ、口喧嘩を始めてしまった。
「わかったわかった……もういい……お前たちは誰かの口車にのせられて俺たちを襲ってきたのは間違いがないんだな?」
「はい、そうです。」
巧の問いかけにやせぎすの男は神妙な面持ちで答えた。
「恐らくそいつは魔族の眷属だろう……人間だったんだろ?まさか魔族じゃあないよな?」
「当たり前だろ?俺たちだって魔族か人間かの見分けくらいつくさ。」
小太りの男は縛られているというのにどこか挑戦的だ。
「明日引き渡し時にお前たちが答えたことを冒険者組合の監察官にしっかりと伝えてやるさ……恐らく一人は魔族の眷属の仲間として……取り調べを受けるだろうな……かわいそうだが仕方がない。」
「馬鹿なことを言うな!誰が眷属の仲間だって言うんだ?お前……頭おかしいんじゃあないのか?」
「おかしくはないさ……だが判断するのは俺じゃあない。冒険者組合の監察官だ、安心しろ。」
「………………………………」
「おいっ……謝れっ!無礼な態度すいませんって……謝れっ!」
「………………………………」
やせぎすの男が必死に小太りの男を促すが、ショックが強すぎたか小太りの男は目を開けたまま身じろぎ一つしなくなった。
「休まないのですか?」
「ううむ……眷属にそそのかされたのだとしたら、こいつらは只のおとりで……この後本格的な襲撃がある可能性は否定できない。とりあえず今日は警戒を緩めずにいよう……何かおかしい。どうせ……こいつらがうるさくて眠れやしないさ。」
巧が小声で囁くように話した。やせぎすの男は大声で小太りの男に謝れと叫び続けている。
「はあ……分かりました。」
仕方なくエミリアも徹夜で警戒に当たることとなった。
「は……あ……昨晩は冒険者になり損ねた若者たちに襲われた?この方たちでしょうか?随分若い……高校生くらいでしょうか?」
翌朝、ハルクたちの馬車がついて巧が昨晩の状況を説明、ハルクも驚いた様子で木にもたれかかったまま疲れ切って寝入っている二人の若者をしげしげと眺めた。
「この春に高校を卒業して冒険者試験を受けたけど、二人とも不合格だったと言っていました。冒険者の袋を取り戻す仕事を金貨一枚で引き受けたようなことを言っていましたね……。
こちらのちょっと小太りの男の人は……まだ若いのに巧さんに対してもずいぶんと態度がぞんざいで……痩せている方の男の人が一晩中謝れって……小太りの男の人をずっとたしなめていて……それでも言われた方の人はなにも反応せずに……明け方になってようやく静かになったと思ったら二人とも寝ていました。」
エミリアが眠そうに目をこすりながら説明する。
「名前を聞いたのですか?」
「いや……特に取り調べのようなことはしてはいない。いきなり火矢を放ってきたことを咎めようとしたら勝手に事情を説明し始めただけだ。聞いた話の内容から察するに、恐らく魔族の眷属に騙されたのだろうな……冒険者の袋を二つ持っている俺が悪党で、人から奪ったと吹き込まれたようだ。
だが……エミリアが知らなかったくらいだから……冒険者試験に落ちた若者が冒険者の袋を認識したというのは甚だ疑問ではある。吹き込んだ奴に形を教えられたのかもしれんが……俺の冒険者の袋は特殊仕様だしね。
どちらにしてもこちらに被害はなかったが……騙されたとはいえ……賊に変わりはない。冒険者組合に引き渡そう。」
「そうですか……ですがこの先国境まで……街道筋には城塞都市はなく、宿場町があるだけです。サントスへ戻ったほうが近いのですが……さすがに無駄な日程は使いたくないので……この先の宿場町の番屋に引き渡しましょう。
魔族は無理ですが人間なら……盗賊など人間用の牢はあるので十分でしょう。」
「そうか……じゃあ仕方がないな。」
折りたたみいすに座り朝食をとっていた巧がゆっくりと立ち上がった。
「彼らを引き渡す際……番屋の役人さんと随分長く話されていましたね……あれはまだ学校を卒業して間もないし、騙されただけだからと……小太りの人は態度が良くなかったから……引き渡しの時もずっと仏頂面で一言もしゃべらなかったですからね……痩せている方の人はひたすら頭を下げて申し訳ありませんでしたって謝っていたというのに……。
盗賊として罪人扱い……ましてや眷属に使われているとか疑われない様……弁明してあげていたのですか?」
およそ五里先の宿場町の番屋に二人の若者を引き渡し、そのまま北上を続ける……だが巧は番屋の役人と随分長い時間打ち合わせていたようだった……その間エミリアは茶屋で団子を食べていられたのでありがたかったのだが……。
「いや……その逆さ……もしかすると魔族の眷属の疑いがあるから……しっかり取り調べてくれと伝えた。ただ怪しいというだけでは説得力がないから……彼らの昨夜の態度と襲撃の様子も交えて説明した。襲撃の様子は野営した場所へ行けばすぐに調べられるから、俺だけの一方的な情報だけではなく公平に判断できるはずだ。
ハルクも……目覚めた後の二人の様子について違和感を覚えたんじゃあないかな……だから人間用の牢だったが鉄格子に結界を施していたようだ……彼にも怪しいと伝えたかったのだが……二人が寝たふりをしている可能性があったので切り出せなかった。一応引き渡し後に簡単には説明しておいたがね……その前に結界は施していたようだな。」
なんと巧は……二人が眷属ではないかと疑っている様子だ。これにはエミリアも目を見開いて驚く……
「ええっ?だって……だって……まだ高校を卒業したばかりの……しかも冒険者試験に落ちた若者ですよ!そんな人……眷属として雇いますか?」
「この春卒業したことも試験に落ちたことも彼らが言っていたことで、実際の歳も試験を受けたかも判っていないだろ?
第一眷属らしき男に騙されたような話をしていたが……もし俺が他の冒険者から冒険者の袋を奪い取った悪党なら、わざわざその証拠となる袋を見せびらかすかのように腰に下げておくはずはないだろうにな……荷物の中に隠しておくか、さっさと売り払ってしまうはずだ。そんな事に考えがいかない筈はないのだが……どうにもおかしい。
そもそも冒険者の袋を認識できる知識があるなら袋は登録された当人か副使用者にしか使えないことは知っていてもおかしくはないはずで、腰にぶら下げている時点で使えているというふうには考えつかなかったのか?組合は冒険者一人に一つしか渡さないと……そんな事情は知っていたというのにな……。」
「そうですね……でも登録した人にしか使えなければ……売ることも出来ないのでは?入れることはできても取り出せなければ価値なんてないですよね?」
「いや……袋の中身を奪おうと考えていなければ……結界術師に頼んで施されている結界を解除して……新たな結界を施せば袋としては使える……新たな登録者用にな……だから売ることは可能だ……だがそれには結構な手間も時間もかかるし、そもそも袋を二つ持っている利点など……ないだろ?」
「ええっと……冒険者の袋って……結界術なのですか?」
「いや……袋自体は結界術でできているのではないが……使うには結界術が必要なのだ。」
「へえ……。」
巧の言葉にエミリアが小首をかしげる。




