鳥系魔族
2.鳥系魔族
「襲撃してきませんね……。」
王都を出た初日の晩に襲撃された後……二日目三日目と……襲撃されず順調に道中は進むなか既に王都から六十里あまり……襲われないは襲われないで何か不安が生じてくるようで、街道脇の空き地での野営時もエミリアは落ち着かず終始周囲を注視し続けている……。
「恐らくハリキルは常時軍隊が街道筋を見回りしている筈で……疲弊しきったボーキサイ国と違い魔族らも表立って活動はしにくいと推定している。だから……襲ってくるならボーキサイ国内だろうと踏んでいるのだが……。」
巧もこのところの沈黙に違和感を覚えている様子だ。
「恐らくは……ハルクが施してくれた視覚結界で寝ているテントが見つけられにくくなったことに関係しているだろうな……見張り場所の焚火とも離してテントを張るよう注意しているからな……前回の襲撃時に奇抜な手を使ってくることも認識しただろうし……簡単には仕留められないと警戒はしているだろう。
だがまあ……間違いなくボーキサイ国内で襲撃してくるはずだから……気を緩めないようにね。」
「はいっ……分かりました。」
巧の言葉にエミリアが大きく頷く。
「じゃあ……そろそろ俺は休むから……二刻後に起こしてくれ。」
「はいっ……承知しました。」
巧がテントに入っていき……入り口を閉じて灯りが消えると……その場には何もなかったように周囲に溶け込んだ。
「お前たちも油断しないで周りに異常があったらすぐに教えるのよっ!」「くわんっ」「わふっ」
「巧さんっ、起きてください。二刻経ちましたよ……。」
エミリアが巧のテント脇で声をかける。ぺリルとアルルを起こし役にするとワンワン吠え立てて、さすがに人気のない街道筋とはいえ四半里手前には宿場町もありまずいだろうと……結局はエミリアが起こすことになった。
「おおっ……異状なかったか……。」
「はいっ……本日も……周囲に何ら異状は感じられませんでした。この子らがピクリともしませんでしたから……どうでしょうかね……この辺りには魔物はいないのかも……どこかで待ち伏せでもしているのでしょうかね……。」
何もない空間に突然ゆがみが生じ入り口が開き巧が出てきた……入り口前に白い石を置いて目印としているのだが、それがなければ知らずにテントに衝突してしまいそうと、このところエミリアもびくびくしながらテントに近づいている。
「そうか……しばらくは安泰だな……。」
エミリアの言葉に巧は嬉しそうに大きく伸びをした。
「では……私たちは就寝いたします。」
「おおっ……いい夢見ろよ……。」
数間離れた木立の手前に張ったテントにエミリア達が入り明かりを消すと……そこはまたもや周囲に溶け込み何もないように変わった。
「ふあーあ……おおっと……まずいまずい……寝ちまうところだった……。」
焚火の前でうつらうつらしていた巧が不意に目を覚まし、立ち上がって伸びをしたり膝の屈伸運動をしたりを何度も行う。これを一晩中四半刻に一度は繰り返し朝を迎えた。
「どうですか……今晩も何も動きがありませんね……。」
「ああ……だが……そろそろかもな。」
「そうですか……。」
五日目の晩も何事もなくエミリアは巧を起こし見張り番を交代したが……少し様子は違っていた。それでもいつも通りにエミリアもアルルもぺリルもテントに向かい、周囲と完全に同化した……。
「ふあーあ……このままハリキルまで何事も起こらねえといいな……。」
巧は焚火の前で眠そうに生あくびを何度も繰り返す……
「ふあー……」
何度目かの生あくび後……不意に巧は立ちあがると剣を抜き振り返りざま一閃……そこには足音を忍ばせ近づいてきていた狐系魔物が肩口から袈裟懸けに斬られていた……
“パチパチパチパチ”ふいに傍らから拍手が沸き上がる……見上げた先には巨大な翼を持つ鳥系魔族がゆっくりと焚火の向こう側へと舞い降りてくるところだった。
「すごいねえ……やはりこれまで眠そうにしていたのはお芝居で……隙を作って襲わせようとしていただけでしょ?
だけど残念だったね……そんなことこっちだってお見通しさ……それでもまあ……この狐は上級冒険者にも気取られることなく近づき寝首を掻くことが出来る優れものだったんだけどね……また仕込まなきゃならないのは面倒だな。
そんなことよりも……いいのかな?君の相棒……僕の配下にすでに取り囲まれちゃっているけれど……。」
魔族の言葉に巧の体が一瞬強張る……
「ああっと……声を出そうとした瞬間に飛び掛かられるからね……じっとして……でもまあ……面倒だからやっちゃうかな?おいっ!」
鳥系魔族が右手を上げると先ほどエミリアが入ったテントの辺りの周囲が盛り上がり、一斉にそこへ向けて飛び掛かっていった。
「ガウッ!」「キャンッ!」「ギャッ!」「キャンキャンッ!」
だが……魔物達が互いにぶつかり合うだけで、目標とするエミリアのテントはどこにも存在しない……
「馬鹿なっ!うぐっ……」
鳥系魔族が慌てた瞬間……背後から一本の矢が飛んで来て魔族の背中から胸を貫いた。羽が邪魔してシャツは着用できないのであろう……焚火の炎に照らされる白い素肌にズボンの吊りバンドだけの胸の中心に貫通した矢の矢じり部分が突き出て、そこから血がしたたり落ちる。
「なんで……どうして?」
「そいつは対魔族用の……鋼鉄の矢じりを付けた鉄の筒の矢だ……いかな魔族の硬い皮膚でも貫ける代物だぞ。
どうして負けたかお前には分からないだろうな……彼女らはテントに入ったふりをしただけで……実はテントごと移動して茂みに潜んでいたのさ。そうしてお前らが襲ってくるのを待ちわびていた……長引くのはこちらにとって不利だからな……ずっと気を張り続けるのは容易じゃあない。お前たちは襲わないと決めた日にはぐっすりと眠れただろうがな……。」
「キャンッ!」「ガッ!」「があっ!」「がうっ!」
エミリア達のテントがあった場所でうろつく魔物達に向かって矢が射かけられた直後に吠え声だけが向かって行く……
「ようやく今日……襲ってきてくれた……良かったよ……。」
巧はゆっくりと膝から崩れ落ちる魔族に……それでも緊張を解かずに様子を窺いながら慎重に近づき、魔道具を取り出して首筋に最大級の雷撃を食らわせた。
「隠れていないで、もう出てきていいぞ……。」
巧は慎重にうつ伏せに倒れた魔族の首筋に手を当て、脈を確認しながらエミリアに呼びかけた。
「とっくに出てきておりますよ……向こうの魔物二匹仕留めた後は……巧さんが魔族に襲われないかと……ずっと構えておりましたよ。」
巧の右前方の空間がゆがみ……やがてエミリアが現れた……そう……以前炎系魔族との対決で使用した麻袋と頭巾に、ハルクにお願いして視覚結界を施してもらったのだ。
「母様のテントは地面に杭打ちなどしなくても梱包を解いてその辺に放り投げればテントになるという自立型でしたから……そのまま場所を移動できました。案外簡単でしたね。」
エミリアがあっけない幕切れに拍子抜けしたような素振りを見せる。
「巣窟とかではなく移動する相手を襲う目的だから……魔族だって手下を何匹も連れ歩くことはできないだろうからな……目立つし……食べ物や寝る場所だって……多ければ多いほど大変だ。最初の襲撃時に……十匹程度の群れだと判断できたからな……四匹仕留めたし……一気に急襲しかないと考え隙を見せ続けた。
簡単に勝てたようで……エミリア……一撃で心臓を貫けたのがよかっただけだ……あれがちょっとでもずれていたなら……暴れだして……まあ一応こっちも構えてはいたが……乱戦になり……接近戦では風魔法は使いにくいと言われている……相手に当たった風が自分にも跳ね返ってくるからな……それでも簡単には仕留められなかっただろう。
さてじゃあ……まずは羽を切り取るぞ……エミリアは両腕を後ろに回して手首を鉄の鎖でぐるぐる巻きにして南京錠をかけてくれ。明日にはハルクたちがやってくるから……結界を施した手錠を使えるが今は仕方がない。まあ……明日の朝くらいまでは気絶して目を覚まさんだろうとは思うが……矢を抜かずに仮死状態のままにしておいた方が無難だろう。」
巧は刃が太く厚い鉈で魔族の背中の巨大な白い羽を根元から切り取り始める。
「羽を切り取ってしまうのですか?」
「ああ……勿論だ……こいつもこれからどこかの牢に繋がれ……魔力の貯蔵庫として使われることになる。そうなりゃあ勿論羽など必要ないからな。首を落とした時もそうだが……魔族は再生能力が強いから……首や手足など切り落とされたら一応出血はするがすぐに止まり……仮死状態になるのだそうだ。
仮死状態と言っても首を落とされたり心臓を貫かれたりと……命にかかわるような全身の仮死状態と、腕など手足や羽など切り落とされた場合の……肩から先だけ……とか部分的な仮死状態もできると聞いた。手足が切り取られても一週間からひと月程度であれば……再接合できるということだ。」
「そう考えると……人間と違って魔族は何度でも死んでは生き返る……というか再生するのですね?」
「あっ……ああ……そうだな……さすがに手足は失うと生えてくることはないだろうが……死んだと思っても仮死状態なだけで再生するようだな……もしかするとこの点が人間側が有利に立てている最大の要因なのかもしれないな。
人間はたった一度しか訪れない死に向かって……文字通り必死で考え打開しようと懸命に頑張るが……魔族らにとって死というのはあくまでも仮の出来事にしか過ぎないのかもしれないな……だからやってみようか……なんて軽い気持ちで生き死にの場に立てるのかもしれない……なんせ次があるのだからな……。
魔王の死体は首を刎ねても腐敗せず焼くことも出来なかったということだが……魔族もそれに近い肉体ということだな……そうして肉体を守り再接合する時を待つ。だから……余計なものは切り取っておくに限る。
それに……こんな立派な羽だと……羽一本一本でも高値だろうが……二翼合わせて屋敷に飾りたいなんて言い出す富豪も大勢いるはずだ……高値で売れるぞ……。」
巧は嬉しそうに鉈をふるって羽を切り取っていく……
「かわいそうですね……。」
エミリアがしんみりと呟く。
「かわいそうと思っても構わないが……基本的に魔族は敵だと忘れないほうがいいぞ。さっきだってこちらが何ら準備もしていなかったなら……エミリアも相棒たちも今頃は魔物の腹のなかさ……いや……エミリアは若い女性だから殺すなと命じられていたかもしれないが……捕まったら逆さづりにされて首を刎ねられ生き血を搾り取られたはずだ。
今回は何とか勝てたから無事だが……いつこの状況が逆転するか分からんのだから……せめて戦っている最中は敵を思いやる気持ちは封印しておけよ。」
巧は羽を切り取る作業を機械的に続けながら、強くエミリアに告げた。
巧が羽を切り取ってから折りたたんで自分の冒険者の袋に納めている最中、エミリアは両手を鎖で縛り上げ両足も同じく鎖できつく巻き南京錠をかけた。
「じゃあエミリア……後始末は任せて置け。悪かったな……これからだと一刻くらいしか寝られないだろうが……出発時間は遅らせられないからな。」
「構いませんよ……じゃあ寝ますね……アルっ、ペルっ……おいでっ!」
エミリアは二匹の相棒を呼び寄せるとほぼ透き通っている体の胴巻きと頭巾を外し、テントへ戻っていった。
「エミリアっ……朝だぞ……起きろ!」
翌朝……いつものように巧の声で起こされる……
「やりましたねっ!鳥系魔族を捕まえられるとは……これは大快挙ですね。ここからだと約十五里先に北方第二の都市サントスがありますので……今日中に到着できるでしょうから、そこで魔族を引き渡しましょう。」
エミリアがテントから顔を出すと丁度ハルクたちも来たばかりな様子で、鉄の鎖で縛られた鳥系魔族を見て歓喜の声を上げていた。
「そうか……もしかすると奴らも大きな街が近いことを知っていて……街で何泊もされたなら待たねばならない……鳥系魔族は高い城壁など飛び越えるだろうが……手下の魔物らはそうはいかない……だから焦って昨夜襲撃を決めたのかもしれないな。そう考えると……奴らはこの辺りの地形に詳しいと言えそうだ。
この辺りを根城にしている魔族……と考えたほうがよさそうで……そうなると……サントスを越えて先へ進めばその辺りを根城にしている魔族が襲ってくるのだろうな……ふうっ……。」
巧は大きく息を吐いた。
「でも……収穫があったじゃないですか……視覚結界……あれはこちらの姿を見えづらくさせて……逆にこちらから急襲を仕掛けられるから有効ですよね?」
身支度を整えてエミリアがテントから出てきた。何もない空間から突然人と犬が姿を現すのは異様な光景だ。
「ああ……エミリアから提案があった時はさほど感じていなかったが……昨晩は完全に向こうが策にはまったな……俺が見せたすきをついて背後から襲おうと忍び足で近寄って来て……それでも俺は気配を感じていたから一刀両断で……ところが向こうは俺を襲うのはおとりで実はエミリア達が眠るテントの周りをこっそり囲んでいた……。
向こうも策を弄して上空からゆっくりと姿を現してきたのだったな……だが……視覚結界を施したテントと麻袋の胴着に頭巾を使って見えにくくしたエミリア達がテントごと移動していて、魔物らの一斉襲撃が不発に終わった。
高らかに笑っていた魔族の背後に移動していたエミリアが魔族の心臓を一撃で貫いた……あとは簡単だったな。
だが……そう何度も使える作戦とも思えないぞ……向こうにだって知恵者はいるはずだからな。だがまあ……エミリアが使っている自立型のテント……寝る時に場所を移動させておくというのは安全面から考えて有効だろうな。俺も……サントスへ着いたら道具屋で自立型テントを購入しようと考えている。
申し訳ないがハルク……購入したテントにも視覚結界を施してくれ。」
巧が昨晩の戦闘の様子をざっとハルクに説明した後、小さく頭を下げた。
「勿論ですよ……戦闘には参加できない私でもお役に立てることがあれば……なんだって致しますよ。そのために同行しているようなものですからね。じゃあ出発いたしますか……。」
「ああ……買い物する用事もできたから……急いで向かうとするか……。」
「とっ……鳥系魔族と……その翼……二翼ですね?他には猪系魔物の肉と狐系魔物や狼系魔物及びイタチ系魔物の毛皮にはく製用フクロウ系魔物が二羽分……魔物の収穫に関しましてはこれから計量を行いますが……まずは魔族を収監先へ護送願えますか?」
三十尺を超える高い城壁に守られた城塞都市サントスの冒険者組合へ魔族を護送して清算を願いでる。
「承知した……。」
「こちらです。」
受付嬢の案内に従い鳥系魔族の大きな体を肩で担いだ巧が続き、そのすぐ後ろを弓を構えたエミリアが続く……様々な色の甲冑に身を包んだ冒険者らがひしめく大都市サントスの冒険者組合でも……誰も魔族の護送を手伝おうとする者は現れない……それだけ目が覚めた時の魔族は脅威という事だろう。
一旦正面口から外に出てから事務所入り口右手にある鉄柵で囲まれた地下への階段を下りていく……魔道具屋たちが食べ物を餌に魔道具をチャージするための魔力を引き出すのであろう……組合入り口の外に牢への階段は設置されていた。
重厚そうな分厚い鉄の扉の施錠を解き、受付嬢が扉を開けてさらに下りの階段を下りていく。
「こちらです。」
何度も折り返しては下っていく階段を降り続け……息が弾みかけたところでようやく扉が……施錠を解いて中へ受付嬢が入っていく……。
「この……一番奥の部屋へ入れてください。」
受付嬢が種火を使って壁に設置してある蝋燭に火をともしていき、最奥の部屋の扉を開けた。
「今この組合に収監されている魔族は一人もいないのですが……丁度結界術師さんが同行されているということで助かりました。この辺りは魔物の生息域も山深い場所のようで……人里へ降りてくることはほとんどありません。
代わりに盗賊の類が多いようで……せっかく魔物がいないというのに高い城壁はなくせませんし、隊商などには護衛の冒険者が必須な状況です。本来人間相手に魔道具使用は厳禁なようですが……盗賊らは森や山中に潜んでいるので、魔物対策に魔道具で武装しているようで……やはり襲撃時に魔道具を使うようです。
その為護衛側も魔道具が必須になるようですが……サントスではチャージが出来なかったため、ずいぶんと苦情が上がっておりましたので……助かります。本当に有難う御座いました。」
受付嬢が深々と頭を下げた。




