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王都発

1.王都発

「王都の北側で巧さんは発見されたのですよね……随分先なのですか?」

 城壁手前で宿に一泊し、早朝に北門を通過しハリキルに向け街道を北上……ハルクたちは馬車の客車で優雅な旅だが、エミリア達は徒歩だ。


「サントスの手前……半日ほど進んだ先を東へ四半里ほど入ったところにある小さな農村だ。完全な生き倒れで見ず知らずの俺を……二週間も意識不明で生死をさまよったのだが看病してくれて命を救ってくれた暖かな村だよ。城壁はなく手作りの木の柵だけが魔物の襲来から村を守る唯一の防備という……産業もない貧しい小さな村なのに住民は優しかった。


 そう言えば回復してからは……一度も訪れていなかったな……途中命を狙われ執拗に追われたときもあったからな……面倒を持ち込まぬよう距離を置いていた。お礼がてら……立ち寄ってもいいか?あっ……いや……冒険者の袋に魔王の匂いが残っているうちは無理か……そうなると……帰りの道中だな……。」


「そうですね……何か巧さんの手掛かりがあればと思ったのですが……我々が寄った後で魔物の大群に襲われては大変ですものね……帰りにしましょう……その頃には魔王の匂いは消滅しているでしょうから……。


 そう言えばハルクさんたちは……宿場町毎に交代用の馬を用意して一日十五里進むそうです……十里ごとに宿場町ですが二里半ごとに茶屋があり、五里ごとに茶屋と休み処がありますからね……勿論城壁などなく簡易的な鉄柵だけなので……結界魔法を柵全体に巡らせて宿泊するといっておられました。」


 エミリアが馬車で進むハルクたちも、巧たちにペースを合わせて進む予定と伝える。


「そうか……魔物だってやたらと人間の村を襲うというわけではないようだからな……奴らも野生の動物たちと同様人間を恐れ、普段はひっそりと森や洞窟内に潜んで暮らしている。だが天候不良などで周囲の食べ物が枯渇すると……近くの民家を襲うようだ……十分に食べ物が周囲にある限り襲ってくるようなことはない。


 恐らくこの辺り……王都北方面は遥か三百里ほど先の国境となる三万尺級の山脈のほかにも百里ほど先から数千から一万尺級の山々が点在し、ボーキ海へ注ぐ豊富な水資源となっているほか山菜にキノコ、木の実や果実など豊富な山の恵みがあれば何も人里まで魔物が下りてくる必要性もないのだろう。


 アルミナなど王都西側になると……国境の山脈以外は高い山はほとんど見られず……小高い丘程度の里山くらいだからな……郊外の小さな森の恵みくらいはすぐに食べつくし……近隣を往来する人々を襲うこともあるのだろうが……本来魔物も含め野生の獣らと人間とでは生活範囲の棲み分けはされていたのだろうな……。


 だが……人間があまりにも増えすぎて……住居と食料を得るために森の木々を伐採し田畑を開墾することにより、昆虫や鳥に小動物など住む処を追われ餌も減少し……もしかすると人間の行いが魔物化を加速しているのかもしれない。」


「そうかもしれませんね……人族の誕生とともに人間と亜人が分かれ……ですがそれより遥か以前から魚に鳥や獣など動物は存在し……魔物もいたといわれておりますからね……。


 知恵を持つ人族は集団生活を営みやがて稲作を行い定住生活を始め、そうして文明を持ち世界中へ広まっていった……そのおかげで他の動物……いえ……植物も含めてですが……動物や魔物らは段々と住む処も食べ物も奪われていった。


 知恵を持ち強大な武力を併せ持つ人族に対抗するために……集団でより強い結束を結ぶために魔物化が増加しているのではないかと……確か中学の社会科で習いましたわ。今では人族である魔族までもが魔物寄り……ですからね。」

 巧の魔物談議にエミリアも残念そうにため息交じりに応じた。



「じゃあ……食事も終えたし内張りのゴム交換や洗浄など身支度も整えたから……交代で二刻ずつ寝ることにしよう。まずは俺が休むからエミリアが見張り番をして二刻経ったら起こしてくれ。」


「分かりました。」

 巧の宣言通りに日の入りまでに王都から十五里歩きとおし、ハルクたちは休み処の簡易宿泊所に泊まり、エミリアと巧らはそこから四半里ほど先の街道わきの空き地にテントを張って野宿となった。


 エミリアも歩く速度は巧に負けなかったが、さすがに丸一日歩きとおした経験はなく、下着の上につけている内張のゴムが汗でびしょびしょになってしまい、早速テント内で洗濯する羽目となったが、テルミの防具屋で革ドレスも内張のゴムも予備を購入しておいたので事なきを得た。


「ペルっ……こっち側半分ね……アルはこちら側……。」


 二匹の相棒に右半分と左半分を警戒させ、エミリア自身は前方を注視する……王都内のウエストリバーやイーストリバー堤防上でもテントを張って野営したが、その時はぺリルかアルルのどちらかは常にテントの外で見張りをさせ、エミリアはその中間にテント内で愛犬と寝ていたのだが、その時とは違う緊張感があった……。


 どちらかと言えばこちらが魔物達を追い立て駆除していた立場であり、堤防の上迄は魔物も襲ってはこないという安心感がそれなりにあったが今は違う……巧が言っていた通りに王都北は山が多くその恵みにより食料的には足りているとはいえ、こっちは魔王の匂いが染み出た羊皮紙を運ぶ任務……いつ魔族含めた魔物に襲い掛かられるか分からないのだ。


 その為見張り番にも緊張感があった……勿論街道の灯りなどはなくエミリア達が熾した焚火の灯り以外今日は月も雲に隠れ雨こそ降ってはいないが辺りの見通しはほぼない暗闇だ。



「うーっ……」「ぐりゅりゅりゅ……」


 そうして半刻もしないうちに二匹同時に唸り始めた……しかもそれぞれ右前方と左前方という……別々の方をにらみながら低く呻いている……だが……目標とするための動きなど全くなく……エミリアも弓と矢は袋から取り出しているのだが、狙いを定めるにも相手の姿すら認められず困っていた。


「そうだ……こんな時こそ魔道具を試してみよう……巧さんにも魔道具は早いうちに何度か試しておいた方がいいといわれたわよね……魔道具の使い勝手を知っておいた方が戦う時の作戦が立てやすいからって……今こそだわ……。


 かといって……雷撃や水撃の魔道具は相手が判別できなければ使えそうもないし……炎系魔道具をへたに使おうものなら巧さんのテントを丸焼けにしかねないし……ここはひとつ……閃光弾を使ってみようかしらね……母様の魔道具の中でこれはまだチャージの残数があるって魔道具屋さんが教えてくれたから……。


 お前たちは後ろに隠れていなさい……目をやられては困るからね。」

 エミリアは急いで焚火の火を消すと冒険者の袋から球状の魔道具を取り出し、二匹の相棒は自分の背後へと追いやった。


「あっとそうそう……これを使う際にはこれが必須って魔道具屋のご主人も言っていたわね……ガラスの眼鏡を蝋燭の炎の上で焙って煤をつけた……これこれ……ようし……じゃあ……やってみるわよ……。」


 エミリアは表面に煤をつけたガラス眼鏡をかけると閃光弾の魔道具を前方へ勢いよく放り投げた……次の瞬間……暗闇の中に小さな破裂音がして、そうして目もくらむばかりの強い閃光が周囲を照らし出した。


「右前方二時方向に小型魔物が二匹と左前方十一時方向に小型魔物が一匹と十時方向に小型魔物が二匹……お前たちっ……分かったわね?こっちに二つとこっちとこっちに一つと二つ……魔物がいるから……。」


 エミリアはすぐさま後ろへ振り返ると、今一瞬の閃光で無防備に光にさらされた魔物達の位置を相棒らに身振り手振りを交え教えていく……だがその時に背後から勢いよく突進してくる物体があることまでは気づけなかった……


「だありゃあっ!」

 その時左のテントから銀白色の鎧武者が飛び出し、エミリアたちを飛び越えると向かってきた敵魔物を一刀両断……


「たっ……巧さん?」


「危なかったなエミリア……閃光弾を使ったまでは良かったが敵も後方に突撃用の魔物を用意していたようだ。エミリアが背を向けた途端に突進してきたぞ……猪系の魔物のようだな……。」

 巧は剣を抜いたまま納めずにエミリアの背を両手で押さえたまま告げ


「ええっ……それは……すいませんでした。」

 エミリアも背を向けたまま礼を言う。


「礼はまだいい……それよりも他の魔物の位置を把握したな?ぺリルたちをすぐに放て!」

「はいっ、お前たち……行けっ!」

 エミリアの号令で二匹の黒い影は一直線に魔物のもとへと駆けていった……


「そのままの態勢で聞いてくれ……俺がテントから出るときに突進してくる影とともに樹上で指示を出している者がいることを知った。恐らくボスだ……エミリア……弓をつがえて俺が言う方向の指示だけで振り返って素早く矢を放てるか?」


「はあ……やってみますけど……。」

「ようし……俺はちょっと横にずれるから……真後ろに振り向いて右前方一時の方向で距離は十五間で高さが三十尺ほどだ。いけっ!」


「はいっ」

 巧が横へずれた途端にエミリアは勢いよく振り返ると、巧が指示した方向と高さに向けて矢を放った……すると次の瞬間……矢の行先あたりから大きな物体が落下した……


「あたっ……いえっ……当たる前でしたよね……落ちたのは……。」


「恐らく閃光で目をやられあまり見えなかっただろうが、それでも矢の飛翔音で向かってくるのに気づき飛び移る時間がないと判断して自ら落ちたのだな……知能から言うと魔物ではなく魔族だろうな……一応行ってみるからエミリアはここから援護していてくれ。」


 巧が慎重に街道脇の雑木林へ進んで行く……


「居ないな……だが下草が大きくへこんでいるからここへ落ちたのは間違いがない。ほかに魔物の気配も消えたから……今日は恐らく様子見だな……。」


「様子見……ですか?」

「ああ……腕試しというか……こちらの戦力を計った……どんな戦い方をするのか……知ろうとしたのだろう。

 いきなり全戦力で襲ってこなかった分……手ごわそうで厄介だな……。」


「そうですね……アルっ、ペルっ……戻って来なさいっ!」

 巧がもう一度焚火の火を熾している最中にエミリアは相棒らを呼び戻す。彼らはイタチ系魔物と狐系魔物をそれぞれ複数匹咥えて戻って来た。


「じゃあ俺はまた寝るから……エミリアはこの猪系魔物と他の獲物らを捌きながら引き続き見張り番を頼むよ、一刻半で起こしてくれ。それから……魔物らに襲われそうになったらまず俺を起こしてくれよ。」


「はいっ……すいません……つい河川敷での戦いを思い出して、この子らとだけ戦うつもりで……またまたすいませんっ次からは必ずっ……。」

 エミリアは反省し深く頭を下げた。



「エミリアっ……朝だぞ、もうすぐ出発するから起きてくれっ。」

 深夜に交代し愛犬らとともにテントで熟睡していたところを巧にたたき起こされる……


「そうですか……昨晩早速……しかも鳥系魔族……ですか?それは手ごわそうですね……。」

 エミリアが急ぎテントから顔を出すと、既にハルクら馬車部隊はやってきていた。


「鳥系魔族って……分かったのですか?」


「ああ……明るくなってから昨晩落下したところを見に行ってみた……下草の中に大きな羽が落ちていたのと、地面に前三本後ろ一本の鍵爪状の足跡がついていた……鳥系魔族で間違いがないだろう。血痕はなかったから……やはり矢は当たってはいなかったようだな……目標も見ずに見事な射撃だったのに……残念だったな。


 鳥系魔族は人ひとりくらいは強烈な鍵爪で掴んではるか上空まで持ち運べるくらいの飛翔能力があるといわれているし、力だって強いうえに風魔法使いだ……火炎魔道具を使っても風で逆に押し戻されるし、勿論水流も役に立たん。


 高速で飛んでくるから雷撃も当てるのは難しいし……勿論都市城塞などまるで役には立たない。

 その上頭も切れるとなると……厄介な相手だな。」

 巧が腕を組んで目を閉じ黙考する。


「頭が切れるとは?」


「ああ……昨晩エミリアの相棒たちがざわつき始めたので俺も周囲の異変に気が付いた。


 起きてテントを出ようとしたところへいきなりの閃光だ……テントの布越しだったから事なきを得たが、敵さんだってまさか相手との距離も分からんのにいきなり仕掛けてくるとは考えていなかっただろう……閃光弾なんて至近距離でなければ役に立たん……敵との間に木の葉でもなんでも……遮るものがあればほぼ無効だからな。


 意表を突く攻撃で視界を奪えたのは良かったが……敵さんも斥候代わりの前衛のほかに遥か後方に追撃用の猪系魔物を伏せて置いていたわけだ……敵魔物の視野を奪ったことにエミリアが安心して、背を向け相棒らに指示出し始めた状況を察知し……奴らは耳もいいからな……後方魔物に突撃を命じた。


 俺がテントから出る時に指示を出してくれたおかげで突進してくる魔物の位置詳細と、樹上に潜む魔族にも気づけたというわけだ……突進してくる魔物の迎撃に必死だろうから、まさか自分の位置まで把握されているとは考えていなかったようだな。


 こっちはたまたまうまい事作戦が転がっただけだが……敵さんは用意周到に二重三重の策を練って来てやがる……恐らくエミリアが振り返りざまに矢を射ていなかったなら……その狙いが正確でなかったなら……鳥系魔族が樹上で指示を出し続けられたなら……あの後も魔物らの激しい急襲は続いたんじゃあないかな……。


 後方の猪系魔物を潜ませていた辺りにはまだ数頭分の足跡があり、他にも狼系魔物の足跡に加え……恐らく鳥系魔物らも伏せられていたんじゃあないかな……一斉攻撃されていたなら……どうなっていただろうな。」

 巧はふうっと長く息を吐いた。


「そんな強敵……どうやって戦うのですか?」


「一般的には風魔法には風魔法と言って、向こうが風魔法を使った場合はこちらも風魔法で対抗して相殺し合わせるといった方法がある。だが……俺は風系魔道具は一つしか持っていないし、エミリアの御母上の魔道具はチャージ切れで時間が足りずにチャージには出せなかった。


 相手が眷属で風系魔道具使いならこれで十分だろうが……今度は魔族だからチャージ切れなど起こらない。無尽蔵とまではいわないが、体力が続く限り魔法効果を発動されたなら……こっちはすぐにチャージ切れで吹き飛ばされてしまうだろう。


 魔族の繰り出す魔法対策だけでもこれだけ大変だというのに……更に作戦まで気をつけねばならんとは……今度ばかりはいよいよ運の尽きかもな……。」

 巧は目を伏せながら小さく首を横に振った。


「そんなあ……魔王の羊皮紙を奪われ魔王を復活させられたなら……この世は再び闇に落とされてしまいます。私たちだけの問題ではないのですよ……。」

 エミリアは必至で巧に縋りつく。


「分かっているさ……まあ……今ある戦力でやれるだけやってみるしかないさ……これは相手がどうであれいつも変わらぬことだ……背伸びしたりもせず、また相手を舐めてかかったりもせず……やれるだけのことを尽くして……それでもだめだったなら潔く散るだけ……幸い魔王の羊皮紙は冒険者の袋の中だ……。


 エミリアは取り出せるが袋は取り出せない俺が持っている……この利点を最大限に生かして戦うだけだ。


 何とかなるさ……などと言った軽口は叩けないが……前にも言ったが死は誰にでも平等に、しかもたった一度だけ訪れる……言い換えれば一度しか訪れない……その時が来るまで……その時には……最大限やったと……やれるだけやり切ったと……そう思えるように行動するだけだ。」


 巧は至極明るい口調で答える……兜の中では微笑んでいるのであろうと……エミリアはそう思えた。


「王都から出た早々……魔族が率いる魔物と遭遇とはね……いくら魔王の匂いが微かに残っていると推定されたとしても異常すぎます……王宮内にも未だ魔族の眷属が残っていると考えたほうがいいでしょうね。


 私がお助けできることはほとんど御座いませんが……お二方のテントに結界を施しておきました。冒険者が使う魔道具の中には退避豪という便利なものがあるそうですが……さすがにそこまでは強靭ではございませんが……それでも通常の魔法攻撃強程度でしたら五回は耐えるでしょう……つまり五層分の魔法耐性を施しました。


 何分にもテント生地という……甲冑など防具に比べ明らかに劣る素材な為……五回が限度のようです。ですが……視覚結界と申しまして……テントを張り終え中に入って灯りを消してしまえば外から視認しづらくなるという……かような結界も施しておきました。うまくすれば……魔物らの襲撃時に位置を悟られにくく出来るかもしれません。


 注意して頂きたいのは……テントを張り終えたなら就寝時に中に入られるまで明かりを灯しておくか……入り口は常に開けておいてください……そうしなければご本人も位置を見失ってしまう恐れが御座います。


 それと……あくまでも見つけづらいというだけで消え去ってしまうわけではありませんので……道路上とか人々が往来する場所には設置できませんし、魔物が突進してきたなら直撃は食らってしまいます。物理的には安全とは言えませんのでご注意を……。」


 ハルクが巧たちのテントに魔法結界と視覚結界を施してくれたと告げる……


「成程……俺のテントも入り口を開けた部分だけ中が見えて……その他の部分は地面や下草などが透けて見える……これが夜だったらもっと分かりづらいな……ありがとう……だがこれでは交代の見張り番で相手を起こすときに困るな……エミリア……テントを張る場所に何か目印を考えねばな……。」


 巧がエミリアの方へ振り返る。


「そうですね……巧さんを起こすときはペルたちに任せますから……こっちは見えなくても大丈夫ですけどね……。」

 エミリアも自分のテントが周囲に溶け込み開けた入り口の中が浮いたように見えるのを、不思議そうに眺めていた。


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