停戦のための秘策
21.停戦の為の秘策
「じゃあ早いとこ聖教会へ寄って、エミリアの御母上の冒険者の袋を預かりハリキルへ向けて出発するとするか……いい加減出ないと今日中に王都を出られなくなってしまうぞ。」
伯爵には妻や娘を守るためにも魔族の眷属であると認めるよう諭したことでお役御免と……巧はすぐにハリキルに向けて出発すると言い出した。
「えっ……ですが……私が購入した替え用の革ドレスと……この子達用の替えの革胴巻き……アルルに関しては今つけている分もそうですが、自動修復とやらの耐魔法結界が施されていないではないですか……せっかくハルクさんに再会できたのですからこの機会にお願いしてみようかと思っているのですが……。」
エミリアは申し訳なさそうに防具への魔法結界をハルクに頼みたいと告げる。当初魔法結界のことなど全く知らなかったエミリアだったが、巧が火だるまになっても平気でいたことから改めて重要性を認識したのだろう。
「テルミの防具屋はペット用の防具に関しても品ぞろえ豊富で今回購入できたからな……案外製造所がテルミ近郊にあるのかもしれないな……まあ前回を考えるとそう何刻もかかることではないからいいんじゃあないか?やってくれるかどうかは別として……。」
巧は願い出る分には構わないと告げた。
「大丈夫ですよ……あの方はこの子達の大ファンですからね……絶対やってくれますよ……。
ですが……それにしてもあの防具屋さん……暴利を得すぎですよ。最初の値段の五倍以上ですよ……革ドレスが替え用のゴム付きで鎖帷子と併せて銀貨十枚で、この子達の分がゴム付きで銀貨五枚ずつ……合計銀貨二十枚でしたからね!」
急いで願い出るため冒険者の袋から替え用の革ドレスを取り出しながら、思い出したかの如くエミリアが悔しがる。
「いやっ……だからそれは……あの時は隊商のリーダーが卸の商人で、俺たちに護衛を引き受けさせるために赤字覚悟で格安で売ってくれただけさ。恐らく今回のが一般的な相場か……エミリアは知り合いのようだったからそれでもまだ安くしてくれているのかもしれないぞ。
俺の甲冑だって……この胴部分だけで類似の量産品でも銀二十枚するようだ。肩やひじなど関節部分がうまく細工がしてあって動きやすく一級品ではあるようだな。防具屋で修理を頼むとたまにこれが特注品であると気が付く店主もいて……体に合わせて細かく叩き出して成型してあり……これを特注品として手作りしたら金貨何枚で仕上げられるか分からんとまで言われた。
すでに失われていたが……恐らく強度な魔法結界も施してあったのが……俺が記憶を失った時の戦いで結界も消耗したのであろうと……。
だから俺はこの甲冑を見せて量産品と言われてもそのまま黙っていることにしている……身に余る特注品を持っていることで変に勘ぐられてまた命を狙われても困るからな……だから防具というのも金がかかるものだ……あきらめろ。」
巧が防具屋に悪意はないとエミリアをなだめた。
「ああ……予備の防具の魔法結界ですか?よろしいですよ……エミリアさん達にはこれからハリキルまで魔王の羊皮紙を運んでいただく重要任務が御座いますからね……私ハルクがお手伝いできることは何でも致します。」
王宮内の聖教会へ出向きハルクに魔法結界付与をエミリアが願い出たところ、ハルクはすぐに快諾した。
「前回はどうにもその……うっとおしがられ短時間しか念じられなかったので、十回ほどの自動修復程度でしたが、今回はちょっと長めに……三十回程度までなら自動修復するよう結界強度を強めに致しましょう。」
ハルクはエミリアに手渡された革製防具を傍らのテーブルに並べると、その三寸ほど上の空間を両手を広げてなぞるような動きを始めた。
「えっ……魔法結界って巧さんのは一年間自動修復と防具屋さんにお聞きしましたけれど……回数制限なのですか?」
エミリアがハルクの発言に違和感を覚えたのか、問いかける。
「ええ……勿論……通常は修復可能な回数で結界強度を表します。通常魔法耐性を謳っている市販の甲冑など防具は、一層分だけ魔法結界が施されていると認識しておいてください。初級結界術師は一層しか魔法結界を施せませんから。
魔物や魔族が放つ魔法衝撃を受けたときに……魔法結界が剝がれることにより魔法効果を一緒に連れて消えてくれると考えると結界というものが理解しやすいと思います。その魔法結界の層が十層あるとでも想像してみてください。
魔法効果には弱中強最強とありますが、この結界は強魔法効果を受けても一層分剥がれるだけでまた自動修復しますね。
弱なら数十回受けるまで剥がれず、中で十回は耐えるでしょう。強なら一度の攻撃で一層分剥がれてしまい、最強魔法効果を受けてしまうと……二層分か三層分か……大きく剥がれてしまいます。そうして十層分剥がれ切った段階で効果が無くなるといった計算です。
ですが……冒険者というものは通常月に一度か二ケ月に一度だけ……三日から一週間ほどかけて魔物の巣窟を攻略し、後は遊んで暮らすという……そんな放蕩生活と言われておりますからね……毎回強敵に出会ったとしても十層分の自動修復でおよそ一年分……と言った計算でしょう。
そのほうが分かりやすいので、防具屋さんはそのような表現をなされたのでしょうね。
今回三十層分付与しておきますから……三年間は……いえ……そうではないですかね……エミリアさん達は普段から活動頻度が高いですし……やはり強力な魔法効果を受けた回数で数えたほうがよろしいかと……。
はいっ……予備分はこれで終了です……次はエミリアさんたちが今お召しになっている分ですね……特に巧さんの防具は前回ちらっと見たときに結界効果がかなりすり減っているご様子でしたので……ちょっと長めに……。」
ひとしきり予備防具の魔法結界を付与した後で、今度はエミリア達への追加付与を始めた。勿論……ぺリルたちの分も含めて……。
「さあっ次はお待ちかね……君たちの番だよ……。」
ハルクは歓喜の笑みを浮かべながら戸惑い後ずさりするぺリルたちのもとへ……
「おお……はぁはぁ……ここへ来ておったか……エミリア……これでお別れだな……気を付けていくのだぞ……。」
ちょうどそこへエミリアの父が息せき切って駆け込んできた。
「父様……そんな慌てて……一体どうなさったのですか?」
エミリアが父のもとへ歩み寄り、息が整わない父の背中を優しく撫ぜる。
「ああ……あの後今度は南側外壁内側へ急いでいき、そこでも鎚を使って壁を叩いてみた……すると数回叩いただけで破壊され……石壁は一尺ほどの石が二枚で……真ん中一尺は空洞だった。
せめて空洞部は鉄筋を入れモルタルで固めてさえあれば……強度的には問題はなかったであろうが……それでも三尺の石壁を積み上げることを考えれば材料費も工費も半分以下で済んだはずじゃ……一尺の石板であれば安いし人ひとりで何とか持ち運び積み上げられるからな。
王様は……王宮外壁を取り壊すことをお決めになられた……鉄筋が入っていないから強度的に問題があり戦時の防壁として役に立たんし、何より強い地震があれば崩れ……通行人を巻き込む大惨事になり兼ねないのでな……そんなひどい工事を……伯爵は平気で行わせておったという事じゃ。眷属でなければありえんと……王様も確信された。」
父は伯爵が行った、あまりにも酷い杜撰な工事についてため息交じりに語った。
「そうですか……ですがあの外壁は七年前に作られたもので、その前まではなかったのでしょう?かえって日常的に王宮が王都内何処からでも眺められて……皆喜ばれるのではないですか?」
悔しがる父に対しエミリアはどちらかというと楽観的の様子だ。
「だがのう……外壁を作ったがために王宮を守る部隊である近衛兵は半減され……今から増強しようとしても間に合わん……何より予算がなくてとても増員などできそうもない……取り壊し費用だけでも莫大なものになるであろうからな。しかも取り壊すだけだから廃材は出るわ……その上なにも生み出さないのだから……最悪じゃ。」
公爵はうつむき気味に首を小さく横に数回振った。
「別に王宮警備のための兵を増やさなくてもいいのではありませんか?どうせ……役に立たない壁だったのですから。」
「そんなことはない……スーバキ国とメンドー国とはどちらも高い山脈で隔てられているため、陸軍も大部隊で進軍してこぬから何とかこれまで長い事……山間部での小競り合いだけで戦線が拡大しないで済んでいたのじゃ。
唯一素通しともいえるボーキ海では、海産物資源保全のために非戦闘区域と取り決められたからの。だが……王宮の警護の弱体化が知れ渡れば少数の精鋭部隊を潜入させ、王様やお妃さまの暗殺や人質にとることだってやりかねない。
なにせ軍事力には大きな差が出来ておるからな……それもこれも……伯爵が国費を独り占めにするようなことをしでかしたがためと、今になってようやく明らかになりつつあるがのう……。
伯爵が居なくなって戦争継続を申し出る輩はいなくなったが……今更和平交渉でもないのじゃ……なにせ戦争のきっかけはボーキ海の半分領有を我が国が主張したことであり、それを拒絶され、スーバキ国の大型漁船を我が国の海軍が拿捕し人質としたことがきっかけだからな……和平するには莫大な賠償金を支払わねばならんがそんな金はない。
兵も増強できん上に和平もできないとなると……一体どうやってこの国を守っていくというのか……甚だ参っておる。」
ほとほと困り果てたとばかりに……公爵は何度も大きくため息をついた。
「ああっ……悪かったの……愚痴ばかり聞かせてしまって……お前たちを見送りに来たというのに申し訳ない。
今更だが……この国のことは気にするな……どうせ悩んでも何もできん……なるように任せるしかないのじゃ。
それよりも……気を付けて……生水は決して飲むなよ。魔族に襲われたとしても……まずは逃げることを考えるのだぞ。戦って相手を倒すだけが勝利ではないのじゃ……最後まで立っていたほうが勝ちなのじゃからな……。」
公爵は気を持ち直し、エミリアに別れを告げた。
「停戦する策ならば御座いますわ……。」
するとエミリアがぽつり……
「うん?まさか……何人もの軍事顧問や外務大臣の歴任者含め有識者を募って検討したが……誰も賠償金なしでの停戦はありえんと結論付けておるのだぞ……停戦とは……敗戦という事なのじゃ。それ以外に道はないが……敗戦となると莫大な賠償金が……。」
公爵は我が娘の言葉を全く信用せず、真っ向から否定し同じ言葉を繰り返す。
「非戦闘区域に指定されているボーキ海……ここは三国にとって最重要な区域ですよね?」
「そうじゃ……元は大海の一部であったのが地殻変動で元は海底だったスーバキ国とメンドー国側が盛り上がり、孤立してボーキ海となった……湖の様だが塩湖……いわば内海じゃ。魚介類の水産物もそうだが肉食ではないサメの仲間が生息していて、その卵が珍味として珍重され、我が国も含めて輸出品として外貨を稼ぐ大きな水産資源となっておる。
だから……ボーキ海での戦闘はどの国も行いたくはなく、戦争開始時早々に非戦闘区域と取り決められた。
それほど重要な地点であり、我が国としてもここを戦場と化すことはありえないぞ。」
公爵は互いの弱点を突こうとする作戦は認可できないと、先読みで釘をさす。
「そうではありません……父様はボーキ海がどうして成り立っているかご存じですか?
ボーキサイ国から多くの大河がボーキ海へと流入しておりますが、ボーキ海から他へと流れ出る川は御座いません。ですが水量は常に一定……溢れもせず減りもせず……季節により多少の水位変動はあるでしょうが、おおよそここ何百年も一定の水量をたたえている筈です。どうしてでしょう?」
「それは……ボーキ海は大きいでな……流域面積だけでも我が国の全ての河川を合わせた広さよりも数倍は広いと……確か高校の地理で習ったぞ。つまり……水は蒸発するでな……あまりに面積が広いから表面から蒸発する水の量が莫大で……丁度流入してくる河川の水の量とつり合い……それで今の水量が保たれておるのだろうな……違うか?」
公爵は自慢げに胸を張って見せる
「そうですわね……では流入している水の量が減るとどうなるでしょうか?」
「それは……ボーキ海の水量が減る……つまり水位が下がってしまうぞ。そうなると大打撃だ……我が国はまだいいがスーバキ国もメンドー国もボーキ海沿岸は遠浅で……その浜を使ってアサリやハマグリなど貝の養殖と……最近ではサメを稚魚のうちから網で捕まえて浅い水深部分に生簀を作ってそこで養殖をしていると聞く。
我が国が出荷する魚卵ははるか昔から特産品で高値で取引されるが……最近は不漁でスーバキ国やメンドー国の養殖物に出荷量ではるかに負け……売上でも大差をつけられているようだ……。
水位が下がれば浜は干上がり……長期にわたると養殖も出来なくなってしまいかねん……我が国は……ボーキ海沿岸に浜はなく……いきなり水深千尺を超えるといわれているから……港の桟橋をかけ替えるだけで済むかもしれんがの……。
だが……決してそうはならん……ボーキ海の恵みは天からの授かりものであり、ボーキサイ国民はこれを守る義務があると先祖代々の教えで……ボーキ海へ流入する川の水は決して使用せず飲み水や生活用水は井戸水で、農業に使う水は稲作の水田用であっても穴を掘って雨水のため池を作り……教えを守り水位を保っておるのじゃ。」
エミリアが言うようなことは決して起こらないと公爵は胸を張る。
「そうです……ボーキサイ国民は非常に不自由な生活を強いられ……豊富な水量をたたえる大河が近くを流れているのに使えず……たまに大雨が降ると日頃から水量の多い大河が氾濫するのを防ぐために高い堤防まで築き……かような努力をしているにもかかわらず隣国には全く理解していただけてはいない。
逆に遠浅の地の利を生かして稚魚のうちからサメを捕獲してきて養殖しようだなどと……自分たちは川の水も使い放題のスーバキ国やメンドー国はそれでも多くの恩恵をボーキ海から得ようとしているのです。
そんなの……許せますか?やり方は良くなかったと思いますが……七年半前にボーキ海の半分の領有権を主張したこと自体……私は間違ったことではないとそう考えております。
領有権というよりボーキ海のボーキサイ国側半分では他国はサメ漁をしない……領海である沿岸から四里より先……五里近くまで大型漁船が来てサメの稚魚を根こそぎ攫うこともあったそうですからね……これをお止め頂く。」
「だが……そんな要求は通らんじゃろ?それで戦争になっておるのだからな……。」
「相手が応じなかったからと言って、即座に武力に訴えず交渉すべきだったのです。」
「交渉はしたのだ……ボーキサイからはわしとエラルミント伯爵が出向き、スーバキ国とメンドー国の外相がハリキル国の仲裁で集まり交渉したが、領有権などもってのほかと……即時決裂した……。」
国王は苦虫をかみつぶしたかの如く、顔をゆがめながら悔しそうに答えた……エミリアの主張も一理あると公爵が頷き、急遽王様に謁見することとなったのだ。内容が内容なので謁見室では行わす、護衛兵や秘書官などは全て排除し、王の居室隣の応接室にて王とシュタインベック公爵及びシュトラセン子爵のほかはエミリアと巧だけで密会が行われた。
これまでのエミリアの主張をじっと聞いていた国王だったが、溜まらず口を挟んだ。
「交渉するにしても何ら策もなく、ただひたすらボーキサイ国民は我慢しているのだから領有権を認めて欲しいと繰り返すだけでは……相手は首を縦には振りません……同じような痛みを知っていただかねば……。」
「どうすればよかったのだ?」
「そうですね……ですが一つお約束願います……。」
エミリアは王の問いかけには答えず、逆に約束を願う……
「約束とは?」
「はい……仮に私の案で交渉がうまくいったとしても……欲張らない事です。優位な立場に立ってあれもこれもと逆に要求しない事……とりあえず今の最優先課題は賠償金を支払うことなく戦争を終結させることです。ですから相手国から戦争終結を申し入れられたなら……賠償金支払い要求以外は目をつぶって……和平案に合意をすることです。」
エミリアはじっと王の目を見て条件を告げた。
「成程……ボーキ海での領有権は決して認めないといってくることはほぼ確実だが……それには目をつぶるということだな?一旦ひっこめてしまえば……再度要求することは難しくなるが……それはあきらめろと……そういうことだな?」
国王はエミリアの発言に何度も小さく頷いた後……
「まあ……ボーキ海の半分の領有権に関しては……海産資源の枯渇を恐れてのことだが……八年前に一度最盛期の五分の一以下にサメの漁獲量が落ちたことがある……これが戦争のきっかけともいえるのだがな……今では最盛期の三割程度までは回復したと聞いている。これで満足とは決して言えんが……まあ仕方がないだろう、約束する。」
今度は真剣な表情のまま深く頷いた。




