眷属
20.眷属
「巧さんの提案なのですが………………」
「なんと……伯爵を魔族の眷属ではないかと糾弾しろというのかい?確かに一部の貴族は魔族に傾倒して国家の重要機密など売っていると聞いたことはある。
魔族に付き従って行動する眷属とは違い……隠れて活動する忍びと称される者たちがおるというのじゃな?……言われてみれば……王都への魔物の侵入防止柵工事の手抜きは……大型魔物や魔族を侵入させるためと見えなくもない。しかも魔族が侵入していることも分かっていた向きもあるようじゃからな……。
成程な……糾弾してしまえば取り調べは確実に行われるであろうな……だが……決して認めぬであろうな……たとえそうであったとしてもだ……家族に親類縁者など多い上にエラルミント商会だけではなく官庁職員及び施工業者に冒険者組合や商工会議所の職員らなど……管理職だけ関係者と判断したとしても千人をはるかに超える規模となる。
それらを全て捕えて拷問に近い取り調べを行うなど……到底出来るはずもないと高をくくって……絶対に口を割らんはずだ……どれだけ拷問されたとしてもな……そうなると関係者を集めるわけにはいかんから直ぐに取り調べをあきらめて釈放せねばならん……どう考えても無理だな……。」
公爵は神妙な面持ちのまま首を大きく横に振った。
「俺が伯爵のところに行って説得しますよ……公爵や子爵殿であれば顔見知りだから……家族のこともご存じなのでしょ?そうなると家族に累を及ぼすような真似はしないとの安心感があるから……ですが全く初めて出会う俺が……伯爵を眷属ではないかと訴え出たとなれば……家族も含めて捕らえられ拷問されると考え始めるでしょう。
俺には何のしがらみもありませんからね……そこで俺が直接本人に会って……自分は忍びで家族にも黙って魔族とつながりを持っていたと認めなければ家族にも累が及ぶと説得してやれば……あきらめるのではないでしょうかね。」
巧が自ら引導を渡すと提案……
「ふう……む……成程……だがそれだと……本当は眷属ではなくても眷属として処刑されてしまうのだぞ。それはちと……まずいのではないか?」
さすがに疑いだけで処刑するのには……ためらいがある様子だ。
「だが……伯爵がしたこと……いや……しなかったことによってですが……鉄格子柵が劣化し容易に崩れ、大型魔物や眷属を連れた魔族までもが王都内へ侵入してきていたことは事実です。このような暴挙をこのまま放置しておけば……本当に王都内は魔物や魔族らの巣窟になり兼ねないところでしたよ。
もう七年以上も伯爵のやりたい放題なのですからね……眷属だろうと俺は信じておりますが、例えそうでなかったとしても……住民を窮地に追いやるようなことをしでかす輩は……処分しなければならないのではないでしょうかね……。」
巧は眷属であろうがなかろうが伯爵は処分しなければならないと主張する。
「確かにな……このまま何もせずにいたなら……間違いなく伯爵は誰かに罪を押し付けて自分は舞い戻ってくるであろうな……そうして今後は細心の注意を払い……不正が容易には明るみに出ない様……策を弄して行うであろうしな……排除するには疑いありきで……冤罪であったとしても……ここは腹をくくるしか……ううむ……。
済まぬが……王様に相談して判断を仰ごうと考える。それからで……宜しいかな?」
「俺はこれからテルミへ行って、チャージを頼んでいた魔道具をとってくる予定だから……明日また出直します。」
「エミリアはどうするのじゃ?」
「私も巧さんと一緒にテルミへ行ってみます。母様の魔道具……他にどんなものがあったのかわかるかも知れませんしね。」
「そうか……じゃあ済まんが……明日もう一度出直してくれんか?」
「はいっ……では……。」
「あーかわいいっ……モフモフが溜まらんっ」
「ではよろしいでしょうか?巧さんが預けた魔道具を取りに一旦テルミへ行って戻って来てから、ハリキルへ出発しようと思います。それで……申し訳ありませんが母様の冒険者の袋はもう一度王宮内で保管願えますか?」
「あーなんて気持ちがいいんだ……えっ?テルミへ向かわれるのですか?そうですか……承知いたしました、お預かりさせて頂きます。テルミ方面へ魔王の匂いが持ち込まれるのは期待に反しますからね……入門証は引き続きお持ち願います。」
二匹の黒犬に代わる代わる頬ずりしていたハルクは、急に真顔になるがそれでも犬を放そうとしない。
「行くわよっ!」
それでもエミリアが出発を告げると二匹はハルクの腕の間から首を抜き、エミリアのもとへ……
「ああっ……かわいいワンちゃんたちが……」
ハルクは名残惜しそうにそれを見送った。
「巧さんって……まさか同じ甲冑を複数個持っていて、汚れるたびに替えているんじゃあないですよね?」
王宮を出てテルミへ向かう道すがら、突然エミリアが巧に問いかける。
「うん?予備の甲冑か?俺はこれ一つしか……予備など持ち合わせてはいないが……戦闘で傷ついたりへこんだりしたら防具屋へ持ち込んで修理しながら使っているぞ。なにせ俺の身元を探るための鍵の一つだからな……。」
巧は記憶を失った時に身に着けていた特注仕立ての甲冑は、過去を探るための鍵となるので代用はないと告げる。
「ですがそれでは……汗をかいたり汚れたりしたときに……困りませんか?汗臭くなったりしませんか?」
「うん?下着は毎日取り換えているぞ……。」
「私も毎日下着を替えておりますが……夏の盛りの今でもなるべく肌と接触させないために長そでシャツと膝丈までのズロースを……でも暑くて……毎日取り換えておりますがそれでも匂いが心配で……。」
エミリアは一張羅を着たきり雀の父を見たときに、自分の防具も一つしかないことを思い出していた。
「ああ……そういう事か……この甲冑は金属だから雷撃防御と冬の寒さ対策のために内側に薄いゴム板を張り付けてあるのだが、それは紐で結び付けているだけで取り外し可能なのだ。だから毎日は無理でも週に一度は必ず外して水洗いする。ゴムだからテントの中で吊るしておけば朝には乾いている。
それでも朝バタつくのは嫌だから、替えのゴム板があって夜のうちに付け替え交代で使っているぞ。恐らくエミリアの革ドレスだって内側のゴムは取り外せるはずだぞ……鎖帷子をつけているから気が付かなかっただろうけど、今度からは革ドレスの下はすぐ鎖帷子にして、外したゴムを直接肌着の上に着用するといい。ゴムだけ毎日でも洗えるだろ?」
巧は内張りのゴムを交換して洗っていると説明……
「ああっ……そうだったのですか……知りませんでした。」
「どうせテルミへ行くのだからついでに防具屋に寄ってみるか?特注品ではないから替えゴムは普通の防具屋でも売っていると思うぞ。こういったことも初級者講習会で教えてくれるのだが……今からでも申し込んだらどうだ?」
「そうですね……魔族や眷属のこと含めて……講習会の重要性は認識していたのですが……検討いたします。」
エミリアは素直に頭を下げ、冒険者組合の初級者講習会に出なかったことをつくづく後悔していた。
「大蔵大臣は王様と共に王宮東の外壁へ行っておられます。そちらへお回りください。」
テルミ到着時は既に夜更けで城壁外に野宿し、翌朝から巧の魔道具を受け取った後防具屋へ寄り、エミリアは予備の革ドレス一着と替え用の内張りゴムを二セット……相棒たちの分も含め購入。王宮到着時点ですでに閉門時間となっていたため、以前宿泊した温泉宿に宿泊し早朝から王宮へ出向いた。
エミリアがまずは父の所在を確かめようと衛兵に尋ねたら東の外壁へ向かうよう案内され、首をひねりながら王宮の前庭を延々東へ向かって歩いていく……。
「なんでしょうね……」
「分からん……東側には伯爵の豪邸が隣接しているはずだが……だが外壁が二重にあるからな……これから眷属の疑いで逮捕に向かう……とかいう事ではなさそうだがな……。」
巧も首をかしげながらエミリアと共に歩いているが……歩き出したそばから大きな衝撃音が行く先から響いてきた。
「なっ……何でしょう?」
「分からんが……急ぐぞ!」
巧は剣を抜き駆け出し、エミリアも弓を袋から取り出して巧の後を二匹の相棒とともに追っていく。
「はぁはぁ……なんだぁ?壁を……取り壊しているのか?」
外壁へ到着すると十数人ほどが外壁そばに集まり、そこでは大金鎚で外壁を打ち砕いている様子だった。
「父様っ!如何されました?」
「おおっ……エミリアか……。」
エミリアが父の姿を認め駆け寄っていく。
「おお……一昨日あれから王様と相談をし……苦渋の選択だが他に方法はないだろうと……伯爵を眷属の忍びの疑いで取り調べることとした。すると……昨日夕刻になって冒険者組合幹部と商工会幹部から驚くべき報告があった……河川敷侵入防止用の鉄格子柵の手抜きに関して告発しようとした職員を、無実の罪を着せて監獄送りにしていたというのじゃ。
その幹部らは妻子を人質にとられ……子供の学校や学年に通学経路、妻がよく行く店など詳細を口にして……あからさまに脅したらしい。やむなく虚偽の証言をしたと自首してまいった。
すぐに監獄へ連絡して元職員に聴取したところ、伯爵直々の命令に背き告発しようとしたら無実の罪で投獄されたと……ずっと独房に入れられ看守とも話ができない状況だと証言した。勿論……何ら物証はなく、罪を犯して投獄された職員が逆恨みして証言している可能性は否定出来ない。
そんな元職員が……今わかっただけで三十人以上もいるようじゃから……さすがに怪しいと思っていたところ、王宮外壁工事でも不正したと……工事責任者が夜明け前に告発しに王宮を訪れた。開門直後にエンハルトのところへ案内されてきたのだが……王宮外壁は七年程前の開戦時に王宮防衛のためにと伯爵の進言で工事が始まったものだ。
厚さ三尺の石に鉄柱を打ち付け対になる側に穴を開け石同士をつなぎモルタルで固め積み上げてあるはずが……なんと石の厚さをごまかして中が空洞になっているというのだな……特に東壁は……半尺の石が二枚で……空洞が二尺分あるといわれ確認のために王様をお連れして早々に来たところじゃ。
実際に鎚で打ったところ簡単に崩れ……御覧の通りじゃ。」
公爵が指し示す先の白壁は、半寸ほどの厚さの平石が破壊された中は大きく空洞となり、その奥もこれまた薄い平石が覆っていた……つまり三尺に見せかけ半尺板で見かけだけ繕っていたようだ。
「これも伯爵直々の指示で……三尺で発注した石は自宅の外壁に使用したそうじゃ……大量の厚い石が工事現場に積み上げられていないと怪しまれるでな……。
当時は伯爵もさほど力を持ってはおらんかったから責任者は拒否し……仕方なく今後の公共工事の半分は請け負わせると約束する念書をしたため、それを責任者は大事に七年間も保管して持参してきた。工事を受注する度の礼金が一割が二割となり今では三割を超え赤字で持ち出しになることもしばしばあるようじゃ。念書は動かぬ物証だな……。」
公爵はふうっと……ため息をついた。
「東側に自宅を建設するつもりで……外壁強度は必要ないと体裁だけの壁を設置したようだな……あきれたものだ。」
巧も破壊された薄い壁石を眺めゆっくりと首を横に振る。
「これでエラルミント伯爵が眷属であることがほぼ確実となった。隣国との戦争を仕掛けるよう進言してきたのも彼なら、王宮防御用外壁工事を進言し請け負ったのも彼だ。王宮警護の兵が半分に減らせるということでな……王宮警護を弱体化させる目的と認めざるを得ないし国家を危機に貶める行為だ。これが魔族の眷属としての仕事でなければ説明がつかない。
伯爵と親交があったものや仕事を請け負った業者など……不正に加担していた者たちは本日中に自首すれば大きな罪には問わないが、明日以降発覚した場合は伯爵同様魔族の眷属と見なすと至急触れを出せ!」
「はっ……直ちにっ!」
王様は何度も歯ぎしりを繰り返した後顔をゆがめたまま命じ、職員が急いで駆けていった。
「そっ……それで……伯爵の奥さまやトゥルーディはどうなるのですか?」
エミリアが心配そうに父と子爵の顔色を交互に窺う
「伯爵次第だろうな……自分一人でやったと証言するのであれば……忍びという特性上家族にまで累は及ばぬだろう。」
「トゥルーディに関してはテルミの事務所に問い合わせてみたが、態度は生意気だが無遅刻無欠勤で与えられた仕事はそつなくこなすようだから……主任は無理でも一般職員としてなら働き続けられるだろうね。」
「そうですか……良かった……あとは……巧さんですね……。」
エミリアが巧の方へと振り返る。
「ああ……説得してみよう。」
「伯爵はとりあえず王宮地下の牢屋に入れられ取り調べを受けているが……昨日の夜までは一切罪を認めていない。」
「分かりました……行ってみましょう。」
皆速足で王宮へ向かった。
「ふんっ……なんだ冒険者殿か……お前さんの告発によるものだそうだな……何の証拠も出ずに……俺が釈放されたら今度はお前を眷属の疑いがあるとして捕えて取り調べをしてやる……俺の取り調べは厳しいぞ……。」
巧が王宮地下牢へ向かうと鉄パイプの牢越しに伯爵が話しかけ、少しも慌てる様子もなくにやりとほくそ笑んだ。
「ああ……それは難しいだろうな……王宮の東側の壁の手抜き工事……朝から王様も同行して壁材がごまかされていることが判明した。しかもその工事を請け負った業者があんたから受け取った念書……それを持参して自首してきた。
そりゃあそうだろ……あとで発覚したなら真っ先に工事した業者が罪に問われる……他にもあんたが陥れて無実の罪で監獄へ送った元職員ら……その証言を行った幹部連中も自首してきている。こっちは早々に会長職を解かれ元の子爵が戻ったからな……幹部らも安心して自首できたのだろう……妻子を人質に脅していたんだって?
王様は怒り心頭の様子で……あんたが眷属であるとしか考えられないと認め……本日中に関係者の告発を募った。明日以降では同様に眷属として取り調べを行うとしてな……。
もうこのままでは家族や親族にまで累が及ぶぞ……忍びの眷属として妻子にも打ち明けずに一人でやったと自白する以外に道はないと思うが……しかも早い方がいい……刻限は迫っているぞ。」
甲冑姿で兜も脱がずに巧は、あくまで事務的に抑揚も付けずに事実をそのまま淡々と告げる。
「ばっ……馬鹿な……そんな証拠……いやっ……そうか……遥か昔に一度だけ……ちいっ……。」
恐らく伯爵は七年前の念書のことなど完全に忘れていたのであろう……悔しそうに下唇を噛む。
「ちくしょうっ……ちくしょうっ……ちくしょうっ……魔族になど……加担などしてはいないっ!これでも愛国心はあるのだぞ!確かに不正を行って財を成した……だがそれだけだ。魔族など知らんっ!
罪を認める!すべて告白して罪を認めるから……俺一人だけで……利益を独り占めしようとしたことは正直に認めるから……魔族の眷属が疑われるとの告発は取り下げてくれ!
不正工事や横領、贈賄罪であれば……金は全て返す……不当な利益分は全て返せば……さほどの重罪ではないはずだ……せいぜい十年か……十五年程度牢につながれるだけで済むはずで、勿論家族に累は及ばないはず!
なあ……後生だから眷属疑いの訴えは取り下げてくれないか?」
暫し大声で叫びながら悔しがっていた伯爵だったが、素直に罪を認めるから眷属であるとする訴えを取り下げて欲しいと言い出した。
「それは無理だ……王様以下多くのあんたを知る者たちが……あんたは間違いなく魔族の眷属だと……そう考えなければこれだけのことをしでかすのはおかしいと……そう判断している。
俺の告発は単なる起点にすぎず……もう俺が何を言ったところで覆らないだろう……そもそも……あんたが眷属でないという確たる証拠だってないのだ。だが……やってきたことを考えると魔族の眷属として国家衰退を狙って行為に及んだと想定すると、全てつじつまが合う……弱ったところへ魔族が忍び込むのだな……。
今回眷属を従えた大柄で四本腕で肌の色が真っ赤な大物魔族を捕まえたが……奴と示し合わせていたのだろう?あんたの屋敷から……王宮東側の薄い壁を壊して忍び込ませる算段であったか?王妃様や王子様を人質にとり陰から王様を操れば……国が手に入ったようなものだからな。そうしてあんたは……宰相にでもなるつもりだったか?」
「なっ……馬鹿なっ!知らんぞ、俺は知らんっ!魔族など会ったことも連絡を取ったこともない!」
「どうだかな……忍びがどうやって魔族と連絡を取り合うのか俺は知らないし恐らく知る人間はいないだろう……が……実際に忍びは存在するのだから何らかの他人に知られぬ手立てがあって連絡を取り合っているはずだ。それをしてはいないと……どうやって証明するのだ?
なんにしても……このままではあんたの妻も娘も捕らえられ……明日から拷問だぞ……あんた含めてな。
期限は今日の夕刻までだ……それまでに腹を決めることだな。じゃあな。」
巧は伯爵の返答を待たずに、そのまま地下牢を後にした。
「如何でした?」
地下から王宮裏へ出てきたところでエミリアが待ち構えていた。
「うーん……眷属では決してないと主張を繰り返すだけで……だが既にどうしようもないと教えてきた。人並みの感情があって妻や娘を愛してさえいれば……夕刻前までには眷属であると認めるはずだ。待つしかない。」
「そうですか……分かりました。」
エミリアは不安そうに眉をひそめながら地下へ向かう階段をじっと見つめた。




