再び王宮へ
19.再び王宮へ
「魔道具の値段?エミリアも……魔道具を使いたいと考えているのかい?」
「ええ……今回の炎を操る魔物との一戦で……魔道具を持っていない自分をつくづく呪いましたわ……もし魔道具を持ってさえいたなら……あの巨大兎が頭の上を飛び越える瞬間……跳躍で無防備になったお腹に雷撃を放てるのに……とずっと考えておりました。ですので魔道具を……私も持ちたいと……母様も魔道具を使っていたようですし……。
この度のハリキルへの旅のそもそもの目的は……ハリキル内の都市国家であるエールでの魔道具の競り市でしたから……どうせ行くなら私も競りに参加したいと考えております。ですがいくら持参すべきなのか……今の手持ちで足りなければどうするか思案中なのです。」
今回の苦戦を反省し、エミリアも魔道具を持って戦いたいと考えている様子だ。
「そうか……だが俺は魔道具を購入したことは……いや購入したときの記憶がない……というのが正しいか。
だから値段は知らないな……魔道具屋にはしょっちゅう顔を出しているが、この辺りの魔道具屋で中古品でも魔道具を売りに出しているところを見たことはない。魔道具は太古からのいわば遺品であり骨董品だからな……競りで手に入れるしかないのだろうが……恐らくかなりの高額だぞ。
魔道具は一度チャージすれば通常出力で十回使えるが……使い切ったら何の役にも立たず戦闘時にチャージ切れとなると最悪だから、予備のない魔道具は俺は残弾を残してチャージに出すことにしている。だが俺が知っている限り、どこの魔道具屋でも残弾があろうがなかろうがチャージ料は一律一回銀貨二十枚だ。
しかも魔道具の使用限界が来て居てチャージできていなくても料金は取るところがほとんどだな……チャージ料金から考えると一回の使用量が銀貨二枚以上となって……魔道具というのは強力だが金がかかる武器ということだ。
状態のいい物であれば毎日使い切るくらい酷使しても十年間使用限界は来ないと聞いたことがあるから……そう考えると相当な高額だぞ。
ざっと見積もっても……金貨四、五十枚とか……程度が良ければその数倍とか……するのではないか?
俺はいまだに記憶を失う前の俺がどうして大量に魔道具を持っていたのか……不思議でならない。
冒険者で魔道具を使うやつらの多くは……隊商の護衛業をしていた時に賊に襲われ倒したうえで、賊から奪い取ったもののようだからな……まあその逆もあるようだがな。」
「は……あ……そんなに高額ですか……とても今の貯えでは無理ですわね……。」
エミリアはがっくりと肩を落とす。
「あくまでも俺が考えた見積もりで、だからな……実際の値段は競り市へ行ってみなけりゃ分からんし、競りなのだから人気がなければ安く手に入るかも知れないぞ。
それよりも……エミリアの御母上が魔道具を使っていたというのはこの間聞いたが……御母上の冒険者の袋……遺書のような手紙と羊皮紙と……あとは寝袋にテントなどを取り出しただけだったろ?使用者が頭に描いたものが指先に触れて来て取り出せるが、逆に言うと頭に描かないものは入っていても手にも触れないわけだ。
だから……炎や雷撃の魔道具を頭に描いて手を入れて見たら……案外取り出せるかもしれないぞ。まあ……あまり期待していて何もなかったらショックだから……あったらいいなくらいに考えて試してみるといい。」
「ああっ……言われてみれば確かに……これから王宮で母様の冒険者の袋を渡されるわけですから……試してみる価値はありますわね。」
巧の提案にエミリアも笑みを漏らす……。
「もし何も出てこない様であれば……アーミンで賊から取り上げた魔道具が三つあっただろ?俺の魔道具の残りをハリキルへ旅立つ前にテルミへ出向いてとってくるつもりだが……そうなれば十一個揃うから……なんだったらそれを使うといい。炎と雷撃と水の魔道具だから、戦闘時に十分使えるはずだ。
いや……出てきたとしても持っていればいい……俺も炎と雷撃は二個ずつ持っているからな……予備があったほうがチャージぎりぎりまで使えるし、万一の故障にも対応できるからね。」
「はいっ……何から何まで……気遣い有難う御座います。」
エミリアは深く頭を下げ、早足で王宮に向けて歩き出した。
「おおっ……エミリア……無事だったか……少し疲れているように見えるが大丈夫か?」
王宮を囲む城壁の正門でハルクに渡された勾玉の通行証を見せると、衛兵の一人が王宮内にある聖教会へ案内してくれた。聖教会内の応接室にはエミリアの父である公爵や、冒険者組合会長の子爵も待っていた。
「少々厄介なボス魔物で手間取っただけですわ……巧さんに助けて頂きました。
それよりも父様……これから王宮勤めなさるかもしれないのですから……ちゃんと仕立てたスーツをお召しくださいね……今回も大きな収入が御座いましたから……半分……お渡ししておきますね。どうせ前回お渡しした分は……周りの方々にふるまわれてしまったでしょう?」
エミリアは小声で小言を切り出すと……腰に下げた小さなきんちゃく袋から硬貨を取り出し左掌の上にのせ、金貨六枚をつまみ父に渡してさらに銀貨用のきんちゃく袋からは数えずに一掴みを手渡した。
公爵も子爵も二人ともに二週間前に会った時と同じ服装で、父が持つ継ぎ当てのないスーツはこれだけと知っているエミリアは、下着は替えているだろうがスーツはずっと着たままであろう父を見て少し心配になって来た。なにせ王に乞われてこれから王都にて大臣に就任するはずだから……
「こっ……こんなに?いや……エミリアだってこれからハリキルまで長い道中だしハリキルは物価が高いと聞いておるぞ、もっと持って行かねば足らんと困るぞ。」
それでも父は娘を案じ、受け取ろうとはしない……
「ハリキル内の都市国家エールでの滞在となりますが……今回は向こうからのお招きという形となりますので……勿論宿泊費用も食費など滞在費用はすべて向こう持ちとなっておりますからご安心を……まあカジノなどもあるようですが……さすがに賭け事の資金は提供されないとは思いますけれどね……。」
するとここで法服姿の男が横から口を挟んできた……ハルクである。
「ほらっ……こちらは問題ないようですわよ……。」
「そっ……そうか……では有り難く頂いておくとして……ふうむ……二人してスーツを何着か新調しようかの……。」
エミリアの笑顔に押され、公爵は子爵と顔を合わせ苦笑いを浮かべた。
「お久しぶりですエミリアさん、巧さん……これがエミリアさんの御母上……ターメルさんの冒険者の袋です。お渡ししておきます。」
ハルクは軽く会釈をすると、エミリアにがま口の付いた袋を手渡した。
「おっと……その袋は俺が持つことにした方がいい……万一魔族らに捕らえられた時にでも……俺は使用者ではないからエミリアは俺を放って逃げれば永久に奴らに中身が渡る心配はないし、逆にエミリアが捕まったとしても袋がなければ何もできない……だからより安全だ。」
ターメルの袋は巧が持つと言い出した。
「それはそうですわね……ですがその前に……えーと……雷撃の魔道具……を思い浮かべるのですね?」
突然エミリアががま口の留め金を外して袋の中に手を突っ込む……
「ああっ……あった……。」
ほっとしたように笑みを浮かべるエミリアが細長い箱型の魔道具を取り出すことに成功……
「おおっ……やはり……御母上の魔道具が入ったままに……」
「じゃあ今度は炎の魔道具を思い浮かべて……次は……」
次々と魔道具を連想してエミリアが袋から手品ショーの様に魔道具を取り出し続け、テーブルの上に並べていく。
「ほ……お……雷撃に炎、水に風に土と……一番使用頻度の高い基本魔道具は揃っているようだな。魔道具は数十種類あるといわれているからな……俺の知らない魔道具もたくさんあるだろうし……知らないものは取り出せないか……魔道具の一覧表でもあればいいのだがな……。」
「一覧表ですか……魔道具一覧表……。」
エミリアは願うかのごとく目をつぶり、袋に手を入れる……
「だめ……ですね……他にはどんな魔道具があるのですか?巧さんが持っているものでも……。」
「俺は持っていないが基本魔法の一つである金……と言っても金を生み出せるものではなく、金属鉱床付近などで鉱物を変形させて先端の鋭い針状の武器として飛ばせたり強固な防壁を作り出せる……岩弾や土壁を作り出す土系魔法の金属版ともいえる。
魔法と言っても無から有を作り出せるわけではないから金属鉱床が近くになければ役に立たないし、極太の針を飛ばすと敵どころか周囲の生き物全てが穴あき状態……ハチの巣となってしまい余りにむごいので持っていたとしても使わないだろう。魔族で金魔法を取得している者でもほとんど使わないと聞いたことがあるくらいだ。
基本魔法は他にも木があって、その魔法を取得している魔族は樹木や草や蔦などを自在に操って敵の動きを止めたり捕縛したりできるようだが、入れ物である魔道具に複雑な動きを指示するための仕掛けを組み込むことが出来ない為、魔道具化はできていないと聞いた。
実際魔族が使うと炎魔法だって炎がまるで生き物のように曲がって飛んだりして襲い掛かってくるのだが、魔道具では炎の出力の強弱を入力して敵に向けて発射する位しかできない……魔族が使う魔法と魔道具では全く違うといっていい。
俺が持っているのは……基本魔法に近いが濃霧……濃い霧を発生させて視界を奪うものだが、自分も視界が悪くなるので注意が必要だ。敵の大群に取り囲まれて周囲全てが敵の場合など……視界がなくても敵が近づけばわかるから瞬時に相手を仕留めて逃げ道を確保する……そんな場合に使うものだな。
ほかにも音響閃光と言って強烈な光と馬鹿でかい音が出る……いわば一時的に敵の目も耳も奪うものと退避豪……魔物に囲まれてもその中に引きこもればどんな衝撃にも耐えるし、業火に包まれても十日間は平気……と言った代物と、極寒と言って当たったものや空間の温度を絶対零度近くまで一瞬で下げる……魔道具がある。
極寒は空気も凍り付くから一間四方はほぼ真空状態となり、どんな業火もたちどころに消えるし敵もほぼ即死だが自分も危ないので、まあ相打ち覚悟の時にしか使えないな。
ほかにも治療系や回復系の魔法もあると聞いたことはあるが、俺は持っていないし魔道具があるかも知らない。
魔法の種類だけでも百はあるといっていた魔道具屋の店主もいたくらいだからな……どれくらいの魔道具があるのか長年魔道具に携わっている店主が存在も知らないものがあるかも知れない。」
巧が一通りの魔道具の解説を終えた……
「えーと……じゃあまずは金系の魔道具……うん……ダメか……木の魔道具は?やっぱりありませんねえ。濃霧魔道具……うーんダメ……音響閃光魔道具……うーんダメか……音響だけの魔道具はありですか?」
エミリアが何度も袋に手を入れながら顔を上げた。
「うーん……俺が持っていないだけであるかも知れないな……閃光だけのものもあるかも知れんぞ。」
「そうですね……では音響魔道具……ダメかあ……次は閃光の魔道具……あっ……これかな?」
エミリアが今度は鏡面に輝く球状の魔道具を取り出した。
「これは音響と合わせて使うものですよね……一つだけでは使えないのですか?」
「どうだろうな……だが真っ暗な洞窟内や夜間で閃光弾だけでも強烈な光を浴びれば視力回復までに相当な時間がかかるだろうから……単品でも十分役に立つのじゃあないかな?チャージ料は音響閃光でも閃光だけでも恐らく銀二十枚だろうから、合体の方が得とは言えるだろうがね。
実際音響魔法とは様々な方向から微かな音や大きな音などを繰り返し発生させ、敵にこちらの位置を分からなくさせる為のものだろうから……だが実際の魔道具ではそのような細かな設定が出来ないから大音量だけに特化してしまったのだろうな……音量も極大、大、中、小、極少と切り替えられるが、俺は極大か大でしか使ったことはない。
閃光だってそうだ……俺は目つぶし代わりに大出力でしか使ったことはないが、局所的に照らすとか閃光魔法だってもっと違ったもののはずだ。」
ちょっと悲しげな表情を見せるエミリアを巧が慰める。
「成程……閃光魔道具単品でも考えようによっては使い方はそれなりにありそうですね……次は……退避豪……ダメ……極寒魔道具……うーんダメですね。
じゃあだめもとで……治癒系魔道具……回復系魔道具……どっちもダメですね。基本魔法の五つのほかには閃光だけ……合計六つでしたね。テントと寝袋は前に取り出したけど、まあ私も持っていたから……。」
エミリアがテーブルの上に並べた筒状や球状や直方体の魔道具を眺めながら呟く。
「すごいじゃないか……音響と濃霧と極寒の魔道具がないだけで……退避豪は極珍しいもののようだから仕方がないとして……実質俺の持っていた魔道具とほぼ遜色がない。濃霧と極寒は……俺も実戦では使ったことがないものだし……そもそも修復再チャージを引き受けてくれる魔道具屋もほとんどないしな……使い勝手がいいのは揃っているようだな。
最後に……ダメもとで……魔道具とだけ念じて出てくるか試してみると良い……一般的な魔道具を頭に描けるかどうかにかかっているのだが……俺なんかの場合は最近は一撃で仕留めるために雷撃魔道具ばかり使うから、魔道具と考えて袋に手を入れるだけで雷撃魔道具が出てきてしまうけれどね……。」
「はあ……魔道具……ダメ……ですね。」
エミリアががっくりと肩を落とす。
「色々と魔道具のことを調べていって、その都度中に入っているかどうか確認していく癖をつけるといい。俺は自分の名前も分からずに冒険者証を正式発行するために、袋の中身を一旦全て取り出してから設定を書き換えられてしまったからできなかったが……まあ俺が発見されたときに周辺に魔道具も全て転がっていたというから……これで全てだと考えているけれどね。」
「そうですよね、これで母様が残してくれた魔道具全部と決まったわけではありませんものね。」
エミリアの顔が明るくなった。
「じゃあ……エミリア……」
「あっ……そうでしたね……。」
エミリアが意を決したように歩きだす。
「あのう……なにかお忘れではございませんか?」
一歩を踏み出した瞬間……エミリアの目の前に大きな影が……
「ええっ?えーと……母様の冒険者の袋は確かにお預かり致しました。」
エミリアはターメルの袋を急いで巧に手渡した。
「教会にいらっしゃった早々にお預かりしていた冒険者の袋は返却させて頂きまして……エミリアさんではなく巧さんが所持していたほうが都合が宜しいとお決めになられ……そのあとは袋から数々の魔道具を取り出しておられましたが……そのようなお時間があるのであれば……その……ですね……。」
ハルクは言い出しにくそうにもじもじと体をくねらせながら、眼下の二匹の大きな黒犬を交互に眺め続ける。
「あっ……ああ……その……犬がお好き……でしたよね?アルとペルに……触りたい……ですか?」
「ええっ……それはもう……」
パットハルクの顔が一瞬明るくなり……
「ですが……」
そうして再び顔が曇る……
「そうでしたそうでした……。」
エミリアは急いで冒険者の袋から麻袋の胴巻きと頭巾を取り出して、アルルとぺリル二匹につけてやった。
「ありがとうございます、ありがとうございます。」「きゅん……」「ぎゃっ」
すぐにハルクはしゃがみこんで二匹同時に両脇に抱え込んで抱き寄せた。
「ごめんねえ……あなたたちのことが大好きなんだって……ちょっと我慢してあげてね……。」
エミリアは面食らってどうしていいか分からない二匹に、我慢するよう申し付けた。
「おおっ……ふかふかで……暖かいのが……麻袋を通してでも伝わってくる……至福……。」「くわんっ」
ハルクは大喜びで頬ずりを始めた。
「さて……父様……エラルミント伯爵の件は……如何なりました?」
一息ついたところで……エミリアは父に弾劾したはずの伯爵の様子を確認した。
「ああ……ウエストリバー西岸の侵入防止用鉄格子柵工事は発注通りに行われていることと、東岸工事は実際には行われず、この春の上塗り塗装も見積もりだけで両岸共に行われていないことが、近衛隊隊長の王子様の確認で明らかとなった。
当時何度も報告があった鉄格子柵の劣化の訴えから施工内容が疑われ、それならと一般公募で入札の形をとり、当初の予定入札価格の七割ほどでわしが紹介した業者が受注したが、同額でエラルミント商会も受注した。
予想額よりはるかに低い金額での入札に、景気低迷の現在の市場価格では妥当な金額と当初見積もりに反したことの言い訳をしていたが……恐らく入札担当職員も買収されていて情報を漏らしたのだろうな。実際に工事をするつもりはないのだから、どれだけ低くても受注さえできれば構わなかったわけだ。
イーストリバーの鉄格子柵に関しても、見積もり通りに上塗りだけで耐えるような状況ではないことも判明した。
いわゆる見積もりだけの架空工事で暴利を得ていたことは立証できたが、あくまでも河川敷の鉄格子柵だけの話であり、他の公共工事での見積もりの正当性や工事施工に問題がなかったかなど、細かく調べていくのに果たして何年かかることやら……調査だけでも数年……不正を暴くまでやるなら十数年から数十年はかかるであろうな。
そこまでやって始めて裁判へ持ち込める……今世紀中に裁判に持ち込めるかどうか……分からず頭を抱えておる。
なにせ公益法人エラルミント商会だけではなく、官庁の職員や施工業者など誰もが口を揃えて不正などやってはいないと証言しているようだからな……確たる証拠を突き付けねば……どうにもならん。
かといって……ほんのごく一部に過ぎないはずの鉄格子柵工事の不正だけで審議を始めてしまっては……恐らく一部の職員の不正とか……誰か一部の人間に押し付けてしまわれかねないからな……初犯であれば数年の服役かうまく弁護すれば罰金刑だけで済むような犯罪だから……出所後の進退を保証すればかぶる奴は大勢いるであろう。
だから……手のつけようがなくて困っている。」
エミリアの父親はほとほと困り果てたとばかりに、伏し目がちに囁くような小声で答えた。




