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イーストリバー河川敷ダンジョン南端

18.イーストリバー河川敷ダンジョン南端

「はぁはぁ……アルっ……ボス魔物の後ろへ回って背後を突いて!ペルは……ボス魔物が飛んで襲い掛かってきたら、こちらも飛び掛かって後ろ足を狙うのよ!はぁ……はぁ……」


 九日目までは中型魔物である狐系や狼系魔物に出会いながらも相棒らの助けもあり何とか順調に進んで来たエミリア達だったが、九十区画を過ぎたあたりで停滞していた。巨大なボス魔物の出現で、二日間一区画も進めず夜間も寝ずに戦い続けていたのである。過度の緊張感の中睡魔に襲われることはなかったが、それでも肉体的にも精神的にも限界に来ていた。


「来るよっ……素早い動きと跳躍力に気を付けて!」


 膝丈を超える高さまで伸びた下草の河川敷にくっきりと浮かぶ太い筋がエミリア達に向かって一直線に伸びてくる……だがエミリアがその進行方向手前に狙いを定め振り絞った弦を手放し矢を発射した瞬間……予期していたかのごとくそこから真っ白な物体が高く空へと舞い上がるがごとく跳躍する……ボス魔物は巨大な白兎だった。


 エミリアの頭上遥か高くを跳躍して後方へ飛んだボス魔物は……すぐさま方向転換して再び突進してくる……エミリアもすぐさま矢をつがえるが、小刻みに左右に跳ね飛びながら迫りくる相手に照準を定めきれず、射かけることすらできないまま、ぺリルも突進するタイミングを失ってしまう。


“ボワッ”「うわっ」


 至近距離まで一気に間を詰めたボス魔物は今度は口から炎の玉を吐き出しエミリアを狙ってきたので、転がるようにして何とか避ける……と……炎は草に燃え移る前に消失し、ボス魔物はエミリアの横を掠めるようにして通り過ぎていった……体長六尺を優に超えるであろう巨大な白兎のボス魔物は、あろうことか炎系魔法まで使う強敵だった。


 それでもエミリアを一撃で仕留められるような致命傷を与えられる武器は持っていないのか、その素早い動きと強力な跳躍力でエミリアに的を絞らせずアルルやぺリルらの攻撃もかわしながら、時折炎攻撃を仕掛けてくるのだ。

 地味であり時間もかかるのだが……それでも確実にエミリアの体力も精神力も奪ってきていた。


 本来ならば最終日の今日は二区画だけ進み最終区画である橋まで到達し、駆逐した魔物らの肉や皮を詰めて意気揚々と冒険者組合まで清算に帰るはずだった……なのに未だ……一日と少し分の区画を丸々残して停滞しているのだ。


 当初連携攻撃を仕掛けて来ていた三尺ほどの体長の四匹の子兎というか十分兎としては大型の魔物は何とか昨日までに倒しきったが、最後に残ったボス魔物にはさすがにてこずっている。


 素早い動きだけならまだしも……炎系魔法を使うためにアルルもぺリルもうかつに突っ込ませるわけにはいかないのだ。


 勿論アルルには濡らした麻袋の胴巻きと頭巾をかぶせたし、ぺリルだって濡らした頭巾をかぶらせてはいるが……口から発射する炎の玉を恐れて喉元へ食いつかせることにはためらいがあるのだ……アルル達の胸元は防具も頭巾もなく無防備だから……その為ボス魔物の背後から追い立てて慌てさせる陽動位にしか使えず連携として機能していないのだ。


 こんな時……巧だったらどう戦うだろうかと……巧の持つ魔道具をうらやましく感じ始めていた。


 以前巧も魔法を使う魔物に対しては魔道具を使って対処するといっていたことを思い出し……自分も揃えたい気持ちになってきていたが……はっと気づいた。まずはそんなことよりも……今をどう対処するべきか考えねばならない……下手をするとアルル達も巻き込んで全滅しかねない状況なのだから……。


「私がしっかりしなくては駄目ね……ペルっ……今アルは前方茂みに潜んで恐らく左側にいるはずだから……ペルは右側に行ってアルと一緒に両側から魔物のお腹辺りを狙って追い立ててちょうだい。


 恐らく勢いよく突っ込んできて……こちらが矢を撃とうが撃つまいが大跳躍をして真後ろに回ってすぐに反転して突っ込んでくるはずよ……ボス魔物だけになってから攻撃が単調になって来たからね。


 私は頭の上を超えるよう跳躍したときに真下からお腹を狙って射かけるわ……真上への発射は狙いも付けにくいし態勢が安定しないから当たるかどうか不安だけど……当てられなければ今度はこっちが危ないからね……何とかするわ。

 ペルたちは私がどうなろうと戦わず、巧さんがこっちへ来るのを待っていてね。いい、分かった?」


「わふっ……くーん……。」

 右方向を指さしながら指示する主人の決意が分かったかの如く、愛犬は寂し気に体を摺り寄せてきた……


「よしよし……大丈夫よ……だから行って……ほらっ……。」

 エミリアはぺリルの頭を優しく撫ぜると追い立てるかの如く押しやり、ぺリルは名残惜しそうに何度も振り返りながらようやく草むらの中へと姿を消した。



「わんわんわんっ!」「がうっわうっがふっ」


 すぐに数十間先で犬たちが魔物を追い立てる動きが始まり、草むらに太く黒い筋が浮かび上がり一直線に伸びてきた……エミリアは大きく息を吸い込み……その筋に狙いを定めて弦を引き絞り……息を止めその瞬間を待った。


 筋の動きが一瞬止まりその場から白い大きな物体が飛び上がろうとした瞬間……前方左手で影が動いたかと思うとそこからまばゆいばかりの閃光が発っせられ……


「えっ……???」


 引き絞った弓と共にブリッジするように体を反らし始めていたエミリアだったが……いつまでも白く大きな標的は宙を飛び越えてはいかず……軽い地響きが聞こえてきた前方へ体を起こし向き直った……だがそれでも何事が起きたのか全く分からず……依然として気を抜くことも出来ずひたすら身構えていた……


「すごい大物だな……こんな大きな兎系魔物……初めて見たぞ……。」

 左前方の閃光の源には銀白色の甲冑に身を包んだ……巧が立っていた。


「巧さん……どうして……」

 エミリアには眼前の光景が夢なのか現実なのか……区別がつかず戸惑っていた。


「どうしてって……そりゃあエミリアが苦戦していたのは一昨日から知っていたから……今日は早めに終わらせてこっちへ渡って来て、橋の最終区画からこちら側へ魔物どもを駆逐しながら遡上してきていた。


 魔物どもと言ってもボスが連携用の配下を引き連れた後だから残っていたのは雑魚ばかりで……しかも一区画に数匹しかいなかったから、戦闘の粉塵すら上がらずに静かなものだっただろ?


 つい今しがたエミリア達が戦っている前線までようやく辿り着いたところだったのだが……なんと巨大白兎が……大跳躍した上にすかさず反転し……左右に飛び跳ねながらエミリアに突っ込んで行ってさらに炎の玉まで発射したのだから驚いた……上級の魔物と二晩もやりあっていたのだな……すごいなエミリア……感心した。


 上級のおごりからか……エミリアをゆっくり楽しんで仕留めようとしていたからか……俺が茂みに潜んでいることには全く気付く素振りも見せず……自信満々に大跳躍しかけたところに最大出力の雷撃を食らわせてやった。


 先ほど跳躍したときからエミリアは全く動けていなかったし、自信満々のボス魔物はまた同じ位置から大跳躍してエミリアの後方を狙うだろうと予想できたからな……跳躍予想地点の近くで息を殺して待ち構えていた。


 二間ほど離れてはいたが一撃で簡単に仕留められたのは……強敵のエミリア達が気を引いてくれていたおかげだから……胸を張って自慢することも出来んがな……まあ、よく頑張ったよ……。」

 巧は巨大兎が動かなくなったのを慎重に確認したのち、ゆっくりとエミリアの方へと歩み始めた。


「巧さん……どうしてあなたは……私が危ない時に不意に現れて……救ってくださるのですか?どうして?」

 エミリアは窮地を救われた安心から膝から崩れ、泣き出してしまった……。


「わふっ」「くわんっ」

 すぐさま二匹の愛犬がエミリアのもとへと駆け寄っていく。


「まあよく頑張っていたし戦えてもいたからあまり言いたくはないのだが……だが捨て身攻撃になる前に俺を呼んでほしかったな。どうして照明弾を上げなかった?」


 巧は崩れ落ちたエミリアの背を優しく叩きながら残念そうに小声で問いかけた……二匹の黒犬たちは心配そうに巧の周りを右往左往する。


「エミリアは無事だから安心しろ……まずはお前たちを先に上げてやるからな……。」

 巧は百九十の標識が立っている堤防下へ向かうとエミリアを座らせ、金属の籠に二匹の黒犬を詰め込み滑車を使って上まで上げた。


「上まで上がれば籠を降りるくらいはできるだろ?」

 そうしてエミリアも籠へ乗せると、滑車に掛けたロープを体重を使って引いて籠を堤防の上へ運んだ。


「エミリアは今日はもういいから上にテントを張って休むといい。俺が駆逐した魔物どもの始末をつけておくから……今日はなにも考えずに休むようにな。」


「本当に……すみませんでした……」

 エミリアが何とか起き上がって頭を下げた。そうしてよろよろと……冒険者の袋からテント資材を取り出して堤防の上にテントを張り始めた。



「どうだ……起きられるか?」

 テントの外から声をかけられ気が付いたらすでに日は昇っている様子……テントの中には同じく疲労困憊したと見える二匹の黒犬が、呼びかけにも応じずにそのまま横向きになって寝ていた。


「たたっ……巧さん……おはようございます。すいません……すぐに支度します。ほらっ……お前たちも……起きなさい!」

 エミリアは寝袋から飛び出るとすぐに身支度を整え、ペットの二匹も体をゆすって起きるよう促した。


「昨日はどうも……ありがとうございました。」

 テントをたたむ前にまずは深々と頭を下げるエミリア……


「礼はいいよ、仲間なんだから窮地に助け合うのは当然の行いだ。その都度礼を言いあっていたら、常に礼の言い合いになってキリがないからな……俺の方は幅十尺はありそうな巨大な角を備えた体高六尺を超える巨大鹿系魔物がボスだった。


 ものすごい勢いで突進してきたから身を躱しながら首を一刀のもとに斬り落としてやった……角と図体はでかいがさほどの敵ではなかったな。それでも巨大な首ははく製の飾り物で高値で売れそうだし、鹿肉も高値で買い取ってもらえる。


 だが……なんと言ってもすごいのは巨大兎の方だ……毛皮コートが一羽の兎からとれるのだから色も完全に揃うし、かなりの高値で売れるだろう……兎肉だって重さ当たりでいえば鹿肉よりも上だからな。


 収穫としてもでかいが何よりも……よく戦えていたよ……俺が一人だけだったらてこずるどころか……勝てなかっただろう。あれだけの巨体の割に動きが素早すぎて……剣も使えず魔道具だってそうそう役に立たなかったはずだ。


 なのに魔道具もなく……それでも五分に戦えていたから倒したいという気持ちを否定するつもりはないが……だがやはり助けを乞うてほしかったな。そちらが苦戦していたことは分かっていたが敵に神経を集中させているときにこっちで照明弾を上げて集中が途切れて相手に攻め込まれては大事だから……こちらからは何も連絡できなかった。


 運良く気付かれもせず敵の懐近くに潜めたからよかったが……こっちも移動の際に魔物と間違われてエミリアに矢を射かけられないか冷や冷やしていた……。」


「本っ当に申し訳ありませんっ!照明弾のこと……完っ全に忘れておりました!」


 頑張ったエミリアを激励し、それでも助けを呼ぶべきだったとする巧に対し、エミリアは忘れていたと正座して告白……自分が倒された後、愛犬二匹は巧を待つよう指示はしたが巧を呼んで助けてもらうといった発想が浮かばなかったことに、昨日巧に言われはっと気が付いた。照明弾のことなど思いつきもしていなかったのだ。


「はあ?俺に気遣ってとか……意地でも自分だけで……とか考えていた訳じゃあなく……忘れてた?」


「はあ……全く……照明弾のことなど……思い出すことも何も……頭の片隅にもなく……。」

 声のトーンが上がって問いかける巧に対し、エミリアは落ち着いたままそれでも俯き気味に淡々と答える。


「ぷっ……はっはっはっ……まあいいか……忘れていたのでは仕方がないな……結果的に大物を倒せたわけだし大きな負傷もなかったしな……だが次からは……なるべく思い出して欲しいものだな……。」


「はいっ……今後は……決して忘れぬよう……深く心に刻み込んでおきますっ!」

 エミリアは大声で叫ぶがごとく返答した。


「ようしっ……じゃあ……テントをたたんで引き上げるぞ。エミリアは……まずは食べたほうがいい……肉と野菜たっぷりのスープ作っておいたからな。こいつらの分も、薄味で作っておいたから食べさせてやるといい。」


「は……はいっ!」

 巧は堤防の上に設置したテーブルの上の木の皿一枚と金皿二枚を指さし、朝食をとるよう勧めた。昨晩は倒れるようにしてそのまま眠ったことを今になって思いだすエミリアだった。


「ありがとうございます……ほらっ……お前たちの分だって……。」

 エミリアはペット二匹のスープ皿を地面に置き、自分もスプーンを使ってスープをゆっくりとすすり始め、巧は一人テントをたたみ始めた。 



「こ……これは……大……いえ……巨大兎の魔物……ですね?確かに魔物化すると成長も早くなる上に長寿となり、自然個体の数倍もの寿命となるといわれておりますが……それでもこの大きさにまで成長した兎系魔物は……見たことも聞いたことも……冒険者組合ではボス魔物の種類と大きさと強さに関して毎期末に報告書が回ってきますが、恐らく今期では最大級の獲物ということになるでしょう。


 毛皮も一枚で継ぎ目もなく加工できますから高値で……重さ当たり通常の大きさの二倍で引き取らせて頂きます。」


 冒険者組合で腹からさばいた巨大兎系魔物の毛皮を取り出すと、いつものように受付嬢は目を丸くしたが、今回はさらに周囲の冒険者までもが気付いたようで、大人数が近くで見ようと詰め掛けて来た。

 それほどすごい大物の収穫なのだと、その様子をしげしげと眺めるエミリアは再認識した。



「今回は大猟だったな……いつもより五割り増しと言ったところか……苦労のかいがあったな。」

 清算を終え王宮へ向かう道すがら、巧が珍しく収穫した魔物の売り上げを喜んでいる様子……


「そうですね……ボス魔物の売り上げが大きかったですよね……ですが私はどちらのボス魔物でも貢献できずに……。」

 エミリアが歩きながらしんみりとうな垂れる……


「馬鹿言うな……昨日も言ったがエミリア達が上級魔物相手にほぼ互角で戦っていたから……俺なんかが侵入したことに気づきもせず隙だらけだったわけだ……それで少し離れた位置からでも雷撃を食らわせることが出来た。間違いなく半分は……いやもっとかな?八割がたはエミリア達の功績だと俺は思っているぞ。


 それよりも……あんな大物を倒したという功績を横取りしたみたいで申し訳ないとすら感じている。


 魔法を使う魔物は俺も一度だけ出会ったことがあって……その時は牛系の大型魔物だった。助けて頂いた集落の恩に何とか報いようと……年に一度か二度ほど山から下りて来て近隣の田畑を荒らすという魔物の駆除に向かった。


 まだ記憶を失ってから日が浅く……それでも体は戦いを覚えていたし格好から冒険者と分かっていたから一人だけで巣窟を探しに向かい……大型魔物相手でも何とか五分以上に戦えていたが、作戦というか戦術面ではからっきしだった。


 ボス魔物の突進力が物凄くてその上角から強烈な雷撃を発するから近寄れず……片側が崖の山の中腹辺りの草原だったから、仕方なくそいつを取り囲むように外周から草原に火を放った。炎と風の魔道具を使って一気に燃え広がらせたのだな。


 一ケ所だけ炎を弱めて置き……火に取り囲まれて慌てて逃げ出そうと炎を飛び越えてくる処を下から突き殺すつもりで……だがそいつは俺が待ち構えているのと逆方向へ……つまり炎のない崖の方向へ駆けていき……落下の衝撃で崖下でつぶれて死んでいた。風魔法で魔物目がけて炎が迫り行くようにしていたから焦って方向を見誤ったのだろうな……。


 内臓も骨も何もかもぐちゃぐちゃで……肉も回収できず苦労して山の中腹の崖までなんとか追い詰めたのに……大損害だった。


 村人から報告が必要と言われ顛末をサントスの冒険者組合へ報告に行ったのだが……その時に始めて俺は冒険者証もない上に登録もされていないと分かった。


 それでも記憶を失い瀕死の状態を助けたという同行してくれた村人の証言もあり、ボス魔物とも一人で対等に戦える腕を見込まれ、サントスでは年に一度だけだが王都なら年に二度初級冒険者試験があるから、試験を受けて正式に冒険者になるよう勧められたわけだ。


 初級者講習で聞いたが魔法を使う魔物は……角や口からだけでなく手足……前足と後ろ足や時には腹からでも……危なくなればどこからでも魔法効果を発するようで……慌てて逃げるにしても恐らく全身を雷撃で包んで逃げてきただろうから、突き殺すよりも先にこちらが黒焦げになっていただろうと教えられぞっとした。」


「ぜ……全身から雷撃を……発するのですか?」


「ああ……そう冒険者組合での講習で言われた……収穫できなくてもかえってよかったのだと……。


 恐らくあの大兎も同じだっただろう……断末魔の時には口だけじゃなく前足や後ろ足からだって炎を出せたはずだ……だからエミリアが相棒たちを迂闊に突っ込ませようと指示せず、追い立てるだけに留めていた戦い方に感心した。


 口からの火炎だってもっと強烈なものを発せただろうし……何より逃げられない空中で炎をぶつけられたら黒焦げだ。


 どんな魔物や魔族に眷属も同じだが……魔法を使う魔物相手の時は決して追い詰めずに、倒せると感じた時に一撃で倒す……その時が来なければ諦めるしかないとまで言われたよ。死に物狂いになって全身を炎で纏われでもしたら、まあ勝ち目はないそうだ。だから……消耗戦の様なエミリアの戦い方は正解だったし、悪いがあの一瞬を逃すわけにはいかなかった。」


「わっ……私は決して……そのように敵魔物を追い詰めずに隙を伺い機会を待つと決めて、長期戦を願ったわけではございません。何とか殺されぬよう逃げ惑うだけで手出しできず……口から発せられる炎だけでも十分脅威で……アルたちも胸元は無防備ですから……口に近い喉を噛みつきに行かせることはためらっただけです。」


「いや……だからその慎重さが重要なわけだな……生き死にの境を分けるのは、無謀なことはせずにより慎重に事を構える冷静さだと俺は思っている。これまで出会った強者というか勇者は……派手な勝ち方は一切せず、それどころか地味で堅実な……それなら誰でもできると傍からは見えるような勝ち方しかしない。


 どれだけ時間がかかろうとも……どれだけ攻め込まれていようとも……結局は最後まで立っていたほうが勝者なのだからな……そこまでの経緯は……まああとで付け足せば何とでもなるさ。言葉が通じる相手だったら命乞いまでだってしてもいいとすら俺は思っている。現に魔族も眷属も……戦いたくはないから見逃してくれと毎回告げるだろ?


 死は誰にでも平等に……しかもたった一度しかやってこないのだからな……派手に勝ちを収めようが地味な勝ち方をようやく拾おうが……生き残れば同じことさ……だから昨日の戦い方を恥じることはないと俺は思うし、むしろ続けるべきだな……。」


 落ち込むエミリアに対し巧は、エミリアの戦い方に間違いはなかったのだと励ます。


「なんだか……哲学的ですわね……ですが巧さんの仰りたいことを少しは理解しました。確かに無謀な戦い方で……愛するアルたちを危険に晒すことは決してやってはいけませんからね。この子たちは私が命じたことならたとえ命を落としかねない危険な事でも構わず突進していくでしょうから……私がその点を十分考慮して命じなければなりませんね。


 改めてそう認識致しました。その上で……魔道具って……おいくらくらいするのでしょうか?」


「えっ?」

 突然の問いかけに巧の足が止まった……


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