疑惑
16.疑惑
「うん?なんと……それはおかしいのだぞ……東岸側も西岸側も施工後三年経過しているから、詳細点検及び塗装の上塗りが必要と予算申請があり、この春上塗り塗装を行ったばかりのはずだぞ。塗装するだけというに三年前の鉄格子柵更新時の半分近くもの多額の予算が計上され……詳細報告させた経緯があるからよく覚えておる。
なのに実際には腐食劣化が激しく三年前の工事をしていなかった可能性があるとは……本当か?エラルミント伯爵?」
よほど印象深かったのだろう……ただの上塗り塗装工事の件を王は詳しく覚えている様子……
「は……まさか……そんなことは……わが公益法人がかような手抜き工事をするはずは御座いませんので……大至急調査いたします。東岸側がエラルミント商社の請負仕事とは、まだ明確にはなっておりませんので、至急調査いたしましてご報告申し上げます。そうですね……一両日中には必ず……。」
驚く王の問いかけに、それでも伯爵は表情を変えずに調査するとだけ答えた。
「少々お待ちください……お恐れながら……この春の上塗り塗装工事ですが……西岸側を担当工事したはずの私がご紹介した業者からは何ら報告を受けておりません……施工に不備があってはならぬと些細な補修であっても報告してくるようにと、常々申し上げているためまさか報告が漏れるとは考えにくいのですが……。」
ところが公爵は報告を受けてはいないと王様に上申……
「ああ……それは構わぬ……公爵にご紹介いただいた業者はアルミナ在住の業者であるがため、わざわざ塗装の上塗り程度で王都まで出向いて施工となると、宿泊費や出張費などかさむということで簡易補修は王都在住の公益法人であるエラルミント商会が一手に引き受けることとなった。これも経費削減施策の一環なのだな?」
「はっ……左様でございます。」
王様の自慢げな笑顔に伯爵も深く頷いた。
「わざわざ調査せずともここに……ウエストリバーの河川敷の上面に吊り下がっていた鉄格子柵の見本を持ってきました。先ほど伯爵様が仰っていた工事の際の検品であろうと思われます。ですが……鉄製の鎖で吊り下げられていたのですが……東岸側も西岸側も橋げたには真っ赤な赤さびの跡が克明に……吊り下げられた状態のままで残っておりました。
かなり目立ちますので橋げたから河川敷を見下ろす際に気が付いたのですが……おそらくここ何年間も実際にこの現物を持ち上げて確認はしていないでしょうね……。
使っていない様子なのでこれを組合へ鉄格子柵の定期点検を実施するよう促すための証拠として使おうと取り外したのですが……組合事務局では頑として規定通りにしか出来ないの一点張りで議論にもならなかったので提出はやめました。
これをよく見ると……刻印がありまして……数字の羅列と何かの図のようなものが塗装の上からでも確認できます。」
突然巧は冒険者の袋から二本の塗装された鉄材を取り出し、王様の前に掲げて見せた。
「二本の鉄材の太さに……ずいぶんと相違があるな……。」
王様は一目見て一言……
「はっ……こちらの太いほうの鉄材が西岸側に垂れ下がっていたもので、細いほうが東岸側のものです。幅奥行きともに東岸のものは西岸のものの半分ほどで……つまり断面の面積的には四分の一ほどしかありません。」
「ほっ……ほう……ちょっと拝借……ふうむ……西岸側の方は……三年前の四月二十日の日付で……私が足しげく通っていた時期とも一致致しますし、刻印は私が紹介いたしましたアルミナの業者のもので間違い御座いません。
そうして細いほうが……こちらはエラルミント伯爵家の紋章が象られていて……エラルミント商会のもので間違いは御座いませんでしょうな?」
するとシュタインベック公爵が数歩前へ出てきて巧の手にある二本の鉄材を取り上げ、しげしげと観察した後でエラルミント伯爵へと一本を手渡した。
「ああ……これは我が伯爵家の紋章で……エラルミント商会のもので間違いは御座いません。ですが……この現物をよくご覧ください……橋げたに吊るされ風雨に三年間も晒されているにもかかわらず塗装面はきれいなままでどこにも腐食など見当たらぬではないですか……しかも恐らく長年放置差されていたはずと冒険者殿も証言されました。
つまり……魔物等が騒がれた最近になって入れ替えたものではないと証明されておりますね?定期簡易検査が実施されていなかったことはとりあえず不問にするとして……長期間風雨に晒されても塗装の傷みも腐食も御座いません。一体どこに問題があるのでしょうか?」
少々旗色が悪くなりかけた伯爵だったが、塗装面もきれいな鉄材を持つと自信ありげに公爵や子爵の顔を順に眺めていった。
「この鉄材には何ら問題はない……とも言えないが……日付を見て頂きたい……こちらの日付も三年前の四月二十日になっているので間違いはないですかな?」
自信を取り戻して胸を張る伯爵に対し、巧はなおも確認のための質問をした。
「ああ……日付は確かに四月二十日だが……。」
「それはおかしくはありませんか?先ほどエミリアの御父上……シュタインベック公爵が西岸側の業者工事を何度も視察した際……東岸側には工事している様子はなかったと証言されておりました。なのになぜ……工事してもいないのに同じ日付の刻印がされているのでしょうか?」
「そんなもの……工事資材の検品を行う検査員に対しての思いやりというか、経費削減の一環に決まっている。わざわざこちらの工事に合わせて再度河川敷まで来て頂くことをしなくて済むように……検品の現物だけ先に渡して確認頂いただけのことだ。どこかおかしなことはあるかね?」
あくまでも思わせぶりな質問を繰り出し真意を見せない巧に対し、どこに問題があるのかと伯爵が口調を荒げる。
「先ほど仰っていたではないですか……西岸側と東岸側が同じ日に工事をしなかったのは……同時期に資材を発注してしまうと供給が偏り資材が高騰してしまうからだと……なのにその高騰しては困る資材だけは工事を行わないのに同時期に調達済みだったのですね?どうして工事に取り掛からなかったのでしょうか?」
巧が執拗な問いかけの意図を明らかにする……
「それはだな……至極簡単なことで……同時期に工事をしようと発注してしまえば資材は取り合いとなって価格高騰に繋がるから……実際には購入せず……購入予定業者にあらかじめ発注時期を告げて見積もらせた上で契約し……いわば先物取引だな……そうやって少しでも安く購入できるよう取り計らった上で検品分だけ先に納めさせたものだ。
決して疑われるような不正はしておらぬぞ……そもそも……刻印があったからこの検品の現物はわがエラルミント商会のものと判りはしたが、これが東岸側のものとは決まっておらぬのだからな……。
王様……急ぎ取り計らい至急調査させますゆえ……この議論はここまでに……。」
伯爵は巧を睨み付けると王の方へと向き直り、議論を中断して調査に取り掛かると進言。
「もう一つ疑念がありますね……二本の鉄材の太さを比べて見て下さい。先ほども申し上げましたように幅も奥行きも半分ということは、使われている鉄材料も半分ずつ……つまり掛け合わせて四分の一ほどであり、力が強い魔物達の侵入防止柵として適正であったのか?という疑問がまず生じてきます。
細い分間隔を密にして……東岸側は倍の本数の鉄材を使用していたなら強度的にも問題はないのかもしれませんが……俺がざっと目視で数えた限り東岸側も西岸側も使用されていた鉄材の本数は同じでした。つまり東岸側の方が鉄材間の隙間が大きくすかすかした印象まであったのです。
いくら塗装に問題がなく腐食が進んでいなかったとしても……強度的に弱く基準値に達しておらず、魔物の力によって容易に破壊されて浸入を許したのではないか?といった疑念だって生じてきますね……。」
「それに関してはだな……建築資材の検査官は資材の検分を行う際は幅や奥行きなど太さのほか、重さも計っているのだ。
見たところ太さは異なるが長さは同じ……それで検品を通っているということはその二本の鉄材は同じ程度の重さということになる。それがどういうことかお分かりかな?つまり……使われた鉄材料が四分の一ではなく同量……それだけ厚い鉄材料を使ってあるということだ。だから強度的には全く問題がないといえる……分かったか!」
エラルミント伯爵はあたかも鬼の首でも取ったかの如く得意満面に、巧に向かって胸を張って答えた。
「確かに二本の鉄材を両手で持って比べてみると……ほぼ同じくらいの重さに感じますな……ですが……この断面をみる限り……細いほうの鉄材が四倍もの厚い鋼板を使っているとは到底思えないどころか……太い方は一辺の長さもそれだけ長いから気づきにくいのですが……細い方は鉄材の厚さはもっと薄いのでは?
えーと……この断面に墨を垂らして……エミリアちょっとそこの机から速記用の紙を持ってきてくれないか。」
巧はそういうと二つの鉄材の断面部分に墨を塗りつけ、エミリアが書記官席からもらってきた用紙に断面を、判子のように押し付けた。
「ほうら……見て下さい。こちら側が太い鉄柱の断面で、こちらが細い鉄柱の断面……紙に写して並べてみると……細いほうの鉄材は太いほうの鉄材よりもさらに八割程度の厚さしかない。」
巧が言うとおりに紙に写された鉄材の墨跡は、並べて比較すると片側が八割ほどの厚さしかない。
「馬鹿を言うな……先程も言った通りに重さが同じなのだから、その分重い鉄材……つまり厚いものを使用している。断面は切った時の刃物の圧力で扁平して薄く見えているだけだ。」
それでも尚も伯爵は重さが同じであることを強調する。
「ああ成程……金切りばさみなど使用したと仰るわけですね?確かにそれだと断面が扁平することが多くありますからね……ですがどちらの断面を見ても扁平しているようには見えませんがね……それでも重さが……
ふうむ……こちらの太い方は中を覗くと向こう側が素通しで見えるが……細い方は……全く見えませんね……何か詰まっているのかな?」
巧は二本の鉄材を右手と左手に持ち替えたり、鉄材の内側を覗き込もうとする動きを何度も繰り返し……
「エミリア……申し訳ないが……大型魔物や甲冑を付けた眷属に対して使う切り札の……鋼鉄の矢がまだ残っているかい?あれば一本貸してくれないか?」
エミリアの方へと振り返った。
「ええ……はい……イーストリバー北側では小型魔物しかいませんでしたから……魔族はいましたけれど……残っておりますよ……でも何に使われるのです?」
エミリアは言われるがまま一本の銀白色に輝く金属製の矢を袋から取り出し、巧に手渡した。
「ええと……やっぱり何かが詰まっているようですね……。」
巧は鋼鉄の矢の後ろ側で細いほうの鉄材の中を何度もつつくが、矢は反対側には一向に突き出てこない。
「ええいっ!」
しまいに力強く振り上げてから思い切り突くと……ガラガラと音を立てて詰め物が一斉に床へ落ち散らばった。
「はあ……真っ黒いゴム栓で両側を封じていたようですね……そうして中には小石と大量の砂が詰まっていた……鉄の厚さの割に重いはずですよ……中が空洞で素通しになってみると……やっぱり軽い……こちらの細いほうの鉄材は強度的に問題があるのではないのですか?」
「ほお……どれどれ……成程……半分どころか四分の一……いやもっと軽いようだな……。」
シュタインベック公爵も二本の鉄材を巧から手渡され、二つを持ち比べてみた。
「これはどういうことだ?エラルミント伯爵!」
王の表情が強張って来た。
「まっ……お待ちください、王様!これは何かの間違いです。そうっ……長期間橋げたに吊るされている間に風で飛んできた砂や小石が中に詰まっただけですよ……決して人為的に不正を働いたという事ではなく……。
それに先ほどからこの冒険者は、鉄格子柵の塗装が剥げ腐食が進み劣化して容易に壊れやすくなっていたと申していたではないですか……それだと材料強度云々といった話ではございませんよね?
そもそも東岸側がわがエラルミント商会の工事とは未だ明確になってはおりませんぞ!この鉄材は確かにエラルミント商会のものではありますが、ご覧いただいた通りに塗装の傷みも腐食も御座いませんからね。大型魔物浸入の原因を早急に調査して一両日中にご報告に上がりますから……本日はここまでということで……。」
旗色が悪くなってきた伯爵は、玉座に近づき縋り付くかの如く懇願し始めた。
「別に現地へ確認に行かずとも……ここに東岸側の腐食した鉄格子柵の破片を……穴が開いているところの魔物どもが素通りして脆くなっていた一部を……もぎ取って持ち帰りました。これも組合に見せる為に持ち帰ったものでしたが、あまりにやる気がなかったために見せませんでした。もぎ取ったので片面の一部だけ金属光沢が少しだけ見えます。」
巧が今度はさびてぼろぼろになった鉄柱を袋から取り出し、またもや王の目前に掲げる。
「おお……確かに腐食の程度が激しくぼろぼろだな……魔族が突進してぶつかれば、すぐに格子柵など壊れてしまったであろうな……しかも……エラルミント商会の鉄材と同じ幅の細い方のものだな?」
王は巧が掲げる鉄材をしげしげと眺め、次に伯爵へと視線を移した。
「こっ……これがまだ……わが社のものとはわかっておりませぬぞ……王さま……騙されてはいけません。わが公益法人が王都の公共工事を一手に請け負っていることを面白く思わない業者が、貴族連中に手を回してあらぬ流言を流しているのです。恐らくはこれもその一環ではないかと……実際はどうなのか至急調査ご報告致しますから……。」
それでも伯爵は調査報告するを繰り返すだけ……
「因みに……西岸側の鉄格子柵は塗装の剥がれも腐食もなく……つまり簡単に一部をもぎ取ることなどできませんでした。
その上で……鉄格子柵はどこに設置されているかと言いますと……実は橋の幅の真ん中……中央部にあり、よほど強い風が吹かない限り雨だって吹き込むことはないはずですが……橋げたに吊るされていた検品よりもどうして実際の鉄格子柵だけ異常に腐食劣化の状態が激しいのか甚だ疑問に感じております。
これが実際に工事を行っていなかったのではないかという……疑念を持つ要因となっております。」
それでも巧は追及の手を緩めない……
「待て待て……ここでかような議論を繰り返していても堂々巡りで何も判明しないのだぞ……わがエラルミント商会が東岸側と西岸側どちらの工事を請け負ったのかも明確になっておらぬし、持ち帰ったという錆びてぼろぼろの鉄材がわが商会が工事したはずの区域のものだということも分かっておらぬ。
だから王様……詳細を確認いたしますゆえ……結論の出ない議論はここまでに願います。」
依然として伯爵は調査して報告するを繰り返す……
「エラルミント伯爵……いや……グレメルよ……そなたとは竹馬の友……小学部よりずっと旧知の中で一番親しい友人だった。しかも博識で色々なことを教えてもらい全幅の信頼を置いていた。だが……どうやら旗色が悪いようだな……。」
「いえいえ王様……かような一冒険者の戯言に惑わされぬよう……」
「だが……その冒険者が言う戯言……本当に戯言なのか?先ほども言ったように……この春鉄格子柵の上塗り工事を行ったはずだな?なのになぜ……冒険者が持ち帰った鉄材には新しい塗装がのっておらぬのだ?東岸側も西岸側も一括で貴殿の経営する公益法人が行ったはずだろ?なのにどうしてなのだ?
そもそも……大型魔物の侵入を許していた河川敷に……どうして業者だけで立ち入れたのだ?冒険者による護衛費用など見積もりには含まれていなかったし、そもそも三年半もの間誰も立ち入らずに放置されていたがために、大型魔物の侵入報告がされていなかったのだろ?なのにどうしてこの春の上塗り塗装に関して何も触れないのだ?
しかも……この秋の追加予算でイーストリバーの鉄格子柵も上塗り塗装するということで見積もりが昨日付で出ていたな……確か柵の点検調査を行ったのが先週……その時点では既に魔族が河川敷に侵入していたはずだろ?なのにどうして何ら報告もなくしかも上塗りすれば十分耐久性があるという見積もりとなっているのだ?」
言いがかりと主張する伯爵の言葉に信憑性がない事に、王も気が付き始めたようだ……
「ああ……そういえば……魔族の眷属が仰っておりました……先日侵入防止柵の点検に来られた職員さんは魔族の侵入に関して報告はしないといっていたから、同じように私たちも見なかったことにして欲しいと……あれは上塗り塗装の見積もり確認のための公益法人職員の方のことだったのですね?」
するとここでエミリアが一言……
「ああ……その会話なら俺も茂みに潜んで近くにいたからはっきり聞こえた……特に傷めつけも脅しもなしに素直に従ってくれたようなことを言っていたな。しかも大穴が開いて魔族が侵入していたというのに柵の上塗り塗装だけで十分だなどと……点検確認しようがしまいが報告書の内容は決まっていたという事のようだ。
かといって業者が橋や河川敷に全く近づかず見積もりだけ提出しては、どのような風評が立つか分からぬから形だけ業者に立ち入りさせたのではないのですかな?」
さらに巧が追い打ちをかける。
「ばっ……馬鹿を申すな!王様かっ……かようなたかが冒険者の戯言に耳を貸してはいけませんぞ!こいつらは恐らく王都の一般業者に雇われて……わが公益法人を貶めるためにあることない事……申し訳ありませんが私が責任をもって調査させ報告書にまとめ提出いたしますので、ここでの議論はこれまでに願います。」
段々としどろもどろに……それでも早口になっていく伯爵……なんとしてでも議論を打ち切りたい様子だ。
「どうせ……調査したところで……何も問題はなかったと報告書をまとめるつもりなのだろ?なにせ……国軍も商工会も冒険者組合も……全てグレメルの息がかかっているのだから……報告書などどうとでもなる。かような部署が提出するものを見て……どう信じよというのだ?
もうよい……分かった……グレメルよ……数日の間休養をとれ……。」
あまりの事態に王は伯爵に休養を命じる。
「はあ?私が休んだら……これまで出た数々の疑惑は……いずこの部署のどなたが調査報告するのでしょうか?私が戻って来てからですと……報告が遅れてしまいますよ!」
だが……伯爵はあくまでも調査して報告すると主張してやまない。
「……………………休養……いや……謹慎……いや蟄居だ。国家の要職在任期間も長く……国外逃亡を図られても困るから、金融資産など財産凍結の上蟄居を命じる。おいっ……衛兵!グレメルを自宅まで送致し、たとえ散歩であろうとも一切の外出を禁じる。勿論妻子に至るまで全員だ……たとえ女給であっても外出させぬよう監視しろ。
必要なものは紙に書き出させて、軍の調達係に買い出しに行かせろ!勿論代金は都度必ず徴収するように。」
ところが暫し黙考していたかと思うと王は一転……今度は伯爵を家に軟禁すると命じた。




