魔族収監
13.魔族収監
「ふうっ……もう朝か……まだ十二区画残ってはいるのだが……魔族の体を運ばねばならんし……報告も必要だ。
一旦中断して……冒険者組合へ戻るぞ。一週間ぐらいは平気とは言っていたが……少しでも早く胴体と首をくっつけてやった方が魔族も助かろう……。」
日が昇り辺りは明るくなってきたが絶大な力を持つボスがあっさりと倒されてしまったためか、手つかずの十二区画にはまだ多くの魔物が残っているはずだが皆息を殺し身を潜めているようで、一旦中断すると巧は言い出し魔族の大きな胴体を背中に担ぐと橋とは反対方向へ歩き始めた。
十区画先には昨晩下ろした籠や縄梯子があるが、橋げた部分のは下ろしていないから上がれないのだ。
「ようし……すまないがエミリアはこの辺りの人に大八車を借りて来てはくれないか?ちょっと大きめの家なら大抵は持っているはずだ。冒険者証を見せて多少小銭を渡せば貸してくれるはずだ。さすがにこんな大きな魔族の胴体を担いで延々と歩くのは大変だからな……かといって冒険者の袋に入れて腕や首とくっつきでもしたなら……と思うと怖いのでね。」
先にエミリアを縄梯子で上らせ、アルルとぺリルを籠で上げた後で魔族の胴体は上はエミリアが、下では巧が滑車を使ってロープを引っ張り、何とか堤防上まで運んだ。そうして大八車を調達してくるよう、巧はエミリアに頼んだ。
「分かりました……アルっペルっ……行くわよ!」
エミリアは二匹の相棒を連れ勢いよく傾斜のある堤防斜面を、人家方向に向け下っていった。
「よいしょっと……。」
巧も魔族の体を担ぎ上げ、恐る恐る急斜面の一歩を踏み出す。
「おっ……王都中央付近の……王宮にもほど近いイーストリバー河川敷に……城壁の中だというのに魔族が……しかも眷属まで従えて住み始めようとしていたですって?それは……本当のことなのでしょうか?」
大八車を引いて三刻ほどかけてようやく組合事務所へ到着した巧たちは、まずは魔族を討伐したことを報告したが、受付嬢は信じられないといった面持ちで、巧とエミリアの顔を交互に見まわした。
「大物魔族のようだから五体満足状態で長時間運ぶ自信がなかったので、雷撃で意識を失わせた後で首を刎ねついでに手足も全て切り取って、それらは冒険者の袋に入れた。胴体だけ……現物を大八車で運んできたのだが……どうせ魔族収監する牢屋は外からしか入れないだろ?いつまでも放置はできないから鍵束もってきてくれ……。」
受付嬢の応対を気にも留めず、巧は魔族を収容する牢の鍵を持って来いと告げる。
「はっ……はい……そうですね……地下牢へは……事務所の外からしか入れませんからね。少々お待ち願います。」
受付嬢はそう告げるとすぐさまカウンター奥のドアから事務所内へ入っていった。
「じゃあ外で待ってるぞ……。」
巧はエミリアに目配せして一緒に来るよう促す。
「お待たせいたしました。」
すぐに受付嬢が大きな鍵束をもって組合正面口から外に出て来て、巧たちの目の前を通り過ぎると正面口右手下りの石段を下りていった。十段ほど続く階段を下りた先はドアがあるようで、受付嬢は鍵束からカギを選んでドアを開けた。
「俺たちも行くぞ……。」
受付嬢がドアの先へと降りていったので巧は大八車の上から魔族の胴体を持ち上げて背中に担ぎ、下り階段を下りていくのでエミリアとペット二匹も続く。
階下へと続くドアは金庫の扉のように頑丈そうに厚く……エミリアが弓の先で叩いてみると金属音がしたので、恐らく鉄製か鋼鉄製ではないかと推察された。
階段は数段降りると左へ曲がり小さな踊り場を経由して、また地下へと十数段続き、さらにまた左へ曲がって踊場経由で十数段……そこからまた……と……十回以上は折り返したであろうか……地下深い地点でようやく終わった。
階段が切れた先のドアも受付嬢が鍵束からカギを選んで開けて中に入ると……そこは長く続く廊下であった。
先ほどまでと違い外の光が全く差し込まない真っ暗な廊下で、受付嬢が上着のポケットをまさぐり何かを取り出してこすると小さな炎が発生し、その炎を廊下の両脇に刺してある松明に順に移していった。恐らく小型の魔道具……。
「すいませんね……東部組合ではここ何年間も魔族の収監がなく……使われていなかったものですから……。
それで……魔族はこの中のどこでも……まあ最初の部屋がいいですかね……ここへ入れてください。」
受付嬢は廊下左手の最初のドアを鍵を使って開けると、巧に体を運び入れるよう指示した。
「おお……ようやく下ろせるな……よいしょっと……。」
永い下り階段で疲れたのか巧は言われるとすぐに部屋に入り、そのまま床に魔族の胴体を転がした。
「では……手足はこちらの部屋に……入れてください。」
「うん?ここでくっつけないのか?少しでも再生が早い方がいいだろうと急ぎ持ち帰ったのだが……。」
受付嬢は部屋に入ろうともしない上になんと、手足は別の部屋に入れるよう一つ置いた奥の部屋のドアを開けた。
「先ほども申し上げました通りに何年間も魔族の収監がなく、牢屋の結界修復も行われていないものですから……今ここで再生させるわけにはいかないそうなのです。そのためできるだけ手足を離して収容するよう言われております。」
受付嬢は厳しい状況を早口で説明した。
「そうか分かった……こちらとしてもいつまでも冒険者の袋の中に魔族の手足を入れておきたくはないからな……だが大丈夫なのか?結界もなしに……本来なら首と胴体は四半里以上引き離さねばならないのだぞ……。」
巧は胴体を床に放置すると仕方なく部屋を出て、一つ先の部屋へと向かった。
「はっ……はい……地下牢の担当者が言うには……地下収容施設の結界は完全には無効になっておらず、二日程度であれば耐えるであろうという事でした。結界術師様を大急ぎで呼びに出かけました。」
受付嬢は巧たちを部屋へと促しながら答えた。
「腕は四本……と……首はどうする?」
「くっ……首はまだ出さずに足だけ先に……首はまたもう二つ奥の部屋に願います。」
切断された手足を見るのが嫌なのか……受付嬢は目の前を右手で覆い決して部屋の中を見まいとしながら指示だけ出し、受付嬢はさらに奥の二つ隣の部屋へと向かった。
「じゃあ……エミリア……足を出してくれ。」
「はあ……私は触るの嫌なので……巧さん……お願いいたします。」
冒険者の袋から魔族の足を取り出すよう願う巧に対し、エミリアも直接触りたくはないとがま口の金具を外して口元を巧の方へ向けた。
「俺はエミリアの冒険者の袋は使えないから入れるのは出来ても取り出せないぞ。だから頼む。」
登録者にしか取り出せない為、巧はエミリアを促す……
「そっ……そうでした……またまた騙されてしまいましたわ……副使用者を巧さんにしておくべきでしたかね……。」
エミリアは悔しそうに歯噛みしながら……副使用者を父にしてしまったことを半分後悔していた。
そうして目をつぶり……恐る恐る袋の中へ手を入れ……ゆっくりと足の甲を掴んでまず右足を取り出し……次に左足も取り出してそのまま床へ置いた。
床には魔族の太い腕四本と、ズボンをはいたまま斧で切り取られた足が二本並んだ。
それから一つ置いた先の部屋に巧だけ入り首を床に置くと……受付嬢が急いで全てのドアを閉めて施錠して回った。
「ありがとうございました。ご面倒をおかけして申し訳ございません。」
受付嬢は廊下で深々と頭を下げる。
「いや……まあ……収監もしないのに金のかかるであろう結界の修復を定期で行うのも無駄だからな。仕方がない事だ。
じゃあ俺たちは……捕らえた魔族を早々に収容したくて一時中断して戻って来たのでね……悪いがまた戻って数日後には仕事を完了させて戻ってくるつもりだ。その時には魔族が再生されていることを願っているよ、じゃあな。」
「はいっ……引き続きよろしくお願いいたします。」
受付嬢に見送られ組合事務所を後にして、空の大八車を引っ張りながらイーストリバーへ巧たちは戻っていく。
「じゃあ……手ごたえはあまりないかもしれないが……各々の担当分の残十二区画だな……魔物を掃討するつもりでやるぞ。間が空いているから……一区画分戻って十三区画とするか……今日はもう遅いから明日の朝から十区画こなし、明後日に三区画だな……それで終了して組合へ戻ろう。」
「そうですね……さすがに魔族と夜通しで戦い、その上延々半日かけて冒険者組合へ魔族の体を運び、すぐにトンボ返りですから疲れました。今日は堤防の上で休んで明日からにしましょう。では私は東岸へ参ります。」
冒険者組合事務所まで往復してきて大八車を返却し既に夕刻……すぐに日が沈んで夜となりそうなので、今日は魔物討伐はしないと巧が告げ、エミリアも承諾して自分の持ち場である東岸側の堤防へ城壁内側の橋を使い駆けていった。
「手ごたえというようなものはほとんどありませんでしたが、それでも三区画となると時間がかかってしまいましたね。
これから戻って東区の冒険者組合で精算を済ませ、今度は南側の河川敷の魔物討伐を請け負って舞い戻ってくるには時間がかかりすぎますわね……恐らく夜が明けてしまうでしょうから……いかが致します?」
一区画戻って合計十三区画分の魔物駆除を一日半でそれぞれやり遂げ、東区へ戻る道すがらエミリアが巧に問いかける。
やはり家畜系魔物は存在せず、数は多いが小動物系魔物が多数出現し、あまりのすばしっこさに巧は手を焼いていたようで、やはり今回もエミリアの方が早めに終わることが出来た。それでもエミリアが収穫物の処理を終え西岸へ戻って来た時分には巧も全て仕舞い終えていたのはさすがであった、
「今日は冒険者組合の近くで一泊して、明日の朝から組合へ行くか……疲れも溜まっているだろうし……確か組合そばに安宿だが天然温泉の看板を出しているところがあったはずだ。そこへ行ってみるとするか。」
珍しく巧が今日は宿をとって休むと言い出した。考えてみれば徹夜で魔族に夜襲を仕掛け、以降は通常通り夜は寝ているが徹夜分の休息はとっていない。確かに歩いているだけでも少しあくびが出て来そうなことにエミリアも気が付いた。
「へえ……天然温泉ですか……いいですね。こう……泡がブクブクと底から出てくる炭酸泉でしたか?それとも硫黄の匂いがすごくする硫黄泉か……あっでも……この辺火山地帯というわけではないから……単純泉ですかね?」
「分からん……組合へ行くときに看板を見たことがあるだけで……俺は近くの空き地にテントを張っていたからな。宿に泊まったことはない。」
巧がポツリと漏らすように答える……そうだったと思いだしたエミリアが、ちょっと口元をゆがめた。
「まあでも……楽しみですね……温泉……こお……湯上りの牛乳一気飲みとか……やってましたか?」
何とか場を繕おうとエミリアも必死の様子だ。
「は……あ……極楽極楽……。」
冒険者組合から一ブロックも離れていないところに格安の温泉宿はあった……とはいえ外観は今にも崩れ落ちそうな木造建築で、築百年はくだらないだろうとエミリアは予想した。それでも共同の広い露天風呂は最高で……エミリアはゆっくりと疲れをいやすことが出来た。
女性向けの共同相部屋も躾がきちんとされた相棒であればペットも可ということで、猛禽類のフクロウや一間を超える長さの巨大な蛇を使う冒険者もいて、決して動物を相棒とする冒険者が少なくはない事をエミリアは実感した。
「これまでは冒険者組合にほとんど仕事が掲示されてない地方でばかり活動していたから……ね……彼らは魔物ではないからアルたちも決して手を出さないでおりこうさんにしていてね……。」
温泉に向かう前にアルル達にじっとおとなしくしているよう指示してから浴場へ来たエミリアだった。
「どうだ……ゆっくり休めたか?」
翌朝精算時にすでに清算を終え受付前のソファに腰かけていた巧が声をかけてきた。
「ええ……はい……もうすっきり……この子たちも他のペット仲間と仲良く過ごしていました。」
疲れた体に温泉の効果は大きく夜もぐっすりと眠れ……驚いたことにペット用の温泉もあると相部屋の他の冒険者に教えられ、嫌がるアルルとぺリルにも無理やり湯を使わせ、体をきれいに洗ってあげたのだった。
「じゃあ行くとするか……」
エミリアが清算を終えると巧がゆっくりと立ち上がり、二人と二匹連れ立って冒険者組合へ向かった。
「お待ちしておりました……。」
組合受付へ向かうと、先日の受付嬢が待ちかねていたかのように大声で受け付けた。
「ああ……バラバラだった魔物は元通りに再生できたかな?」
少し驚きはしたがすぐに平静を取り戻し巧が魔族の様子を尋ねた。無事に再生していることを願っているのだろう。
「はいっ、その件なのですが……昨日担当の結界術師様がやってきて結界の修復を行われたのですが……いかんせん結界術師様は戦闘向きではないから再生した魔物が動き出して襲ってきたら困ると……手足と首を同部屋に持ち運ぶのを拒否されまして……かといって我々事務方は……元々戦闘に不向きでして……。
他の冒険者様に頼るわけにもいかず……申し訳ありません……ご面倒でしょうが……これから地下へ向かって手足と首を運んでいただけませんでしょうか?」
なんと……別々の部屋に収容した首と手足を胴体のある部屋まで運んでほしいとの依頼……
「あっ……ああ……そういう事であれば……やぶさかではないが……じゃあ行こうか。」
「はいっ……ご面倒をおかけして大変申し訳ございません!」
受付嬢は事務所内に響き渡るくらいの大声で謝ると、おもむろにカウンターから出て正面口へ向かった。
受付嬢を先頭に地下への鍵を開け長い長い階段を何度も折り返し地下へと向かう……勿論エミリアとぺリルたちも万一を考え付いてきた。
「どうする?腕四本か、首と足二本か……。」
受付嬢が一つ置きの部屋のドアを鍵を使って開けた後で、巧がエミリアに問いかけてきた。勿論運ぶのを二人で行うと、明示的に告げたのだ……。
「うっ……腕……。」
さすがに生首を運びたくはないので四本の腕を選択……確かに報奨金だって山分けなのだ……魔族の処理に対しても分担制は仕方がない事だとエミリアも納得していた。
「はあはあ……これでよろしいでしょうか?」
自分の体の半分以上も太さがあるような筋骨隆々の太い腕四本を一本ずつ何とか運び終えて、仰向きにおいた胴体横に左右間違えないよう慎重に並べていくエミリア……。
「ようし……首を置いたらすぐに再生が始まるだろうからな……エミリアは部屋の外へ出ていてくれ。」
巧は一番奥の部屋から一抱えもある生首を、まるで巨大スイカを持つかの如く腰を曲げ重そうに両手で抱えながらやって来て、エミリアをまず部屋から出した。
「首を置いたらすぐに出るから、ドアを閉め施錠してくれよ……準備はいいか?」
エミリアも前回同様事務所から渡された毒をしみこませた矢を弓につがえ警戒する中、巧は部屋に入ると首を胴体肩口に置いてすぐに飛び出してきた。
職員がドアをすぐに閉めて受付嬢が施錠する……これで一安心……。
「はあはあ……ありがとうございました。それで……眷属はいかが致しました?身元確認のために死体でも引き取る必要性がありますが……持参されていないご様子ですが……まさか逃げられたわけではありませんよね?」
ようやく心配事がひと段落し、受付嬢が本来の業務の表情に戻った。
「ああ……一人は火炎の魔道具を使うやつでね……俺は全身業火に包まれたが甲冑の魔法耐性のおかげで無事だったが、そいつに抱き着いて仕留めたから全身黒焦げになってしまった。もう一人は相棒の犬が噛みついて動きを止めていたのだが……かなりの手練れで……魔道具で火弾を顔面に食らわせてようやく仕留めた。
どちらも身元が分かりそうな私物は所持していなかったし、遺体の利用価値もないからと魔族を運んでくる前に穴を掘って河川敷に埋めて置いた。まだ三日しか経ってはいないから腐敗もさほどでもないだろう……どうせ俺たちの仕事の完了具合を確認に職員を派遣するのだろ?埋めた場所はすぐに分かるから、その時にでも掘り返して確認してくれ。」
巧は地上へ戻る階段を上りながら答える。
「そうですか……それは残念でしたね。ですが仕方がありませんね……分かりました報告書にはその旨記載しておきます。それでは……収穫物の計量……お持ちですよね?」
受付嬢は巧の言葉を疑うこともなく、眷属の件はあっさりと認められた。そうしてエミリアも巧も大量の小型魔物の毛皮とウサギなど食用肉の清算を行い、次の仕事の受付へ……。
「大変申し訳ございませんが……巧様達に王宮から呼び出しが来ております。」
計量して清算を終えたところで、受付嬢の口から思いもしなかった言葉が……。




