魔族
10.魔族
「やはり三回目ともなると慣れてくるのか、さほど疲れは感じないわね……まあでも今回からアルが参戦したから……そのおかげが大きいのかな?ひと月の期限だから特段早く終わる必要性もないので、青照明弾打ち上げずにここまで来たけれど……次は一日十一……いえ十二区画でも大丈夫かもしれないわね……お前たち……どう思う?」
対岸では未だ戦闘が続いていると見え……けたたましく嘶く魔物どもの咆哮や地響き、切っ先がぶつかり合う金属音などが遠くから風に乗って伝わってくるのを堤防の上で感じながら、エミリアは冒険者の袋から野営用のテントを取り出し設置し始め、ちょこんと並んで座り尻尾を振って愛想をふりまく二匹の愛犬に問いかけてみる。
初日早朝から毎日十区画ずつ順調に進み……最初の河川敷挑戦時は一日の仕事をようやく終えると常に対岸の巧の陣営ではテントを張り終え火を興し夕餉を始めていて圧倒的な力の差を感じていたのだが、今回は逆にエミリア達の方が先にテントを張り始める時も幾たびかあった。
「まあでも……向こうは巧さん一人だけだから……当たり前だけれどもね……。」
エミリアは頼りになる忍犬二匹を従えているのに対し、魔道具を持っているとはいえ巧は只一人……魔族以外に魔道具を使うことはほとんどないと以前言っていたことから……これでも力の差は依然としてあると言えるのだが……それでも少しでも追いつけているように感じられるのは、彼女にとって喜ばしい事と思えた。
城壁代わりに河川敷に設置された鉄格子柵の腐食が、二年前時点では大型魔物の侵入を助長していたウエストリバーのものよりもひどかったと巧は言っていたが何のことはない……ここまで九十区画魔物を駆逐しながら進んできたが、数は多かったがどれもイタチにウサギにモグラに加え、雉や白鷺にハトにカラス……たまに狐はいたが中型と言えるような狼すらいなかった……小動物系魔物のみと言っていいくらいで前回と変わらず少し拍子抜けしていたくらいだ。
明日以降の最終区画を前にして鷹などの猛禽類のボス魔物出現は十分に想定されるのだが、余裕で戦えると高をくくっていた。なにせこちらには頼りになる相棒がいるのだ……しかも戦力は増強されている。体が大きくがっしりして守備系のぺリルに加え、スリムな体躯と瞬発力を生かして魔物に一直線に突っ込んで行く攻撃に特化したアルルの参加は実に心強い。
なんだったら明日こそは十区画で終了とせず……夕方時点の進み具合によっては最後の二区画も加え十二区画一気に攻略して見せようかとすら考え始めていた。あくまでも……進捗次第ではあるが……その際は青色照明弾を打ち上げようと……その時の巧の表情を想像しながら一人にやつき始めるエミリアであった。
ところが……テントを固定するため地面に杭打ちを始めたしたところで甲高い笛の音のような音が響き渡り、すぐさま対岸へと視線を動かすと真っ赤な照明弾が打ち上げられていた……巧の身に何が?
「アルっペルっ……先に行っていて……巧さんが危ないっ!」「わふっ」「わんっ」
エミリアは二匹の相棒に対岸を指さし指示すると、二匹はすぐさま城壁手前にかかる橋目がけ猛ダッシュで駆けていった。エミリアも設置し始めたばかりのテントを袋にしまい込むと、すぐさま駆けだした。
緊急事態とは言え……さすがに堤防間では四半里近くも幅があるので、生活必需品ともいえるテントを放置してはいけない……杭打ちし張り終えていればまだしも……しかも城壁手前にかかる橋まで堤防の上を走るにしてもまだ三百間近くも距離があるのだ……それでもまだ最終日を目前に控えたところでよかったとは言える。これが中日だったら悲惨だ……。
色々考えながらすでに相棒らは対岸の巧のもとへ着いた様子で橋の歩道に姿は見えない……エミリアはようやく橋へ着いて歩道を息を切らせながら必死に走って行く……一体何が……。
先ほどまで響いていた咆哮や金属音など微塵も感じさせず夕刻を迎える川沿いは、人の往来もないためか静寂を取り戻していることが逆にエミリアの胸をざわつかせた……抵抗むなしく倒され大けがを負っているのでは?
「まずい……降りられない……。」
そう……主戦場たる河川敷まで堤防の高さは二十尺もあるため籠を使っていちいち降ろさなければ、縄梯子を下ろすことも使うこともできないアルルたちは降りられないのだ……先に行かせておけば安心と考えていたのだが……全く無意味。
エミリアは一旦仕舞ってもう一度袋から取り出した弓を握る手に力を籠め、さらに加速して巧のもとへ向かって行った。
「まっ……魔族?」
巧が照明弾を上げた理由は対岸近くまで達した時点ですぐさま推察できた……橋げた越しに見える河川敷には……なんと小屋が建っているではないか……橋の手前数間の位置に数本の細い木が生えている雑木林ともいえない木立があるのだが、その陰になるよううまくカムフラージュされているようだが、風が吹くたび木の枝が揺れ橋の上から視認できた。
魔物ひしめく河川敷内なのだから勿論人家とは考えられないし、いくら魔物化して知恵がつくとは言え……家を建てる魔物の話は聞いたことがない。
住んでいるのは間違いなく魔族が予想され……驚くべきことに王都中心部が目と鼻の先の……高い堤防に囲まれているとはいえ王宮間近のこんな場所に恐るべき魔族が住んでいるとは到底想像すらできない事だった。
だが巧が以前王都で活動していた時分から既に侵入防止用の鉄格子柵は腐食が進み、今にも崩壊しそうだったと言うことからも、大型魔物どころか魔族までもが侵入していても何ら不思議ではなかった。
ボーキサイ国内では至る所に魔族が住み着く巣窟が確認されているのだから……さすがに城壁に守られた都市部への侵入は聞いたことがないが、そもそも侵入防止用の柵が腐食して崩壊寸前だったというのだから、王都内部まで魔族が侵入していても何ら疑問を感じない。
無謀ともいえる宣戦布告で国力が弱体化しているとはいえ……ここまでとは……アルミナ町長である父が給料をもらわず無給で長年勤めていることも、公爵であるにもかかわらず俸禄も返上して自家農園からの収穫とわずかな収入に頼って生活していることも知ってはいたが、さすがにここまで悲惨な状況とは夢にも思ってはいなかった。
「はあはあ……ペルっ……アルは?」
「くう……ん……」
ようやく橋を渡りきり更に十区画一気に駆け抜け堤防の上でじっと下を見ていた愛犬に声をかけると、ぺリルはエミリアへ振り向こうともせずに真下を凝視し続けている。
身の軽いアルルはほぼ垂直の堤防内側癖をものともせずに跳躍し、既に下の巧のもとへ行っているようだが、体が大きく重いぺリルは前足で地面を小さく何度も掻いては二の足を踏んでいる様子だ……。
「急いで降りるわよ……ほらっ……乗って。」
すぐさま堤防上に設置している金属製の箱から金属製の網籠を取り出しぺリルを乗せると、滑車に籠に着いたロープをかけてゆっくりとぺリルを下まで下ろす。そうして自分も縄梯子を下ろして急ぎ下へ向かう……下の河川敷は静かなもので……魔物と巧が今も戦っているとは到底思えないが、それでも慎重に辺りに注意を払いながら緊張気味に降りていく。
「たっ」「しっ……静かにしてくれ……。」
降りてすぐに巧の姿を探したが見えず、声を張り上げようとしたところ膝丈ほどもある草むらの方から声が……急いで振り向くと巧が草むらの中で身を屈めたままで唇にひとさし指を当てて静かにしろと警告……傍らにはアルルが腹ばいになり、おとなしくじっとして動かず尻尾だけ降っている。
「一体どうしたのですか?今まさに魔族と戦っているのかと思いましたが……。」
エミリアもゆっくりと音をなるべく立てぬよう気を使いながら巧の下へ……声を潜め囁くような声音で問いかけた。
「いや……魔族は今はこっちにはいない……両岸共に桟橋が作られ向こう岸に丸太で組んだ筏が見えたから、対岸のエミリアの方へ行っていると考え急ぎ呼び寄せた。魔族に気づいていないエミリアが寝ているときにでも襲われると、アルル達がいるとはいえひとたまりもないからね。
俺が対岸へ行こうかとも考えたが……恐らく主戦場は小屋があるこちら側だろうから呼んだ方がいいと判断した。
小屋はその辺の流木などを寄せ集めて作った……恐らくは仮小屋だろう……多分向こう岸の方に本宅を建てるまでの仮住まいだろうとみている。これから家を建てるために下草を刈り取り土を固め基礎を造り、資材を運んできて大きな家を建てるのではないだろうかな……河川敷は平坦で広いからな……豪邸が建つぞ……。」
「ですが……宜しかったのですか?恐らく向こう側は私たちが河川敷の魔物討伐に来ていることにとっくに気付いていて……さらに照明弾を打ち上げたことで魔族の存在に気づいたことまで伝わったはずです。
警戒されてしまったのでは?気づかぬふりをしてスキを突いたほうが得策だったのではないですか?」
エミリアも屈みこんで草丈よりも身を低くし、目立たぬよう周囲を警戒しながら囁いた。
「相手は魔族だぞ……一個小隊の軍隊であればまだしも……少数の冒険者ごとき……気にも留めてはいないさ。
すぐ近くの区画にまで俺たちがやって来て魔物討伐を続けているというのに、何ら様子に変わりはない。今だって普段通りに対岸での作業を終え、こちらへ戻ってくるはずだ……エミリアが向こう岸で野営するのをやめたからな……さすがに好物の若い女性が近くに来ていたら……触手を伸ばしたかもしれないがね。
現に……向こう岸でも今日もあっけなく普段通りに魔物は駆除できただろ?とりわけボスの指示を受けて連携攻撃など……仕掛けて来てはいなかったはずだ……向こうだって敵の油断を突きたいから、早々にボスの存在を悟られるような真似はしないだろうし、何より冒険者など脅威とは感じていないはずだ。
だから明日……もしくは明後日……小屋近くまで攻め込まない限り……ボス不在の通常の河川敷の魔物討伐時と同様……小型魔物だけ相手にするだけだろう……俺は……二年前時点ですでに鉄格子柵が崩壊寸前だったことを覚えていたからな……常に大型魔物の流入を気にしながらここまで来たが、小動物系ばかりだったことで違和感を覚えていた。
その為常に……昼間の戦闘時も合間を見て遠眼鏡を使い城壁間近の様子を度々見ていたから小屋を早期に発見できた。魔族が移り住み始めてここに大きな巣窟を展開するつもりであろうと……小動物系魔物しかいないわけは……恐らく牛や豚など牧畜も行うつもりで家畜系魔物は引き込まないつもりなのだろう……奴らは共食いを嫌うからな。」
巧が小動物系のみの状況を疑い観察を続けていた為、手前で発見できたと打ち明ける。
「でしたら……決戦は明日の夕方以降……下手をすれば明後日早朝からとなりますね?本日呼ばれたのは……そのことを教えて頂けるためでしょうか?それとも明日の夕方まで十区画進んだら……こちら側へ集合して小屋を一緒に襲撃いたしますか?そのための作戦会議でしょうか?」
決戦はまだ先の予想にも拘らず呼ばれたことに対して、エミリアが巧に確認する。
「いや……今日時点で向こうが何もしかけてこないのは明確だったが……明日以降は分からない……状況によっては明日の午後から決戦となる事だって考えられるし、明日の夜かもしくは明後日朝からということも想定される。
向こうに主導権を与える限りそれは読めない……だから……今夜攻めるぞ!」
「えっ!」
あまりに意外な言葉に……思わず声が大きくなりそうになって慌てて口を両手で押さえるエミリア……夜は魔物達の活動が一層活発になるときであり、できるだけ日が高い昼間に戦うのだと常日頃言っている巧の口から出た言葉とは思えなかった。
「ですが魔物や魔族は夜目もききますし……何も相手が有利な時間帯に戦わなくてもいいのではないですか?」
巧の意図が読み取れないエミリアが、再確認のつもりで問いかける。
「ああ……もちろんそうだが……だからと言って敵が十分警戒しているところに突っ込んで行くよりは、ましかもしれない……ここまできっちりと一日十区画で取りやめ翌朝から再開を繰り返してきたんだ……向こうだって俺たちが今夜も堤防の上で休息をとるだろうと考えているはずだが野営は行わない……。
魔族の影におびえ、これ以上進むことはあきらめて逃げ帰ったかもしれないくらいに……もしかすると考えていてくれるとなお有り難いしね……万に一つも今夜襲撃されるとは考えていないはずだ……つまり……スキを突けるわけだ。
最終分の十区画だって恐らく魔族の指示で魔物達は息を潜めているだけで、追い立てでもしない限りは積極的にこちらに襲い掛かって来ないはずだ。だから……今なら奴らに気づかれずに小屋の目の前まで近づける……つまり急襲可能ということだ。
こっちには魔物並みに鼻が利き耳もいい……頼もしい相棒が今や二匹もいるし……それに……ありがたいことに城壁間近は橋が架かっているから……橋の欄干に照明用の灯りがずっと灯っていてそれが川面に反射してそこそこ明るい。
さらに今夜は満月で……今も雲がほとんどないから月明りでも十分明るいはずだ。だから十分戦えると俺は踏んでいるがどうだ?」
巧は隙をつくためにも今日の夜襲が最適と告げる。
「はあ……確かに……私が魔族の立場でしたら……明日の朝からさらに進んでくるでしょうから明日の夕方以降に迎え撃つかとか……あるいは明日の夜堤防上で野営している時を襲おうとか……そう考えると思います。
まさか今夜なんて……絶対に考えませんわね……分かりました……今夜急襲いたしましょう。」
エミリアも決心したように頷きながら答える。
「ようし……こちら側で決着をつけるぞ……もう日が落ちるから……奴らが戻ってくるはずだ……ほうら……きた……三人か……。」
巧は姿勢を低くしたまま草むらに身を潜め、遠眼鏡を取り出し川面を眺め……そうして呟いた。
「三人……ですか?魔族が三人も?!」
思わず声が大きくなりそうでまたもや慌てて口を両手で塞ぐエミリア……無理もない……たった一人だけでも脅威である魔族が三人も……
「いや……魔族は一人だけで……あとの二人は眷属だ。」
「眷属……ですか?」
エミリアも前かがみになって草むらを少しかき分け隙間を作り川の様子を窺うと……筏の上に三つの人影が……一人が長い竹竿か木の棒を使って操り、対岸から筏を使ってこちら側へ渡ってきているのが見えた。
「魔族同士はほとんど共闘することはない……人間の国では特にな……周り中全てが餌場なのだから餌の取り合いを避けるための優先順位付けなど、面倒なことはやりたくないのだろう……やはり若い女性は一番のご馳走だろうからな……
同じ餌に固執し争わない為にも離れて個々に活動するのが常だ……代わりに従順な僕である眷属を従えている場合がある……大物だな……。」
「大物……ですか?」
「ああ……眷属を従えるということは……魔族の中でも地位が高い……魔王にも意見が言えるくらいの大物であるはずだ。なにせ魔王が復活して魔族の世界が実現したときに、眷属らに裕福な暮らしを約束しているのだからな。それが成し遂げられない様な……意見を通せない小物魔族は眷属を持てないからね。
だが……どうしてまたそんな大物魔族が……こんな疲弊した国の王都にまで出張ってきているのか……分からんな……今にもつぶれそうで魔族の侵入さえも拒めない国だから征服も簡単と考えたかな?だがさすがにこんな大陸のど真ん中に魔族の国を作っては……周辺国から一斉に攻め込まれてしまうから……慎重派の魔族がやることとは到底思えないな。」
巧が大物魔族の出現に首をひねって不思議がる。
「大物……ということはやはり何千年も長く生きていて……そうして手ごわい……のですよね?」
「ああ……勿論だ……その上眷属までいるのだから……かなり厄介だな……。」
「眷属って……人間ですよね?しかも元冒険者とかではないただの人間……のはずですよね?」
あくまでも魔族が世界を支配した時に自分たちだけ生かされ優雅な生活を約束されているため、魔族に対して忠実に従っているだけの只の普通の人間であるはずの眷属が、どうして脅威であるのかエミリアにはわからない様子だ。
「奴らは普通の人間だが……それでも魔道具を使うし、さらに冒険者並みの訓練を受けているものだっている。あくまでも普通の人間が眷属になるというだけで……体が弱いはずとか運動は苦手なはずとか考えない方がいい。
普通に戦えるつもりで相対さないと簡単にやられてしまうぞ。それに……普通なら人間同士の争いに使用は禁じられている魔道具……魔道具を相手に戦闘したことはないのだろ?」
「はい……魔道具がどのようなものかすら……巧さんに教えて頂いたのが初めてでした。ですが巧さんと一緒に戦わせて頂いて……その威力と効果範囲に関して、それなりに把握はしておりますわ。」
「そうか……だったら……大丈夫かな?だがこれだけはしっかりと胸に刻んでおいてくれ……迷わずに殺すこと。」
「はあ?殺すって……眷属を……人間を殺すのですか?魔族ではなく……人間を?」
巧の口から出たとんでもない言葉にエミリアが絶句する。
「ああ……知っているだろうが眷属と分かれば……親類縁者……三親等以内は全員が……六親等以内は直近一年以内にやり取りがあった者……更に親しい友人関係で眷属になってからも連絡を取り合っていた者は全て処刑される。
縁故者まで被害が及ばぬよう殺してしまうのが一番だ。」
「でっ……ですが……」
「迷っている暇はないぞ……やるかやられるかだし……情けは禁物だ。分かったな?」
いつになく厳しい口調で巧が真剣なまなざしで告げる。アルミナの森の時は足手まといとなりうるエミリア達がいたから魔族は倒してすぐに大きな斧で首を切り落とし森の両側に首と胴体と分けて埋めたが、アーミンで捕らえたときは魔族ですら殺そうとはせず捕えて組合へ運んだ巧が……眷属は迷わず殺せと言って引かない……
「は……あ……」
それほど厄介な相手なのかと聞きたい気持ちはあったが、あまりの迫力に押されエミリアも渋々頷いた。




