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王都魔道具屋

6.王都魔道具屋

「えっ?たったの十二日間で……あの広大な河川敷の魔物らを掃討できたのですか?だって……二百区画ですよ!


 言ってはみたものの……一ケ月でだって無理と予想していたくらいですが……どうしてそんなに早く……さぼって一つ置き……いえ二つか三つおきの区画だけやったとか……そんなずさんなやり方だったら、すぐに確認に向かうので明らかになって処罰されますよ!」


 巧に手伝ってもらい仕留めた獲物の皮や肉を処理し堤防にテントを張ってようやくぐっすり眠ることが出来……翌日冒険者組合で精算……すると毎度のことだがすぐには信じてもらえなかった。


「まああれだけの規模で解放された河川敷とはいえ巣窟ともいえるようなボスも存在していたからな……片側ずつ攻略していっても対岸へ多くの魔物に逃げられてしまうと鼬ごっこだから、二手に分かれて連携して進んで駆除していった。


 両岸にボスがいて……彼女の側は大きな鷹の親子がボスで、俺の側は巨大な熊がボスだった。親鷹の死骸は傷んでいて使い道がないから処分したが彼女は記念に羽を数枚とってきているし、俺は熊肉は食えるから毛皮とともに持ち帰った。


 逆に言うと……ゆっくりと攻略してはいけなかった……愚図愚図していると下流側から仲間の魔物達が押し寄せてきて背後を突かれかねないから……一日十区画のペースは何とか守ってようやく十一日間で掃討できたわけだ。


 まあ信じてもらえなくても仕方がないから、報奨金清算するのは組合から監査人が出て確認が終わってからで構わない。

 ほかにも駆除した魔物の毛皮と肉を持参したから……そちらを先に清算してくれ。


 それと……城壁に代わる侵入防止用の鉄格子……東岸側は以前も俺が指摘した覚えがあるのだが……腐食は激しくついに破られ大きな穴が開き大型魔物らに侵入されていた……おかげで大型の熊がボスとなっていた。西岸側は更新されていたようで、小型魔物か鳥系魔物しか浸入出来てはいなかった……概ね良好と言えるだろう。


 東岸側は早急な補修が望まれるな……以上……。」

 巧はそう言いながらカウンターに仕留めた獲物の毛皮や肉を並べ始めたので、エミリアも自分が仕留めた分を山積みにしていった。


「は……あ……ウエストリバーの北部城壁にかかる橋の河川敷部分に設置された鉄製の格子柵のことですね?あれは……十年ごとに定期更新工事が行われ……その間は役場の方で年に二回定期的に検査確認するようで……以前も幾度も指摘を受けまして督促いたしましたが、更新後は西岸域の確認結果は常に良好であり問題ないとの回答を受けておりまして……。」


 巧の河川敷部分の鉄格子の指摘に対し、受付嬢は何とも言いにくそうに因果を含め気味にゆっくりと答えた。


「いや西岸側の格子は塗装も剥げておらず見たところ腐食もなく大丈夫だ。そうではなく東岸側の格子だ。役場に東岸側を確認するよう言っておいてくれ。」

 巧が人の倍ほども大きさのある巨大な真っ黒い毛皮……仕留めたボス熊の毛皮を袋から取り出しながら尚も主張する。


「ですが……橋の両側を常に検査するには人手もかかり無駄な費用が財政を圧迫するということで……同じ時期に更新する鉄格子の検査ならどちらか一方だけで十分という認識で経費削減のために西岸側しか検査していないとのことでした。」


「どちらか一方だけとするなら……激しく痛んでいる東岸側を検査するよう言ってくれ。


 あれはどう見ても同じ時期に更新した鉄格子柵には見えない。見た目で鉄骨の太さも違うし、ナイフで軽く目線より上の部分を削ってみたが、東岸側は簡単に下地の鉄が見えたが西岸側は全く見えず塗料の黒色のままだった。あれは……材料もそうだが施工自体に問題があるのではないのか?」


「は……あ……一応……そのようなご意見があったことを……役場へ伝えてはおきますが……。


 それよりも清算ですね?えーと……毛皮が……すごい量……はあ……大きな熊の毛皮……確かにこれだけ巨体だとボス魔物という可能性は高いでしょうね……肉を含めて高値で引き取らせていただきますね……。」

 頑として鉄格子の検査を願う巧に対し、受付嬢は話題を切り替え持ち込んだ毛皮や肉の計量に入ってしまった。


「でしたら私もボス魔物であった鷲系魔物の羽……私の相棒が相手をしたのですがかなり難敵だったようで、仕留めるためには首がちぎれるくらいに深くかみつぶし腹部分も鍵爪で深くえぐられておりました。


 ですので記念に羽を数枚抜いただけで死骸はそのまま埋めましたけど……これがそのような大鷹がいたとする証拠の羽です。それとその子と思える小さめの鷹ははく製用に持ち帰りましたわ……」


 毛皮と肉とはく製用の鷹三羽分の死骸を取り出し終えたエミリアが、自分の腕の長さほどもありそうな巨大な黒褐色の鳥の羽も取り出して見せた。


「ほ……お……これは……申し訳ありませんがこの羽……預からせていただけませんか?」

「ああ……はい……まだほかにも数枚尾羽も含めて取ってありますから構いませんけど……。」


「ありがとうございます……こちらも報告書に添付させていただきます。

 えーと……ではこれら仕留めた獲物の買取り価格は……肉と毛皮総計で……金貨四枚と銀貨八十六枚となります。


 二百区画の河川敷での魔物一掃に対する報奨金は組合での確認が終わってからとなりますので、申し訳ありませんが数日後にもう一度お越し願えないでしょうか?」


 受付嬢が部位別の肉の重さ及び毛皮の総量を書面に書き出し、重さ別の買取価格を掛け合わせた総量を明示しながら告げた。


「ああ……清算でしたら合算ではなく巧さんの分と私の分は別計算して頂けませんか?私の方はどちらかというと小動物系魔物ばかりでしたので、肉も少なくしかも単価がお安いでしょうし……毛皮も小さなものばかりです。等分は出来かねますね……。」


 するとエミリアが二人の獲物の合算買取りではなく別々のいわゆる割り勘を申し出た。確かにこれまでと違い今回は明確に区画が分けられ、それぞれ単独で魔物を掃討したのだから別清算が妥当と思えるのだが……面倒な計算のやり直しに対し受付嬢の表情がありありと曇った。


「いやいや……東岸か西岸かの担当区分けは川を渡って魔物が逃げ出せない様必要な措置だった。仮にエミリアが東岸を担当した場合でも獲物の買取清算は合算を俺は望むし、あくまでも今回は俺の方側に大型魔物がそこそこ多くいたというだけだ。だから……この計算で構わないからこれを二等分してそれぞれの口座に振り込んでくれ。」


「いいのですか?」

「当たり前だ……俺たちは二人だけだが常に一つの組であり、収穫は等しく分配する。」


「ありがとうございます……金貨二枚と銀貨四十八枚ずつ……確かにお二人の口座へ振り込み致しました。ご確認願います。」


 戸惑い落ち着きのない動きを始めたエミリアをよそに、また話は変わっては大変と、普段の数倍の速さで受付嬢は振り込み手続きを終えすまし顔だ。


「それよりも……河川敷の侵入防止柵の点検と補修に関してだが……。」


「そうですね……役場には忘れずに報告して置きますので……大変申し訳ありませんが清算を終えた方はお引き取りを……まだ後ろに他の冒険者様たちがお待ちですので……。」

 頑として河川敷の鉄柵補修を望む巧に対し、受付嬢は話しをはぐらかして次の冒険者と変わるよう促し、


「ああ……しっかりと報告をお願いする。」

 自分たちが積み上げた肉や毛皮の処理に他カウンターの受付嬢に男性職員らも大勢駆けつけ業務が停滞していて、振り返ると後ろには長い列ができていた為、仕方なく引き下がることとなった。



「すいませんでしたね……私の方は巧さんの四分の一も収穫がなかったのに……。」


 組合を後にして外へ出たところでエミリアが申し訳なさそうにもじもじと切り出した……父への気遣いのためにほぼ全持ち金を置いてきてしまい、路銀獲得のために王都での魔物討伐を申し出たエミリアではあったが、それでも均等割りでの精算には疑問を感じている。明らかに収量が異なるということは……掃討時の負担もそれだけ大きかったはずなのだ。


 収穫の買取に関しては担当別に分割清算が妥当であると、エミリアは納得できないでいた。


「今回担当区画を分けたのは明確な理由があったわけだ。その上でそれぞれの区画にどれだけ魔物がいるかどうかなど事前予想はつかず、収量均等割りは妥当な判断としただけだ。仮にエミリアの方がはるかに多くの魔物と対峙した場合でも、俺は均等割りを主張したはずだぞ。


 そうでなければ共同作戦時にも大物を仕留めたからとかボスを倒したからとかで、いちいち分配計算を細かく精査しなければならなくなってしまう。


 俺の背後を突こうとしている雑魚魔物を見て見ぬふりをして、遠くの大型魔物に照準を定められては堪らんということだ……あくまでも組として戦う……腕は二本で目も正面にしかついてはいない……互いに補い合って戦って初めて攻略できるのだ。だから清算は必ず均等に割る……これは今後仲間が増えたとしても同様で変わらない。それで……いいか?」


「あっ……ハイっ……分かりました。」

 恐縮するエミリアに対しチームなのだから均等割りが当然と巧は答え、エミリアの表情が崩れた。



「じゃあ俺は……これからテルミへ行ってチャージ済みの分を引き取り、使い果たした雷撃の魔道具を追加で頼んでくる。エミリアは……ゆっくりしているといい……明日には戻ってくるだろうから……それからちょっと休んで、明後日には今回と反対側……ウエストリバーの南側の魔物討伐を申し込もうと思うがいいか?」


「はいっ……宿は……冒険者組合を出てすぐ先の宿に宿泊予定ですので……お願いいたします。」


 あれだけ激しい連日の戦闘にも拘らず平然と遠出をするという巧の体力に驚きつつも、既に疲労困憊で限界のエミリアはすぐにでも宿へ行って眠りたい気持ちで一杯だった。巧と別れ急ぎ宿へ向かい、そのまま泥のように眠った。



「うわっぷ……おっ……おはよう。」

 翌朝……ではなくすでに日は高い昼頃になってようやくペットの顔舐め攻撃により目覚めたエミリアは……急ぎ身支度を整え携帯食でブランチをとりペットの散歩がてら外出……受付に確認したが巧はまだ宿に訪れてはいない様子。


 疲れ切って酷い顔をしていた自身だったが、十分な睡眠をとることで顔に赤みが差し生気が戻って来た。その点常に兜の面帯を外さずに行動する巧に関しては、自己申告で平気と言われてしまえば信じるしかなく、無尽蔵とも思えた体力もカラ元気だったのではないかと……テルミとの道中で倒れていないか心配になって来た。


 昨日のあの時間からだとテルミ到着は夕方であり、さすがに疲れた体ですぐに帰るとは考えられずテルミで一泊……今朝出発したのであればようやく今ぐらいの到着のはずであり……普通の冒険者なら今頃宿についている計算なのだが……なぜか巧の場合は夜中にはもう宿に着いていて、朝たたき起こされるのではないかと心配していたほどだ。


 だから……少しだけ気がかりではあるのだが……まあ心配していても仕方がないので、自分は自分でできることをしておこうと考え母の馴染みだった魔道具屋へ向かった。


 とはいえ……母の存命中学生だったエミリアは王都までは来たことはなく、母から住所と店名と大まかな道筋を聞いていただけである。それでも冒険者という職業に興味津々だったエミリアは、アルミナやテルミと違い冒険者でにぎわう王都の冒険者組合や魔道具屋と道具屋に武器防具屋は憧れで、一度は来てみたくどのような店なのか空想の対象であった。



「いらっしゃい……ご新規さんかい……珍しいな……ペットの犬が相棒なのかい?よく仕込まれているようだな。

 うちは一見さんお断りなんだが……どなたかの紹介かな?」


 昨日の冒険者組合近くの路地裏にある小さな魔道具屋に入ってみると……気難しそうな浅黒い肌をした四角い顔の老人が、店奥のカウンター越しに声をかけてきた。


 二畳ほどの狭い店内は受付カウンター奥にドアがあり、奥行きは続いていると見えるが店自体は殺風景で商品が並んでいるわけではなく、腰ほどの高さの木製カウンターが奥から半畳ほどの位置にあるだけだ。


 いかつい男衆の冒険者らでにぎわう店内を予想しいていたのだが客は一人もいない……だが考えてみたなら当たり前なのだ……まだ真昼間……魔道具のチャージ依頼であれば巣窟攻略が終了してからだから早くて夜……遅ければ深夜となるはずで、預けた魔道具の引き取りならば組合へ仕事を引き受けに行く早朝のはずだ。


 だから冒険者組合同様……魔増具屋も終日営業となっていて、昼日中の空いた時間で預かった道具の修復やチャージを行うと母から聞かされていた。


 月に一度……数日間だけ働いてあとは遊んで暮らすと評される冒険者らの多くは、ダンジョン攻略後の数日間は宿で寝て過ごして体を休め、以降は昼迄寝ていて夜は遅くまで博打場通いか飲み屋で過ごすようだ。昼日中に魔道具屋にいるはずはない。

 とはいえそんな事情はいつでも一定量以上の仕事がある王都だけであり……組合に仕事はないが王都の魔道具屋が混んでいて仕事を受けてくれないから近郊他都市へ出向いてでも少しでも早く受け取ろうとする冒険者らは、昼日中でも魔道具屋でたむろして店主と少しでも早く受け取れるよう交渉しているのだ。


「いえ……お客という事ではなくてですね……ターメル・シュタインベックを覚えておいででしょうか?私の母なのですけれど……生前母からこのお店のことを何度も聞かされておりました。」


 エミリアは郊外の店とのあまりの事情の違いに少し面食らったが、それでも本来の目的を果たそうと店主に声をかけた。


「おお……おお……女弓使いターメルだな?男性に力では劣っていたが、その分小回りが利くフットワークと人外と評される正確な射撃で、ボス魔物だって一矢で倒すと評判だった冒険者だ。


 確かにこの店にも何度も訪れちゃあ……使い込んだ魔道具チャージを頼まれたな……どれもしっかりと手入れが行き届いていて、女性らしい細かな気遣いを感じられたもんだ。弓だけじゃなく魔道具に……さらには剣の腕だって超一流と評判だったな……彼女の娘さんかい?ずいぶん大きい……そうか……お母さんは元気かい?」


 母親の名前を告げると店主はすぐに顔を崩し、親し気な笑みを浮かべエミリアを頭のてっぺんからつま先までしげしげと見まわした。


「いえ……母は……五年前に亡くなりました。アルミナ近郊で……恐らく魔物に襲われたのだと思って居ります。」

 エミリアが母の訃報を告げる。


「最近顔を見せねえなと思っていたんだが……そうかい……仕方がねえな……冒険者なんて金回りが良くて華やかに見える反面……常に命の危険に晒されている……そんな危なっかしい職業だからな……お悔やみを申し上げるよ。


 それで……冒険者だったお母さんの思い出話でも……聞きたくてわざわざ訪ねてきたのかい?まあそりゃあ……積もる話がないわけではないがな……どうせ今店にゃあ客はいねえし……。」


 店主がカウンター越しに身を乗り出してきた……来た当初は不愛想で人嫌いとの印象だったが、案外話し好きなのだなとエミリアがうつむき気味に苦笑……


「いえ……母の思い出話もお聞きしたいところなのですが……その……母が最後にこのお店を訪れたのはいつごろかわかるでしょうか?」


「うん?そうだな……結構前のことで……魔道具チャージがなくても王都へ出向いた際には寄ってくれてはいたんだが……えーと……伝票から見ると……ちょうど五年前の七月二日だな……火弾と閃光と雷撃の魔道具の受け取りに来ているな……そのあとは……顔見世になら寄ったかもしれねえが……今すぐにはいつとは思いだせねえな。」


 店主はカウンター背後の棚から過去伝票を引っ張り出してページを繰り、七月に来店したと答える。


「それだと亡くなる十二日前ですね……何か重要案件を調査しているとか……言っていませんでしたか?」


「いやあ……どうだったかな……確かに彼女が三つも魔道具を一度にチャージしに来るなんて……珍しかったからおおよその記憶はあったのですぐ見つかったんだが……普段なら地元の魔道具屋を使うからな。王都内の魔道具屋なんて予約で下手すりゃあ二月先まで埋まっちまってるから、王都在住以外はめったに使わない。


 だが当時は……そうだ……予約が入っていた魔道具がキャンセルになって……要するに……魔道具を持ち込んでから二月先ですなんて言われると困るから……あらかじめ使用予定を立ててチャージ予約しておくわけだな……チャージに出さなくても半額支払うという条件付きでな……。


 うちは今じゃあ看板も出していない馴染み客専用の老人が趣味でやっているような店だから多少の無理はきくんだが、表通りに大きな看板掲げて営業している魔道具屋なんかは、予約がシステム化されている。


 それでもあくまでも予約だからな……ドタキャンはつきものだからその分余計に他の予約も入れて置いて……重複してこなせない分はうちみたいな小さな店へ回してくるわけだ。僅かな手付金を払って大手が小さな店の枠を買い取っておくのだな……まあうちは半分趣味みたいなもんだし、どうせ空いている時間なら構わんだろうと受けている。


 ところが六個分の予約が持込みされず……六個となるとうちだと一日分まるまる空いちまうから……その分どこか別な大手から仕事を引っ張ってこようか考えていたタイミングドンピシャで……向こうも倍額はらってでもどうしても即日……なんて感じで来店したのだが大喜びで預けていった……それが七月一日の昼で引き取りが二日の早朝だった。


 それからは店には来ていないようだな……だが確かになあ……突然やって来て、また冒険者に戻ることになりましたって……挨拶に来たのが確か……五月の中頃だったかな?」

 店主は小さく首をかしげながら中空を見つめ、何とか思い出そうと努力している仕草を見せる。


「はあ……そうでしたか……また冒険者に戻ると母が言っていたのですね?」


「ああ……彼女との付き合いは二十……うーんと四年ほど前……かなあ……それが……十九年ほど前までのたったの五年と半年間くらいの付き合いで……私結婚いたしますの……とか言ってきたのが最初の別れだったかな。


 それでもあれだけの美貌で……しかも最高クラスの冒険者で目立ったからよく覚えている。その後も何年かに一度は店に来て娘が出来ましたの……とか……娘が学校へあがることになりますのよ……とか、いちいち報告に来てくれた。


 それが突然五年ほど前に……また冒険者に戻る……って言いに来ただろ?


 放蕩生活が忘れられなくて主婦業が疎かになり、亭主と娘に愛想突かされ追い出されたのか?と聞いたら……そんなことはございませんのよ……って笑顔で答えていたんだが……悪いこと言っちまったな……こんな良い娘さんを残して逝っちまったんじゃあなあ……かわいそうに……済まねえ……。」


 店主が白髪交じりの後頭部をかきながら頭を下げた。


「そうですか……私が知らない母の一面を聞くことが出来てうれしかったです、ありがとうございます。

 それともう一つ……」


 エミリアは巧がいないところで彼の過去を探ろうとするのは彼の意に反しているとも考えたが、この店主であれば信用できるだろうし、何より今はどんな些細な情報でもヒントでも欲しいという気持ちが前に出てしまった。


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