河川敷ダンジョン
5.河川敷ダンジョン
「ふあーっ……おはよう。さあ今日から本格的な魔物退治だよ……。」
昨夜は遅くまで仕留めた獲物の毛皮採取と食肉への切り分けを行い、深夜になってからようやく寝た。まだ少し眠いがわがまま言ってもいられない……十区画なんてやる前は楽勝と思っていたが、昨日のことを考えると結構厳しめのノルマであることがエミリアにも分って来た。なんせこれからは三年半もの間手つかずの区画なのだ。
魔物だって成長しているだろうし、その上群れとしても確立していると考えられる。そうなるとより一層慎重に歩を進めねばならず、しかも魔物の密度はより濃いはずだ。
テントの中で身支度を整えてから対岸を見ると、既にテントは片付けられて人影がこちらを見ているのが分かった。焦ってテントをたたみ、火を興して朝食の支度を始めた。手慣れているとはいえ……向こうはたった一人だけでこちらと同じだけの仕事をこなし、それでいてはるかに早く余裕をもってこちらを気遣いながらペースを合わせている様子なのだ。
確かに経験豊富な冒険者ではあるのだが……エミリアだってアルルとぺリルの頼もしい相棒がいて三人力なのだから、一人だけの巧よりもはるかに速いペースでこなせて行けるつもりでいたのだ……にもかかわらず……ちょっぴり悔しいのだが……それでも焦りは禁物……無理して巧に助けを乞うような事態よりも少し遅くても安全確実に進んだ方がいい。
気持ちを改め本日から本格的に始まると言っていい実戦に臨むつもりでいた。
「まあ……仕方がないわね……記憶を失っているとはいえ……向こうはどう見ても歴戦の強者だからね……。」
そうして駆け足で五区画と十区画上流まで行ってその地点の縄梯子と籠を下ろし、そこからまた下流へ戻っていく。こうして置かないと十区画終えたらまた橋まで戻らねばならなくなってしまうのだ……。
エミリアは橋のすぐわきの百区画で相棒ら二匹を下ろし、自分も縄梯子で河川敷へと降りた。
「さあ行くわよ……昨日とは違うからね……より慎重にね……。」
「わふっ!」「わおっ……」
一旦河原へ降り立ちそこから昨日駆除した区域へ二十五間ほど戻り魔物を追い立てるようにジグザグに進んだが、戻った魔物はいないようで何事もなくスタート地点へ……そこからは昨日よりも歩幅を縮め、矢を持ち弓を構えながらペースを落としてゆっくりとエミリアが進んで行く……だがぺリルたちが先ほどから落ち着かない……。
河川敷へ降り立ってからずっとだが……唸ったり吠えたりはせず、終始辺りをきょろきょろと探るようにしている。
「魔物が潜んでいるの?何か感じる?」
相棒二匹に声をかけるが、二匹ともに周囲を探ろうとする仕草をやめようとはしない……
「そうだ……こういう時こそ……」
巧に指示されていたことを思い出し、先ほど河原へ降りて石を数個拾って革ドレスのポケットに入れておいたのだ……立ち止まると矢束を口に咥え、
「えいっ!」
まずは真正面の十間先目がけて思い切り石を投げつけてみるが……何も起こらない。
「えいっ」
それでもめげずに今度は右手方向斜め前方目がけて石を放り投げると……
「ガアアッ!」
いきなり深い茂みから数羽の水鳥系魔物が飛び立ちこちらへ向かってきた。
「わうっわうっ!」
同時に左前方からも生い茂る雑草に幾つもの筋を残しながら突進してくる影が……
「アルっペルっ左敵っ、お願いっ!」
二匹の相棒に左手の敵を任せ、自分は右手の標的を狙う……十分な距離があるので矢をつがえ狙いを定める余裕があり簡単に狙い撃ちが出来た……そうして五羽のアヒル系と鴨系魔物を素早く仕留めきれた。
「これはイタチ?いえ……ハクビシンね……」
アルルとぺリルはそれぞれ二匹ずつの真っ白いハクビシンの死骸を咥え戻って来た……完全に気配を断って位置をつかませないようにし、合計九匹の群れによる周囲を取り囲んでの連携攻撃を仕掛けよう通していたと見える……あと十歩ほど敵の真っただ中に足を踏み入れていたら危なかったかもしれない。
「ありがとうね……お前たちのおかげで助かったわ……。」
頼りになる相棒に改めて感謝するエミリアであった。
以降もぺリルたちが潜んでいる魔物らを何とか感知し……中には川の中の土砂だまりに潜んでいる場合も何度もあったのだが、それでも野生の感覚は鋭く見逃すことはなかった。都度石を投げこんで追い立てては飛び出したところを射止めていき、二日目も無事終了……百十地点にテントを張って対岸を見るとすでに巧はテントを張り終えて火を興していた。
エミリア達も順調に進み日が傾きかけ始めたところで二日目を終えたが……それでも青色照明弾を打ち上げる気にはならなかった。何とかこのペースを守り続けたい気持ちだけで、もっと速く進みたいとは到底思えなかった。
「ふうっ……いよいよこの河川敷の魔物掃討も最終局面よね……まあ、まだこの下流域におんなじだけの規模の河川敷が放置されてはいるのだけれどね……それを言ったら王都にはもう一本大きな川が流れていると巧さんが言っていたし……これでようやく四分の一といったところではあるけれど……ともかく今回引き受け分は終了だわ。
アルっ、ペルっ疲れているだろうけど、もうひと辛抱だからがんばってね。」
「わふっ」「わうーん……」
百九十の看板脇でエミリアが瞼をこすり両頬を軽くたたいて自身に気合を入れながら、二匹の相棒を鼓舞する。
ここまで順調にやってこられた……いや……何とかかろうじて……と言った表現が適当だろうか……命の危険はなかったとは言えないが、どれも相棒らの鋭い感覚のおかげで事前に防げていたし、数はそこそこ多いが小動物系魔物らばかりであったため、激しい戦闘にはならずどの個体も一撃で仕留めることが出来ていた。
だが……一応魔物らのテリトリー外のはずの堤防上部での野営時は片時も気を抜くことはできず……いくら相棒たちの感覚が鋭くても疲れて眠りこけていては魔物らの餌食となってしまう恐れがあるため、どうしても浅い半分覚醒しているような眠り方しかできなかった……というよりここまでの十日間ほとんど眠れていなかった。
頭の中にもやがかかったような感覚で瞼が重い……広大な魔物らの領域で活動を続けるという……常に命の危険にさらされているような環境で休憩するということが、これほど難しいということをつくづく思い知らされた。
こんなことになるなら強がって河川敷の片側を自分たちで引き受けるなどと……暴挙ともいえる態度をとるのではなかったと後悔すらしている。
巧と行動を共にしていたなら……間違いなく敵陣営の真っただ中であったとしても交代で見張り番をして、自分の番の時にはぐっすりと眠って十分な休息をとれていたであろう。それほど巧という存在は信頼できるし頼りになるのだ。
いや……アルルとぺリルという相棒らを信用していないという事ではない……彼らはエミリアに対して常に忠実な相棒であり絶対の信頼を置いている。だが……彼らを訓練したのはエミリア自身であり、彼らの身体能力には敬服すらしているが、それでも総合力としてエミリアを超える力はないであろう。
つまりエミリア二人分よりも巧一人の方がはるかに強いし頼れる存在である……ということを改めて認識させられた。
とはいえ……冒険者として独り立ちが出来るかの試験のような今回の仕事も……ようやく終盤を迎えた。最後の区画の魔物らを駆逐してしまえば……下流二里と四半里地点まで魔物らは存在しないことになり、今夜は安心してぐっすりと寝られる。
なんだったら河川敷を降りて王都内で安宿を探してもいい……追い詰められて狂暴化して河川敷を何とか超えて付近住民らに迷惑を及ぼすような魔物らは一掃されてしまうから堤防にテントを張る必要性もない。
最後のひと踏ん張り……今日は念には念を入れてということで……昨日攻略した百八十九区画からまるまる一区画分戻って始めるつもりだ……片側が城壁で逃げ場を失い、昨日で空いた場所に逃げ込む輩が多いと想定したのだ。
「よしっ……いくよっ!」
再度両頬をぴしぴしと叩き活を入れると、エミリアはゆっくりと河川敷を斜めに進み始めた。
「うーっ……」「ぐーっぎゅるぎゅるぎゅる……」
昨日はまだ霞んで見えていた前方城壁もはっきりと詳細どころか積んでいる石まで見える距離まで来たところで、二匹の相棒らが低く身構え臨戦態勢に入った。さすがに最終エリアは魔物の密度が濃いのか、既に倒した魔物の数は五十を超えていた。一時保存用の麻袋も品切れで……仕方なく獲物はその場に放置し、決戦を終えてから回収に戻るつもりだ。
だがその視線の先は……一定してはいない……アルルは城壁方向を凝視し身構え、ぺリルは川の土砂だまり方向を見つめて身を低くしている。
エミリアはつがえている矢を一旦外し他の束と一緒に口に咥えると、ポケットから石を取り出そうと探った……と、その瞬間……
「がうっ!」
あろうことかアルルが振り返りざまにジャンプしエミリアに向かってとびかかって来た……これにはエミリアも驚き悲鳴を上げる間もなくポケットから手を出し後ろに倒れて右手で受け身をとるのが精いっぱいであった。
「アルっ……どうして?」「ぎゃうっぎゃっ……」
すぐに後方へ視線を投げると……そこでアルルはエミリアに背を向けて何者かと格闘……
「わうわうっわうっ!」
同時にぺリルが吠え立てるので右手をついて立ち上がろうとすると、今度はぺリルがそこへ飛び掛かって来た……
「きゃっ!」
これには堪らず身を左方向へよじって難を逃れる……魔物化した?魔物らとの接触時間があまりに長すぎた為……アルルもぺリルも魔物化してしまったのかと……さすがのエミリアも不安に駆られた……
一体どうしたのか必死に考えながらも……左へ反転したおかげで肘を曲げて回転し、その勢いで立ち上がることが出来た……すぐさま弓を構えて矢をつがえると……目線の高さに黒い筋が……何かわからないがエミリアは反射的にそれに向かって連射した……すると次々に眼前の黒い線が斜めに傾き落ちていく……。
「がうっ……」
アルルが戻って来て左前方へダッシュ……右方向から今度は膝丈の雑草に黒い筋が現れ突進してきているのが認識できたので、エミリアは急いで矢を袋から取り出し草むらの筋少し前方目がけて射かけ続ける。
「がっ」
さらにぺリルがエミリアの正面前方に飛び出した黒い影にとびかかっていく……どうやら二匹は魔物化したわけではなさそうだ……エミリアと共に魔物へと向かって行ってくれている……エミリアはほっとするとともに一瞬でも彼らを疑ってしまったことが情けなかった。だがまあ……状況が状況だけに仕方がないと自分を慰める。
「はっはっはっ」
その後も休むことなく波状攻撃が続き……エミリア達の周りは魔物らの死骸が散在することに……
「ふうっ……どうやら最後ともいえる攻撃は終わったようね……それにしてもアルっ……ペルっ……一体どうしたの?襲い掛かってくるなんて……。」
「ぐわんっ?」「くーん……」
アルルもぺリルもエミリアの強い言葉に少し戸惑い気味にその場に伏した……
「えーと……確かこの辺りよね……」
エミリアはまずは現場検証と……最初にアルルが飛び掛かって来て後方で何かしていた場所へ……
「これは……鷹?」
そこには首元をかみ切られて絶命している巨大な鷹の死骸が転がっていた……
「じゃあこっちは?」
続いてぺリルが飛び掛かってきて向かったほうへ行くと……
「こっちも鷹のようね……それにしてもなあにこれ……鷹というよりも鷲?随分大型よね……。」
エミリアが羽を持ち上げ上方へ掲げても片羽はまだ地面についている……恐らく羽を広げたら七尺を余裕で越えるくらいの大鷹……アルルのものはそれよりもさらに一回りは大きい大鷹のつがいの様だった。
「じゃあこっちは?」
エミリアが連射した目の前に連なっていた線状の物体が落ちたあたりへ行くと……
「これも鷹かノスリね。少し小さめな三羽だから……大きいのがつがいでこっちは子かしらね……それにしても羽音一つさせずに後ろから……しかもアルもペルもそっちには向かずに前方と右前方を警戒していたわよね?
つまり……前方の小動物系魔物らはいわばおとりで……鷹が群れで音もなく飛んできたという事よね?これはもう……ボスと言ってもいいくらいよね……やはり三年半も放置されていたから……。」
前方の小動物系魔物らが気配を消さずおとりとなり、上空から鳴きもせず羽音もたてずに滑空して一直線に突っ込んできた……しかも距離感や正体を惑わすために子たちは目線に一直線になるよう完全水平で……鋭い鍵爪で頭や肩を攻撃され嘴で目や耳を突かれたら……つくづく恐ろしい攻撃だったと……無事でいる自分が信じられない気持ちであった。
念のために注意を怠らず橋げたがある城壁まで慎重に進み、残った魔物はいない事を確認……二百一区画で任務終了となった。すぐさま駆け足で戻り放置してあった死骸を回収……大鷹二羽ははく製にしたかったがどちらも喉から胸を大きく嚙み切られていたため使えそうもなく、記念に翼と尾羽を数枚ずつ抜いてあとは穴を掘って埋めた。
小鷹は矢で射ぬいたのではく製用に麻袋に詰め袋に収納……小動物だけの魔物らは全て毛皮を剥ぐか肉を取り残りは埋めるつもりだが疲れているので……今日はここまで……後始末は残っているが、ようやく仕事が終わった。
「どうだ……一人だけで仕事を終えた感想は……?」
堤防を縄梯子で上るとそこにはすでに巧が来て待っていた。
「どうもこうも……十日間にわたる魔物討伐は本当に大変で……疲れましたわ。最後はボスまでいましたので……イタチやキツネにウサギにキジなど小動物系魔物がほとんどでしたけど……とても大きな鷹のつがいがボスの様でした……アルとペルが仕留めてくれたのですが、どちらも大きく痛んでいてはく製にできそうもなかったので埋めておきました。
これが証拠の羽です……。」
エミリアが戦利品ともいえる巨大な黒褐色の羽を巧に見せる。
「ほお……これは随分と立派な羽だな……大量にとってきたら羽ペン用に売れるのではないか?」
「ですから……もう埋めてしまいましたわ……他の魔物らの死骸と共に……。」
疲れ果てているエミリアにとっては羽ペンの材料で売れることなどどうでもよかった……
「俺の方もボスがいて……こっちは大型のツキノワグマ系魔物だったな。後ろ足で立ち上がると十尺はありそうな……懐へ飛び込んだが上からのしかかれて押しつぶされそうになって参った……仕方なく急遽袋から魔道具を取り出して火弾を直撃させ飛びのいてひるんだところを仕留めた。接近戦でも火弾の威力は抜群だな。
向こうは牛系魔物やイノシシ系魔物もいて……そこそこ大型だから城壁内にいるのはおかしいと思い……王都の城壁内は田畑はあるが臭いが気になり周辺住民がいい顔しないから牛豚などの酪農家はいないはずで、いずれも城壁の外側に放牧地や豚舎があるのだからな……念のため城壁下の鉄格子を確認してみたら格子が破られていた。
見て分かった通り、ウエストリバー流域内に城壁は設置されていない。代わりに城壁内側に鉄骨造りの堅牢な橋がかけられていて、橋脚は川の両側河川敷部分と川の中に二本計四本建っていて、橋の強度を上げるために橋の両側上部に十五尺の高さで鉄骨組の橋げたが組まれ、それが城壁代わりとなっている。
だが橋の下部流域は当然船も往来するために何もないが、河川敷部分は容易に往来できては他国から攻め込まれたときにまずいと、橋の下部から河川敷まで流域部分五間までせり出すように、侵入防止柵を堅牢な鉄骨を格子状に組んで設置しているのだが七尺ほどの高さまでほぼ破壊されて大穴が開いていた。
魔族など強烈な魔法で破壊されたのではなく、鉄が腐食で脆くなり容易に壊されたように見えた……俺がこの辺りを担当していた三年半前にも何度も腐食を指摘していたのだが修理せず放置されていたのだな……そこから大型魔物が出入りしていたとみられ……このまま放置し続けると危ないところだった。この点も組合に報告せねばな。」
「そうでしたか?私も念の為に城壁下部の川面から侵入防止の鉄格子枠を確認いたしましたが……塗装も剥げておらず大丈夫な印象でした。さすがに潜って水面下まで確認いたしませんでしたが、西側も破られる恐れがあるのですか?」
巧の城壁下の侵入防止用の鉄格子劣化状況を聞き、エミリアが不安になる。
「いや……見ての通り西岸側は河川敷部分の鉄格子の塗装も剥げていないし問題ないだろう。東岸側は川面部分ではなく河川敷部分に大穴が開いていて素通しだったからな。川の両端には詰め所があり常時警備兵がいるのだから、あれだけ大きな穴であれば少し身を乗り出して覗き込めばわかりそうなものだがな……まあ気付かないでいるのなら仕方がない。
それにしてもすごいな……これだけの規模の魔物の住処を……ボスもいたのだから言ってしまえば巣窟だ……しかも大規模巣窟……新人冒険者が一人だけで攻略したということは相当な手柄と言えるぞ。
まだまだ河川敷ダンジョンはもう一ケ所……いや……恐らくイーストリバーだって俺が居なくなった後は同様だろうから……あと三ケ所ある。ゆっくりもしていられないから急ぎ冒険者組合へ戻って、次の仕事を受けて向かうか?」
巧はすぐに次の仕事に取り掛かる気満々で笑顔を見せる。
「いえ……申し訳ありませんが……疲れているので……清算したら二、三日休めませんか?」
巧に冒険者として認められたことはエミリアにとって喜ばしい事ではあったが、何よりも今は体の疲れを癒したい気持ちでいっぱいであった。
「ああ……それは構わないぞ。雷撃の魔道具はすべて打ち尽くしてしまいチャージ切れだ……魔族との対戦時に一撃で使ってしまったからな。テルミに預けた内五つは一週間で仕上げてくれると言っていたからな……さすがに七日目に出向くのは気が引けたから素通りしたが……もう上がっているだろうから俺はちょっとテルミへ出向いてとってくる。
エミリアは宿でゆっくりしているといい……休息は必須だからな……寝る間を惜しんでまでやるような仕事じゃあないからな冒険者なんて……。」
エミリアは巧の言葉に、どの口が言うんだと突っ込みたくなったが黙っていた。




