河川敷ダンジョン前哨戦
4.河川敷ダンジョン前哨戦
「さて……どうする?以前は河川敷はボール遊びなどの専用球場として開放されていたらしいが、魔物が発生してからは危険ということで一般人は立ち入り禁止だ。十五尺の高さの堤も内側は垂直に切り立っていて、魔物でも容易には昇れないから逃げられない……我々は所々に設置された縄梯子を使って出入りすることになる。
たが……大抵の獣は泳ぎが達者で向こう岸まで泳げば逃げられるから、いくら上流方向へ追い立てようと下流から攻めても逃げられる恐れはある。片側ずつ駆逐していっても常に一部は対岸へ避難し、終わったらまた戻ってくることになる。
俺が以前河川敷の駆逐を担っていた時は、どのみち毎回二区画分駆除しては一旦組合まで戻るので、対岸どころか上流方向へ逃げた分がまた戻ってくる鼬ごっこで、それでも逃がす分を最小限に……一割程度には抑えるよう心掛けることで良しとしていた……一人だけではどうしようもなかったからね。
今回はエミリアと二人……加えて頼りになる相棒二匹もいるから……川方向へ逃げられないよう川側を厚く攻めるとするか?各人の配置を検討したほうがいいかもな……。」
いよいよ目的地へ到着する少し手前で、巧が河川敷の魔物掃討時の配置を検討しようと言い出した。
「はあ……でもそんなことしなくても……巧さんと私で……まあこっちはアルとペルと私ですけれど……それぞれ片側の河川敷を担当して魔物達を上流へ追い込んで行けば、川へ逃げたとしても逃げ場はありませんから、そちらの方がよろしいのではありませんか?」
するとエミリアが片側ずつ担当すればいいと、とんでもない提案をしてきた。
「俺は以前から一人だけでこの河川敷の魔物駆除を担当していたから構わないのだが……エミリアは大丈夫なのか?
単独で魔物と戦った経験は少ないのだろ?」
いつものように危険を顧みないエミリアに対して、これまたいつもの通り慎重派の巧が疑問を呈する。
「大丈夫ですよ……今回からはさらにアルが加わり戦力強化されましたからね……こちらは三人分の戦力ですから全く問題ありませんよ。」
エミリアが笑顔を見せ自信満々に答える。
「ふう……む……だがまあ……確かにそのほうが魔物を一掃する策として一番適切とは言えそうだ……広い河川敷だからどうやっても取りこぼしは免れないからな……川へ逃れる分をゼロにはできないだろう。だが向こう岸でも冒険者が魔物を駆除しているのが分かれば……川を渡ることで疲れていたら尚更簡単に駆除されてしまうからな。
逆効果だから川へは逃げられないと悟るはずだ……分かった……だが慎重に……少しでも危険を感じたら躊躇せずに助けを乞うてくれ……照明弾を渡しておくから迷わず使うと約束してくれ……それと獲物を一時保存しておく麻袋の小さいほうも渡しておく……いいか?」
「はいっ……まあ使うことはないでしょうが……安心材料として持っておきます。」
エミリアが数本の筒を巧から受け取り微笑んで見せた。
「橋は王都の中央と……そこから北側には北端……城壁のすぐ手前と下流に二里と四半里地点……つまりもうすぐ先……二ケ所にしかかかっていない。
だから打ち上げられてもすぐには到達できないから……危険を察知した時点で迷わず使うようにな。
昨日寝ていない上に今日はもう移動で時間をとられているし、撃ち漏らしがないようジグザグで端から端まで斜めに移動しながら追い込んでいかなければならないから……一区画だけでも恐らく四半里以上は余裕で歩くはずだ。だから今日これからは最大でも四区画までで、どれだけ手ごたえもなく順調に進んだとしても、そこでやめて日が暮れる前に野営の支度をすること。
夜は仕留めた獲物の皮を剥いだり肉を切ったりすればいいからな……絶対に戦おうとはするな。
野営は堤防の上で必ず行う事……食事時に火を使えば互いに相手の無事を確認できるから、面倒でも火を興して煮炊きはすること。寝ている時に万一魔物が襲ってきたら迷わず堤防外側下まで転がり落ちろよ。それから体勢を整えて戦うんだ。
フクロウ系魔物など鳥類は夜目もきくし夜間は堤防外の獲物を物色することもあるから、決して自分が魔物を外へおびき寄せたなどと考える必要性はないし、仕留めてしまえば何の問題もないのだからな。
明日の朝から本格的攻略となるが……夜行性の魔物達が夜のうちに駆除済みの区域に戻ってくる場合もあるからな……一晩だけだと警戒して奥まではいかないだろうから……そうだな……一区画の半分……二十五間くらいは戻ってそこから始めるのがいい。
一日最大でも十区画まで……堤防片側だけだとそれで大体テルミンの森の半分くらいだからな……ボスがいる巣窟と違い魔物らの連携が希薄な状態では、魔物の巣が散在しているから余計に注意を払って見落としがないよう慎重に進まなければ、魔物に後ろをとられて挟み撃ちにされると大変だからね。
まあその点は……鼻も耳も人の何倍もいい頼れる仲間がいるから……あまり心配はしていないのだが……ともかく無理だけはしないように……十分注意しながら進んでくれ。」
「了解いたしました。」
エミリアが笑みを浮かべながら何度も頷き、細かく気遣う巧に応える。
「先ほど渡した照明弾は色別に三種類あって、危険を感じたら赤色の帯が張ってある筒……赤色の光が発せられ昼間でも目立つからすぐ助けに行ける。青色の照明弾は……ありえないとは思うがあまりに魔物達の手ごたえがなくて進む速さをもっと上げたいとき……十区画を十五区画にしたいとき打ち上げてくれ。逆に大変だから進む速さを落としたいときは黄色の照明弾を上げてくれ。
川を挟んで距離があるから意思疎通ができないからな……勝手にどんどん進んで行ったり、あるいは遅れていったりすることがないよう、互いの意思疎通だけは必ず行うよう心掛けてくれ。
それから……始める前に一旦河原へ降りて石を十数個……ポケットに入れておくこと。魔物が潜んでいる気配を感じたら絶対に踏み込んで行かずに、そこ目がけて石を思いきりぶつけてやると驚いて飛び出てくるから狙い撃ちする。
運悪く魔物らに取り囲まれそうになった時は堤防の壁を背にした方が確かに逃げ場はなくなるが、前方だけ注意すればいいし、魔物だって思い切り飛び掛かっては来られない……避けられたら壁に激突してしまうからね。だから状況に応じて少しでも有利に戦える場所を常に頭の中に描きながら行動するように。」
巧がエミリアに単独で河川敷の魔物を掃討する際の注意点を解説を交えながら列挙し、エミリアに厳守するよう促した。
「ご助言有り難く承りました。肝に銘じておきますわ……ですが巧さんも危機を感じたなら必ず照明弾を打ち上げると約束してくださいね。私たちが救助に向かいますから……それでこそチームなのですからね。」
エミリアは巧の助言通りに行動することを約束し、そうして巧も危険を感じたら助けを乞うよう求めた。
「ああ……そうだな……頼もしい仲間がいることは、決して忘れず行動するとしよう。
じゃあ行くぞ……そこの分岐している道は左方向へ急な上り坂となっていて、進んだ先は川を渡るための橋だ。
川向こうの河川敷と手分けすることになるが……俺が向こう岸を担当しようか?」
早足で一刻半ほどかけて到着した先は、幅三百間を優に超える大きな川に片側二車線の広い馬車用車道が敷設された頑丈そうな橋がかけられていた。
馬車道の両側には歩行者用の道も設けられていて、主要街道であることを容易に認識できる。
「河川敷というのは堤防内側で川面よりも一段高くなった……緑の芝が張られていたりあるいは赤土が露出したりしている箇所もございますが……その部分を指すのですよね?ですがその更に内側にも所々……赤土が見えて木々が生えていたりするところもいくつか確認できますが……そちらは如何するのでしょうか?」
エミリアは橋の欄干から身を乗り出して河川敷の様子を確認、素朴な疑問を投げかけた。
「河川敷というのはエミリアの認識通りに川面よりも一段高くなっている場所を指す。だが川には山から常に土砂や倒木に落ち葉などが流入してきて……今は梅雨時を過ぎているから川の水量もさほど多くはなく、溜まった土砂の部分が露出しているだけだ。それでもそこに小動物が潜んでいると魔物が狩りをしている可能性があるから攻略範囲ではある。
梅雨時や台風が直撃した場合など一時的に川が増水し、堤防高さ近くまで水かさが増すと河川敷も完全に水没するから、小動物もそうだが魔物達も繁殖期以外はしっかりした巣を作ることはしない場合が多く、そこかしこに散在しているから厄介ではあるな……。地道に足跡を辿っていくのだが……そっちは鼻の利く相棒がいるから大丈夫なはずだ。
ルール上問題になりかねないが……恐らく春先で中央から二里と四半里未満の河川敷は駆除済みのはずで……それでも魔物が戻っている可能性は高いので……まずは引き受け区画よりも二区画は戻ってから始めたほうがいい。今日の分はいわゆる前哨戦で……明日から本格的な河川敷の魔物駆除が始まるとするべきだ。」
巧が一日の長たる経験談を語る。
「分かりました……でしたら向こう岸の方が川の中州的な地面が露出した部分が広い気がしますので……私が担当いたします。こちらは一人と二頭ですからね……多い方を担当させてください。」
エミリアが笑顔で自分たちが広そうな側を担当すると願い出た。
「まあ……露出した部分は上流へ行くにつれて様変わりする場合もあるが……まあそうだな……向こう岸を担当してもらうとするか……それでは任せた……エミリア達が向こう側の河川敷へ降り立ったら……駆除開始だ。
縄梯子は五区画おきに設置されているが、普段はステンレス製の箱に納められているから……河川敷へ降りる前に最低でも二から三ケ所のはしごを下ろしておくようにね……そうしないと逃げ場を失ってしまう可能性があるから。
そうして駆除が終わったら必ず梯子を巻き取って箱に納めておくことを忘れないように。」
「了解いたしました……アルっペルっ……行くわよ。」
エミリアと二匹の犬たちは元気よく駆けて橋を渡っていった。
橋を渡って左へ折れると……そこには九十九と書かれた看板が……堤防上の膝丈くらいある雑草の中に混じって、ひっそりと地面に打ち込まれて立っていた。
「ここが九十九区画目という事よね……だから一区画上流の百区画目からが私たちの担当区域という事よ。でも巧さんは……春先攻略した区画にも魔物らが流出しているだろうから……二区画分戻って始めるよう言っていたから……もう少し下流へ戻るよ……。」
エミリアが二匹の愛犬を従え堤防を下流へ下っていく……堤防の右側はなだらか……それでも恐らく四十五度以上はありそうで、人がようやく徒歩で登れるくらいの傾斜に見えるが、左手の川の内側の堤防は直角に削られ足を踏み外したら真っ逆さまを連想させられる。仮に魔物らに堤防側へ追い詰められたとしたら逃げ場はなさそう……。
「はっ……ペルたちは……どうやって下りればいいの?」
そこではっと思いついた……人間は縄梯子を使えば河川敷まで降りられるが……犬には無理だ……まさか抱きかかえて降りるなんて両手が塞がるので出来そうもない……懐へ入れられるような愛玩用の小さな犬ではないのだ……。
「それにしても……縄梯子なんてないわね……。」
堤防の上を下流方向へ歩けど歩けど……巧が言っていた縄梯子なんてどこにも見えない……
「あっ……あれかな?」
しばらく歩いていくと生い茂った雑草の脇に日の光を反射する金属製容器が見えた……
「ああ……これだ……。」
九十五と書かれた看板が金属製の頑丈そうな箱の脇に立っていた。
「五区画おきにあるって巧さんが言っていたから……恐らく百の看板のところにもあるはずだよね……参ったな……また戻って向こう側も梯子を下ろしておかなくちゃいけないわね……アルたちのことは後で考えるとして……まずはここのはしごを下ろしてから上流へ戻りましょう。」
エミリアは箱の上蓋を持ち上げて中の縄梯子を取り出し、そのまま堤防内側の急傾斜へ降ろした。そうしてから上流方向へと引き返す……
「ああ……やっぱりあった……。」
橋を横切り堤防をさらに上流方向へ進むと、百の看板とともに先ほど見た頑丈そうな金属製の箱が見えた。
「さっきのよりも大きいというか長いわね……。」
エミリアが首をかしげながら上蓋を開けると……
「あれ?こっちは……そうか……資材とか河川敷へ降ろすための……いわゆるエレベーターね?」
箱の中には縄梯子と共に、長いロープが付いた金属製の籠が入っていて、更に箱の口元には金具があってそこに滑車がセットされている……つまり籠についたロープを滑車に通せば重い荷物も下へ降ろせそうだ。
「じゃあまずは……アルねっ……おとなしくしていてね……落ちると危険だからね……。」
アルルを抱きかかえると嫌がるのを無視して無理やり籠にのせ、ロープを左手に巻き付け固定するとそのまま籠を垂直の堤防内側へと垂らす……
「アルっ……じっとしているんだよ……いい子だからね……。」
「くーん……」
不安がるアルルを籠にのせたままロープをゆっくりと緩め、自重で下へと下ろして行く……
「ようしっ……アルっもう降りてもいいわよ……そこでじっと待っていて!」
金属製の籠の中は居心地が悪いのか、高所から足の着く地面へ降りた途端にアルルは籠から飛び出しエミリアはロープを手繰り籠を上げる。
「さあっ……今度はペルだよ。」
またまた嫌がるぺリルを籠にのせて何とか下まで運び……それから縄梯子を使って自分も下へ降りていく……
「じゃあ少し戻るよ……」
堤防下の河川敷には、ほぼ垂直の堤防面高さ十尺ほどに百と書かれた看板が横向きに突き刺さっていた。
看板を頼りに下流方向へと下り……九十八看板で立ち止まる……ふと……対岸方向へ目をやるとそこには人影が……顔は良く見えないが巧であることは丸わかりで……どうやらこちらの様子を窺いながら待っていた様子……
エミリアもすぐに両手を高く上げて思い切り振って見せると向こうも右手を振ってくれた……
「じゃあ……いよいよ開始ですわね……アルっ、ペルっ……頑張るんだよ!」
「わんっ」「わふっ」
念のため下流側も一応注視し、背後を狙っている魔物がいない事を確認してからエミリアは、上流方向へと一歩目を踏み出した。
エミリアを中心に一間半間隔でアルルとぺリルが横一列に並び、なるべく打ち漏らしがないよう配慮しながら進んで行く。勿論エミリアに対して飛び掛かってくる魔物はアルルかぺリルのどちらかが瞬時に判断して対応する……彼らが一回の跳躍でエミリアを守れるぎりぎりの距離間隔だ。
「うーっ……」「ふーっふーっ!」
しばらく何事もなくジグザグに川と堤防間を十間ほど進むと、二匹の相棒が身を沈め臨戦態勢に……エミリアも弓に矢をつがえて二匹の視線の先を警戒する……
「アルっ……お願い!」
エミリアが命じると体が小さな方の黒犬が一目散に駆け出し、茂みの中へと突っ込んで行く……
「ガウッ……ギャッキュンッキャンッ」「がーっがうがうっ!」
アルルと獲物の格闘が始まり……そこから二つの茶色いものが勢いよく飛び出してきた。
「やっ!」
エミリアが自分の方へと飛び掛かってきた影を冷静に射抜き……
「がうっ!」
もう一方をぺリルが鋭い付け牙で捕らえる……するとアルルも動かなくなった狐系魔物を咥え戻って来た。
「三匹の狐系魔物ね……つがいか……兄弟かしらね……。」
エミリアは慎重に三匹にとどめを刺すと、その場で毛皮を剥ぐかどうか暫し悩んだ……これまでの魔物の巣窟掃討時は、途中で襲ってきた魔物の群れを仕留めると都度皮を剥いだり内臓を出して肉を切り取ったりして処理していた。
そうしてボス魔物がいる巣窟ではひたすら魔物らを討ち取ることに専念し、ボスが倒されても全滅するまで追い回し、一掃してから獲物の処理に取り掛かった。
それはせいぜい五十間四方の狭い領域での戦いだったから、倒した獲物はそっちのけで戦闘を続けられた。
だが今は……今日だけでも二区画以上進まねばならないのだ……いちいち数匹ずつを処理していてはとても時間が足りない……しかも処理しているスキを突かれては大変だ……巧が日が落ちる前に野営の準備をして夜に獲物の処理をするよう言っていたことを思い出し……さてどうするか悩み始めた。
そうしてはっと思いだす……巧が照明弾と共に麻袋を渡してくれていたことを……炎系魔物と相対したときの頭からかぶれるくらいの大きさではなく、太ももサイズで三尺くらいの長さがある麻袋……これならがま口サイズのようで……試しに狐系魔物を入れて冒険者の袋の口元へ運んでみたら入った……。
「さすが巧さん……感謝いたしますわ……。」
エミリアはそうつぶやくと獲物をしまい、また歩き始めた。
「うーっ……」
さらに十間ほど進むとまたまた二匹は身を低くし唸り始める……やはり魔物らは相当数駆逐したはずの区画まで入り込んできている様子だ。
「わんっ!」
アルルが大声で吠えると羽音を立てて影が飛び上がってエミリアの方へ……
「やっ!」
エミリアは仰向けに倒れながらも空へ向けて矢を射かけると……頭上を飛び越えた向こう側に落下音が……アルルが駆け出し矢に腹を射抜かれた一羽のキジ系魔物を咥えて戻って来た。
「結構いるわね……。」
エミリアは麻袋に獲物を入れると冒険者の袋に納めまた歩き出す……
その後も幾度も小動物系魔物を仕留め、特に昼間も薄暗い橋げたの下部分は魔物が多く、狐系魔物に狸系およびウサギ系魔物とイタチ系魔物……計十五匹も捉えることが出来た。
百の看板まで到達時にはすでに日が傾き始めていたので急いでアルルとぺリルを堤防上まで籠を使って上げ、自分も縄梯子で上がる……急ぎ縄梯子とロープの付いた籠を回収して箱に納めると蓋をして、そこからダッシュで下流へ行って九十五看板のところの縄梯子も回収してしまっておく。
それからもう一度橋まで戻って、百の看板近くにテントを張って野営の準備……向こう岸を見るとまだ明るいがテントを張ってすでに火を興して焚火をしている巧が見えた。




