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謎の法師

2.謎の法師

「甲冑の魔法結界の修繕だって?………………こりゃあ……ある種の嫌がらせかい?お前にこんな強固な結界を施すことが出来るのかい?とかいう……舐めてもらっちゃあ困るが……俺にゃあこんなすごいもんはできねえ。


 せいぜい弱い炎の玉を数回受けても焦げ付かねえ程度の……そんな程度の結界を付与できるだけだ。どこにも手を出せる箇所なんか……せいぜい関節部分の動きが良くなるよう機械油をさす程度だが、自分でできるだろ?


 こんなすごい結界……一体どこの防具屋で付与してきたというんだい?教えてくれりゃあ礼はする……なかにゃあ無茶言ってくる客もいてな……金に糸目はつけねえからとにかく強固な結界をって……要求してくる馬鹿がいるんだ。


 どこぞの大金持ちの坊ちゃんなんだが……腕も技術もない代わりに度胸もからっきしで……それでも見栄っ張りだけは超ド級だから……強い冒険者になってお姉ちゃんたちにちやほやされてえのか……身の丈にゃあ全く合わねえ最高級の強度の甲冑を発注して……更に最高級の魔法結界を付与してくれなんて言い出すんだ。


 親のすねかじってるくせに態度だけはでかくていけ好かねえ奴なんだが……せっかくの金ずるだからな……そんな上客には紹介料とってそこ教えてやっからよ……


 へっ?店じゃねえ?アーミンの……冒険者組合?どうして冒険者組合が防具の結界修復なんざ……分からん?分からんって……どういうことだよ!」


 エミリアの馴染みの防具屋へ行き、最初のうちはエミリアの母親の話で盛り上がり打ち解けてきたのだが、巧の記憶のことを切り出す前に甲冑をアーミンで変な法師に触られたのが気にかかっていたのか、確認と修復を願い出たら途端に主人の顔色が変わった。どうやら通常の防具屋レベルとはかけ離れた強固な魔法結界が施されているようだ。


「分からん何も……たったの数分……しかも俺は甲冑を身に着けたままただ周りをうろうろとされただけで……。」


「私の革ドレスは如何でしょうか?こちらも軽く……なぞられましたけど……。」


「おおっ……こいつもやっば……なんと犬っころの分にまでも……強力な魔法結界が付与されているな……一体どうすればこんな……いくらだった?」


 黒いタンクトップから漏れ出す筋骨隆々の体を小さく丸め込みながらぺリルの胴巻きを間近に見つめていた防具屋主人は、絶句しながらも巧の方へと振り返った。逞しい体つきの割に背中は色白で体の正面だけ少し焼けているのは屋内での過酷ともいえる肉体労働が常の防具屋にありがちのことで、巧はこの防具屋なら信頼がおけると一目見て感じていた。


 そうしてエミリアとしてもあの時の怪しげな動きを疑い、ぺリルの装備を付けて来店したのだった。


「はあ?」

「だ・か・ら……いくら払ったかって聞いてんだよ!」


「いくらって……金か?」

「決まってんだろ!」


「金など一文も……そもそも修復してくれなどとは一言も言っていないし、初めて会ったしかもどこの誰かも知らない奴に俺の大事な甲冑を触らせるつもりなどなかったから……どちらかと言えば何かされぬよう逃げ回っていただけだ。


 そのうちにあきらめて離れていったと考えていたのだが……あのわずかな時間で強力な結界を施したというのか?

 下手に反転魔法でも施されて……わずかに残る結界も無効化されているとまずいと考え修復を頼みに来たのだが……。」


 驚嘆する防具屋に対し問われていることの意味すら呑み込めていない巧らは、あの一瞬がいかなる状況であったのか未だに理解できず首をかしげている。


「その上これらは恐らく……自動修復型だな……。」

「自動修復とは何ですの?」

 またまた奇怪な言葉を発する防具屋主人にエミリアも身を乗り出して構える。


「ああ……俺だって手法を習った訳じゃねえし、実際に付与できる奴が現存するってことすら聞いたことはねえ。


 たった一度……たった一度だけ見たことがある……国宝とされている王家所蔵の……伝説となった勇者が使用していたとされる……千年も前のものなのに全く朽ちてなく未だに燦然と輝く甲冑……この世にはこんな素晴らしい芸術作品ともいえるものがあるのだと……王都にある結界魔法専門学校の卒業式で見学させてもらった。


 結界を付与された防具は魔法耐性が向上して魔法効果を無効にしたりはねのけたりするが、その効果は有限で通常は数発も食らえばほぼ剝がれちまってそこからは普通の甲冑となっちまう。だから何度も魔法攻撃を受けた甲冑は都度修復して結界を再付与しなくちゃなんねえ。


 だがこれは……魔法攻撃を受ければ結界はその効果を少しずつ失っていくのだが……あくまでも表面上だけの話で……こいつは自動で結界を修復しやがるんだ……つまり……自動的に結界が再付与されるというわけだ。


 とはいえ……強烈な魔法攻撃を受けたら一旦は結界が無効となっちまう……恐らくそこから修復が始まって……半刻程度かな……それくらいあればまた結界復活ということだな。


 俺の見立てではこの結界はその時見た勇者の甲冑のものに引けを取らねえ……そいつは一度付与しておけば魔物達と激しい戦闘を繰り返しても一年以上は効果が続くと言っていたから……こいつも一年間は大丈夫じゃあねえかと……。」

 防具屋主人が今度は巧の甲冑の胴巻きを指先でつまんだりしながら、何度もため息を漏らす。


「ほ……お……なんというか……にわかには信じがたい……。」

 それでも巧はいまだに疑心暗鬼といった様子……


「俺だってこんなの一般の冒険者が持って……しかも普通に装備して使っていることを信じられねえよ。

 こいつは博物館か国の宝物蔵級………………おいっ……この甲冑……売りに出さねえか?」


「はあ?」


「いわば下取りだよ……下取り……うちにある高級甲冑を購入して頂き、こいつは用済みとしてうちで買い取る……いや……なんだったら交換でもいい……。


 うちにあるこの最高級の自立型魔法結界付与……外装は錆のこないステンレス製で魔法耐性のある水晶を五ミリの球状に仕上げて全身くまなく散りばめてあり、更に胸と腹部分には大きな水晶球を埋め込んであるから結界術師による付与なしで一年以上効果保証……全て裏張りのゴムの内側だから表面上は見えねえがな……確認したいならお見せするぜ。


 こいつは弱い火弾だったら百発食らっても焼け焦げすらできない、俺の師匠である親父の作品だから品質は確かだぜ!

 売値はなんと……金貨一枚と銀貨五十枚の代物だ……ちょっと怪しげと疑うってぇんなら買取りでもいい。金貨一枚出そうじゃあねえか……どうだい?」


 防具屋の主人はよほど巧の甲冑が気に入ったのか、高値で引き取りたいと申し出た。


「この甲冑は……これまで訪ねた防具屋に聞いた限りでは……結界付与された新品の状態でも銀貨二十枚ほどの……一般的な防具屋で購入できるごく普通の代物だぞ……」

 巧は困惑気味の様子で後ずさり……


「ああ……その甲冑は肩口と胸当てと腹部分には鋼鉄板を継いである冒険者御用達の品だが値が張るもんじゃあねえ……そんなことは分かっているさ、俺は防具の専門家だぞ!それだけの価値があるってぇことだ……甲冑自体は値もつかねえ使いさしのお古だが……その結界の方にはな……。


 見てくれがいいステンレス製なんざ重くて人気がねえんだが……親父の作ったのは肩口と胸と腹部分の装甲は厚めで、他の部分は薄く叩き上げて仕上げた手のかかった品で……動きやすさは変わらねえ筈だから損はさせねえし、こっちはそれを金持ちのボンボンに金貨一枚と銀貨五十枚で売るつもりなんだからよ……だから……交換してくれ……頼むよ……。」


 引き気味の巧に対し店主は両手を合わせて拝むように懇願してきた。


「悪いがこの甲冑は……俺の失われた記憶を取り戻すために必須のものだから、手放すわけにはいかない。


 それに……どのみち金貨一枚と銀貨五十枚で売るのであれば……その……最高級品を金持ちのボンボンとやらに売りつければいいのではないのか?」

 どうせ同じ値で売るのだから交換の必要はないはずと巧が指摘すると……


「何の実力もないただ金を持っているだけの見栄っ張りのボンボンに……親父の遺品ともいえる最高傑作を売る気はねえんだ。確かにこの甲冑に目をつけて……何度も足しげく通ってくるんだがな……あんたなら……その……手入れは行き届いちゃあいるが……あちこちにできた魔物どもとの戦いの戦歴を物語る甲冑をみれば判る……。


 俺はこの甲冑をあんたなら譲ってもいいと思っている。だから……交換してくれ、頼む!決して損はさせねえ……機能的にはこいつだって一年間は結界付与不要だし……何だったらその後のメンテもうちで格安で引き受けると約束したっていい。どうせ一年後には……自動修復の結界を頼みたくても頼めやしねえだろ?だったらこっちのほうがお得だぜ。」


 防具屋主人は両手を合わせた後、さらにもう一押しするかの如く先行きのことを口にした。


「確かにな……名前だけは聞いたが、どこの誰ともわからぬ全くの他人が頼みもしないのに勝手にしたことだ……連絡先どころかどこに住んでいるかも分からんから、一年後にはまた普通に防具屋に足しげく通うことになるだろうな。


 だが先ほども言ったが、この甲冑は俺の失われた記憶を取り戻すためにどうしても必要なものだから手放せない、事情は分からんでもないが申し訳ない……あきらめてくれ。」

 そう言って巧は軽く会釈して見せた。


「なんだか……結界だけじゃあなく他にも訳アリの様子だな……。」


「大丈夫ですよ……ここのご主人は……先代の頃から母がよく利用していて……冒険者組合ご用達でもありますし信頼できます。ですから巧さんも兜を脱いでいただいて問題ありません。」

 巧の様子に興味を抱いたと見える店主を……エミリアは信頼できると巧に告げた。


「実をいうと……俺には数年前からの記憶しかない……どこで生まれなにをしていたのか……全く覚えていない。


 しかも素顔を晒して尋ね歩いていたところ、突然刺客に襲われたり食べ物に毒を入れられたりしたことがあるため、普段からこの面帯付きの兜を外すことはない……それでも信頼できる人の前では顔を晒して見覚えがないか尋ね歩いているところだ。どうだろうか……この顔に見覚えはないだろうか……。」


 巧が兜を脱いで防具屋主人に見覚えがないか尋ねた。


「はあ……なんだか物語みたいな事情だな……ふうん……かなり使い込んである防具で……こんなの一度見たら忘れることはねえんだが……数年前からってえと……親父の代かも知れねえから……そうなると俺にゃあ分からねえな。ぐれて家に寄りつかなかった時期があったもんでね……


 親父が死んで店を継いだのが七年前で……それ以降は来たことはねえ筈だろ?そうだ……ちょっと待っててくれ……。」

 そう言い残して店主は二人をほったらかしにして店の奥へと引っ込んで行った。



「お待たせ……おふくろを連れてきた……。」

 数分後一人の老婆を連れて現れた店主は、かっぽう着姿の母親を紹介した。


「親父は職人肌で……愛想が悪くて客のあしらい方も分かんねんからよく揉めることもあったようで……店番はおふくろがやっていることが多かったから、親父の頃に来ていたんなら知っているかもな……どうだい……知った顔かい?」


「いや……知らない顔だねえ……どこの誰だい?アルミナの冒険者の方なのかい?それにしちゃあ……全く見た記憶もないし……第一この甲冑……うちの製品どころかこの国のものでもないじゃないか……。


 どこか遠くの国の造作だね……作りこみが違う……こりゃあうちなんかで扱うような量産品じゃあないね……。」

 防具屋の主人の母は巧が脱いだ兜や装備したままの胴巻きなど、順に何度も見返しながらその細部を見定めようと食い入るかの如く顔を近づけた。


「へっ?一般量産品の型番Tじゃあねえのかい?」


「お前はっ!そんなだから父さんにいつも叱られていたんだよ!なんでも上っ面だけざっと眺めて簡単に判断しちまう。


 よおくご覧っ!この鋲一つとっても体形に合わせて曲線を描くようにきれいに打ち付けていっているだろ……これは完全あつらえの特注品だよ……見かけは一般甲冑と代り映えはしないけど、父さんの仕上げたのと同じくらいのものだね。

 こんなのを作れる職人が……未だにいたんだねえ……父さんの代で絶えちまったと思っていたけど……


 で?この甲冑の持ち主に見覚えがないかってことだね?この顔も知らないしこの甲冑も見たのは初めてだよ。


 だけど……この甲冑だったら見る人がみれば判るような代物だから……今度寄り合いがあった時にでも……近隣の武器屋と防具屋に聞いてみてやったらいいよ。これだけの甲冑だ……一度見たら忘れないはずだよ。


 あっ……あたしゃあ……昼食のための煮込みを火にかけっぱなしなんだよ……もう用がないなら行くよ。」

 主人の母親は言いたいことだけまくしたてるかの如く告げると、そそくさと奥へ引っ込んでしまった。


「と……いうわけだ……そうか……俺もまだまだ目が肥えちゃあいねえな……確かに使い込まれている割にしっかりしていて……手入れが行き届いているせいだと思ってたんだが……勉強不足を晒しちまったな。


 まあいいさ……罪滅ぼし代わりに今度の寄り合いで聞いておくから……また寄ってくれ。」

 防具屋主人は最後は自嘲気味にうつむき加減で話した。


「そうか……お手数をかけて申し訳ないが……よろしくお願いする。」

 巧も小さく会釈して店を後にした。



「なんか……色々分かりましたね……何よりも……あの法師さん……すごい結界を付与できる方だったのですね……ちょっと軽そうな……とても徳の高い方には見えませんでしたけど……。」

 店を出て歩き出したところでエミリアがポツリと一言……


「ああ……うさん臭いやつと勘違いしていたが、実はありがたい御人だったということだな。ぞんざいな態度をとって申し訳なかったと後悔している。」


「いや……でもあの時は怪しかったですからね……動きといい話し方といい……法服を着ていれば何をしてもいいというわけではありませんから……致し方ありませんでしたわ。


 ですがおかげさまで……豚の膀胱とやらに詰めた水を頭からかぶらずに済みそうで感謝しておりますわ。」

 エミリアが恨みは忘れてはいないとばかりに巧を睨み付ける。


「あっ……まだ……気にしているのか……だから……悪かった……だが本当にあれは良く洗ってあるから保存した水は飲めるくらいにきれいなものだ。それに……髪が黒焦げになることを考えれば……全然平気だろ?」


「平気じゃあありませんわ……女性にそのような水を浴びさせるだなんて……ですがまあ……本当に知らなかった様ですから、もう許します。これからはこの革ドレスの結界に守られているので安心ですしね……。」


 エミリアはつくづくあの法師の通常の所在を確認しておくべきだったと、少しだけ後悔していた。なにせ聖教会などどこの都市にも幾つも存在するのだ。


「ああ……確かに自動修復型の結界付与は有り難かったが……だがエミリアは革帽子は邪魔だから嫌いだと言って持っていないではないか……だから今後とも炎系の魔法を使う相手の場合は麻袋の頭巾はかぶらねばならんぞ……。」

 巧が至極当然のことのように告げる。


「ええっ?はっ……そうでした……ですが鍔付きの帽子はどうしても矢を射るときに弓の玄が引っ掛かってしまいそうで邪魔なのです。鍔なしでも……照準を定めるときにどうしても帽子の出っ張りが……麻頭巾は頭の形にぴったりで首元を紐で結んで固定するので……存外邪魔にならずにその点は感謝していたのですけど……


 仕方がありませんわ……豚の…………ではなく竹筒の水筒を大量に購入して……冒険者の袋に入れておきます。」

 エミリアは頬を膨らませながら不満気味に言い放った。


「あれはあれで……便利なのだぞ。敵にぶつければ水を浴びせられる上に……魔族に使用するときは内側をあまり洗っていない膀胱を使う……魔族というのは鼻が利くからすぐに気づくから神経を逆なでできるし……この前の魔族はそれで逆上させて倒せたようなものだからな。


 袋を握れば勢いよく出せるし口紐を蝶々結びにしていれば紐の端を咥えて引っ張ればすぐに外せる。勿論口紐の色も太さも変えてあるから簡単に見分けがつくので、間違えることはないしな……


 戦闘時に布地が乾きだしたらすぐに水分を補給できる利点があるのだぞ……口穴が小さい水筒では間に合わないかもしれない……自分でキリか小刀の先端で竹筒の穴を広げ、それに合った栓も作って使うしかないかもな……だが……しっかり栓をしないと袋の中で栓が外れてしまったら他に入れた物がびしょ濡れにならんとも限らん……。


 以前小刀の鞘が戦闘時に壊れてしまいどうにもならなくて……そのまま捨てるのももったいないからと抜き身で袋に入れて持ち帰り、武器屋に行ってから……勿論危険だから小刀の持ち手部分を想像しながら手を入れて取り出したのだが……刃先に一緒に収容した肉が刺さっていた。


 袋の中は時が止まっているというから時間をおいて入れたものとは別の空間にあるとは考えるのだが……その時は小刀と切り分けた肉を同時に袋に入れたからな……同じ時に入れた物は同じ空間に留まり中でごちゃ混ぜになっていて、接触したりする場合もあるということだ。


 どれくらい時間差をつけると安全なのかは俺も分からんし、こぼれた水がそのまま空間を漂っている場合はどれほどの影響を及ぼすか分からないから……簡単には抜けないよう栓をしっかり閉めねばいけないだろうし、それだと戦闘時に使いたい時困るかも知れないぞ。何か栓に工夫が必要だな。」


 巧が豚の膀胱のメリットを説明し、竹筒を加工して使うよう助言する。


「ずいぶんと意地悪なことを仰るのですね………………分かりました、色々と……工作してみます。」

 エミリアは不満げに頬を小さく膨らませたが、巧に悪気はなくあくまで参考までに助言してくれていると理解しているので、これ以上の追及はやめようと切り上げたようすだ。


「それはそうと……法師様のこともそうですが……巧さん……実はどこかの国の名のある冒険者だったのでしょうかね?お持ちの冒険者の袋は特別製のようですし、その上特注の甲冑などお召しになっている冒険者など……あまり聞いたことが御座いません。


 私も実は……最初から甲冑に関しては特注であろうと気づいていましたが、余計な心配事を増やしてもいけないと感じて黙っておりました。母様が甲冑マニアで甲冑の図付きカタログを見せてくれていたので、結構目は肥えているつもりなのです。


 ですが今となっては何となく……納得という気が致します。前回の魔族との戦い方一つとってみても……事前準備から何から的確でしたからね……人は忘却の生き物と聞いたことが御座います……過去のしがらみとか嫌なことは一つ一つ忘れていくことで、辛い思い出に縛られることなく先へ進んで行けるという事でしょうが……。


 それでも体に染みついた経験というものは消えずに残っていると……巧さんも記憶は失っていても以前培った冒険者としての経験は今でも失われずに生きているのでしょうね。」

 エミリアが巧の過去について思いを語る……


「そんな大層な生き方をしていたとは思ってはいない……身分証も何もなくたった一人だけで街道近くに捨てられていたのだからね。だが……命を狙われるような過去について、少しでも知りたいと思っているだけだ。もし過ちを犯していて人に恨まれているのであれば謝罪して償いたいという気持ちがある。


 大きな犯罪に関与していたのであれば自首して罪を償わねばならんだろうし……仮にその犯罪が実施前の計画中であれば何としてでも止めねばならんとすら考えている。


 巻き込むのも気が引けるから詳細を明かしていなかったが、襲ってきた刺客はまだ捕まっていないし食事に毒を入れられた事もあるのだが毒を盛った者が誰なのかも特定できていない。記憶を失った俺が発見されたのは王都北のサントス近くの街道で、南の方角から来たようだと街道筋の茶屋の証言を頼りに王都で素性を調べて活動しているときに殺されかけた。


 以降は個人で王都中心に活動していたが周辺まで捜査範囲を広げようと……テルミのある西側へ向かったところでアルミナの騒動を知ったのだ。」


 巧がエミリアに秘密にしていた記憶を失って発見された以降のことを初めて語った。


「そういえば……巧さんが記憶を失ってから見つかったのは五年前だったのですよね……母が亡くなったのも五年前でした……まさかとは思いますが……五年前のいつごろから記憶がありますか?」


「うん?俺が発見されたのは五年前の四月初のことだ……発見されたときは意識不明の状態で……目覚めたのは四月二十日だった。それがどうかしたのか?」


「いえっ……そうでしたか……母様が亡くなったのは……突然母様が失踪したのは五年前の五月初のことで、遺体が発見されたのは七月十四日でした。


 それまでも……私が学校へ行っている昼間は家を空けることは度々あったようですが、いつも私の帰宅前には帰っていたようで……それでも外套の掛け方が変わっていたり泥などついている場合がありましたから……外出していることは分かっておりました。


 でも日帰りで……サントスどころか王都との日帰りもできなかったでしょうし、何より四月の頃は母はまだ家にいて、様子がおかしかったという記憶もございませんから、巧さんとの関わりはなかったと考えてもよろしいでしょうね。


 母様が亡くなった後に巧さんが発見されたとかでしたら……もしかしたならトラブルに巻き込まれ一時的にでも母様と巧さんは行動を共にしていた可能性は否定できず……まだ何か調べるべき点があるでしょうけど……母様が失踪する一ケ月も前のことですからね……地域も違いますし……。」


「母君の御遺体が発見されたのはどこなのだい?」


「アルミナのすぐ近く……東側の街道よりかなり南へ入った草原でした。黒い子犬と一緒でしたので……当時からアルミナの森には魔物が住み始めておりましたから、そこから逃げて来て力尽きたと想定しておりましたが……テルミンの森の魔物となったのですよね……母犬は……。」


 エミリアがしみじみと打ち明ける。


「そうだったな……恐らく母犬が魔物化するときを見たのであろうな……それで……戦って……子犬だけ救い出した……だがその時は魔王復活の手掛かりを探していたということだからね……何か手掛かりがあってもよかったとは思うが……テルミンの森ではこれと言ってめぼしいものはなかったな。魔族の痕跡すら俺には見当たらなかった。」


 テルミンの森には魔族の痕跡すらなかったと巧は主張する。


「そうですか……ならばテルミンの森も……王都もすでに調べつくしたと評価してもいいかもしれませんね……そうであれば……サントスへ向かってみませんか?記憶を失う前の巧さんはサントスへ用事があったから向かっていたはずですから……調べたら何かわかるかも知れませんよ。


 だって……出発点と思しき王都で何の手掛かりも得られなかったのであれば……テルミやアルミナとか西側を探しても同様でしょうし、東や南まで広げたところで……それこそどこから手を付けていいのかわからず、難しいと思いますよ。」

 エミリアが当時の目的地と思しきサントスにこそ手掛かりがあるのではと指摘する。


「成程そうか……一理あるな……ようしじゃあまずは手始めに……サントスを目指すとするか……。」


「そうですね……まあでもその前に……王都経由ですから少しだけ王都で仕事をこなしませんか?王都でしたら仕事も豊富でしょうし……サントスまでは結構な距離があるので時間がかかりますから……。」


 エミリアはほぼ全財産を家に置いてきてしまったため、いくら安宿泊まりだとしても少し懐が寒いと感じているのか、巧に稼ぎたいと言い出した。


「ああ……構わないぞ……素通りも寂しいから何か仕事をこなしながら進もう。」

 二人の次の目的地が決まった。


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