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母の形見の袋

1.母の形見の袋

「魔物討伐で得られた肉や森で採れた果実にキノコ類の一部を組合に売らずにとって置いて持参致しましたから……置いていきます。下宿を始めるのであれば丁度良いですわね……それと……僅かですが仕事で得られたお金も置いていきますのでお役立てください。」


 そう言いながらエミリアは冒険者の袋から大量の肉と果物、キノコ類と一緒に金貨と銀貨が詰まった布袋を取り出し居間のテーブルの上へ並べて置いた。


「流通が滞っているご時世に新鮮な肉やキノコは有り難く頂くが……気遣いは無用なのだぞ……お前の稼ぎなのだからお前が好きなように使うがいい。」

 そう言って父は布袋の中身を見ようともせずに娘の方へと追いやった。


「巧さんと組んで仕事を請け負っておりますが、これまで数十人規模の冒険者混成チームや国軍の一個小隊ですら簡単に追い返されてしまった、テルミンの森やアーミン南の洞窟及び北の森など攻略できました。


 アーミン北では魔族も捕虜として捕えることもでき、報酬は倍額でした。すべて巧さんの知識と技術と剣技のおかげと言えますが……私とペルも少しはお役に立っていると自負しておりますし、報酬は等分ですからかなり潤っているのです。このお金はほんの一部にしかすぎませんから、どうぞお納めください。」


 エミリアがぎっしりと硬貨が詰まった、差し出した袋の数倍の長さの袋を冒険者の袋から引き出して見せた。


「なんと……難攻不落と言われた近郊要所の巣窟を次々と攻略していったのは……エミリアと巧殿だったのか?驚異的な強さの新人冒険者が現れたと評判になってはいたのだが……そうであれば……役場主催の炊き出しなどに使わせていただくよ……ありがとうな。」


 父はいつも通りに継ぎ当てだらけの背広姿だが、娘の真新しいしかも上等そうな革ドレスを見て少し安心したように、優しいまなざしで目の前の出来すぎともいえる娘をしげしげと眺めた。


 エミリアの言っていることは実は一部は嘘で……差し出した金はエミリアの稼ぎの大半で……全て金貨で、エミリアが見せた袋の中身は銅貨だけだった。エミリアはアルミナの組合で清算したときに口座の預金の大半を金貨と、端数分はわざわざ銅貨に両替して下ろしてきたのだった。


 それでも巧と行動を共にしていると食事は携帯食で外食は一切せず、エミリアも最近は巧に習って自分で干し肉や炒り米など調理し始めたところだ。巣窟攻略が夜通しとなる場合がほとんどで携帯食のありがたみを痛切に感じたからだった。


 宿も銅貨数十枚で足りる格安宿しか使わない為、金など持っていても仕方がないと感じているのだ。最近の大きな買い物は格安で譲り受けた自分と相棒のための防具だけで、他に買い物らしいことは一切していない。

 それこそ巧が稼いだ金をどう使っているのか、聞いてみたいとすら考えているくらいだ。



「アルの首から下げられていたこのがま口は……実は冒険者の袋というものだったと巧さんに教えて頂き分かりました。」

 アルルの首から外した掌よりも二回りは大きながま口のような金具がついた袋を、エミリアが父に見せる。


「母様が使っていた冒険者の袋……巧さんのお話では冒険者本人にしか使うことはできないのですが、冒険者に万一があった場合のために配偶者や親や子など身内を副使用者として登録できるのだそうです。


 私は何度も母様の袋に手を入れてみたことはあるのですが何も得られず使えませんでしたので……母様は父様を登録してあると考えられ……父様は冒険者ではありませんが袋は使えるはずです。」


 エミリアは自分も知らなかった組合支給の冒険者の袋を父に見せた。そうして……


「私はできませんでしたが父様なら……母様が残したものを取り出せるかもしれません。試してみてください。


 肉もキノコも……袋に入れておけば腐らずいつでも新鮮なままで取り出せますし、口の大きさ以内であればなんでも大量に入れても重さを感じずに持ち運べますよ。」

 エミリアが父親に冒険者の袋から母親が残したものが取り出せないか、試してみるよう勧める。


「手を突っ込むだけでよいのか?こう……。」

 父もその気になってがま口の金具を開け、袋の中に手を突っ込んだ。


「一つしか入っていなければ、手を入れるだけでそれが指先に当たるはずだ。複数入っている場合は最後に入れたものが指先に当たるはずだが……試しに肉を想像してみると良い……冒険者なら必ず食材を保存していたはずだ。」

 巧がまずは試しに肉をイメージするよう助言する。


「ああそうかね……よしよし……牛肉を……おおっ……何か手に当たるぞ……これか……。」

 なんと……ランドルフは小さな袋から、その何倍もの長さの油紙に包まれた大きな塊を取り出して見せた。


「おお……何だこれは……まるで魔法のような……。」

 そうして取り出した塊をしげしげと何度も見直す。


「やはりあなたを副使用者に指定していたようだな。袋の中では時間が止まっているというから、先ほど入れたかのようにその肉は新鮮で問題なく食べられる。どうしても気になるならいつもより長めに火を通せばいい。


 その袋は奥方様の遺品であり、あなたのものだ。冒険者でなければ手に入れることも難しく、すごく便利なものだからお使いいただくことをお勧めする。」

 予想的中に巧も満足げに頷いた。


「父様もう一度……今度は手紙のようなものを想像してから手を入れてみてください……母様は何者かと戦闘中に亡くなったようで遺体で発見されましたが、周りには書置きなどなかったと伺いました。それでも冒険者の袋の中になら……母様が何か書き残していないとも限りませんわ……。」


「おおおお……そうだな……どれどれ……」

 父はもう一度袋の中に手を入れてみる……


「うん?こいつは……。」

 そうして一通の封書を袋から取り出した……


「それですそれです……多分母様の遺書というか……最後に書き残した手紙だと思います。読んでみてください。」

 エミリアが目を輝かせながら父の持つ封書をじっと見つめる。


「前略愛しき旦那様……あっ……いや……ごほん……」

 父は出だしの言葉に声を詰まらせ、顔を真っ赤に染めて咳払いした。


「あなたがこの手紙を読んでいるということは……私はもうこの世界に存在してはいないのでしょう。


 妻としての役目を放り出し、あなた様の公務のお手伝いもせずに自由に出歩いていたことを深くお詫び申し上げます。それというのも……この世を深く暗い闇に陥れようとする魔族の長……魔王の存在を知ってしまったが故なのです。


 魔王は人知れぬ異界の地で今は深い眠りについているようですが、眠りを覚ましこの世界へ召喚するための鍵がいずこかに隠されていて、既に魔族らの一部はその鍵を探すべく動き出していると伝え聞きました。


 私はなんとしてでも魔族らよりも先に鍵を見つけ出し地の果てに封印しようと冒険者活動を再開したのですが、志半ばで果てること残念でなりません。


 こんなことを冒険者でもないあなたに託すことは大変遺憾なのですが……私に代わって冒険者組合に魔王の存在と魔王を復活させるべく一部の魔族らが動き出していることを伝え、警戒するよう促してください。どうにか……事実と裏付けるだけの物証を得ることが出来ました。この代償が私の命一つであるならば一抹の悔いもございません。


 魔王の地図を……と、頭に想い浮かべながらもう一度袋の中に手を入れて見て下さい……取り出せるはずです。


 そうして最愛の我が子を残し……その成長を見られないことが悔しく……不甲斐ない私に代わって娘を愛し育て上げて頂けることを信じております。私のことは早く忘れて……娘とともに末永く幸せにお暮しください。


 どうかどうか……お願いいたします 早々 ターメル拝。………………なんと…………」

 手紙を読み上げた父は暫し絶句……確かに遺書であるようだがその内容は……衝撃的だった。


「なんとも驚愕の……しかもすでに五年も経って……どおりで最近……これまでならひっそりと表舞台に出ることなく暮らしていた魔族が……街道筋近くに巣窟を作り始めたわけだ……あれは魔王の復活の際に一気に人間社会を攻め落とすための布石じゃな……。」


 ランドルフは持っている手紙をわなわなと小刻みに揺らしながら……じっとその紙面を熱く見入っている。


「確かに年数は経過してはいるが……魔族らの寿命の長さを考えれば五年など……多くを成し遂げていることはないだろう……人間らには感づかれない様ゆっくりと行動するのが常だからな。


 今からでも遅くはない……すぐにでも人々に知らせて魔族らの動きを探り監視し……奴らがカギというものを見つけるより先にこちらが見つけ、それを壊してしまうか……出来なければ封印……どこかに隠して誰にも見つけられないようにするしかないな……悪いが……もう一度……」


「おお……証拠となるもの……魔王の地図を思い浮かべ袋から取り出すのじゃな?ようし……。」

 ランドルフは巧に促され再び袋の中に手を突っ込んだ。


「おおっ……こいつかな?

 なんとこれは………………羊皮紙……羊皮紙に書かれたどこかの地図のようだな……。」

 ランドルフは袋から一枚の厚手の布のようなものを取り出した。


「羊皮紙……ですか?」


「ああ……羊の皮じゃな……昔……紙が発明される前まで……遥か昔は岩壁に掘ったり粘土板を使ったり、あるいは竹を切って節の間ごとを短冊に切り揃え、その内側に墨を筆につけて文字を書いて、上下部分をばらけないように紐でくくりつけて並べて文書にしていた。木を薄く短冊状に加工し竹代わりにする場合もあったようじゃな。


 その後活版印刷という技術が発明された……反転させた金属製の文字のいわゆるハンコじゃな……それにインクをつけ木片に転写すると……同じ文書であればいくつでも大量に印刷できるから、正確な情報が広く多方へ広められるようになった。だが……木片や竹簡では厚過ぎて印刷には不適だったのじゃな。


 木の板を薄くカンナ掛けして薄皮を使おうともしたようだが、いわゆるカンナクズはすぐに切れてバラバラになってしまうから保存に適さない。そのうちに動物の皮……特に羊のものは単色で色が薄いから……竹簡代わりにしようと考えた。


 それが羊皮紙……じゃな。羊皮紙に金属製の文字のハンコを熱して焦がせば……インクと違い消えることなく長い間書物として残せ……書き直すときはそれなりに厚みがあるからその部分の表面をナイフなどで削り取れば……まっさらになるし修正もきくから歴史書などの重要な記録はこれに代わっていった。


 木製の持ち手を付けた鉄筆を熱することで手書きの文書や図も残せたわけだ。


 町の書庫にも遥か太古の歴史書に法律書に兵法書など希少な記録があるからわしも知っておる。」

 ランドルフが羊皮紙について娘に講釈して見せた。


「成程……それで……これは地図のようですが……一体いずこでしょうか?どこかの……島でしょうか?」


「島のような輪郭が描かれていて……中央の細い線は何か……等高線なのか?頂点から上下に延びる太い線を川と考えれば中央部にそこそこ高い山があると言えそうで……所々にある……このミミズののたくったようなものはなんだ?」


「ううむ……文字かも知れんな……それこそ魔族が使う文字やも知れんぞ……奴らは普段は人間の言葉を使い文字も人間のものを使うが……それはあくまでも表面上だけで……魔族には魔族としての言語や文字があっても不思議ではない。」

 皆額を突き合わせながら一枚の羊皮紙に視線が釘付けになる。


「なんにしても父様……これを王宮へ持って行って王様にご報告なされてはいかがでしょうか?世界の地理に詳しい方もいらっしゃるでしょうし、いずこの島か分かるかも知れませんよ。」


「そうじゃが……まあまずはわしの友人の商工会会長にでも見せてみるよ。あいつは冒険者組合の会長も兼務しておるからな。なんぞ詳しい者を知っておるやもしれん。王様への報告はある程度詳細が分かってからの方がいいじゃろ。


 妻を信じないわけではないが……あまりにも荒唐無稽すぎて……もう少し真実味を加えてからでないといらぬ混乱を引き起こすやも知れぬでな。それで……このことは他では漏らすでないぞ……ことが事だけに……憶測だけで広がっては民衆に大混乱を起こさせかねないからの……絶対に他言厳禁じゃ……いいか?」


「ああ……分かった。永遠の命や巨額の富などの願いを約束してもらう代わりに魔族の眷属となった人間が、そこかしこに潜んでいるとも囁かれているからな。信用できる人間以外に見せることは危険を伴うはずだ。


 だから……くれぐれも慎重に願う。」


「ああ……十分慎重に……気をつけて行動するとしよう。


 それで……お前たちはどうするのじゃ?まさか……この地図の解析を待って居るつもりではないであろうな?


 この島の場所どころか……この文字の解析だけでも……下手をすれば何日も何ケ月もかかるやもしれん。待っているよりも他に優先してやりたいことがあるから旅立ったわけじゃろ?」


「そうですわね……巧さんの過去を突き止めることも重要でしょうから……母様が命を懸けて残してくれたメッセージも大事ですが……どのみち魔王と相対するだなんて……一介の冒険者である私たちには荷が重すぎますわね。


 魔族たちの陰謀を暴くことは国に任せて……私たちは巧さんの過去を探す旅を継続いたしましょう。」


「いいのか?それで……」

「ええ……今すぐにどうこうは……この地図だけではどうにもなりませんしね……。」


「だが俺の過去を探すと言っても……こっちも手掛かりが全くない……雲をつかむような状態なのだぞ。」


「ですけど……巧さんの場合はご本人がいらっしゃいますから……信用できる方たちに聞いて回れば……今回の旅でつくづく巧さんの強さに敬服いたしましたから……これほどの強さの方なら出会ったことがあれば忘れないでしょうし、噂が広まらない筈はございません。


 きっとどこかで巧さんのことをご存じの方がいらっしゃるはずです。ですからめげずに……続けましょう。」

 遠慮気味の巧に対しエミリアが微笑みをたたえながら答えた。


「それは本当に……助かるのだが……俺には信頼できる人のつてがないものでな……だが本当にいいのか?母君がその命に代えてでも伝えたかったことなのだぞ!」


「重々承知しております。ですが今このままでは……何の手掛かりもございませんからね。

 ですから父様……何が進展があれば……冒険者組合を通じて連絡ください。よろしいですか?」


「ああ……そりゃ構わんし……これはもしかすると人類存続に関わる大ごとかもしれぬからの……わしら一介の者たちがどうこうできることではないやも知れん……まあ何か手伝えそうな事でもあれば……連絡するとしよう。」


「それで……構いませんわ……ですので……当面は巧さんの過去探しを継続いたしましょう。」

「分かった……ありがとう助かるよ。」


「ではこれからすぐにでも……この町の魔道具屋さんへ行ってみましょうか……巧さんをご存じの方がいらっしゃるかもしれませんからね。」


「ああ……この町の魔道具屋は訪ねていなかったから……だが……そうだな……魔道具屋ではなく防具屋を案内してもらえないか?勿論俺の素性も確認したいから、信頼がおけるところに限るのだが……。」


「防具屋さんも……母様が懇意にしていたところが数軒御座いますから……ご案内いたしましょう。そのあとすぐに……テルミへ向かうのでしょう?」


「ああ……組合受付を見たが、この町には冒険者の仕事はない様子だからね。」

「そうですね……では父様……行ってまいります。」


「おお……気をつけてな……くれぐれも……無茶だけはせんでくれよ……。」

「はいはい……分かっております。それに……頼もしい仲間も増えましたからね……。」

 新たに加わった一匹の黒犬を加え、二人と二匹は町長宅を後にしてアルミナの防具屋へ向かった。


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