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魔族収監

20.魔族収監

「まままま……魔族を捕まえてきたですって?たたたっ……確かに……冒険者組合地下には捕えた魔族を収容できる強固な牢獄が御座いますが……しょしょしょ……少々お待ちください!」


 アーミンの町へ戻り荷台からまだ気絶したままの魔族の体を固定していたチェーンを外し、それでも極太チェーンでぐるぐる巻きの状態のまま巧が何とか肩で担いで引きずりながら組合事務所内へ入ると……受付嬢は驚愕の表情ですぐに奥へと消え、事務所内の空気が一瞬で凍り付いた。


「大丈夫だ……息をしているがまだ気絶している。強力な雷撃を食らわせたからな……気が付いたとしても暫くはまともな思考は戻らないはずだ。だから安心しろ……。」

 巧が身じろぎ一つできなくなった事務所内の冒険者らに告げると、少しずつ空気が戻り始めた。



「恐れ入ります……事務所地下の冒険者収容用の牢獄は五つあるのですが一つだけ使用中の状況でして……組合としても冒険者の捕獲に感謝いたしまして……礼金を倍額にするそうです。


 つきましては……地下の牢獄まで……魔族を運び入れて頂けますでしょうか?」

 しばらくして戻って来た受付嬢が、自分達では運ぶ勇気がないのか巧に依頼してきた。


「ああ……ここまで連れてきたわけだからな……構わないぞ……じゃあ行こうか……。」

 巧は魔族を肩で担いだまま受付嬢に続いて一旦事務所外へ出て、エミリアとぺリルも続いた。



「この部屋へ……収容してください。」


 冒険者組合の外から入る地下の牢獄は何度も折り返した階段を下った先の……地下五階くらいの深さにあった。壁は一メートル角くらいの石で作られていて、牢獄は直径三寸はありそうな極太の鉄棒で格子状に組まれていて、その間隔は拳も通れないほど密だ。


 巧は鋼鉄製の……開けるとその厚さは金庫を思わせるほどの……厚さ十寸もある扉の中へ入ると、慎重に魔族の状態を確認しながら極太チェーンをほどいていく。その間エミリアは油断なく弓を構え、矢先に猛毒を塗った矢で魔族に照準を合わせていた。


 猛毒の矢は組合職員に万一の場合は使うようにと渡されたもので……勿論ぺリルも胴巻きのほかに靴と牙を装着し。臨戦態勢で見守っていた。


 最後に両手足を縛っているステンレス製ワイヤー外すと、魔族から視線を外さずに後ろへ慎重に進み外に出て急いで頑丈な扉を閉め職員が施錠した。


「強力な雷撃をこめかみに食らったから……簡単には目覚めないか……このまま目覚めないこともあり得るから……礼金倍額は……なしでも構わない。期待させて……悪かった。」

 さすがにやり過ぎたかと……いまだ目覚めない魔族の様子を見ながら巧も反省しきりの様子だ。


「おーやおや……かわいいワンちゃんですねえ……お名前は?」

 施錠する前ぎりぎりに部屋へ入ってきたと思われる法服をまとった男は、ぺリルに目をつけゆっくりとすり寄って来た。


「ぺっ……ぺリルと申します。」

 エミリアも突然のことに訳も分からずとりあえず名前だけ教えてあげた。


「へえ……ぺリルちゃんですか……雌ですか、雄ですか?」

 法服姿の男は屈みこみぺリルの胴巻きの上から背をそっと撫ぜながら、視線はぺリルに向けたまま問いかけてきた。


「オスの成犬……五歳になります。」


「へえ……五歳ですか……それにしても大きいですねえ。ううむ……抱きしめたい……でも……


 ふうっ……無理なのですねえ……私はワンちゃん大好きなのですが、妻が……獣の毛過敏症というのでしょうかねえ……出先でワンちゃんでもネコちゃんでも抱っこして帰宅すると、それから二、三日はくしゃみ鼻水が止まらず、滅茶苦茶怒るのです……その為私はここ何年もワンちゃんを抱っこできておりません。」


 法服の男は眉を顰め悲しげな表情のまますっと立ち上がると、静かに後ずさりした。


「それでしたら……いい方法が御座います。炎系魔法が得意な魔族対策のためにリーダーの巧さんが考案してくださったのですが、麻袋を切って湿らせ頭巾と胴巻きにして火炎を防いだのです。


 麻の胴巻きで尻尾も中に入れて頭巾をかぶせたら、毛が露出する部分はほとんどありませんから抱き上げることも出来るのではないでしょうか?間接的とはなりますけれど雰囲気だけでも味わえるかと……。」

 残念そうにうな垂れる男に対し、エミリアがとっておきの解決策を提案。


「おおっ……そっ……それなら妻も怒らないかも……ぜっ……ぜひお願いいたします。」

 男は膝を曲げずにそれでも直角よりもさらに深く腰を折り曲げ頭を下げた。


「はいっ……どうぞ……。」

 エミリアが冒険者の袋から取り出した麻袋の胴巻きと頭巾をぺリルに装着してあげると……


「おおっ……ぺりるちゃーん……」


 狭い部屋の中で戦闘でもないのに突然頭巾までかぶせられ、訳も分からずうろたえ動き回ろうとするぺリルの動きを気にも留めず、法服の男は上からぺリルの腹へと両腕を巻き付け腹を抑えるとそのまま持ち上げ手元へ引き寄せた。


「きゃんっ!」「ペルっ……落ち着いて……大丈夫……危なくないから……。」

 突然のことに驚きぺリルが叫ぶが、すぐさまエミリアが近づいて危険はないとなだめる。


「は……あ……至福……」

 そのまま恐らく十分間……誰も口を開くことなくじっと固まっていた……



「はあ……満足……恐らく今後一年間はワンちゃんに触れなくても大丈夫でしょう。本当に有難う御座いました。」

 何度も麻袋越しにぺリルにほおずりを繰り返していたが、ようやく手放した。


「どういたしまして……この子で癒されるのであれば……いつでも大丈夫ですよ……。」

 エミリアは手早く麻袋の頭巾と胴巻きを外して袋に収納した。


「そういえばこの魔族が未だに動かないことを心配されていたご様子ですが……魔族は首を切り落とした後体と首を四半里以上は引き離して埋めないと、互いに引き合ってやがてはくっつき再生すると言われております。


 つまり……首を切り落としたところで死んだように見えますが実は死んではいないのです。いわば仮死状態……ですね。出血も一瞬だけですぐに止まり、死んだように見えますが実は死んではおりません。


 死体を焼いてしまおうと何度も試みておりますが……どれだけの業火を試しても燃やして灰にすることも叶いません。そのため仕留めた魔族の埋葬手順が細かく取り決められているほどです……ですから、この魔族も決して死んではいないでしょう……ご安心を……。


 遥か昔は捕らえた魔族を魔力の貯蔵庫として利用するために遠隔地へ輸送する際は、一旦首を切り落としてから首と胴体を分けて馬車に積み込み輸送し、現地でくっつけて再生するのを待ったそうです。首と胴を切り離してさえいれば突然復活して暴れだすこともないから安全ですからね。


 魔族の位にもよるようですが……最下級魔族でも一週間以内に首をくっつければ一月ほどで再生し、魔力も戻り普通に生活できるそうです。


 ですがさすがにこのようなやり方は人道上、倫理上問題があるのではと議論の的となる場合もあるため、現在奨励はされておりませんが、稀に使われているようです。現在は強力な結界術が普及しておりますから……術師が同行さえしていればそこまで厳重警戒しなくてもよくなったわけですね。


 それにしても北の森のボスは強力な炎系魔法の使い手と聞いておりました。お見掛けしたところ、強力な魔法結界に守られた防具とは言えそうもありませんが……そのような装備でどう立ち向かわれたのでしょうか疑問に感じていたのですが……なんと……穀物を運ぶときに使われる麻袋の活用ですか?さすがです。」


 ぺリルをようやく手放した法服姿の中年男性は、自らの役目を果たし始めるかの如く巧に声をかけてきた。


「ああ……そうか……ありがとう。いや……依頼書に炎系の使い手と情報があり助かった……おかげで俺たちは事前に準備することが出来た。それで……あなたは?」

 巧は魔族が死んではいない事に安どした表情を見せ、その上で男の素性を確認してきた。


「ああ……申し遅れました。私は聖教会司祭のハルクと申します。この魔族収容施設の結界を担当しております。強力な魔族らの魔力に対抗するには強固な構造の施設だけでは足りず、魔法をはねのけるだけの強力な結界が必要となるのです。


 遥か太古から魔物や魔族らに悩まされた人間側の唯一の対抗手段……魔法をはねのける結界が唯一の対抗手段であり、この牢獄の壁や鉄格子もすべて強力な結界で守られております。一番奥にはもう一人の魔族が収容されておりますが……向こう側にはこちらの声は届きませんし、新たに収監されたことも知らないでしょう。


 部屋ごとに完全に独立しておりまして……収容された魔族同士で会話することはできないのです。」

 ハルクは牢獄内の壁や鉄格子を順に眺めながら、自慢げに説明してくれた。


「そうか……俺は巧と今は名乗っている冒険者だ。この防具などの魔法耐性も……術師の結界という事かな?」


「その通りですよ……見たところそれほど強固な耐性とは見えませんがね……。」

 巧が自分の甲冑を指すと、ハルクが苦笑気味に顔を作る。


「申し遅れましたが私はエミリアと申します。防具の魔法結界は強力でなくても……湿らせた麻袋……この……豚の胃袋に水を詰めて持ち歩いて戦闘時にかけながら常に湿らせていたので何とか戦えたのですよ。」

 エミリアも同様に麻袋と水を満タンに詰めた袋を取り出して見せた。


「ああ……そうだな……だがそれは胃袋じゃなくて豚の膀胱だぞ。胃袋というのは内部に幾つもの突起があって構造も複雑できれいに洗浄できないから水袋としては不適だ。」

 巧がエミリアの言葉を訂正すると……


「ええっ?ぼっ……膀胱って……私は豚の膀胱に詰めた水を頭からかぶったのですか?」

 すると巧の言葉に反応してエミリアが顔を真っ赤にして怒りだした。


「あっ?ああ……そう言ったはずだったがな……言い間違えたか?だがそれでもきれいに何度も何度も洗浄しておいたから……中身は飲めるくらいに清潔だぞ。それだけは保証する。だから……勘弁してくれ。」

 あまりのエミリアの形相に巧もたじたじの様子だ。


「まあまあまあ……何にしても強敵を倒せたわけですから……適切な作戦だったと思いますよ。お気を静めてくださいね……。」

 二人の間にハルクが割って入り、憤懣やるかたない様子のエミリアを何とかなだめた。


「では……受付へ戻りましょうか……清算業務がまだでしたからね。」

 受付嬢が先導し、組合事務所へ長い長い階段を上り始めた。



「そうそう……先ほどのような狭い部屋ではなんでしたから控えておおりましたが……抱っこさせていただいたお礼に……強力な魔法結界を付与して差し上げますよ……。」


 組合事務所の外から受付カウンター前へ巧たちが戻った時に、最後方からついてきたハルクが同じく後方を歩いてきたぺリルの革製胴巻きを、背側も腹側も側面まで両手で何度も繰り返し優しく撫ぜた。


「ついでに……エミリアさんの分もやってあげますよ。」


「ええっ?けけ……結構です……。」


 立ち上がりエミリアのもとは歩み寄ると、革製ドレスの胸元から裾まで……さらには側面から回って後方までゆっくりと……ドレスには触らず数寸ほどの距離を保って、両手でエミリアの体のフォルムをなぞるかの如く膝を使って何度も上下を繰り返す……あまりのことにエミリアはしり込みして後ずさり……


「決してやましい気持ちではございません!私には愛する妻がおりますから……すぐ済みますからじっとしていてください、お願いいたします。」


「はっ……はあ……」

 ハルクの余りの迫力に、仕方なくエミリアはじっと立ったまま耐えることにした。


「では次は……巧さん……。」

 腰をかがめていた姿勢からすくっと立ち上がり振り返ると、次の照準は巧と定めた様子だ。


「かなり激しい戦いを何度も繰り返されたようですね……結界もかなり弱まっておりますぞ……ワンちゃんを抱っこさせて頂いたお礼の気持ちもありますが、あなたたちのような優秀な冒険者の方たちは今後とも凶悪な魔族らと戦って勝利して頂きたいですから……特別に無償で強力な結界を付加させて頂きます。」


 法曹ハルクは素早く近づいてきて巧の装甲を眺めながら、甲冑に向けて両手を翳した。


「お気持ちはありがたいが……確かにこのところ業者による甲冑の整備を行っていないのだが……無償なんて今日初めて会った方に甘えるわけにはいかない……結界が切れかかっているのであればいずれ防具屋によって整備依頼するから、お気遣いは無用だ。」


 ありがたい申し出だが見ず知らずの他人……巧はやんわりと断った。


「ご遠慮なさらずに……お時間とらせませんから……そういえば巧さん……あなたが倒されたアルミナ近郊の森の魔族……規則通り首と胴体夫々別々に麻袋に入れ麻縄でぐるぐる巻きにした状態で森の両端に深く穴を掘り埋めてありましたが……手前どもの方で掘り返して元通りにくっつけて魔族を生き返らせました。


 魔族は魔道具をチャージするための魔力の貯蔵庫として貴重なので悪しからず……以前は魔族を捕らえることが出来れば金貨十枚の懸賞金が出たようですが今は生死に関わらず金貨一枚……もっとも他国ではいまだ金貨十枚とお聞きしておりますがね……大型の牛系魔物を二頭も仕留めれば……魔族に匹敵するほど稼げるのですから、命がけの思いをしてまで魔族を仕留めようとする冒険者など皆無なわけですね……。


 ほうら……これでもう大丈夫……。これでもう……豚の膀胱に入れた水をかぶらなくても十分な耐火性能がありますよ。だから……エミリアさん……機嫌を直してくださいね。」


 ハルクは笑みを絶やさず逃げ回る巧をしつこく追いかけながら……それでも甲冑の周りを両手を広げ三寸ほど離して触れずになぞっていくだけで……完了と宣言した。


「えっ?」「は?」

 これには巧もエミリアも訳も分からず困惑気味で……


「もう大丈夫ですよ……お代は請求いたしませんので……では失礼いたします。」

 ハルクは最後まで笑みを浮かべたまま……すたすたと事務所奥へと消えていった。


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