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アーミン北の森

19.アーミン北の森

「うーっ……」

 森に入り五間も進まないうちに、ぺリルが低く唸りすぐさま臨戦態勢に入る。


 バサバサっと羽音を立てながら急降下してくる敵目がけエミリアは素早く照射器を地面に立てると、弓を構え矢をつがえて目標を射抜き、巧は照射器を持ったまま後ろへ飛びのきながら片手だけで一刀両断した。


「フクロウ系魔物だな……早速歓迎のご挨拶と来たか……人数に合わせ三羽で急襲してきたと見える。」

 急襲に際し低く身構えていたぺリルは後ろ脚を使って高く飛びあがったと見え、獲物の喉首を咥えたままエミリア達を振り返りすまし顔だ。


「たった二人と一匹のチームだから様子見として仕掛けてみたのだろうが……簡単には倒せないと理解し、少し作戦を練ってくるだろうな……手筈を整え集団で一気に襲ってくる可能性が高いから、ほんの少しの違和感も見逃さず伝えてくれよ……こうなったら皆の五感だけが頼りだ。ぺリルがいるのは大変心強いな……。」


「ええっ?今の攻撃は……フクロウ系魔物は只の様子見の捨て駒なんですか?そんな残酷な事……仰ったとおりにぺリルは仲間ですから、どれだけ危機に陥っても捨て駒になどさせませんよ!」


 三羽の魔物の死骸を地面に穴を掘って埋めながら、ぺリルのことをチームの一員と認めた発言は少しうれしかったのだが、敵の捨て駒作戦に対しこちらも同様の扱いは絶対許さないとエミリアが反発する。


「勿論そんなことは絶対にしないさ……俺たちは魔物とは違い仲間同士なんだからな。


 前にも言ったが魔物というのは伝染病とかと違い、ウイルスや菌に感染してなるわけではないようだ。精神的感銘と言われているが……これが案外強力な結びつきで……魔物化すると奴らは仲間意識というより一体化するようだ。」


「一体化……とはどういう事でしょうか?」


「巣窟に巣食う魔物達の集団が、一個の生命体の様に互いに感じているということだ。ボスがその頂点で頭脳……頭だな。ボスからの指示で手足となった他の魔物達が、統率のとれた連携攻撃で相手を倒す。


 だから……一部の魔物らを捨て駒として……いわば肉を切らせて骨を断つ……みたいな作戦もありということだな……そういった展開には十分注意が必要だ。


 尤も……本当の生命体という訳ではないから、魔物ら個々が食べないと死んでしまうし排泄もするだろう。

 だが魔物化して一体化すると……仲間を襲って食うことはなくなるそうだ……つまり共食いはしない。魔物化する中にウサギやリスにモグラなど……小動物が多いのはそのせいと言われている。


 魔族が居れば田畑を耕作して農作物を育てるし家畜も飼うようだが……魔物だけの巣窟では周辺の農家を襲って作物を食い荒らしたり家畜を連れ去ったりするから目立つため、小さな巣窟でもすぐに所在は割れる。


 魔族がいる巣窟はその点目立ちにくく、いつの間にか巨大な集落を形成している場合があるようだ。そう考えると……洞窟の様にある程度規模が大きくなっても発展が望めない場所は……もしかすると魔族は逆に敬遠するのかもしれないな……魔族に聞いてみたことがないからよくは分からんが……。」


「そうですか……魔族というのは人間にとって、本当に厄介な敵という事なのですね……。」


 巧なりの魔族に対する理論はいちいちエミリアも納得できた。少ない経験でもあったがエミリアも幾度か少規模の魔物らの群れを相手にしたことがあったが、先兵ともいえる小動物系魔物らが遮二無二突っ込んでくることを不思議に感じていたのだ。


 追い詰められて死に物狂いといった場面でなく、森の入り口などで襲われたのだがぺリルとアルルの護衛もいたためあっさり退けると、以降魔物の気配すら感じなくなる場合もあった。


 集団で襲い掛かる魔物達とは思えない……ボスがどれともわからない襲われ方であったが、あれは自分の群れとの力関係を比較して引いたのであろうと納得できた。


 その後もフクロウのみならずリスやムササビなど小動物による攻撃を幾度か受けたが、どれも力がこもっておらず巧は只の時間稼ぎと判断。森中央へ向かう歩を緩めず突き進んでいった。



「ほっ……ほう……さすが魔族がいる巣窟といった感じだな……。」


 膝丈程度の下草をかき分け進んで行くと、うっそうと木々が生い茂り昼なお暗い深い森であったが、突然明るくなり視界が開けた……そこは森をさまよい出たのかと勘違いするほどの、のどかな田園風景だった。


 巧は既に装着していた麻袋のチャンチャンコと頭巾に、袋から出した水袋で水分をさらに加えた。


 見渡す限り木々は伐採され根も掘り起こされ、遥か先の方に木々が生い茂っていて森を出てはいない事を認識できる程度で、すぐ目の前からキャベツやホウレン草など青物野菜が育つ畑に奥には水田……さらにその奥は木造の農家と思しき家が建っていて、すぐ横に家畜小屋があるようで牛の鳴き声も聞こえてくる。


「どうしたのでしょう……おそらくここが巣窟の中心部……つまり魔物達のねぐらというわけですよね?

 ですが襲ってきません……もしかして普通の人間の民家なのでしょうか?」

 エミリアには今この目の前の状況が、どうにも信じられないでいるようだ。


「まさか……城壁どころか木の柵すらない……こんな状況で普通の農家が暮らせているはずはない。住んでいるのは間違いなく魔族だ。そうして……魔物達の気配が消えたわけではない……遠巻きにしてこちらの様子を窺っている……背後にも回り込まれた……つまり囲まれているな。用心しろよ……」


 巧が周囲に気を配りながらも動きを最小限度にしながら答える。すでにぺリルが身を低くして臨戦態勢なので、エミリアもようやく危機的状況に気が付いた。



(帰れ……それ以上踏み出さねば襲わぬから、そのまま帰れ……我らは今では自給自足で人間たちの生活圏を脅かすことはない……共存可能だ。だから帰れ……)


 それは耳からではなく、頭の中心に直接響いた……


「ええっ?今なんと、おっしゃいました?」


「俺じゃない……恐らく魔族が遠隔で呼びかけているのだろう……いわゆる精神感応だな。


 そのまま帰れと言っている様だが……どうやら俺たちの実力を認めてくれたという事だろう……倒すには自分たちの被害も大きそうだから……戦わずにそのまま帰るよう忠告しているのだろう。」

 きょろきょろと周囲を見回すエミリアに対し、魔族による呼びかけだと巧が説明する。


「どうするのですか?帰るのですか?」


「まさか……これまでこの森の巣窟を攻略しにやってきた冒険者たちは魔族の存在を感じ取ってそのまま帰って行ったのだろうが……俺たちはここまで来て手ぶらじゃあ帰れないさ。

 それに……魔物の巣窟である森は放置しておくとどんどん成長しその勢力範囲を広げていくし、群れが大きくなりすぎるとどうしても落ちこぼれ……というか自分で群れを率いたい輩が出てくる。


 そいつらが群れを離れて人間たちを襲うことはよくあることで、恐らく今でも発生しているだろうし、だからこそ巣窟の討伐依頼が出ているわけだ。決して共存可能とは言えないさ。


 俺たちは魔族がいることが分かっていても、この巣窟を一掃しに来た。だから帰るわけにはいかない!」

 巧は魔族のものと思しき木造住居に向かって大声で叫んだ。


(仕方がない……では相手しよう……)

「来るぞっ!」


 巧は叫ぶよりも早く一歩踏み出し畑のあぜ道を住居方向へ駆けていくが、その前方から側面からカラスやハトなど鳥の群れが一斉に急降下しながら突っ込んで行くので、エミリアは自分の体の数倍は幹が太い大木を背にした好位置をキープし、冷静に巧に群がる鳥たちを矢で射ぬいていく。


 洞窟のボス戦で弓使いとしての戦い方を覚えたのか、常に背を気にしいなくてもいい好位置を意識しながら場所を選定した様子だ。前衛には頼もしいぺリルの存在があるのだ。


 巧も長剣を振りながら鳥たちの急襲をものともせずに速度を落とさずに駆けていくと……前方から拳大の青白い炎の玉が数発襲い掛かってくるが、炎をものともせずに剣を大上段に振り上げ尚も突っ込んで行く。



 エミリア達のいる後方では一旦後方の森から広い空間へ這い出てから、左右同時に挟撃とばかりに突っ込んでくる複数の影……


「ペルっお願い!」

 エミリアが右からの影に照準を定め矢を放つと、ぺリルは左側の影に向かって飛び掛かっていった。



「だありゃあっ!だっ……だっ!」


 巧は眼前の人型の敵に向かって剣を振り上げては振り下ろし……斬りかかっていくが相手も軽装ではあるが鉄製の胴巻きに前垂れと盾を装備。兜と手甲に具足と剣はないが、その分身軽に動けるのか盾と足さばきだけで巧の凄まじい剣速をしのぎ、時折至近距離から火弾を繰り出すが巧は気にも留めずに斬りかかっていく。



「やっ……やっ……やっ!」


 エミリアは右から突っ込んできた二頭の猪系魔物の脳天を貫き絶命させ、ぺリルは左から突っ込んできた三匹の狐系魔物らのど笛を噛み切った。さらに単騎で敵陣へ突っ込んで行った巧の背後を突こうと方向転換して駆けていく魔物らに向け、エミリアが矢を射かけて次々仕留めていく……



「どっせい!だりゃぁっ!だりゃ!」


 なおも上段に振りかぶり左右から切り返しのごとく魔族に対し斬りつけていく巧と攻撃を躱し続ける魔族……防戦一方にも見えるが魔族には魔物としての作戦があった……自分が強敵を引き付けているうちに回り込んだ配下が一斉に敵の背後から襲い掛かる……


 だが……巧にも必勝の作戦があった……両手持ちの剣を右手だけで今度は大きく遠心力をつけて振り回し、その衝撃を盾を両手で支えて受け流す魔族相手に、左手で腰にぶら下げた麻袋をまさぐり仕込んでおいた水袋を取り出す……そう……水を詰めた豚の膀胱……数個を次々に魔族に向けて投げつけると薄い膜が破れて頭から水が降りかかる。


「ちいっ……全身びしょ濡れになったところで、炎が出せなくなると思ったら大間違いですよ……いや……これは……くさっ!……ちいっ……ふざけやがって!!!」


 図鑑でよく見る猛獣のライオンを想像させる顔の魔族は顔正面もふさふさの体毛に覆われているが、よく見ると鉄製の胴巻きの下には大柄な体型に合わせた仕立てのいいスーツを着込んでいて、太い後ろ足で器用に直立し片方の腕には小さな金属製の盾を装着しているが剣は持っていないようだ。


 いわゆる人型の猛獣系魔族であるようで、せっかくの一張羅が濡らされて腹を立てているのか、あるいは自分の魔法に絶対の自信を持っているので懲らしめようと……左手を前に盾ごと突き出し懐を開けると……自由になったネコ型の右手指先からは長くとがった鋭い爪が飛び出していた……。


 怒りに任せて思い切り腕を振ろうとした瞬間……右こめかみ部分にハンマーで思い切り殴りつけられたかのような強い衝撃が走り意識が遠のいていく……。


 なにが起きたのか全く分からないまま、地に伏していったのが魔族の最後の記憶だった……。


 巧は素早く魔族の両手を後ろ手にステンレス製ワイヤーで縛り上げると、動けないよう両足も縛り上げたうえで呪文を唱えられないように、ステンレスワイヤーに麻布を巻き付けて猿轡とした。


 そうして背後から襲い掛かかろうとしていた魔物の群れに対して立ち上がって振り返る……それまで勢いよく突っ込んできていた魔物らの足が止まる……無理もない……絶対的強者のボスが目の前で倒されてしまったのだから……


「だありゃあっ!」


 ひるんで立ち止まる魔物の群れの中に巧は容赦なく斬りかかっていくと、魔物たちは一斉に敗走を始める……だがそれは待ち構えているエミリアの矢の……そうしてぺリルの牙の餌食となっていくのだ。


 ボスが倒され指令系統が破壊され右往左往するだけの魔物らは巧たちの敵ではなかった……たちどころに一掃され幾許もかからずに森は静寂に包まれた。



「まさか一人だけで魔族に立ち向かっていくとは……恐れ入りましたわ。」


 いつものように仕留めた獲物の皮を剥ぎ内臓を取り出し、食肉になる分は切り分け使えない部分は穴を掘って埋める作業をこなしながら、エミリアは心底巧の度胸に感心していた。


「少人数で軍団を相手にするときは、敵のボスを最初に倒すのが鉄則だ。勿論ボスは強いから勝てないこともあり得るのだが……どうせなら雑魚を何十も相手にして疲れ切ってやられるより、あっさりボスにやられた方がいいだろ?それに……案外勝てるもんだ……そうやって俺は生きてきている。」


 巧はというと……冒険者の袋の中から鋼鉄製の極太チェーンを取り出し、魔族の腕ごとぐるぐる巻きにしてから南京錠で両端を結びつけていた。


「殺したのでしょうか?」


「いや……殺せていたならこんな厳重に死体をぐるぐる巻きにすることはしない筈だろ?殺せはしなかった……一発で全チャージ分を使い果たすほどの……人間相手なら十人以上は纏めて黒焦げにして殺せるくらいの大雷撃を急所であるこめかみの間近でぶち込んでやったが……それでも息はある……殺せなかった。


 魔族を殺すなら……こうやって気絶させた後で大斧を思いきり振り下ろして首を刎ねるぐらいでなきゃあ無理ということだ。だがまあ……アーミンの魔道具屋の主人が捕えている魔族が少なくなって、魔道具のチャージに不安を感じていると話していただろ?殺せないなら殺せないで利用価値はあると思いついた訳だ。」


 巧は家畜小屋の牛を引っ張り出してきて台車をつけ、魔族を荷台に乗せ体をチェーンでくくりつけ始めた。


「成程……アーミン地域の魔道具チャージに役立てようとなさるわけですね?どうせ殺せないならばと……いいお考えかも知れませんわね。」


「それに……魔族を連れて帰ったなら……森の巣窟が掃討されたとすぐに信用されるだろ?いちいち大勢の護衛を連れて巣窟確認に出向かなくてもよくなるわけだ。時短につながるだろ?」


「はあ……そうですわね……。」

 これまで冒険者組合に魔物の巣窟掃討報告を幾度もしてきたが、確かに毎回毎回大勢の護衛を連れて組合職員が確認に行ってから、ようやく事実が認められ報奨金や礼金が支払われた。


 エミリア達の実績が少なくて信用されないというよりも、たった二人と一匹だけの冒険者チームでは通常成し遂げられるはずがないほど強力な巣窟攻略を成し遂げているという事なのだ……改めて巧の強さと戦術のすばらしさに感銘を覚えた。


「魔族をも倒すような戦術は……元からご存じでしたか?元は超一流の冒険者だったのでしょうか?」

 エミリアはますます失われた巧の過去に興味がわいてきた……


「分からんが……特に俺が強いという事ではないのだぞ。


 どうしても守りたいものがあると、どんな強者もそれが弱みとなるということだ……たかが田畑と……土を入れ替えてまた耕せばいいやと考えて最大出力の業火で田畑ごと森ごと燃やし尽くそうとしていたなら……俺たちは今頃黒焦げ……というか骨も残らず灰になっちまっていたことだろう。


 一個大隊の軍隊で攻めて来ていたなら……そんな結果になっていたのかもしれないが……たった二人と一匹だけの相手だから……勿体ないと考えたのだろうな。


 度重なる人間たちの巣窟討伐を避けようと開墾して田畑を耕し家畜を飼育し……自給自足で見た目は人間社会には迷惑をかけていないように見せかけ、討伐に来た人間たちも極力殺さずに追い返す。そうなれば超強力な相手だ……人間側だって無駄に犠牲を出したくはないからそのまま様子見となりやすい……。


 だが……彼ら魔族の寿命を考慮するとほんの僅か……ほんの僅かでもいいわけだ……一年にたった一間程でも領地が広がっていけば……人間たちに気づかれることなくじわじわと広げていけば……。


 その為には必須の田畑に森……折角の強力な炎系魔法の大半を封印して……弱い火弾だけで……配下の魔物達との連携攻撃だけで倒そうとしたため……こんな結果となったわけだ。油断だな……油断が隙を生み敗着となったわけだな。」


 巧はようやく魔族を荷台に固定し、両手の埃を叩いてはらいながら答える。


「はあ……油断……ですか……。」

 油断だけで強力な魔族に勝てるとは……エミリアにはどうしても納得しがたい気持ちがあった。


「アルミナの森の魔族だってそうだ……まああの時は魔道具が豊富だったから駆使して戦ったとは言えるが……それでも折角捕まえた獲物……若い女性たちを黒焦げにするわけにはいかないと……魔力を制限していたのが丸分かりだったから俺一人だけでも十分戦えた。


 開墾して田畑を耕して……とまでは発展してなく群れはそう大きくはなく、森の果実や木の実にキノコ類や山菜などで賄うことにより、少数の魔物らと共に森の最奥でひっそりと生活していたところに向こうから最高のごちそうがやって来てくれたわけだ。


 若い女性の生き血は魔族にとって極上の味……と、聞いたことがあるからな……失いたくなかったのだろう。魔族は強力な魔力と強靭な肉体を持っているが故に……奢り高ぶり隙が多くそこをつくことで勝機が見いだせる場合もあるということだ。


 まあ……状況を見ながら常に最善策を見出し恐れずに戦わねば勝てないだろうがな……さっ……愚図愚図していて魔族が目を覚まさないとも限らん……行くぞ。」


 巧が牛の鼻輪につけた紐を引っ張り、先頭に立って歩きだすとエミリアとぺリルもそれに続いた。


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