魔族対策
18.魔族対策
「夜間討伐にこだわっているつもりはない……北の森まではおおよそ二刻との記載があったからな。宿で仮眠をとってから下準備をして……夜組合で依頼を受けてから出発したら、恐らく到着は深夜となるだろう。
すぐに討伐を開始したとしても……恐らく森中央部のボスのところに辿り着くころにはとっくに日が昇っているはずだ。逆にこれから依頼を受けてすぐに向かったとしたら……ボス戦は夜も更けたころだ……わざわざこちらに不利な状況下で強敵と戦う必要性はないはずだろ?
依頼書をざっと見たが今回は魔族もいるようだからな……魔族相手と分かってから誰も引き受け手がなく放置され続けている案件で強敵相手だ、少しでもこちら側に有利な状況で戦いたいからな。」
巧はボス戦を少しでも有利に戦うためと、エミリアの想定を覆して見せた。
「は……あ……そうでしたか。余計な口出し……申し訳ありませんでした。」
素直に頭を下げる。そうして改めて巧の思慮深さに感心するのだった。
「全然問題ない……俺たちは対等な関係だからな……一応年長者である俺がリーダーみたいな役割を担うことにはなっているが、いつでも意見してくれて構わない。エミリアだって一緒に仕事を引き受けてこなしていくわけだから、少しでもおかしいと感じたなら指摘するべきだ。
もっとどんどんと……いつでも構わないから意見して欲しいくらいだよ。疑問を感じていることを飲み込んでばかりいると精神衛生上よくないはずだし、何よりわだかまりがどんどん大きくなって関係が悪化しては大変だ。そもそも俺は俺の考えが絶対正しいとは思っていないから、誤りがあれば指摘してほしいくらいだ。
俺は過去の記憶がなく、土地勘があって知り合いが多いエミリアには随分と助けられているし、エミリアなりの常識という面から俺の行動に疑問を感じたなら、いつでも指摘してほしい。」
顔を真っ赤にして陳謝するエミリアに対し、巧はもっと意見してもいいくらいと逆に励ました。
「でしたらもう一つ……特に問題というほどではなく……ですがせっかく準備したにも関わらず……と、引っかかっていることなのですけれど……魔道具をどうして使わなかったのでしょうか?
テルミンの森ではチャージした魔道具をお持ちではなかったので使えなかったのでしょうけれど……今は暴漢から引き継いだチャージ済みの魔道具があるではないですか……なのにどうしてお使いにならないのでしょうか?魔道具を使ったほうが、もっと楽にボス魔物を倒せていたはずではなかったでしょうか?」
洞窟での魔物との戦闘時、巧は魔道具を取り出そうともしなかったことに対してエミリアは違和感を抱いていた様子だ。魔道具屋で無理言って急いでもらっただけに……使わなかった理由を知りたいと思っていた。
「ああ……そうか……魔道具を一般戦闘に使う冒険者も多いと聞く。魔道具は強力な武器だし、適切に使いこなせれば、その効果は大きいからね。だが俺は……魔道具は基本的には魔族相手にしか使わない。
いや……魔法を使う魔物……討伐されずに齢を重ねると……魔物だって魔族同様魔力が増大し、やがて強力な魔法を使うようになると言われているからね。そんなのと出くわせば魔道具はもちろん使うさ。
魔道具は対魔法戦のための必須武器だ……飛び道具と言っても矢であれば剣で弾けるが、炎弾や水弾なんて剣じゃ弾けずに直撃を食らってしまうからね。防ぐにはこちらも火炎をぶつけるか、魔道具が作り出す障壁や魔力が込められた防具が必要となる。
俺の甲冑にもエミリアの革ドレスにも……勿論ぺリルの胴巻きにも弱い魔力は込められているから、魔法耐性はあるとはいえ直撃を何度も食らえばやられてしまう。そうならないよう魔法には魔法で反撃が必要だ。
それに魔法を使える魔物であれば剣で倒せるが、特に魔族は……魔道具なしでは倒せないと言ってもいいくらいだ。だから魔族相手には魔道具は必須と言える。」
巧は魔道具は魔族相手に使うものだと、自分の考えを述べる。
「でしたら尚更……確かアルミナの森では……魔族を倒したようですけれど……その際多くの魔道具を駆使して戦われたようですけど……すべてチャージ切れとなるほど……今回三つの魔道具だけで大丈夫ですの?勿論私もペルも……魔族相手でも頑張って戦うつもりですけれど……。」
魔族戦に対する巧の経験則を聞き、エミリアは少し不安を覚え始めてきたようだ。
「ああ……今回相手する魔族は……炎系魔法の使い手とあったからな。
三年ほど前に王都周辺では魔族を掃討したと……王家と周辺都市の族長が宣言したからテルミンの森では安心していたのだが……森に侵入した時点で倒木など森の管理もほとんど行われていなかったから魔族はいないと確信した。」
「ええっ?組合からの依頼もなかったから何の情報もなしに……魔族がいないと確信できたのですか?」
「ああ……アルミナの森もそうだったが……魔族がいると木々の下枝は刈られ見通しが良く倒木なんてどこにもないのが普通だ。彼らも快適に暮らしたいのだろうね。
間伐しているから日差しもそこそこ入り落葉した葉も木々の根元に集めて堆肥にするなど手を加えているから湿地は池となり、下草が伸びていれば快適とは言えないが、それでも歩道は歩きやすく昆虫などの生息に最適で小動物なども集まってくる。
つまり……魔物らにとっての食料が増えて暮らしやすくなるというわけだ。更に花畑など薬草摘みが出来る場所を作っておくと余計に人々が森の奥まで入って来やすくなり、魔族が大好物の人間だって手に入るようになる。魔族が潜む森とは大抵そういった環境だ。
それでもアルミナとアーミンというこんな狭い範囲内で魔族が巣食う巣窟が二ケ所もあるというのは非常に珍しく、普段ならどれだけ巣窟に潜っていても魔族に出くわすことなどめったにない事ではあるのだが、王都周辺から追いやられてきたのかもしれん。」
巧が嘆くかのように小さく首を左右に振る。
「それと……エミリアも知っているかもしれないが……魔法属性にはそれぞれ相性というものがある。
水は火を滅し、土と金は水と風を滅し土は雷を克する。木は雷を滅し土と水を欲し風を克する、火は木を滅し業火は金を滅する。風は火を克すが業火は勢いを増す。雷は金と水を好む等々……俺は魔法教育を受けた記憶がないので習ったわけではないが、ざっとこの程度は経験で戦いながら身に着けた。
この中で金はたとえ魔法を使えなくても対抗できる鉄器があるし、水は容器に入れて持ち運べるし火は松明などで使えるから事前準備さえ怠らなければ最悪魔道具なしでも戦うことはできる。
今回手に入れた魔道具は雷系と風系および炎系で炎に対抗できる属性とは言えないが、転ばぬ先の杖ということで魔道具は持っていたいし、最悪でも大量の松明と水は武器として使えなくても持ち歩くようにしている。
水は……折りたたみが出来る容器に入れて袋で持ち運び、不要なら攻略後に捨てれば収穫した肉など収容できるからな。大量の水があったほうが魔物を解体した後に洗い流せるからいいだろ?」
そう言えば……解体後には常に大量の水を使って魔物を捌いた刃物やまな板などを洗えていたことを、エミリアは納得気味に思い出していた。
「じゃあ……それぞれ部屋に行ってしばし休憩と行こう……十分体を休めておけよ。」
「かしこまりました、さっ……ペル……参りましょう。」
二人はそのまま部屋へ行き、すぐ仮眠をとった。
「いらっしゃいませ……あっ……今朝ほどの……南洞窟の件ですが、手前どもの職員が出向き魔物の掃討と安全が確認されました。持ち込まれた肉と毛皮の代金含め口座へ振り込ませていただきますが……お二人だけのパーティのご様子ですけど、配分は如何なさいます?」
夕方に目覚め宿を引き払ったのち冒険者組合へ行くと、洞窟攻略の確認が終わっていた。
「ああ……どちらも均等に半分ずつ振り込んでくれ。」
いつも通りに山分けを巧は宣言する。
「かしこまりました。それで……今度は北の森の巣窟の攻略をご希望されますか?依頼書に記載があります通り、こちらはボスに魔族がいることが判明しておりますが問題ございませんか?」
午前中報告に来た時に次の仕事の件を伝えていたためか、受付嬢は既に依頼書を手に持ち待ち構えていた。永年にわたり誰も攻略できていない巣窟攻略依頼であり、依頼する側も慎重になっている様子が伺える。
「ああ……炎系の魔法を得意とする魔族がいることは、依頼書をちらっと見たから承知の上だ。対抗策は既に考慮済みだから問題はない。」
「了解いたしました。それでは……お気をつけて……ご武運をお祈りいたします。」
やはり魔族がいるせいか、いつもより少し重い空気の中仕事を引き受け組合を後にする。
「炎系の魔族に対する対抗策は既に考慮済みと受付で仰っていたようですけれど……私には何の助言もございませんでした。一体どのような対策なのですか?よろしかったら私にもお教えください。」
アーミン北の森は向かう道中……これといった作戦指示も何もないエミリアがいぶかし気味に巧に尋ねる。
まさか何も考えていないにも拘らず、ただ格好つけで答えたとも思えないのだ。
「うん?対策の防具は既に渡したではないか……。」
エミリアの問いかけに対し、今度は巧が首をかしげる。
「ええっ?あの……麻袋……確か脱穀前の米が入っていたとかいう大きな袋と、豚の胃袋でしたよね?豚の胃袋には水を一杯になるまで詰めておけと仰ってましたから、旅館の井戸をお借りしてそれはもう目一杯パンパンに詰めてから口元を固く縛って、冒険者の袋に入れてきておりますけど……。」
エミリアが巧に言われたとおりに持ってきていると答える。
「麻袋の底部分中央に頭がぎりぎり通るだけの穴を開け、底の両端部分を十寸角の大きさに切っておくよう指示しただろ?そうすれば頭からすっぽりかぶれて、両手も自由に使える胸が開いていないチャンチャンコのような形だな。さらに切り取った部分を頭にかぶって紐を脳天から回して首元で結べば頭巾となる。
ぺリルの分は麻袋を縦に中央から半分に切って……角を七寸角に切って首を出し、四つ足部分に穴を開けておき胴部分に背中から紐を回して腹で縛るわけだな……七寸角に切った端切れは頭に被せ紐で縛る……そうしてボス戦前に麻袋に水を浸してかぶっておけば……炎魔法に十分対抗できる。
前にも言った通り炎弾は剣では弾けないし、木や革製の盾は燃えてしまう。鉄や鋼鉄の盾は燃えやしないが炎を受け続けると持ち手が熱くなってしまって持っていられなくなるからな。
水に浸した麻袋の方がよほどいい防御策となるわけだ。」
巧が歩きながら対策手順を説明する。
「ああ……成程……あれはそういった使い方をするわけですね?かしこまりました。それで……豚の胃袋に詰め込めるだけの水を入れるよう指示なされたわけですね?飲み水なら竹筒の方が使いやすいと、疑問を感じていたのですが納得ですわ。
ですが……相手は魔族……強大な魔力を持っているのですから、炎の玉などではなくもっと強力な……それこそ辺り一面火の海にしてしまうような……そのような魔法を発せられたなら、さすがに湿らせた麻袋程度では、防ぎきれないのではありませんか?」
巧の作戦に一旦は納得しかけたエミリアだったが、すぐに疑問を投げつけて来た。
「ああ……まあその時は……逃げるしかないな……短時間だったら麻袋の防具で炎の中を駆け抜ければ、多少やけどはするだろうが死ぬことはない。だがまあ……俺の推測ではそうはならないはずだ。」
「どうしてですか?炎系魔法の使い手魔族なのですよね?お年寄りで魔力が弱まっているとかでしょうか?」
エミリアには巧の思惑が全く呑み込めていない風で、なおも詳細を聞き出そうと必死な様相だ。
「考えてもみろ……今回の巣窟は森だ……洞窟や海岸などの砂浜とかであればまだしも……周りが燃えやすい木々が生い茂る森の中で業火魔法を使ったならどうなる?」
「それは……木々にも火が移って益々炎の勢いは増し……私たちの逃げ場が失われて……。」
エミリアは炎に囲まれて逃げられない状況を想像し、恐怖を感じ始めていた。
「だから……そうではないぞ……森は奴らの巣窟……つまり住処なのだからな。魔族は人肉を好んで食うと言われているが、そうもそうも人間を捕まえられる訳ではない。人間は城壁で守られた城塞都市に通常籠っているからな。だから大食らいの魔族も普段は家畜や森の木の実や果実にキノコ類を食しているはずだ。
その大事な大事な資源である森を……たかが冒険者ごときを倒すために失うようなことはしないだろう……焼け野原となってしまえば配下である魔物達を引き連れて、新たなる巣窟を探さねばならないのだからな。いや……下手をすれば配下の魔物達だって焼け死んでしまうかもしれない……というかほぼ焼け死ぬだろう。
だから……恐らく弱い炎魔法……火弾くらいしか……しかも的を外して木々に火が移ったら大変だから……発射した後に自在に動かせる……遠隔操作タイプの魔法を使うはずだ。
それはそれなりに厄介な攻撃だし……たとえ魔法が使えないとしても魔族の肉体は強靭で、腕っぷしが強く骨太だから首を刎ねることも普通の剣では難しい。一応……竜の鱗すら突き通すという稀代の名刀を持っているが……魔道具屋の主人が魔族が不足していると言っていたから今回は殺さず捕まえようと考えている。」
巧は彼なりの理論を展開し、強力な魔法攻撃はないと断言した。
「はあ……そうですか……ですがここで不思議に感じるのですが……どうしてそのような不利になる環境にも拘わらず、周りが木々に囲まれた森の中に炎系の魔族が巣食うのでしょうか?」
巧の説明は納得できるものではあったようだが、それでも魔族が森を巣窟としていること自体がエミリアには不思議に感じる様子だ。
「ああ……そうだな……魔族の中でも……炎系の使い手が一番多いというのが俺の印象だからかな……これまで戦った魔族もそうだったが恐らく半分以上……六割がたは炎系だろう……他の冒険者に聞いてもそのような割合だから……恐らく地域差などはないと考えている。
俺なりの考えだが……やはり炎系魔法が攻撃としては一番強力だからだろうな……だから進化の過程で炎系魔法に特化した魔族が生き残る確率が高く、秀でているのだろう。
残りは土と水と風系がそれぞれ一割ずつで……金と雷と氷系は合わせて一割程度だな……。
雷撃魔法などは強力にも感じるが……なんせ魔法だからな……実際の雷の様にピカっと鳴った瞬間に落ちている訳ではない……火弾や水弾などと同じく目で何とか追える程度の速さで向かってくるからがんばれば避けられないことはないし、木の盾でも防護可能だ。
その上……俺の甲冑は鉄製だから雷撃に弱いと思われがちだが具足は滑り止めを兼ねて厚いゴム底だし、胴巻きや手甲に前垂れなども全て内側に薄いゴム板を貼ってある。
金属が直接肌に触れると冷たいし痛かったりするから着心地の面からも多くの甲冑がこのような仕様で……エミリアの革ドレスだって肌に触れる面には天然ゴムを貼ってあるはずだぞ……人間は雷撃には対処済みなのだな。
だから……出会う魔族の大半は炎系魔法の使い手と……情報がなくてもいの一番に警戒しておかねばならない。奴らもまさか……南の洞窟に巣食う魔物らを追い出してまでも、洞窟を根城にすることはしなかったわけだろ?恐らく先に洞窟の巣窟が形成されていたのだろうな……。」
巧はこれまでの経験則から、魔族の魔法特性の割合を導き出している様子だ。
「なるほど……そういう事ですか……一つ利口になったような気が致しますわ……。」
巧の説明で疑問が解決し、エミリアは満足げな様子で笑みを見せた。
「まあだが……強力な魔法は封じられているというか自ら封じているとはいえ……魔族というのは強力な相手だからな……くれぐれも慎重にな……。」
「はいっ……かしこまりました。」
エミリアは少し歩く速さを増し北へと歩を進め……巧が遅れずについていく形となった。
「さて……魔物らの巣窟である森へ到着した……十分警戒を怠るなよ……それと……松明の炎にも気を使ってくれ……先ほど説明したとおりに森の木々があるからこそ……炎系の魔族の手枷足枷となっているのだからな……くれぐれも……松明の炎が下草や木々に燃え移らんようにな。」
北の森へ向かう道中、途中から日も暮れて月明りを頼りに歩いてきたのだが、さすがにうっそうと木立が生い茂る森の中の巣窟……松明を取り出し火をつけ掲げながら進むこととなるが、一層炎に気を付けるよう巧が念を押した。
木々に火が移って燃え広がってしまえば……巣窟のボスである魔族は怒り、容赦ない強力な炎による報復が待っているはずなのだ……くれぐれも気を付けようと……エミリアも肝に銘じた。
「この円筒状の照射器の中央の金具に松明を括り付けておけば……常に松明は上を向くし灯りがうまく前方を照らしてくれる。さらに戦う時は地面にそのまま置けるから便利だ。」
そうして巧は袋から二本の直径一尺ほどの金属製の筒を取り出した。片側は塞いであり底部分には金属の取っ手が付けられ、筒の内面は鏡面と言えるほど磨かれており中の金具に松明をセットすると、炎の灯りが筒の解放部に集中して照射される道具のようだ。
「へえ……直接炎が周囲のものに触れないし……確かに便利ですね……。」
「ああ……ところがこんなに便利に見えるが洞窟のように全く灯りのない場所で使うと……照らしている部分しか確認できないから常に照射先を動かしていなければならないし、明るすぎて洞窟の壁や地面に当たって反射する光だけででもこちらの存在を察知され光を避けられてしまうから……良すぎて逆に使えないんだな。
松明のようにさほど明るくはないが全体を照らす方が洞窟向きで、こいつは月明りもある夜の森向きだな。
それでもなお……火の状態には注意を払うようにね。」
「かしこまりました。」
エミリアも松明を照射器にセットし、取っ手を右手で持ち前方を照らしながら歩を進めて行く。




