アーミン南の洞窟
17.アーミン南の洞窟
「ここか……確かにいかにもって感じの洞窟だな……まだ日があるから魔物は外には出て来ていないようだが……。」
魔道具チャージの代金を支払ってから城塞都市アーミンを出て南へ向かうと……小高い丘のごつごつとした岩肌の一角に、高さ十尺幅二間ほどの穴が開いていた。
「ペルっ……ではここからは……靴を履いて付け牙を付けますよ……。」
エミリアは冒険者の袋からイヌ用の靴と牙を取り出し、ぺリルに装着した。
「洞窟内には毒液の水溜りなどもあるから……ぺリル用の靴は効果抜群だろう。爪は腐食しにくいステンレス製だし……しかも普通の小さな防具屋だと扱っていない動物用品だからな。よほど大きな町の中の冒険者組合の購買でなければ……注文で取り寄せなければならなかったような代物だ。隊商リーダーに感謝だな。」
洞窟入り口ですっかり臨戦態勢のぺリルを見て、巧も笑顔を見せる。
「そうですわね……しかもかなりお安く提供いただいて……出来ましたらご要望通りに、帰りの護衛も引き受けて差し上げたいくらいですわ。」
「それには……気がかりなこの洞窟と北の森の魔物どもをできるだけ短時間で一掃せねばな……だが無理は禁物だ……焦って怪我でもしたら元も子もないからな……幸い洞窟は町から半刻と近いし、魔道具のチャージが切れたらすぐに出てチャージしなおして戻ってくるくらい万全の態勢で進んで行くぞ。」
かなり優遇してもらった隊商リーダーに恩義を感じているエミリアに対し、それでも無謀な行動はできないとあくまでも慎重な巧……二人と一匹はゆっくりと洞窟の中へと足を踏み入れていった。
「うー……。」
松明に火を灯し右へ左へとくねくねと曲がる岩壁のごつごつとした中を入り口から六十間ほど進み、既に外の明るさは見えなくなったころ、突然ぺリルがうねり声をあげて身を低くし臨戦態勢に入った。
「前方に魔物だな……恐らくある程度まとまった数がいて……前衛が通り過ぎるのを待ってから前後から襲い掛かってくるつもりだろう……ぺリルのおかげで事前察知できたな。
だがこのままではあまりに暗すぎて、照準も付けられないだろ?矢先に油に浸した布をまいて火をつけてやるから……少し先の壁目がけて射ってくれ。地面は所々岩が顔を出しているが大方は土のようだが湿っていて……壁は岩が突き出ているが土が見えている箇所も多い、何発か撃てば刺さるだろう。」
そう言いながら巧はエミリアが差し出す矢の先に布を巻き付け松明の火を移し、自分も右手の壁に小刀で穴を掘ってそこに松明を突き刺した。
ヒュッと風切り音とともに火矢が飛んでいき、二十から三十間ほど先の壁に三本ほど突き刺さると辺りの視界が少し確保され、十数匹の小型魔物らが地面に身を潜めているのが確認できた。そうして洞窟天井には蝙蝠系魔物が十羽ほどぶら下がっている姿も……。
「ふうむ……手厚い歓迎だな……エミリアは天井の蝙蝠を矢で射ってくれ。ぺリルと俺は……地上の獣系魔物の相手だな……狐にイタチに……狼もいるようだ。油断はできないぞ。」
巧は狭い空間で長剣は不利と見たのか鞘に納め、代わりに右腰の革製のさやからナイフを抜いた。ナイフと言っても極厚で……背の厚さは一寸近くもあり長さは一尺ほどだが刃幅は十寸を超える……かなりの大型ナイフだ。それを逆手に持ち身構えると……ダッシュで魔物らのもとへと駆け込んでいく。
音もなく飛び立ち頭上から襲い掛かろうとする蝙蝠たちはエミリアの連射の餌食となり、敵の接近に反応し飛び掛かった狐はその左首筋を鋭い切れ味のナイフで一閃され、続いて足元に噛みつこうとしたイタチは、ステンレス製甲冑の具足で踏みつぶされた。
「ギャワッ!」「キュンッ」
鋭い牙をむき大口を開けて飛び掛かってきた狼系魔物は、その大口に大きなナイフを突き立てられ一瞬で絶命……巧は素早くナイフを抜くともう一匹の狼の脳天にも突き刺した。
薄手のステンレス製甲冑の装甲など貫くほどの鋭い牙と強靭なあごの力を持っている魔物であろうと、その牙が相手に達しなければいかんともしがたく、次々と葬られていく……
「ぎゃうおっ!」
すっかり遅れを取った形のぺリルだったが、その脚力をもって巧を追い抜き前方の群れへと飛び込んで行く。
「ギャッ」「キュー」「キュンッ」
ぺリルの向かった先では断末魔ともいえる叫びが次々と起こっていった……
「ぺリルっ……追うな、戻ってこい!」
敗走を始めた魔物らの群れをなおも執拗に追おうとするぺリルを巧が呼び止める。
「………………」
ウサギ系魔物を咥えたぺリルは立ち止まり、残念そうに振り返った。
「こいつらは恐らく斥候だな……様々な種類の魔物達の組み合わせ集団で……俺たちの戦力分析を行ったのだろう……動きに統制が取れてなくバラバラに動いていたからな。
逃がすとそれなりの作戦で待ち受けられそうで厄介ではあるが……俺たちはこの洞窟の構造も何もわかっていないから、単騎での深追いはできないから仕方がない。まあゆっくりと慎重に進んで行こう。
まずは……仕留めた獲物の始末と行こう……狼と狐は毛皮採取でウサギは肉もとれるな。イタチは踏みつぶしちまったからそのまま埋めるとして……蝙蝠は……煮込んでスープにすればいい出汁が取れるとも聞くが……まあそのまま埋めちまおう。洞窟だから恐らく相当数生息しているはずだからな。」
巧は袋からスコップを取り出すと、土が見える場所を探して穴を掘り、皮を剥いだ狐と狼の内臓と肉、蝙蝠らの死骸を埋めた。エミリアも解体作業に慣れて来て、以前よりもずっと手早く始末を終えた。
その後も……数回の魔物集団による襲撃を看破しなおも進んで行くと……
「おおっ……広い空間に出たな……ここからが本番だぞ……狭い穴倉と違い……どこから襲い掛かってくるか分からんからな。」
巧の言葉通りそこは……天井までの高さが五十尺はありそうで、奥行きは松明の灯りでは見通せない程……広いドーム状の空間だった。
「地面が乾いた土でよかったな……。」
巧はそういうと袋から数本の松明を取り出し火をともし……扇状に二間間隔で地面に穴を掘って火のついた松明を立てたまま持ち手を埋めていく。
「簡易的な陣地だ……決して闇の中で戦おうとするな……襲い掛かってくる分だけ相手にして……松明はまだまだ沢山あるから……少しずつ火のついた松明で灯し陣地を広げていけばいい。」
そうして巧はナイフを長剣に持ち替え身構える。
「さすがですね……。」
手慣れた感じで戦闘態勢を整える巧を、エミリアは戦い慣れていると心底感服していた。
夜道での襲撃の際は雲がかかっていなかったので、暗いながらも月明りで何とか夜目はきいた為それなりに戦えたのだが、全く日が差し込まない洞窟内では頼りになるのは僅かな光源である松明のみなのだ。
今後は自分も道具屋で松明を数十本仕入れておかねば……と、心に固く刻むのだった。
「うーっ!」「来るぞっ!」
ぺリルが唸り声をあげ巧が叫ぶのとほぼ同時だった……松明の灯りの届く遥か先から一瞬で真っ黒い塊が巧の喉笛目がけて飛び掛かってきた……巧は剣を振り上げるのが間に合わないと察すると左手でガード……そのまま黒い影とともにあおむけに倒れ込むと同時に、遠方左右からいくつもの影が突っ込んできた……。
「があっ!」
中でも大きめの影にぺリルが突っ込んでいき、
「やっ!」
エミリアが冷静に狙いを定め、松明の灯りが照らす陣地内に踏み込んできた順に矢を射かけていく。
「巧さん!ご無事でしょうか?」
狐系にイタチ系など矢が突き刺さった魔物らの死骸が辺りに転がり、ぺリルは猪系魔物の喉首を食いちぎっていた。一通り襲撃が続いた後エミリアが視線を移すと、巧の体に覆いかぶさった黒山はゆっくりと起き上がり……いや……黒山の牙は巧の左手装甲に噛みついただけで、長剣で喉笛を突かれていたようだ……
「ふうっ……何だこいつは……確か図鑑で見た……黒豹とかいう猛獣ではないのか?十間もの距離から一瞬で間を詰め飛び掛かって来たぞ……甲冑を着込んでいたからよかったが……」
巧は命からがらといった様子で息が荒い……ハンターともいえる猛獣の忍び足と瞬発力あるジャンプには、さすがのぺリルも反応できなかったと見える。
「成獣のようだし……一頭だけとは言えないから十分気を付けるようにな……こうなると益々ぺリルに武装させておいて正解だったな。いかな黒豹系魔物とはいえ……訓練を積んで武装していれば十分対等に戦えるはずだ。」
そうしてエミリア達が倒した他の魔物の死骸をざっと眺めながら……
「エミリアは……極力死角を作らないように壁を背にしていたほうがいい。
飛び道具だから距離をとっても戦えるんだし、今の様に襲い掛かってくる分だけを相手にするだけでも、こっちが後ろをとられずに済むから助かる。鰐皮に鎖帷子なら猛獣の牙は防げるだろうが……頭部は無防備だからな、次は鰐皮の帽子も購入したほうがよさそうだな。」
魔物を駆逐できたわけではないので仕留めた魔物の死骸は放置し、エミリアを一人洞窟入り口付近に残し、巧は周囲に気を配りながら慎重に松明を次々と立てていき、明るい陣地を増やしていく。
「いい加減襲ってくるぞ……集中しろよ……今度は恐らく全勢力で襲い掛かってくるはずだからな!」
巧が構築する扇形陣地が半径五十間ほどに広がりドームの端まで見通せそうな気がし始めたころ、巧が一層の警戒を促した。
そうして……エミリアの方へと少しだけ振り返りながら……前方の松明の灯りが届かない部分を何度も指さして指示を出す……エミリアもそれに気づいてすぐさまそこ目がけて矢を放った。
「があぁっ!」
ぺリルもすかさずその方向へと突っ込んでいき、音もなく黒山が宙へ舞い上がり巧のもとへ飛びかかっていくが、既に身構えていた巧は素早く身を躱してその黒い影を上段から一刀両断……
「がぅわぅあうっ!」「ガアッ」
黒い影が飛んできた場所では、ぺリルが違う相手ともみ合っている様子……
「ギャンッ」「ギャッ」
巧は左右から飛び掛かってきた黒い影を、それぞれ軽い身のこなしで冷静に仕留めていく。
すると……矢で射ぬかれた大きな塊が降って来た……見るとそれは大きな蝙蝠が数羽……エミリアの援護射撃のようだ。
その後も突進してくる猪系魔物を逆手に構えなおした長剣で、懐へ飛び込んできたところを上から脳天を突き刺し素早く剣を引き抜きながら身を躱し地面を転がると、今度は狐系魔物を左右に剣を振り回して一瞬で二匹仕留めた。
「ンモモーッ!」
息をつく間もなく土煙を上げ地を揺らしながら二頭の巨大な牛が巧ら目がけて突っ込んできた……うち一頭は巧の目の前へものすごい勢いのまま突っ込んで来たが、巧は半歩左へ避けて身を屈めると剣を地面と水平に腰をひねって半身に構え、突っ込んできた牛の膝より少し上目がけて水平切り……ドーンっと大きな音を立てて牛系魔物は地を滑っていく。
「やっ!」
もう一頭はエミリア目がけて長距離を疾走……だが十分狙いを定めたエミリアの会心の一撃は……的確に牛系魔物の眉間を貫き……そのまま崩れるように勢いのまま転がりエミリアに当たる寸前で止まった。
そうして辺りは静寂に包まれた……
「終わったようだな……。」
「ペルっ……無事ですか?」「わふっ!」
エミリアの呼びかけに、ぺリルが起き上がり元気に返事をした。
「黒豹系魔物は恐らくつがい……最初に俺にとびかかってきたのは親オスで……次に俺にとびかかってきたのは親メス……さらに俺に子供が二匹で一匹はぺリルが仕留めたようだな。
恐らくは連携で……最初に親オスが剣士を襲って戦力を弱め、続いて総攻撃をかけるつもりが……牛系魔物らがビビッて走り出すのが少し遅れたんだろうな……親オスを簡単に仕留められてしまったから……。
おかげで助かったが、黒豹の群れとやりあっている最中に牛が暴走気味に突っ込んできていたなら……結果はどうなっていたか分からんな……結構な強敵だった。
黒豹の親メスは……群れで襲い掛かってきていたから一撃で仕留めようと、頭から一刀両断してしまったからな……皮を剥いでも売れそうもない……仕方がないから親オスと子供の分の皮を剥いで……それでも大きな牛二頭分の肉か……胴体を斬りつけていないから皮も使えそうだし……そこそこの儲けにはなりそうだな。」
巧は足元で荒い息をしている巨大牛の喉笛を剣で貫きながら、戦果を満足そうに見まわした。
血抜きをしてから皮を剥ぎ肉や骨を切り分け、内臓など売れない部分は穴を掘って土に埋め、冒険者の袋にそれぞれ詰め込むと地面に突き刺した松明を拾い集め、洞窟から出た時にはすでに日は昇っていた。
「ええっ?夜通しの討伐とはいえ……たったの一晩で魔物を一掃できたのですか?」
洞窟魔物討伐の報告に冒険者組合へ向かうと、受付嬢が目を剥いて驚きの表情を見せた。
「ああ……なんとかな。かなり手ごわかったよ。」
巧が戦利品である黒豹系魔物の毛皮を出しながら答える。
「た……確かに……これまで何度も洞窟に魔物討伐に向い命からがら逃げ帰った冒険者らから報告のあった、洞窟最奥の広い空間に潜む黒いハンター……のものと思しき毛皮……ですね?
これは……猛獣系魔物のものでしょうか……はあ……こんなのが群れを成して潜んでいたのですね?」
「ああ……黒豹とかいう猛獣だと思うぞ……つがいのメスは頭から一刀両断してしまったから、毛皮が取れなかったので持ってきていないが、子供の魔物含めて計五頭いたようだ。」
「はあ成程……報告書に記載しておきましょう。ですが……これまでの経緯から即座に完了との判断は下せません。申し訳ございませんが組合より洞窟へ確認に向かわせていただき、その上で判断いたします。
大変申し訳ございませんが本日夕刻にでも再度組合へご足労願うことになりますけど、よろしいでしょうか?もし御多忙で……他の地域へ旅立つなどという事でしたら、確認取れ次第口座へ礼金は振り込ませていただくことになります。いかがでしょうか?」
今回も巧たちの魔物駆逐報告がにわかに信じられないとばかりに、組合から確認のために洞窟へ人を送るようだ。無理もない……何年間も不倒の地であったわけだから……。
「ああ……別に構わんよ……俺たちはまだもう一つ残った仕事も受けるつもりだからね。一旦宿をとって仮眠したら、また夜にここへ戻ってくるつもりだ。だから清算はその時で構わんよ。取得した肉類もすべて出しておくから、毛皮含め品質と重さ確認しておいてくれ。」
巧はそういうとエミリアと共に組合受付を後にした。
「また昼間の休憩だけで、夜間から森へ向かうおつもりでしょうか?ですが……森は洞窟と違って、いくらうっそうと樹木が茂っているにしても昼間はそれなりに日差しが入る場所もあるはずです。巣窟の規模も洞窟よりはるかに大きいと感じますし……昼間のほうがよろしいのではないでしょうか?
何でしたら今このまま向かっても……一晩くらいの徹夜なら私は構いませんけれど?」
昨日と同じ宿へ行き休憩を申し込んだ後で、夕方から再度組合事務所へ戻ってくると受付で話していた巧に対し、エミリアが洞窟とは異なる環境であることを強調し、夜間討伐にこだわる必要はないのではと疑問を投げかける。チーム内のごたごたを公の場所で見せたくはないので、先ほどは黙っていたのだろう。




