魔道具屋
16.魔道具屋
「我々はアーミンの町で西方の名産品である工芸品……麻織物や竹細工に陶磁器などですね……これらを仕入れてまた王都へ出発する予定ですが……恐らく三日後の早朝出発となります。
つきましては……帰りの便も隊商の護衛を引き受けてはいただけませんでしょうか?勿論その間のこの町での滞在費は護衛の依頼料とは別途お支払いいたしますので……どうかお願いいたします。」
アーミンの町に到着したばかりの隊商リーダーに、今度は帰りの便の護衛を依頼されてしまった。
「ううむ……すぐ戻っても、やることもないのでね……魔道具のチャージが最短でもまだ五日後だからな……その頃にテルミに戻ればいいのだから……アルミナもテルミも目新しい仕事依頼はなかったし……この辺をぶらぶらしているのも悪くはないな。
滞在費まで頂くわけにはいかないから……そちらはお構いなく……エミリアはどうだ?」
帰りの便の護衛を引き受けることにやぶさかではない雰囲気の巧だが……相棒の反応を確認する。
「アーミン周辺には二ケ所の魔窟と見なされる場所があると申し上げたではないですか……そちらはどうなさるおつもりですか?」
すっかり忘れている態の巧に対し、エミリアは頬を膨らませながらそっぽを向いた。
「ああ……恐らくそこそこの大きさの巣窟なのだろ?アルミナ近辺の森のような……そうなると……さすがに魔道具なしでしかもたった二人だけで立ち向かうのは無謀と思うぞ。
俺だって二つの巣窟のことを失念したわけではない……だがここは一旦テルミへ戻り……ある程度魔道具を揃えてから戻ってきた方がいいと考えている。その上で……チャージが終わるのはどうせまだ先のことだから……帰りの便の護衛も引き受けながら帰途についたほうが、効率がいいと考えているのだが?」
今の状況での対応は困難と考え、巧は一旦テルミへ戻るつもりだと打ち明ける。
「たった二人ではございません……ペルのことをお忘れなく……それと……魔道具でしたら暴漢から取り上げた分をお持ちでしょう?アルミナの魔道具店では出していませんでしたよね?」
「だがあれは……引き当て回数をすでに超えていて……」
「確認してみないと分からないと受付の方も申し上げていたではないですか……私が存じ上げている魔道具店がこのすぐ裏手にございますので……確認しにまいりましょう。」
困惑気味の巧に対し、エミリアは組合事務所の裏手へとすたすたと歩きだした。
「今聞いたような事情だから……悪いが帰りの護衛は引き受けられるかどうかまだわからん。
申し訳ないが……依頼だけ出してあまり期待しないで待っていてくれ。」
巧は隊商リーダーに頭を下げ謝ると……エミリアの後を早足で追った。
「おお……嬢ちゃん……久方ぶりだな……また御母上の話を聞きに来てくれたのか?」
エミリアのいく先は組合事務所裏手の路地をいくつか抜けた……幾許も歩かないところにあった。
前回同様……四角い顔で短髪の……白髪頭で肌が青黒い……背がエミリアの胸辺りまでしかない亜人が、人懐っこい笑みを浮かべエミリアに近寄って来た。
「いえ……本日はお客様をご紹介に参りました……とはいえ……お持ちしたのはもしかすると引き当て回数を超えた品物かも知れないのですが……確認をお願いすることはできますか?」
エミリアが店の主人に断りながら後ろを振り返る
「これなんだが……隊商の護衛をしていてアルミナの町へ向かう途中に襲ってきた暴漢と化した冒険者から取り上げたもので……勿論そいつらは捕まえて冒険者組合へ引き渡し、これらは取得物として正式に受け取ったもので、襲われた時は使えなかった代物だが……。」
巧は筒を一本と球を二つ……袋から取り出して主人に手渡した。
「ふんっ……どうせもぐりの魔道具屋で……しかも値切りに値切ってチャージを頼んだわけだろ?冒険者らは自分らがやったことないから……わしらがチャージなんて名目で楽して稼いでいると思われがちだが……ところがどうして……チャージする装置へ魔力注入しなければならず……これが結構金がかかる。
魔物の巣窟を一掃する際、運よく生け捕りにした魔族を大抵の大きな町では檻に入れ飼っているのだが、そいつに餌をやる代わりに魔力を放出させる必要性がある。だが魔族は大飯ぐらいでな……一度で牛系魔物を一頭丸ごと……なんてざらだ……まあ年に数回しか奴らは食さぬけれどな。
しかも今どこの町でも魔族が不足しておる……冒険者らが弱くなったのか……魔物の巣窟を踏破しようなんて輩が随分減り……ほったらかしされているから巣窟はどんどん大きくなり……益々冒険者らが手を出せなくなっておるというわけよ……。
今では大人数の冒険者らを集め大パーティを編成して魔族捕獲に巣窟へ出向いて頂くしかなくなり……益々金がかかるようになってきておるのだな……。
だから……ただ暴利を得ているように見えるのかもしれんが……少なくともわしは……適正価格を要求しておるだけだぞ……どおれ……。」
ひとしきり言い訳染みた弁をふるったのち、青黒い肌の亜人は巧から受け取った魔道具を傍らの装置にセットした。
「おお……実際に装置にかけてチャージし終えてみないと確かではないのだが……わしのこれまでの経験から言うとこの手応えならば……まだまだ引き当て回数はありそうだな……チャージ可能なようだぞ……恐らく他のも大丈夫だろう。
さてどうする?ここでチャージしていくか?それとも嬢ちゃんの地元へ帰ってからチャージするか?」
魔道具屋の主人は満足げに魔道具を装置から外すと、巧の方へと振り返った。
「ああ……ここでチャージしたいのだが……三つともでどれくらい日数がかかる?」
「できるだけ急いでお願いしたいのですけれど……勿論それなりに料金の上乗せも、やぶさかではございませんわ……。」
巧に続きエミリアが急ぎであることを付け足す。
「うちは小さな店だが、それでも魔道具をチャージする装置は三台持っておるから丁度いい。
急いでおるなら……今請け負って居る仕事を一旦うっちゃって……今日の夕刻まででどうだ?それなら何とかなりそうだぞ。それにうちは特急料金なんて要求したことはない……気にくわん客から暴利を得ることはあるがね……嬢ちゃんは御母上からの付き合いだしな。通常料金で構わないから……夕方にとりに来な。」
「では……申し訳ないがよろしくお願いする……。」
巧たちは魔道具屋を後にして、組合事務所へ向かった。
「おお……やはり……北の森も南の洞窟も……巣窟と目され討伐依頼の対象となっている様子だな……しかも引き受け手がいないのか……依頼発行は随分まえ……二年も前のものの様だぞ。」
アーミンの町の冒険者組合で隊商護衛の仕事の報告と後金を受け取り、あらためて受付後方の掲示板を眺めると数件の依頼書が掲示されていた。だがどれもかなり前からの依頼の様子だ。
「アルミナの森の場合は……五年も前から魔物討伐依頼が出ておりましたが……引き受け手はおらず、大人数で行けば安全な森入り口の薬草摘み用の花畑周辺の木々の伐採だけ……しかもその時に花畑を荒らされてしまい薬草が採れなくなるという不手際まで……おかげで大変な目に遭いましたわ。
従来ならば数人の地元の若者らによる護衛をつけて地元の林業業者らが伐採を行っていたのですが……魔物増加中の折大変危険ということで王都から直接中止命令が下り……元軍人らの傭兵軍団に守られた業者がやってきたのを不思議に感じておりましたが、テルミの組合でトゥルーディをお見掛けして謎が解けましたわ。
彼女の実家のエラルミント伯爵は一個大隊ほどの傭兵団を抱えていると聞きましたから……恐らく点数稼ぎとばかりに格安で業務委託を引き受けたのでしょう……ですが結果は逆でしたね。
魔物の巣窟に関する依頼を受ける冒険者は、恐らく現状は皆無に等しいのではないでしょうか……。」
エミリアは自分の災難を引き合いに出し、現状を憂いて見せた。
「分かった……だったらアーミン南の洞窟の魔物討伐の仕事を引き受けよう。寝ずの行軍で疲れているから一旦宿で休みたいし、何より魔道具のチャージが終わるのは夕方だからな。だが洞窟内なら夜も昼もなく夜行性の魔物はいつでも活発に活動しているから……夕方から出向いて丁度いい。
こちらの仕事を受けて置いて一旦宿を探しに行こう。」
「了解いたしました……確かに……テルミからほとんど休憩しておりませんからね……宿をとって休みましょう。近くに格安の宿を知っておりますから……案内しますわ。」
二人は洞窟魔物の一掃の仕事依頼を受けると、そのまま宿に向かった。
「おお来たか……仕上がっとるぞ!」
エミリア御用達の安宿で食事を取り、昼間の休憩を行ったあと夕方から魔道具屋へ魔道具を取りに行くと、使えないと思っていた魔道具は三つともにチャージが終わっていた。
「どの魔道具も外側はきれいに磨かれておったが中は亀裂が入った状態でな……もぐりの魔道具屋は構造を知らんから中は触れんでな……あの状態だったら常に魔力漏れがしていて持ち歩いているだけで数日でチャージ切れとなっただろうな。誤魔化してチャージしとらんかったわけではなく魔力が漏れておったのだな……。
それほどひどい状態でもなくバラシてきちんと修復しといたから、これからは戦闘時に魔力漏れで使えなくなっているといったことは起こらんはずだから……安心しろ。」
魔道具や店主はチャージだけではなく、内部の補修までしてくれていた様子だ。
「おお……ありがたい……では代金はいかほどになるか?勿論内部の補修代はきちんと請求してくれ。」
「ああ……内部補修があったからな……部品交換なども行ったから……全部で銀貨六十枚といったところだな。」
魔道具や店主はしわしわの右手を広げ、巧の前に差し出した。
「いいのか?俺がこれまで使っていた魔道具屋だったら、三台分のチャージ料でしかないぞ。」
「おやそうかい……そりゃまた随分とふんだくられておったようだな……まあ馴染み以外の客からは、とりっぱぐれがないように高値を吹っ掛ける店も多いようだからな……チャージできなかったら代金は払わん……なんて客が多いから、その分通常料金に上乗せしてあるようだ。
うちは……そういったことはしておらん……良心的な店だが客は選ぶんだ。支払いを渋る客には腕づくででも料金は支払っていただくし、次回からは出禁にするしの……ふぉふぉふぉ……。」
魔道具屋店主は高らかに笑った……巧の胸までしか背はないが肩幅は巧と変わらないほどがっしりと広く……シャツの袖から見える腕は骨太で太もももがっしりと太いさまがズボンを通してでも感じられた。
「ああ……そうか……それでは銀貨六十枚……世話になった。今後ともよろしく。」
「ああ……また寄ってくれ……。」
「あの……少し質問よろしいでしょうか?」
支払いが終わり、さあこれから魔物の巣窟へ出発……となるはずだったが突然エミリアが口を開いた。
「うん……何じゃ?わしが知っていることなら答えんでもないが……。」
「はあ……魔道具に関してですが……魔道具のチャージには魔力が必要で、それには魔族の協力が必要と今朝仰ってましたね。ということは……魔道具というのはもしかすると魔族が作ったものなのでしょうか?」
エミリアが恐らく今朝がたから疑問を感じていたことをぶつけてみたようだ。
「おお……その通りじゃよ……。」
「ええっ?そうですの……?ですが魔道具は人間が魔物との戦闘時に使うもので……勿論魔族相手に使用いたしますよね……そんな自分たちに不利になる物をどうして作ってしかも人間に与えたのでしょうか?」
「ああ……なるほど……嬢ちゃんはこの世界の成り立ちを知らぬようだな……そうか……もう人間の通う学校では……歴史の時間に遥か太古のことは教えておらんのかもしれんな。」
至極当然とも思えるエミリアの質問を受け……魔道具屋店主は何度も頷きながら口角を上げた。
「今から数千年いや数万年とも言われておるようだが……遥かなる太古には人間も魔族も亜人らも……ともに助け合って共同で生活していたと言われておる。
ひとたび森に入れば食肉植物が群生しておったし、獣だけではなく大型の草食動物も闊歩して居ったから……かなり遅れてこの世に出現した人族なんて少数派で弱い立場だったんだな。
弱い者同士で肩を寄せ助け合って生きるしかなかったんだろう……まだ鉄器どころか銅器すら発明されておらん石器時代……食べ物を求めて集団で流浪する生活の中で、魔法も使えず筋力も亜人に比べ格段に弱い人間に対し戦う力を得られるよう魔族は魔道具なる物を発明して与えたと伝わっておる。
そうして同じく群れを成して生活する魔物らとも同等以上の力を得ることにより、弱肉強食の厳しい環境の中でも生き抜いていけるようになった。」
「へえ……元々魔族も人族として……仲良く一緒に暮らしていたのですね?じゃあどうして?」
「ある程度生活基盤が確立し農耕が発達するようになると土地を起点とした定着生活が始まり、人族はどんどんその勢力範囲を広げていった。
そうなると……魔族や亜人らよりもはるかに寿命が短い人間は……破竹の勢いで数を増やしていったのだな……千年以上の寿命を持つ亜人や数千年も生きると言われておる魔族は……長生きのせいか伴侶を持ち子孫を残すという意識が希薄なのだな……。
わしも何人の伴侶を得て都度別れたのか……覚えておらんほどだ……子供はその間たったの一人だけだったかな……出来たのは……。
そうしてこの世界には人間が溢れかえって来て……そのうちに人間だけでこの世界を分割して統治しようなんてことが公然と叫ばれるようになってきた。銅器に続き鉄器という強力な武器も発明され、亜人や魔族に頼らんでも人間だけで十分魔物らに対抗できるようになったわけだな……。
森に自生する食肉植物は全て伐採され、代わりに杉や松、ヒノキなどが植林されるようになり、ますます生活環境は激変した……。
そうして魔族とは決別し……わしら亜人は人間社会の中で何とか順応し……細々と生活しておるというわけだ……同族での集団を好まない魔族の一部は魔物らを従えて巣窟を根城にするようになった。
今では人間らの最大の敵……と目されるようになったわけだが……この世界のどこかには魔族だけで作られた国もあると聞いておるぞ……。どうだ……わしの説明で、疑問は解消できたかな?」
「ええ……胸のつかえがとれましたわ……ご教授感謝いたします。」
ほくそ笑む亜人に対し、満面の笑みを浮かべながらエミリアは一礼した。
「そうでしたそうでした……それで……ですね……今度は私事ではなく……巧さんに関してなのですが……巧さんのことを……ご存じないでしょうか?」
エミリアが頼まれていたことを今思い出したかの如く、慌てて店主に問いかける……
「はて?ご存じない……とは……どういうことだ?こんな……店の中でも兜をかぶったままで顔も見せぬ若者を……ご存じも何も……そこそこ上等ではあるがそれでもよく見かけるフルフェイスの甲冑姿……見おぼえも何も……そもそも誰彼の区別はつかんだろ?」
エミリアの問いかけに店主が首をかしげて見せる。
「ああ……そうでした……巧さん……この店のご主人は信用できますから、お顔をさらしても構わないと思いますよ……。」
「ああ……そうか……済まぬがこの顔に……見覚えはないか?以前この店に伺ったことや、この町で活動していたことを覚えておられないだろうか……。」
巧がフルフェイスの兜を脱ぎ、店主に尋ねる。
「うん?知らない……見たことない顔だな……そもそもお前さん……自分のことだろ?この町へ来たことがあるかどうかなんて……わしに聞かんでも自分で覚えておるはずだろ?」
店主はさらに大きく首をひねって聞き返した。
「いや俺は……過去の記憶がなくてな……そうして顔をさらして通りを歩いていたら突然襲われ、命を落としかけたことがあるもので……それからは常に顔を隠して生活している。」
「ほお……何か訳アリという事か……だがそれが本人にも分らん……困ったもんだな。だったらわしが知り合いにそれとなく……聞いておいてやっても構わんぞ、なかなか面白そうな謎解きだろうからな。
気づいた時の姿かたちは今と相違はないのかな?」
「ああ……俺のことを知っている者に会った時のために……装備は変えずに過ごしている。だが兜は……平常時は面帯を上げていたはずだが、今は常時下げているだけだ。」
「分かった……甲冑の仕様だけを頼りに……それとなく聞いて回ってやるから、近くへ来た際にでも寄ってくれ。だがまあ……あまり期待せんことだな……それでも人の記憶というのは不思議なもので……忘れたと思っていても、何かのきっかけで古い記憶がよみがえってくることはよくあるそうだ。
わしなんて千年以上前のことでもつい先日のことのように思い出すことがあるからな……だからあまり焦らぬことじゃ……思いつめずにな……。」
「分かった……ありがとう……それでは……。」
巧らは店主に別れを告げ、アーミンの城塞都市を出て南へ向かった。




