格別な待遇
13.格別な待遇
「こちらになります……。」
そのまま階段を上がらずに長い廊下を奥へ奥へと進み……途中渡り廊下を通り左手のよく手入れされた中庭の景色を眺めながら進むと、突然立ち止まって振り返ってから右手側を指した。
「あの……その……先ほども申し上げました通りに……私どもは連れですけれど、別部屋を所望させて頂いたのですよ……。」
エミリアが困惑気味に打ち明ける……案内されたのは十二畳ほどの大きな部屋が二間続くいわゆるスイートだった。一間は板張りで皮張りのソファにテーブルなどが置かれ、バーカウンターまで部屋隅に確認でき、奥の畳部屋も十畳間ほどの広い部屋のようだ。
「ああ……だからここは……巧様?だったかな?の部屋ですよ……エミリアの部屋はこのまた奥に、ここと同程度の部屋があるから……そっちを使って……。」
マッキーは平然とここを巧一人だけで使えと答えた。
「待て待て待てっ……いやっ……俺の部屋はもっとこう……狭い一部屋で構わない!こんないい部屋……とても宿代を払えないからね……いや……金がないというわけではないのだが……こんな散財は出来ないのだ。まだまだ旅の道中は長いものでね……申し訳ないのだが部屋を替えてもらいたい。」
速攻で巧が部屋の交換を要求……
「私もですわ……いくら何でも……あの程度のお肉だけで……この部屋と同程度のお部屋の宿泊費に見合うとは、到底思えませんもの……。」
エミリアも巧に続く……
「いいんだって……女将である私の母のご指定なんだから……さっきも言ったとおりに、今この宿は開店休業状態でエミリア達以外にお客はいないの。だから……どの部屋を使っても……料金は一律ってこと。
巧さんの宿代は十畳の雑居部屋の一週間分の料金でいいって……十畳の雑居部屋だってお客は他に居ないから一人だけになるし……ここでも一緒でしょ?
この部屋と向こうの部屋は最上級で部屋風呂……しかも露天風呂付……というのも……共同の浴場が広すぎて……二人だけのために大浴場二つの清掃は大変だし沸かす薪代も馬鹿にならない……だから小さい部屋風呂があるここのほうが宿側も助かるというわけ。突然のVIP来訪に備え常に清掃はしているからね。
別に……肉の塊を貰ったから気を使って……というわけでもないから安心して。」
遠慮気味の二人に対し、こちらの最上級の部屋の方が宿側にもメリットがあると告げる。
「ふう……む……そういうことなら……いや……俺は食事の支度は不要だし、風呂だって……特に必要というわけでもないから……本来なら街中でも空き地を借りて野宿するはずだから……その……十畳の雑居部屋で構わんのだが?」
暫し考慮した後、それでも巧は頑なに雑居部屋を要望した。
「お風呂は不要って……一週間でしょ?一週間……一日くらいなら疲れたからってさぼってもいいけど……さすがに一週間はないわ……あんた……そんなだと、エミリアに嫌われるよ!」
そんな巧に対し銀髪美少女は、その大きな目を細め睨み付け、
「いえ……私たちは先ほども申し上げた通りに……ただ一緒に冒険するだけの関係でして……しかも知り合ってからまだ間もなくて……親密な関係ではございませんのよ。
それにしましても……巧さん……さすがに一週間もお風呂に入らないのは如何なものでしょう?連れ立って歩くにしても……自然と離れてしまうような……臭いが気になりますから……どうかこのお部屋で妥協願います。よろしいですね?…………いいですね!」
エミリアも追従する……。
「あっ……ああ……周囲のものに不快な思いをさせるわけにはいかんか……俺一人だけならどうということはないのだが……。」
「巧さん一人だけだとしても……問題ですよ!シラミが湧いたりしますからね!これからはもっとお体を気遣って……そうして御清潔にお過ごしください。よろしいですよね?」
「あっ……ああ……分かった……気を……つけるよ……」
途中から食って掛かってくるような、あまりのエミリアの迫力に巧も仕方なさそうに頷いた。
「開放されたお風呂は……気持ちがいいですわね……ペルも入るといいのに。いえ……抜け毛が多くて湯舟を汚しご迷惑をおかけするから……遠慮して頂いたほうがいいかしら……残念ですわね……ペル。」
小さな安宿とはいえ……最上級の部屋の待遇は格別なものだった。露天の部屋風呂でくつろぐエミリアに、ぺリルは付き従うのを嫌がり居間のソファでごろごろしていた。
「ほお……テルミンの森の魔物が討伐されたから……早速冒険者への依頼が殺到しているな……ん?」
ゆっくりと露天風呂に浸かり、しっかりと体を休めた翌朝、テルミの冒険者組合に向かうとカウンター裏の壁には何枚もの依頼書が張り出されていた。
「エミリア、エミリア……。」
カウンターに向かう冒険者一行に、何故か昨日の受付嬢が小声で話しかけてきた。
「パルマ……どう致しました?そんな隠し事でもするかのように小声で呼びかけるだなんて……。」
そんなパルマに事情を知らないエミリアが、普通の声のトーンで話しかける。
「しーっ……ちょっと……昨日のあんたたちの一件で……確認のためという名目で……本部から監察官が来ているのよ。しかも一個小隊の軍隊まで引き連れて……。」
普通に話しかけるエミリアに対し、パルマはカウンターから身を乗り出して彼女の耳元で囁いた。
「えっ……ああ……テルミンの森の魔物の一掃ですね?そういえば現場確認が必要と仰ってましたね……でしたら……別に軍隊など引き連れなくても私たちで立会致しましたのに……ねえ……巧さん……。」
「あっ……ああ……そうだが……当事者である我々を同行すると、不備があっても言いくるめようとするから……監察官に袖の下を渡したりしてね……通常は別の冒険者に護衛を依頼すると聞くが、それにしても一個小隊とは……ずいぶんと用心深いな。俺たちの駆除報告は全く信用されていない様子だな。」
巧は事情を察したのか小声で呟くように話す。
確かに……組合施設に入るときに大きな客車付き馬車に加え、騎馬隊の馬が数十頭繋がれているのを見たし、エントランス内にも十数人の甲冑に身を包んだ兵士らが、奥の扉の前に整列して立っているのが伺える。
「私は……今になってようやく父様が依頼した、アルミナ郊外の森への捜索に軍隊を繰り出してくれて、中継地点のここに立ち寄ったのかと思って居りましたわ。」
エミリアは組合内の異常な様子に勿論気づいていたのだが、自分なりの理由で納得していた様子だ。
「あっ……ああ……確かに……そういった見方もできたわよね……ほんの数日前の出来事だから。
でもそうではなくて……あっ……そうよね……エミリア達の救助要請の時は、国軍は別件の一大事で手が空いていないから緊急対応は不可ってことで断り続けていたのに……今日になって突然一個小隊を送り込んできて……しかもそれが冒険者のダンジョン攻略確認の護衛って……。
通常なら担当組合の監査役が数人の冒険者の護衛をつけて見回るだけだというのに……それもこれも……昨日のあの……主任のせいよね……あいつが……エミリア達の報告なんて眉唾物だって言い張って……本部からうるさ型と嫌われている監察官を呼んだのよ。危険性が疑われるからって軍隊派遣もね……。
これじゃあ魔物が一掃されていたと承認されたとしても、その確認業務に一個小隊まで派遣しているから、その人件費だけで報奨金どころか下手すりゃあ赤字よ!
しかもかなりのうるさ型で……ねちねちと重箱の隅っこをつつくような見方をするようだから……一匹の小動物系魔物でも残って居ようものなら討伐依頼は嘘っぱちだったと報告しかねないわ。
昨日報奨金が出そうだなんて……期待させちゃったけど……ごめんね……。」
パルマはそのかわいらしい顔をゆがませながら歯噛みし、両手を合わせながらエミリアに謝った。
「トゥルーディさんですよね……。」
「エミリア……主任のこと……知っているの?」
エミリアのつぶやきにパルマが反応する。
「王都中央に大きなお屋敷を構える伯爵家のご令嬢ですわ。向こうは覚えていらっしゃらないご様子でしたけど、何年か前にテルミで開かれた王都主催の夜会でお会いしたことがありますね。
まだあの頃は……アルミナからの街道もなんとか通行できましたからね。適切な人間関係を学ぶために公的機関に就職したとお聞きしておりましたが……冒険者組合の受付嬢をしていらしたとは……昨日は驚かされました。
ですけど……確かに組合の受付嬢は……人さまと一番近い職業ですからね……成程と思いましたわ。」
エミリアがほほ笑みながら、トゥルーディのことを打ち明けた。
「ああ……伯爵家のご令嬢様か……だからあんなに権力を嵩にかけて高慢ちき……だから貴族は嫌い!
あっ……いえ……ごめん……エミリアは違うよ……公爵家のご令嬢なのに私たち庶民にも……普通に付き合ってくれるから……。
あいつの噂を聞いたんだけど……最初は王宮付きの秘書官として雇われて……全く使い物にならなくて点々と職場を変わり……探しても転属先がなくなり親のコネで冒険者組合の受付嬢になったけど……さすがに王都じゃあ名うての冒険者がひしめく中で……とてもやっていけないって形だけ栄転みたいにして主任としてここへ流れてきたらしいんだ。だからもう……威張り腐っていて……みんなから嫌われているわ。」
パルマは納得とばかりに彼女の悪口を並べ立てる。
「まあまあ……落ち着いてください……あんまり人のこと悪くばかり言っていると……お口が曲がってしまいますよ。彼女は……そんなに悪い子とは思えないのですよ……。
貴族のご令嬢なんて……本当に箱入りで世間知らずで……だって社交界のような公式行事でもなければ、外へも出られないのですからね……ずっとお屋敷の中に匿われていて……家庭教師がつくから学校へも通えないそうですよ。
私は母様の影響から……父様もあんな性格でしたから家の事情もあり……家庭教師の礼金など払えず公立の学校へ普通に通っておりましたし、普通にお友達もたくさんできました。
ところが彼女の場合は……十八を過ぎてから突然社会に放り出されて……それまで味わったことがない人間関係という、いばらの棘の様に触れるとチクチク痛む……難しい感情に取り囲まれて……それでいて伯爵家という体面があるので誰かに尋ねたり相談したりすることも儘ならない……そんな中でも一生懸命業務をこなそうとされてきたのでしょう。
多少のことは……目をつぶって差し上げてください……私からもお願いいたします。」
トゥルーディのことなのに、エミリアが代わりに頭を下げた。
「ふう……ん……成程ね。究極の箱入り娘というわけか。家族と少数の家庭教師以外……人との関わりがなかったから……あんなになっちゃったというわけだね。そう考えるとちょっと気の毒のような気も……。
まあちょっと……これからは見方を変えてみるわ。だけど……それにしても報奨金は……残念だったね。」
エミリアの言葉にパルマも小さくうなずいた。
「ああ……依頼書が張り出されていなかったし……あの森の魔物討伐で報奨金を貰えるとは考えていなかったから全く問題ない。それよりも……新たに貼り出された仕事についてだが……同じようなのが何枚もあるようだが……どういうことだ?」
二人のやり取りがようやく一段落したところで、巧が本題に入った。
「ああ……これね……昨日あなたたちがテルミンの森の魔物を一掃したと報告書を提出したでしょ?その報を受けて早速王都の大手商社が隊商組んでやってきたのよ。テルミンの森の魔物のおかげで西域への物流が滞っていたでしょ?それを一気に解消するって目的でね……夜通しでやって来たみたい。
ところがその報告を確認するためにわざわざ組合本部から監察官が派遣されて……しかも一個小隊の護衛付き……一気にクールダウンして……危険だからって護衛の仕事を頼みに来たのよね。
だけど当然のことながら……誰も受けないわけよ……見た通りにここには十を超える冒険者チームが集っているというのにね……あなたたちの報告を信用していないから……だって……何度も討伐に向かって失敗し続け、国軍の一個小隊すら敵わなかった魔物だから無理もないけれど……。
それで……護衛の褒章額がどんどん吊り上がっていき……普通は差し替えるのだけど……このほうが依頼が豊富にあるように見えるからと……あのバカ主任が差し替えさせてくれないのよ。だからみんな同じ依頼……新しい仕事はアルミナまでの隊商の護衛……一件だけなのね。
依頼が来た時にあなたたちのことが浮かんだけど……アルミナから来たところだから逆戻りなんて嫌よね?」
パルマが残念そうにふっとため息を漏らす。
「いや……そんなことはないぞ……テルミに一週間ほど滞在するつもりで……仕事依頼がないか確認に来たところだ。どうせ時間は有り余っているから、戻ることになっても依頼を受けることはやぶさかではない。
だが……いいのか?依頼金の最高金額は銀貨四十枚だぞ。アルミナまではおおよそ一日……日が暮れるよりも早くに到着できる距離で……通常ならば銀貨四枚か……三枚でも文句が出ないところだろうが……。
それとも……銀貨四枚の依頼もあるから、そちらの依頼書を選ぼうか?」
同じ案件に対し複数の依頼金額の掲示に対し、巧はどう対処すればいいのか戸惑っているようだ。
「ああ……最高金額の銀貨四十枚で受ければいいのよ……こちらとしても手数料は一割だから高額の方が儲かるから。しかも……引き受け手が全くないということでなんと前金で半分……しかも現金払いよ。
いい加減出発しないと……長い隊列だからゆっくりしか進めないので日のあるうちに着けそうもないってことで、隊商のリーダーが焦っているの。引き受けてくれるなら大変ありがたいわ。」
ようやく引き受け手が見つかり、パルマの表情も明るくなった。
「ああ……引き受けるが……少し待ってもらうことになる。泊りになりそうだが宿屋には一週間滞在と言ってあるから……格安料金なのでいちいち日割りで引き揚げるつもりはないのだが、それでもエミリアの食事の支度など……断っておかないと無駄になってしまいそうだからな……。」
「ああ……どうせマッキーのところでしょ?だったらあたしは今日は午前中までのシフトだから……業務終わりに寄って言っておくから……すぐ出発してくれない?さっきから五分おきにまだかまだかって聞きに来て……うっとおしいのよ。」
パルマは両手を合わせて拝むようにして片目をつぶる。
「いいか?それで……?」
「ええ……パルマさんはマッキーさんとはご近所で幼馴染ですから……お願いするとして……では出発いたしましょうか。ペルっ……どうやら一旦戻ることになりそうですわよ……アルにも会えそうですね。」
エミリアは傍らに座っている真っ黒い犬の頭を嬉しそうに撫ぜ、巧が依頼書に署名すると布袋に入った銀貨を手渡され、隊商の護衛の仕事が始まった。
「ほ……お……確かに大きな隊商だな……。」
パルマに促され冒険者組合裏の駐車場へ向かうと、そこには十数台の幌付きの荷馬車が駐車していた。そうして白色の開襟シャツにベージュの綿パン姿の男たちが……恐らく五十人はいるであろう……かなり大掛かりな隊列のようだ。
「リーダーはいるか?」
「ああ……俺がリーダーだが?」
「俺は巧、彼女はエミリアで、こいつはぺリル……二人と一匹のチームで、今回の護衛を引き受けた。
よろしくお願いする。」
「よろしくお願いいたします。」「わんっ」
五分刈りの黒髪に褐色の肌……口ひげを蓄えた中年男性に巧らが軽く会釈した。




