魔道具屋
12.魔道具屋
「ふあー……悪いが年内は予約一杯で、とても急ぎの注文には応じられんぞ。けえってくれ!」
冒険者組合から徒歩で四半刻ほど……高い石造りのビルが立ち並ぶ官庁街からレンガ造りに町が様変わりし、野菜や肉に雑貨屋などが立ち並ぶ商店街を通り居酒屋などの飲食店がちらほら見え始めた場所に、お目当ての魔道具屋があった。
と言っても看板どころか表札すら出していない公衆酒場パブの裏手にある小さな木製の扉……酒場の裏口かと思われるドアをエミリアがノックするとドア越しに奥からしわがれた男性のよく通る声が聞こえてきた。
「あら……趣旨変えをしたのですか?ご主人がお客をとるなんて……それとも、よっぽどお気に入りの冒険者様のご依頼がありましたでしょうか?」
エミリアは断りの言葉など気にも留めずに、店主の了解も得ずに平気でドアノブを回して中へ入っていった。
「おおっ……誰かと思ったら……嬢ちゃんじゃねえか……久方ぶりだな……ずいぶんと大きくなりなさって……段々と母君に似て美しくなってきおったな……。
いやあ……恥ずかしながら仕事をしたのは多分半年前に馴染みの冒険者からの魔道具のメンテ一件だけで……それからはひたすらごろごろしていたさ……。
なんせ近頃の冒険者と言ったら……全く道具を大事にしねえ……魔道具だけじゃねえぞ……剣だって槍だって弓矢だって……買ったらそのままダンジョンに持って行って、魔物どもと斬りあったら血もぬぐわねえでそのまんま……切れ味が悪くなったら武器屋に持ってきて後はよろしく……だ。
兜や鎧……盾なんかは……汚れたらそのまんまで……魔物の攻撃で痛んだら汗臭いまんま防具屋へ持ち込むだけ……魔道具なんてもっとひでえ……チャージが切れて使えなくなったら腹が立つんだろうなあ……その辺に放り投げて……それでも高価なもんだからまた拾って……泥が付いたまんま魔道具屋へ持ち込むわけだ。
外装がボロボロになって刻んだ呪詛が消えかかったりしてなあ……そんなのまでいちいち修復して……それで初めてまともなチャージが出来るようになるってぇことを……全く分かってねえんだ!
だからな……俺はもう……魔道具のチャージを引き受けるのはやめて客は追い返すと決めたんだ……雑に使われて……終いにぼろぼろに原形を留めなくなって廃棄される……なんて末路を見たくねえからな……。
だが嬢ちゃんはいいさ……魔道具関係ねえからな……また母君の思い出話を聞きたくなったのかい?」
六畳ほどの広さの小さな店の最奥のカウンター前に置いてある、ロッキングチェアーに座ったまま笑顔を見せる老人は……耳が隠れる程度の白髪で、落ちくぼんだ細い目はぎらぎらと力強い輝きを放ち、大きな鷲鼻と薄い唇の大きな口……角ばった頬骨に太い首、筋肉隆々の上半身は屈強な力強さを感じさせた。
だが……恐らくは立ち上がっても巧の胸程の身長しかないであろう……黒みがかった青い肌は……彼が亜人であることを一目で気付かせた。
「母様のことをもっとお聞きしたいのはもちろんですが……今日はお仕事を依頼しに参りました……。」
細い目を尚更細くして歯茎まで見せてほほ笑む亜人に対し、エミリアはおもむろに用件を告げた。
「だから……もう仕事はしねえと……決めたと今言ったじゃねえか。それに……嬢ちゃんは魔道具を持っちゃあいねえだろ?母君はいくつも所有していてたまにこの店にも顔を出していたが……発見されたときは魔道具はどこかへ行っちまっていたって聞いた……。
頑張って冒険者にはなったが、とても高価な魔道具には手が届かねえって嘆いていたじゃあねえか……それとも何かい?いい稼ぎ口があって……儲かって魔道具を揃えたのかい?
だがなあ……新米冒険者は……魔道具に手を出すよりも体を鍛えることが先決で……武器だけで存分に戦えるようになってから、もう一段上のダンジョンへ挑戦するために魔道具を持つもんだって教えただろ?
魔道具なんてえもんは……あくまでも戦闘時の補助でしかねえんだからな……だからあと数年は……魔道具なんてもんには頼らずに、己の体一つで頑張りな……じゃあな。」
母親からの縁で旧知の仲であるエミリアに対してでも……亜人の対応は変わらなかった。
「私からの依頼ではございませんわ……この方……巧さんの魔道具のチャージをお願い致したいのです。」
エミリアは一歩下がり、傍らの巧を前に押し出した。
「だ・か・ら……おおっ!」
椅子に座ったまま両手を前面に出し、無理だと言わんばかりのしぐさを見せた亜人だったが、巧が数歩前へ出てくると目の色を変えて立ち上がった。
「おお……おおっ……おおおっ……」
そうして巧の体の周りをくるくると何度も回りながら……兜や鎧の胸板を見上げては目を細め、鎧の胴や手甲……具足や前垂れなど顔を近づけ至近距離で吟味するように何度も何度も頷き続けた。
「悪いが……腰のものを見せてはいただけないかな?」
「あっ……ああ……別に構わんが……ここでは武器の補修も行ってもらえるのかな?」
巧は言われるがままに腰ひもを外し、剣を鞘ごと亜人に手渡し数歩後ろへ下がった。
「ほうほうほう……。」
亜人は渡された剣を鞘から抜き、鞘はカウンターに丁寧においてから、その刀身をまじまじと眺め始めた。その間……巧は身を低くし臨戦態勢さながらに身構えている。
「悪かったの……返す……。」
剣を見惚れたかの如く見つめていた亜人だったが、鞘に納めて巧に両手で差し出すと、ようやく巧は警戒を解くことが出来た。
「よく手入れされた防具だの……角で突かれた跡や牙で嚙みつかれた跡、炎系魔法で焦がされた跡など……多数の痛みを知っておるようだが……どれもうまいこと修復されておる……しかもそれは……お主自身で叩き出しや磨きをかけたんだろ?うまく出来てはいるがプロの仕事には見えんからな……。
それに剣がまた素晴らしい……うまく研いであるな……刃こぼれ一つしておらなんだ……だが……大変使い込まれておる……刀身が細くなってきおったからな……どうするつもりだ?細くなりすぎると戦いの最中にポッキリ……と折れかねんぞ……買い替えるおつもりか?」
剣を返してロッキングチェアーに戻った亜人は、巧と目を合わせながら剣について問いかけてきた。
「いや……出来れば鋼鉄を足して……再生したいのだが……いい職人が見つかっていない。無理なら鋳なおして鍛え直すことになりそうだが……そうなると益々職人探しが難しくてね。
だがまあ……今すぐという事ではないから……何年かかけてゆっくりと探すつもりだ。さっきも聞いたのだが……この店では武器や防具の整備もお願いできるのかな?」
巧は渡りに船とばかりに期待を込めて問いかけた。
「いや……この店は魔道具しか扱ってはおらん……悪いがの……だが……腕のいい職人なら……わしの知り合いを紹介してやらんことはないぞ……大切な剣なのだろ?」
「ああ……俺が……いや……大切なものなんだ。できればずっと使い続けたい。
それで……武器や防具は仕方がないとして……魔道具のチャージだが……お頼みできないか?」
巧は一瞬自分のことを打ち明けようかと迷ったが、まだその時ではないと判断し話を切り替えた。いや……元々こちらが本題なのではあるのだが……
「おお……そうだったな……とりあえず魔道具を見せてはいただけんかな?」
「ありがたい……。」
「まだ引き受けるとは言って居らんぞ……いくら武器や防具の手入れが行き届いていても、魔道具まで大切に扱っておるとは限らんからな。ただの便利グッズとして、ぞんざいに扱う馬鹿者共ばかり目にしておるでな。
悪いが……道具を見てから判断させていただく……。」
巧のことを気に入ったかに見えた亜人だったが、それでも肝心の魔道具がどう扱われているのか、彼にはそのことが重要な様子だ。
「分かった……それじゃあこれ……」
巧は懐から数個の四角や球や筒状の小物を取り出し、さらに冒険者の袋からも大きな巻物然としたものを取り出しカウンターに並べていった。
「凄まじい数だの……これだけ揃えるには随分と元手がいったであろうにな……。」
その量の多さに亜人は目を丸くし、それでも一つ二つ手に取りしげしげと眺め始めた。
「おうおうおう……どれも大切に扱われておるようだな……ふうむ……だが……これだけの数となると……一度には到底無理だな……ここには長逗留なさるおつもりか?」
亜人は満足げに笑みをこぼしながら振り向くと、大きく頷いた。
「おおっ……ありがたい……これまでの魔道具屋では扱ってもらえなかった魔道具も結構あるのだが……すべて補修してチャージし終えるまで、どれくらい日数がかかるのかな?」
「ふうむ……そうだな……ひと月ほどかな……どうする?よく使いそうなこの……小物類だったら五個くらいなら……一週間もあれば終わりそうだがな……。」
「そうか……それはありがたい……だったら一週間はこの近所の冒険依頼を引き受けるとして……その他は預けたままにして一月後に訪れることにしても構わないか?勿論修復とチャージ代は先払いさせて頂くが……。」
「いや……お代は引き渡しごとで構わん……分かっているだろうが魔道具には引き当て回数という制限があって、それを超えると壊れて使えなくなってしまうのだが……使い続けられるかどうかはチャージしてみなければ外観では分からんでな……だからチャージできなければお代は頂かんよ。
かかる手間は同じだからと言って壊れてしまっても手間賃として請求する店もあるようだが、わしはそういったやり方は好かん。使えなくなったいわば廃棄物を返して金をとる奴の気が知れんでの……。」
頑固な店主は小さく首を振った。
「宿は……すぐそこですわ……。」
心配していた魔道具の補修とチャージを引き受けて頂き、ようやく宿探し……だがエミリアにはあてがあるようだ。
「こんなところでいいのか?結構稼いだから……もっと高級そうな宿の方が食事だっていいだろうし、部屋の鍵だってかかるし安全だろ?まさか……野宿したいという俺に気を使っているのか?」
そうしてエミリアが案内したのは木造二階建ての、宿という看板は出してはいるが部屋の灯りはほとんど点灯しておらず、宿泊客はほとんどいないように感じられた。つまり人気がない宿……ということになる。
「いえ……とんでもありません……まあ確かに……格安の宿という事ではありますけれど……それでも道具屋さんにご紹介頂いた……母様も使っていたという冒険者限定の宿なのですよ。
父様に黙って何度もテルミの町を訪ねていたとき……確かにまともな宿代も持ち合わせがなく……仕方なくといった面もありましたが……それでも宿泊していた冒険者様たちは皆親切でよくして頂きました。
お食事も大変おいしいですし……何の問題もありませんよ……。」
心配する巧に対し、エミリアは平然と玄関の引き戸を開けて中へと入っていく。
「ごめん下さい……二名別部屋で宿泊希望なのですけど……よろしいでしょうか?」
「はーいはいはい……あら……エミリア……久しぶり……いつも言っているけれどペットの犬は一人と勘定しなくてもいい……あれ?別部屋ってことは……あらあら……珍しいわね……お連れ様が……。
母さーん……大変!エミリアが、男連れて泊まりに来た!」
玄関でエミリアが呼びかけると、細身で薄い青色着物にエプロン姿の若い女中がやって来て対応……どうやらエミリアとは顔馴染みの様子だ。
「あらあら大変……どうしましょ。」
するとさらに今度は小太りでかっぽう着姿の中年女性がやって来て、驚いた様子で上がり口の上からエミリアと巧を交互に眺める。
「お久しぶりです……ご無沙汰しておりました。」
そんな二人に対し、エミリアは委細動じずに会釈した。
「へえ……エミリアって……こんなのがタイプ?って言ってやりたいけど……甲冑に兜のままじゃ、どんな奴かというより年齢すら……いや……手甲までそのままだから男女の区別すら分からない……どゆこと?」
肩までの銀髪に大きな瞳の美少女は、首をかしげながらじっと巧の様子をうかがった。
「巧さんはただの冒険者仲間ですのよ……親密な関係ではございません。それよりも……お部屋は大丈夫でしょうか?一週間は宿泊したいのですけど……私はペルと一緒の部屋が良くて……巧さんは別部屋で……出来れば同じ階の近い部屋がよろしいのですけど……ご用意可能でしょうか?」
巧のことが気になって仕方がない女中に焦れたのか、エミリアが部屋の注文を申し出る。
「あっ……ああ……部屋だったら大丈夫よ。ここんとこ開店休業状態だから……なんせアルミナとの街道封鎖のおかげで……この辺の宿屋はどこも客足が遠のいて……うちは冒険者限定宿だからそうでもなかったけど、最近は一般向けの高級宿も冒険者向けプランなんてのを作って格安で客引きよ……。
おかげでうちみたいな格安宿は……さっぱり。だから部屋はどこでも好きなところを使っても構わない……貸し切り状態だからね……だけど……困ったな……最近は流通が滞っていて、肉野菜がどれも高騰したから……特に肉類がね……客もいないから仕入してないので食事が……。」
銀髪美少女はじっと腕組みし、その形のいい唇をゆがめる。
「そうねえ……お野菜だけの食事になってしまうわねえ……。」
小太りの中年女性も困り顔だ。
「それでしたら問題ありませんのよ……巧さんには食事を提供する必要はございませんし、私の分はこれまで通りに……道中で仕留めてきた魔物肉とキノコ類の一部を組合に卸さずに持参しましたわ。」
エミリアは自身の冒険者の袋から肉の塊とキノコ類を取り出して見せた。
「おおっ……肉は五キロはあるね……だったらこれまで通りにお二人の宿代は無料ってことでいいよ。」
「いけません……いつもならともかく今回は二名でしかも一泊ではなく一週間泊ですからね。それに……宿代とらなければこちらもお困りでしょう?」
気前のいい女中の言葉に対しエミリアが気遣う。
「いや……うちは食堂も一般や冒険者向けに開放しているから……高級宿だと食事代は高い割に量が少なくってとても足りないっていって、若い冒険者らは泊まらないけどうちで食べることが多いのよ。
このところの材料費高騰でちょっと仕入れが滞っていたけれど……これだけ肉があれば十分食堂は再開できるから、そっちの儲けで宿代はチャラでいいよ。」
「いや……お気持ちはありがたいが……エミリアの分は肉代と相殺で構わんかもしれないが、俺の分の宿代はきちんととってくれ。借りを作るわけにはいかないからな……。」
太っ腹の女中に対し巧はそれでも宿代徴収するよう訴えた。
「借りって……別にそんなことじゃないのだけど……。」
それでも銀髪美少女は怪訝そうな表情を見せる。
「いいんですよ……巧さんはそういった性格ですので……仕方がありませんから、巧さんの分だけお支払いということで……お願いいたします。」
玄関先での不毛な論戦が長引くことを恐れたのか、エミリアも折れて巧の折衷案をぶつけた。
「そうですね……ではそう致しましょう……それでは……マッキー……お部屋にご案内して差し上げて……。」
女将と思しき中年女性は美少女女中をマッキーと呼び、そうして何事か小声で告げた。
「分かりました……では……こちらへ……。」
マッキーは納得したのか、二人に背を向けすたすたと廊下を奥へと歩きだした。




