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異世界キャバクラ王 ~酒チートと氷魔法で、夜の社交界を支配する~  作者: 阿鼻恭介
第4章 育つ店、広がる縁

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第69話 貸切前日

 朝の柔らかな陽射しが西通りを優しく照らし始める頃、Club Moon Dropでは今日も変わらぬ一日が始まろうとしていた。


 貸切営業まで、あと一日。


 店内には普段と変わらない穏やかな空気が流れている。


 レンはカウンターの中でグラスを磨きながら、静かに店内を見渡した。


 受付ではロイとディーノが登録帳や会員証を確認し、来店されるお客様を迎える準備を進めている。


 厨房ではルークが軽食と甘い菓子の確認を行い、届いた料理の状態を丁寧に確かめていた。


 ノアは客席を一巡し、椅子やテーブル、照明や花瓶の位置まで細かく確認していく。


 リリア、エルナ、セレナ、ミーナも身だしなみを整え、お客様を迎える準備を終えていた。


 全員が揃ったことを確認すると、レンが静かに声を掛ける。


「みんな。」


 スタッフたちが自然とレンの前へ集まる。


 レンは一人ひとりの顔を見回し、穏やかに微笑んだ。


「いよいよ明日が貸切営業だ。」


 その言葉に、皆の表情が少しだけ引き締まる。


 しかしレンは続けた。


「だからといって、今日やることは何も変わらない。」


「目の前のお客様一人ひとりを大切にする。」


「それがClub Moon Dropだから。」


 リリアが優しく頷く。


「はい。」


 ロイも真っ直ぐレンを見る。


「いつも通り、お迎えします。」


 ディーノも力強く頷いた。


「受付は任せてください。」


 ルークも笑顔を浮かべる。


「料理も、いつも以上に心を込めて提供します。」


 ノア、エルナ、セレナ、ミーナも揃って返事をする。


「はい!」


 店内へ元気な声が響いた。


 レンは安心したように頷く。


「今日も、いつものClub Moon Dropを届けよう。」


 やがて開店時間となる。


 ロイが営業中の札を掛け、昼営業が始まった。


 最初に訪れたのは、何度か来店している商人夫妻だった。


「こんにちは。」


「いらっしゃいませ。」


 リリアが笑顔で迎え、席へ案内する。


 その後も、若い女性二人組や、仕事の合間に立ち寄った商人、依頼帰りの冒険者など、紹介を受けた常連客が少しずつ来店してきた。


 店内は決して満席ではない。


 しかし、どの席からも自然な会話と笑顔が生まれている。


 リリア、エルナ、セレナ、ミーナは、それぞれのお客様へ寄り添いながら穏やかに会話を楽しんでいた。


 レンはカウンターで注文を受け、一杯ずつ丁寧に酒を作っていく。


 氷がグラスへ触れ合う澄んだ音。


 果実酒の甘い香り。


 ビールを注ぐ軽やかな音。


 その一つひとつが、Club Moon Dropらしい空気を作っていた。


 厨房ではルークが料理の状態を確認しながら提供の準備を整える。


 香ばしい香りが店内へ広がると、ロイとディーノが料理を各テーブルへ運んでいく。


「失礼いたします。」


 料理を受け取ったお客様が笑顔になる。


「美味しそうですね。」


「ありがとうございます。」


 ルークは厨房からその様子を見て、小さく微笑んだ。


 お客様が料理を食べ終える頃になると、今度は甘い菓子が運ばれる。


「こちらもどうぞ。」


 ミーナが優しく皿を置く。


「食後に甘い物がいただけるのは嬉しいですね。」


「ありがとうございます。」


「ゆっくり過ごしていただきたいと思っています。」


 そんな何気ない会話が、店内の空気をさらに穏やかなものにしていた。


 レンはカウンターの中から店全体を見渡す。


 リリアが自然な笑顔で会話を広げ、エルナは聞き役に徹しながらお客様を和ませている。


 セレナは料理や酒が減る頃合いを見計らい、さりげなく声を掛ける。


 ミーナは相手の話を優しく受け止め、お客様が安心して話せる空気を作っていた。


 ロイとディーノは料理や酒を運ぶだけではなく、空いた皿を下げ、お客様が何か困っていないかも確認している。


 ノアは店内をゆっくり歩きながら、照明の明るさや室温まで気を配っていた。


(みんな、本当によく動いてくれている。)


 レンは心の中で呟く。


 貸切営業への準備を進める中で、改めて感じる。


 この店は、自分一人で支えているわけではない。


 スタッフ一人ひとりが、自分の役割を理解し、自然に動いているからこそ、この穏やかな空気が生まれている。


 その時、ルークが新しい料理の状態を確認し終えた。


 ロイが受け取り、ディーノと一緒に各テーブルへ運んでいく。


「お待たせしました。」


 料理を口にしたお客様が嬉しそうに微笑む。


「今日も美味しいですね。」


 その声を聞いたルークは厨房で小さく拳を握った。


 金獅子亭の料理を仕上げるのではなく、自分で一から作った料理を食べて喜んでもらいたい。


 その思いは日に日に強くなっていた。


 昼営業は穏やかなまま時間が過ぎていく。


 誰かが騒ぐこともなく、大声が響くこともない。


 それでも店内には笑顔が絶えず、誰もが思い思いの時間を楽しんでいた。


 やがて最後のお客様を見送る時間となる。


「ありがとうございました。」


「またお待ちしております。」


 リリアたちの挨拶が重なり、最後のお客様が店を後にした。


 静かになった店内には、昼営業を終えた心地よい余韻が残っている。


 ロイとディーノは受付を整え、ノアは客席を確認し始めた。


 ルークは厨房で届いた料理の最終確認を行う。


 リリアたちもテーブルを整えながら、それぞれ次の営業へ向けた準備を始めていた。


 レンはカウンターの中でグラスを磨きながら、静かに店内を見渡す。


(明日はいよいよ貸切営業。)


 その日を思い浮かべても、不思議と焦りはなかった。


 今日の昼営業も、皆がいつも通り動いてくれた。


 明日も同じように、一人ひとりが自分の役割を果たせばいい。


 それがClub Moon Dropらしい営業なのだから。


 レンは磨き終えたグラスを棚へ戻し、小さく頷いた。


 穏やかな昼営業は終わりを迎え、店は静かに夜営業の準備へと移っていく。


 そしてその夜、新たな出会いがClub Moon Dropを訪れることを、まだ誰も知らなかった。


 夜の帳がゆっくりと西通りを包み始める。


 店内の照明にも温かな灯がともり、Club Moon Dropは昼営業とはまた違う落ち着いた空気に包まれていた。


 ロイが営業中の札を掛ける。


 夜営業が始まった。


 開店からしばらくして、入口の扉が静かに開く。


「こんばんは。」


 聞き慣れた穏やかな声に、ロイが笑顔で迎えた。


「いらっしゃいませ、アルフレッド様。」


 ディーノも自然に一礼する。


「ご来店ありがとうございます。」


 店へ入ってきたのは、高級織物商を営む正式会員、アルフレッド・ローゼンだった。


 Club Moon Dropが開店した頃から通い続けている正式会員であり、その穏やかな人柄からスタッフたちの信頼も厚い常連客である。


 しかし今日は、一人ではなかった。


 アルフレッドの後ろには、一人の少年が立っている。


 まだ幼さの残る顔立ち。


 真新しい商人見習いの服に身を包み、どこか緊張した様子で店内を見回していた。


 レンも受付へ歩み寄り、穏やかな笑みを浮かべる。


「こんばんは、アルフレッドさん。」


「こんばんは、レンさん。」


 アルフレッドは少年の肩へ軽く手を添えた。


「今日は息子を連れてきました。」


「紹介します。」


「オスカー・ローゼンです。」


 オスカーは慌てて姿勢を正し、深く頭を下げる。


「は、初めまして。」


「オスカー・ローゼンです。」


「よろしくお願いいたします。」


 その声には緊張がにじんでいた。


 レンは静かにオスカーへ視線を向ける。


(鑑定。)


 心の中で静かに唱える。


 視界へ、見慣れた文字が浮かび上がった。


――――――――


名前:オスカー・ローゼン


年齢:16歳


職業:商人見習い


状態:健康


性格傾向:真面目・誠実・素直


現在の目的:父から大人としての振る舞いを学ぶ


警戒度:低


背後影響:父アルフレッド・ローゼン


――――――――


(俺と同い年か。)


 レンは鑑定を終えると、何事もなかったように微笑んだ。


「初めまして。」


「Club Moon Drop店主のレンです。」


「オスカーさんは、おいくつなんですか。」


「じゅ、十六歳です。」


 少し緊張した様子で答えるオスカー。


 レンは穏やかに頷いた。


「そうなんですね。」


「実は私も十六歳なんです。」


「えっ……?」


 オスカーは思わずレンを見つめる。


「て、店主……ですよね?」


「はい。」


 レンは静かに頷いた。


 オスカーは言葉を失った。


 目の前にいるのは、多くの大人から信頼され、この店を経営している店主。


 その人物が、自分と同じ十六歳だとは、とても信じられなかった。


「すごい……。」


 思わず本音が漏れる。


 アルフレッドも穏やかに笑った。


「私も初めてお会いした時は、まさか十六歳だとは思いませんでした。」


「レンさんは年齢以上に落ち着いていらっしゃいますからね。」


 レンは少し照れたように笑う。


「ありがとうございます。」


 その時、ミーナが受付へ歩み寄ってきた。


「アルフレッド様。」


「こんばんは。」


「いつもご来店ありがとうございます。」


 アルフレッドは穏やかに笑みを返す。


「こんばんは、ミーナさん。」


「今日も、いつも通りお願いできますか。」


「もちろんです。」


 ミーナは柔らかな笑顔で頷いた。


 そして、オスカーへ優しく微笑み掛ける。


「初めまして。」


「ミーナです。」


「今日はゆっくりお過ごしくださいね。」


 その瞬間だった。


 オスカーの鼓動が大きく跳ねた。


(……綺麗だ。)


 思わず見とれてしまう。


 柔らかな笑顔。


 優しく透き通るような声。


 穏やかな眼差し。


 相手を安心させるような雰囲気。


 これまで同年代の女性とほとんど話したことがないオスカーにとって、その笑顔はあまりにも眩しかった。


「オスカー様?」


 ミーナが優しく首を傾げる。


「あっ……。」


「す、すみません!」


 オスカーは慌てて頭を下げる。


 耳まで真っ赤になっていた。


 アルフレッドは思わず吹き出した。


「ははは。」


「家でもここまで緊張する姿は見たことがありません。」


 ミーナもくすりと笑う。


「無理にお話ししなくても大丈夫ですよ。」


「今日はお父様のお話を聞きながら、ゆっくりお過ごしください。」


「はい……。」


 ようやく返事をするのが精一杯だった。


 二人はミーナに案内され席へ着く。


 アルフレッドはいつものようにビールを注文し、オスカーには果実水が運ばれた。


 レンはカウンターへ戻り、アルフレッドの注文を受ける。


「いつものビールをお願いします。」


「かしこまりました。」


 レンは丁寧にビールを注ぎ、冷えたグラスへ静かに泡を立たせる。


 その間にも、ミーナはアルフレッドとの会話を始めていた。


「お仕事の方はいかがですか。」


「ありがたいことに忙しくしています。」


「先日は王都から珍しい織物が届きましてね。」


「王家御用達の工房で織られた布なんですが、色合いも手触りも素晴らしく、多くのお客様に喜んでいただけました。」


「それは素敵ですね。」


「私も一度拝見してみたいです。」


「今度、小さな布見本を持ってきますよ。」


「本当ですか。」


「ありがとうございます。」


 二人の会話はいつも通り穏やかに弾んでいく。


 一方、オスカーはほとんど言葉を発することができなかった。


 父の話を聞いているようで、その実、視線は何度もミーナへ向いてしまう。


 相手の話を楽しそうに聞く姿。


 自然な笑顔。


 優しく相槌を打つ声。


 その一つひとつが胸へ深く刻まれていく。


(もっと話してみたい……。)


(でも、何を話せばいいんだろう。)


 言葉が見つからない。


 胸だけが熱くなっていく。


 そんなオスカーへ、ミーナは時折優しく声を掛けた。


「オスカー様。」


「果実水のお味はいかがですか。」


「お、おいしいです。」


「ありがとうございます。」


「よかったです。」


 その笑顔を向けられるたびに、胸の鼓動は速くなる。


 アルフレッドはそんな息子の様子を横目で見ながら、小さく微笑んだ。


 営業も終盤を迎えた頃、アルフレッドはレンへ声を掛ける。


「レンさん。」


「はい。」


「息子を仮会員として登録していただけますか。」


「これから少しずつ、この店のことを知ってもらい、大人としての振る舞いを覚えさせたいと思いまして。」


 レンは穏やかに頷いた。


「ありがとうございます。」


「アルフレッドさんからのご紹介ですので、喜んでお受けいたします。」


 ロイが受付で仮会員証を用意し、ディーノが登録帳へオスカーの名前を書き記す。


「オスカー様。」


「こちらが仮会員証になります。」


 オスカーは両手で大切そうに受け取り、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。」


 レンは優しく微笑む。


「またいつでもお越しください。」


「Club Moon Drop一同、お待ちしております。」


「はい。」


 そう返事をしながらも、オスカーの視線は自然とミーナを追っていた。


 ミーナは別のお客様を見送った後、オスカーへも優しく微笑み、一礼する。


「本日はありがとうございました。」


 その笑顔は、オスカーの胸へ静かに刻まれる。


 まだ本人は、この胸の高鳴りの正体を知らない。


 しかし、この夜芽生えた小さな想いは、これから少しずつ大きく育ち、やがてClub Moon Dropに新たな出来事をもたらすことになるのだった。


 アルフレッドとオスカーを見送った後も、Club Moon Dropの夜営業は穏やかに続いていた。


 店内では数組の正式会員が酒と料理を楽しみ、リリア、エルナ、セレナ、ミーナがそれぞれの席で会話を続けている。


 ロイとディーノは料理や酒を運びながら、空いた皿やグラスを静かに下げていた。


 厨房ではルークが金獅子亭から届いた料理の状態を確認し、客席の様子を見ながら提供する順番を整えている。


 ノアは店内全体へ目を配り、照明や室温、お客様の様子を細かく確認していた。


 レンはカウンターの中で新しい注文の酒を作りながら、先ほど店を後にしたオスカーの姿を思い出していた。


(随分と緊張していたな。)


 今の身体の年齢は、オスカーと同じ十六歳。


 だが、レンには前の世界で二十一歳まで生きた記憶がある。


 大学へ通い、黒服として働き、酒の席でさまざまな人間を見てきた。


 その経験を持つ自分と、商人見習いとして歩み始めたばかりのオスカーを、年齢だけで比べることはできない。


 アルフレッドが望んでいるのも、息子を誰かと競わせることではないのだろう。


 多くの人と接し、会話を交わし、少しずつ大人としての振る舞いを身につけてほしい。


 だからこそ、この店へ連れてきたのだ。


(この店で過ごす時間が、少しでもオスカーさんの役に立てばいいな。)


 レンが完成した酒をロイへ渡した、その時だった。


 入口の扉が静かに開く。


「こんばんは。」


 低く落ち着いた声が店内へ響いた。


 受付に立っていたロイが顔を上げ、すぐに姿勢を正す。


「いらっしゃいませ、レオナルド様。」


 ディーノも隣で丁寧に一礼した。


「ご来店ありがとうございます。」


 その名を耳にしたレンも、カウンターから入口へ視線を向ける。


 そこに立っていたのは、以前この店を訪れたレオナルドだった。


 整えられた服装と、堂々とした佇まい。


 ただ立っているだけでも、周囲の目を引く存在感がある。


 しかし、その表情は以前に比べて幾分穏やかだった。


 レンはカウンターを出て迎えに向かう。


「こんばんは、レオナルドさん。」


「再びお越しいただき、ありがとうございます。」


「こんばんは、レンさん。」


 レオナルドは軽く頭を下げると、店内をゆっくりと見渡した。


「明日は貸切営業だと聞きました。」


「その前に、もう一度こちらへ伺っておこうと思いましてね。」


「ありがとうございます。」


 レンは穏やかに微笑んだ。


 リリアが歩み寄る。


「レオナルド様。」


「こちらへどうぞ。」


 そう言って案内したのは、レンの正面にあるカウンター席だった。


「ありがとうございます。」


 レオナルドは静かに腰を下ろし、カウンター越しにレンへ視線を向ける。


「今日はビールをいただけますか。」


「かしこまりました。」


 レンは冷えたグラスを用意し、丁寧にビールを注いだ。


 黄金色の液体がグラスを満たし、その上にきめ細かな泡がゆっくりと形作られていく。


「お待たせしました。」


「ありがとうございます。」


 レオナルドはグラスを手に取り、ゆっくりと一口味わった。


 喉を潤した後、満足そうに息を吐く。


「やはり美味しい。」


「以前いただいた時と変わらない味です。」


「ありがとうございます。」


 レンは笑顔で頭を下げた。


「いつ来店されても同じ美味しさを楽しんでいただけるよう、心掛けています。」


 レオナルドは静かに頷き、カウンター席から店内へ視線を巡らせた。


 リリアは担当するお客様の話へ耳を傾けながら、自然に会話を広げている。


 エルナとセレナも、相手の表情や酒の進み具合を見ながら、それぞれに合った距離で接客していた。


 ミーナは穏やかな笑顔で、お客様の話を楽しそうに聞いている。


 ロイとディーノは互いの動きを確認しながら、必要な場所へ迷いなく向かっていた。


 厨房ではルークが料理の状態と客席の進み具合を確認し、提供する頃合いを判断している。


 ノアは目立たない位置から店内全体を見渡し、小さな乱れにもすぐ気付いて整えていた。


「以前伺った時より、さらに動きが自然になっていますね。」


 レオナルドが静かに口を開く。


「誰かの指示を待っている者がいない。」


「それぞれが自分の役割を理解し、必要な時には周囲を支えている。」


 レンは仲間たちへ視線を向けた。


「皆が頑張ってくれています。」


「私はカウンターから全体を見て、必要な時に声を掛けているだけです。」


 レオナルドは小さく笑った。


「それが簡単ではないのですよ。」


「自分ですべてを抱え込まず、任せるべき相手へ任せる。」


「それも、上に立つ者に必要な力です。」


 レンは少し照れたように笑う。


「まだ判断を間違えることもあります。」


「それで構いません。」


 レオナルドは迷いなく答えた。


「一度も失敗しない者などいない。」


「大切なのは、失敗した時に原因を考え、次へ繋げることです。」


「そして、店全体で成長していくことです。」


 レンは真剣な表情で頷いた。


「はい。」


 しばらくすると、ロイが料理を運んでくる。


「失礼いたします。」


 香ばしい匂いが漂う皿が、レオナルドの前へ置かれた。


 レオナルドは料理を見つめ、わずかに目を細める。


「以前よりも、盛り付けと提供の状態が整っていますね。」


 レンは厨房へ視線を向けた。


「ルークが届いた料理の状態を確認し、必要な手直しを加えています。」


「提供する順番や温度も、客席の様子を見ながら判断してくれています。」


 レオナルドは料理を一口味わい、静かに頷いた。


「細かなところまで、よく気を配っていますね。」


「ルークは以前、別の店で料理人として働いていたんです。」


 レンがそう伝えると、レオナルドは納得したように頷く。


「なるほど。」


「それなら、この仕上がりにも納得できます。」


「はい。」


 レンは嬉しそうに微笑んだ。


「今は金獅子亭の料理を中心に提供していますが、ルークは一から料理を作ることもできます。」


「この店の酒に合う料理も、少しずつ考えてくれています。」


 レオナルドはもう一口料理を味わった。


「それは楽しみですね。」


「いつか、この店でしか味わえない料理が並ぶ日も来るのでしょう。」


「私も楽しみにしています。」


 レンは力強く頷いた。


 厨房で二人の会話を聞いていたルークは、わずかに手を止める。


 以前の店でも、料理人として数多くの料理を作ってきた。


 しかし、店が変われば求められる料理も変わる。


 酒との相性。


 提供する時間。


 お客様の好み。


 そして、Club Moon Dropの穏やかな空気に合う一皿。


 自分の経験をこの店でどう生かしていくのか。


 それを考える時間は、ルークにとって苦しいものではなかった。


 むしろ、自分の料理をこの店へ根付かせていくことが、新たな目標になりつつある。


 ルークは再び手を動かし、次に提供する料理の状態を丁寧に確かめた。


 その後もレオナルドは、酒と料理をゆっくり味わいながら、カウンター越しにレンと言葉を交わした。


 時折店内へ視線を向けては、それぞれの働きを静かに見守っている。


 誰か一人だけが目立つのではなく、それぞれが自分の役割を果たし、必要な時には自然に支え合う。


 その流れが、以前よりも確かなものになっていた。


 やがて営業終了の時間が近付き、レオナルドはグラスを静かに置いた。


「レンさん。」


「はい。」


「明日の貸切営業ですが、もう心配する必要はないでしょう。」


 レンは少し驚いたようにレオナルドを見る。


「そう思われますか。」


「ええ。」


 レオナルドは穏やかに微笑んだ。


「酒、接客、料理、受付、店内管理。」


「すべてが一つの店として繋がっています。」


「今の皆さんであれば、十二名のお客様を迎えても問題ありません。」


 レンは静かに耳を傾ける。


「もう、一流の店と呼んでもよいでしょう。」


 その言葉に、レンは思わず目を見開いた。


「一流……ですか。」


「ええ。」


 レオナルドは力強く頷く。


「胸を張ってください。」


「明日も今日と同じように、お客様を迎えればいい。」


「特別なことをしようとする必要はありません。」


 それは、レンが何度も仲間たちへ伝えてきた言葉と同じだった。


 レンは少しだけ肩の力を抜き、穏やかに微笑む。


「ありがとうございます。」


「明日も、いつものClub Moon Dropをお届けします。」


「それで十分です。」


 レオナルドは満足そうに頷き、カウンター席から立ち上がった。


「本日はありがとうございました。」


 リリアたちも揃って頭を下げる。


「またお待ちしております。」


「次に来る時も、楽しみにしています。」


 レオナルドは最後に店内を見渡し、静かな笑みを残して店を後にした。


 やがて最後のお客様も帰り、店内には一日の営業を終えた静けさが戻ってくる。


 ロイとディーノは受付を片付け、ノアは客席を整えていく。


 ルークは厨房で明日の料理と必要な備品を確認し、リリアたちも最後の清掃を進めていた。


 レンはカウンターの中でグラスを磨きながら、仲間たちへ視線を向ける。


「みんな。」


 全員が手を止めた。


「今日もお疲れ様。」


「いよいよ明日が貸切営業だ。」


 リリアが穏やかに微笑む。


「はい。」


「明日もよろしくお願いします。」


 ロイ、ディーノ、ルーク、ノア、エルナ、セレナ、ミーナも揃って頷いた。


「よろしくお願いします。」


 レンは仲間たちの顔を一人ずつ見回す。


 ここまで積み重ねてきた日々。


 失敗し、話し合い、少しずつ作り上げてきた店。


 今なら、明日の貸切営業も全員で乗り越えられる。


「特別なことはしなくていい。」


「いつものClub Moon Dropを届けよう。」


「はい!」


 全員の返事が、静かな店内へ力強く響いた。


 貸切営業まで、あと一日。


 レンたちが積み重ねてきたものを届ける時が、ついに目前まで迫っていた。

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