第68話 貸切営業へ向けて
朝の柔らかな陽射しが西通りを優しく照らし始める頃、Club Moon Dropでは今日も変わらぬ一日が始まろうとしていた。
貸切営業まで、あと二日。
バルドの酒商会幹部十二名を迎える特別な営業が控えている。
しかし店内には、不思議なほど普段と変わらない穏やかな空気が流れていた。
レンはカウンターの中で一つひとつ丁寧にグラスを磨きながら、その光景を静かに眺める。
(特別な営業だからこそ、特別なことはしない。)
(俺たちが届けるのは、いつものClub Moon Dropだ。)
昨日、スタッフたちへ伝えた言葉を、改めて自分自身にも言い聞かせる。
それが、この店らしさを守るために最も大切なことだと信じていた。
ほどなくして、スタッフたちが次々と出勤してくる。
「おはようございます。」
最初に姿を見せたのはリリアだった。
「おはよう。」
レンが笑顔で返すと、エルナ、セレナ、ミーナも続いて店へ入り、それぞれ明るく挨拶を交わす。
少し遅れてロイとディーノが受付へ向かい、ノアは店内を一巡し始めた。
厨房ではルークがすでに軽食の仕込みを始めている。
食材を刻む小気味よい音と、香ばしい香りが静かな店内へゆっくりと広がっていく。
全員の準備が整ったところで、レンが声を掛けた。
「みんな。」
自然と全員が手を止め、レンの前へ集まる。
レンは一人ひとりの顔を見回した。
「貸切営業まであと二日だけど、焦る必要はない。」
「今日も一人ひとりのお客様を大切にしよう。」
「いつも通りが、この店の一番の強みだから。」
リリアが優しく微笑む。
「はい。」
ロイも力強く頷く。
「今日も頑張ります。」
「よろしくお願いします。」
「はい!」
元気な返事が店内へ響いた。
やがて開店時間となる。
ロイが営業中の札を掛け、昼営業が始まった。
最初に姿を見せたのは、正式会員のエミリアだった。
「おはようございます。」
「いらっしゃいませ、エミリア様。」
リリアが笑顔で迎える。
その後ろには、商人の奥方、若い女性、そしてその友人の姿もあった。
すっかり昼営業の常連となった四人である。
「今日もよろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
リリアが席へ案内し、エルナ、セレナ、ミーナも自然にそれぞれのお客様のもとへ向かっていく。
レンはカウンターで注文を受けると、一杯ずつ丁寧に酒を作り始めた。
氷の澄んだ音が静かに響き、果実酒の甘い香りが店内へ広がっていく。
厨房ではルークが頃合いを見ながら軽食を仕上げ、ロイとディーノが出来上がった料理を各テーブルへ運ぶ。
ノアは客席をゆっくり歩き、照明や椅子の位置、お客様の様子まで細かく確認していた。
誰も慌てることなく、それぞれが自分の役割を自然にこなしていく。
その穏やかな空気を見つめながら、レンは小さく微笑んだ。
(みんな、本当に成長したな。)
以前なら、自分が声を掛けなければ動けなかったことも多かった。
だが今では違う。
誰もが自分の役割を理解し、必要なことを自ら考えて動けるようになっている。
そんなことを考えていると、入口の扉が静かに開いた。
「こんにちは。」
ロイが笑顔で迎える。
「いらっしゃいませ。」
ディーノも丁寧に一礼する。
現れたのは冒険者ギルド受付嬢のミレイナだった。
レンもその姿に気付き、笑顔で声を掛ける。
「ミレイナさん。」
「こんにちは。」
ミレイナは柔らかく微笑む。
「今日もお休みでしたので、お邪魔しました。」
「ありがとうございます。」
リリアも歩み寄る。
「いらっしゃいませ。」
「こちらへどうぞ。」
「よろしくお願いします。」
ミレイナは案内されながら店内を見回した。
「今日も落ち着いた雰囲気ですね。」
リリアが嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。」
「そう言っていただけるのが一番嬉しいです。」
レンはカウンターでミレイナのために冷やし果実酒を丁寧に仕上げる。
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
ミレイナはゆっくりと一口味わい、優しく目を細めた。
「やっぱり美味しいですね。」
「ありがとうございます。」
「昼営業は、ゆっくり過ごしていただけるよう心掛けています。」
店内ではエミリアたちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
女性キャストたちも自然な笑顔で会話を楽しみ、お客様一人ひとりへ寄り添っていた。
やがてルークが仕上げた軽食が運ばれる。
「失礼いたします。」
ロイが皿を置くと、続いてディーノが甘い菓子を運んできた。
「食後にどうぞ。」
ミレイナは嬉しそうに微笑む。
「昼営業でここまで丁寧なおもてなしを受けられるお店は珍しいですね。」
リリアが少し照れながら答えた。
「皆様にゆっくり過ごしていただきたいんです。」
「その気持ちが伝わってきます。」
レンはカウンターの中から、そのやり取りを静かに見守る。
料理があり、酒があり、会話がある。
そして、そのすべてを支える仲間たちがいる。
そのどれか一つでも欠ければ、この穏やかな空気は生まれない。
だからこそ、レンは今日も店全体へ目を配り続ける。
時間はゆっくりと流れ、昼営業は終盤を迎えた。
最後のお客様を見送り、ミレイナも席を立つ。
「今日もありがとうございました。」
レンが笑顔で頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
「また来ますね。」
「はい。お待ちしております。」
リリアも笑顔で見送った。
静かに扉が閉まると、店内は昼営業を終えた穏やかな静けさに包まれる。
ロイとディーノは受付を整え、ノアは客席を確認し始めた。
リリアたちはテーブルを片付け、夜営業へ向けた準備に取り掛かる。
レンは厨房へ足を運び、仕込みを進めているルークへ声を掛けた。
「ルーク。」
「はい。」
ルークは手を止めて振り返る。
レンは穏やかに微笑んだ。
「貸切営業の日だけど、十二名分の軽食と甘い菓子をお願いしたい。」
ルークは迷うことなく力強く頷く。
「任せてください。」
「皆さんに喜んでいただける料理をお出しします。」
その頼もしい返事に、レンは安心したように笑う。
「ありがとう。」
「料理の内容も少し相談したい。」
「俺もそう思っていました。」
ルークは真剣な表情で答える。
「せっかくの貸切ですから、提供する順番や料理の内容も考えたいです。」
レンは頷いた。
「それじゃあ、このあと金獅子亭へ行こう。」
「マルクさんにも相談してみよう。」
「はい。」
ルークは笑顔で返事をした。
二人は貸切営業を成功させるため、さらに具体的な準備を進めることを決める。
穏やかな昼営業を終えたClub Moon Dropは、次の大切な一日へ向け、静かに歩みを進めていた。
金獅子亭から戻ったレンとルークを迎えたのは、夜営業へ向けて準備を進めるスタッフたちの姿だった。
店内ではロイとディーノが受付周辺を整え、ノアは客席を一つひとつ確認している。
リリア、エルナ、セレナ、ミーナも身だしなみを整えながら、昼営業で使用したテーブルや椅子の状態を見直していた。
いつもと変わらない光景。
しかし、二日後にはこの店へ、バルドの酒商会を支える幹部十二名が訪れる。
その中には、これまでClub Moon Dropへ何度も敵意を向けてきたカイルもいる。
だからといって、誰か一人に余計な緊張を背負わせるわけにはいかない。
レンは店内を見渡した後、静かに声を掛けた。
「みんな。」
それぞれの作業をしていたスタッフたちが手を止める。
リリアが最初にレンの前へ歩み寄り、続いてエルナ、セレナ、ミーナも集まった。
受付からはロイとディーノが移動し、厨房からはルークも姿を見せる。
最後にノアが店内を確認してから、ゆっくりと輪へ加わった。
全員が揃ったことを確認すると、レンは口を開く。
「夜営業の前に、二日後の貸切営業について確認しておきたい。」
スタッフたちの表情が自然と引き締まる。
「今日、ルークと一緒に金獅子亭へ行ってきた。」
「マルクさんにも相談して、料理の内容と提供する順番をある程度決めてきた。」
ルークが小さく頷く。
「軽食は最初からすべてを並べるのではなく、お酒の進み方を見ながら何度かに分けてお出しする予定です。」
「温かい料理は、出来上がり次第すぐに提供します。」
「最後には甘い菓子もご用意します。」
エルナが少し驚いたように目を丸くした。
「十二名分を何度かに分けて出すんですね。」
「はい。」
ルークは真剣な表情で答える。
「一度に作ると、せっかくの料理が冷めてしまいます。」
「皆様が一番美味しい状態で召し上がれるよう、時間を見ながら仕上げます。」
セレナが感心したように微笑む。
「それなら、私たちもお客様のお食事の進み具合をきちんと見ておかないといけませんね。」
「その通り。」
レンは頷いた。
「料理だけじゃなく、酒を出すタイミングも重要になる。」
「だから今日は、当日の役割を細かく確認しておきたい。」
レンは全員の顔を見回してから、自分の役割について話し始めた。
「まず俺は、いつも通りカウンターに立つ。」
「酒を作りながら、店全体の流れを見る。」
「お客様の注文や酒の進み具合を確認して、必要があればみんなへ声を掛ける。」
ロイが頷く。
「レン様がカウンターから全体を確認されるのであれば、私たちも動きやすいと思います。」
「うん。」
レンは続ける。
「リリアには、キャスト全体のまとめ役をお願いしたい。」
リリアは静かに姿勢を正した。
「承知しました。」
「エルナ、セレナ、ミーナの接客を見ながら、必要があれば担当する席を調整してほしい。」
「十二名のお客様が同じテーブルを囲むことになるけど、話題や会話の輪が一つとは限らない。」
「何人かずつ会話が分かれる可能性もある。」
リリアはその光景を想像するように少し考えた。
「一つの大きな席として見るのではなく、それぞれのお客様の様子を確認するんですね。」
「そう。」
「全員を同じように楽しませようと無理をする必要はない。」
「話したい方もいれば、静かに酒を飲みたい方もいるはずだ。」
「一人ひとりに合わせてほしい。」
リリアは力強く頷いた。
「分かりました。」
「皆と声を掛け合いながら対応します。」
レンはエルナ、セレナ、ミーナへ視線を移す。
「三人は、いつも通り接客をお願いする。」
「ただし、今回は人数が多い。」
「一人のお客様だけに集中しすぎず、周囲の様子も見るようにしてほしい。」
「はい。」
エルナが最初に返事をする。
「お酒が空いている方や、会話へ入りづらそうな方がいないか確認します。」
セレナも続けた。
「料理を召し上がる速さも見ておきます。」
「次のお料理をお出しする頃合いを、リリアさんやレンさんへ伝えます。」
ミーナも少し緊張した表情を浮かべながら頷く。
「私も周りをよく見ます。」
「困っている方がいたら、すぐに声を掛けます。」
レンは三人の返事を聞き、穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。」
「無理に会話を盛り上げようとしなくてもいい。」
「いつも通り、相手の話を聞くことを大切にしてほしい。」
「はい。」
三人の声が重なった。
次にレンはロイへ視線を向ける。
「ロイは受付責任者をお願いする。」
「承知しました。」
「今回は貸切だから、通常のお客様が来店されることはない。」
「ただ、幹部十二名を一度に迎えることになる。」
「入店時に混乱しないよう、バルドさんに確認しながら一人ずつ丁寧に案内してほしい。」
「かしこまりました。」
ロイは真剣な表情で頷く。
「受付が終わった後は、店内の巡回にも入ってもらう。」
「料理や酒を運ぶ手が足りない時は、そちらも手伝ってほしい。」
「はい。」
レンは続いてディーノを見る。
「ディーノはロイの補助だ。」
「はい。」
ディーノは背筋を伸ばした。
「お客様がお揃いになるまでは受付を手伝って、全員が入店された後は店内を巡回してほしい。」
「空いた皿やグラスを下げたり、料理を運んだり、必要なことを見つけて動いてくれ。」
「分かりました。」
ディーノは少し考えてから口を開く。
「もしカイルさんが何かおっしゃった場合は、どのように対応すればよろしいでしょうか。」
その言葉に、店内の空気がわずかに静まった。
誰もが心のどこかで気にしていたことだった。
レンはすぐに答えず、全員の顔を見回す。
「特別な対応はしなくていい。」
落ち着いた声だった。
「何か注文されたら、他のお客様と同じように対応する。」
「店への不満を言われた場合も、まずは話を聞く。」
「その場で判断が難しければ、俺かロイを呼んでくれ。」
ディーノは真剣に頷いた。
「はい。」
「決して言い返したり、感情的になったりしないようにします。」
「それでいい。」
レンは優しく微笑む。
「一人で抱え込む必要もない。」
「みんなで対応するから。」
その言葉に、ディーノの表情から少しだけ緊張が抜けた。
レンは厨房側へ視線を向ける。
「ルークは料理に集中してほしい。」
「はい。」
「十二名分を用意するのは大変だと思う。」
「だから、料理を運ぶことや皿を下げることは、ロイとディーノに任せていい。」
「ルークは厨房から出なくても大丈夫だ。」
ルークは少し迷うような表情を浮かべた。
「お客様の反応を自分でも確認したい気持ちはあります。」
レンはその気持ちを理解したように笑う。
「料理の感想は、俺たちがきちんと伝える。」
「一番大切なのは、ルークが落ち着いて料理を作れることだ。」
リリアも微笑んだ。
「私たちも、お客様の言葉をしっかり覚えておきます。」
「ありがとうございます。」
ルークは安心したように頷く。
「厨房は任せてください。」
「皆様に喜んでいただけるよう、丁寧に仕上げます。」
最後にレンはノアへ顔を向けた。
「ノアは店内の確認と、備品の管理をお願いする。」
「承知しました。」
「グラスや皿が足りなくならないように確認してほしい。」
「照明や室温、椅子の位置も見ておいてくれ。」
「誰かの手が足りない時は、その補助にも入ってほしい。」
ノアは穏やかに微笑んだ。
「店内全体を見ながら、皆が動きやすいように整えます。」
「ありがとう。」
それぞれの役割が決まり、スタッフたちは互いに顔を見合わせる。
人数の多い貸切営業。
酒商会の幹部たち。
そしてカイルの来店。
緊張する理由はいくつもあった。
だが、役割が明確になったことで、誰もが自分のやるべきことを理解し始めていた。
レンは全員の前に立ち、改めて静かに口を開く。
「特別な営業だけど、やることは変わらない。」
「目の前のお客様を大切にする。」
「酒を丁寧に作る。」
「料理を一番美味しい状態で出す。」
「気持ちよく過ごしていただけるよう、周りを見る。」
スタッフたちは真剣な表情で耳を傾けている。
「必要以上に緊張することもない。」
「俺たちが届けるのは、いつものClub Moon Dropだ。」
リリアが最初に微笑んだ。
「はい。」
ロイが力強く頷く。
「全員で支えます。」
ルークも真っ直ぐレンを見る。
「料理は任せてください。」
エルナ、セレナ、ミーナ、ディーノ、ノアも、それぞれ決意を込めて頷いた。
「いつも通り、お客様をお迎えします。」
全員の声が自然と重なる。
「はい!」
その返事が、夜営業を前にした静かな店内へ力強く響いた。
レンは仲間たちの顔を一人ずつ見つめ、ゆっくりと頷く。
不安が完全になくなったわけではない。
予想していない出来事が起こる可能性もある。
それでも、自分たちなら乗り越えられる。
誰か一人の力ではなく、全員で支え合えばいい。
「それじゃあ、夜営業の準備を始めよう。」
「はい。」
スタッフたちはそれぞれの持ち場へ戻っていく。
リリアたちは最後の身だしなみを確認し、ロイとディーノは受付へ向かう。
ルークは厨房へ戻り、ノアは店内をもう一度ゆっくりと歩き始めた。
レンもカウンターの中へ入り、並べられたグラスを確認する。
貸切営業まで、あと二日。
その日へ向けた準備は、少しずつ確かな形になり始めていた。
夜の帳がゆっくりと西通りを包み始める頃、Club Moon Dropでは夜営業の準備が整っていた。
昼営業を終えた店内は再び静けさを取り戻し、磨き上げられたグラスが照明の柔らかな光を受けて静かに輝いている。
レンはカウンターの中で最後の確認を終えると、店内を見渡した。
リリア、エルナ、セレナ、ミーナは笑顔でお客様を迎える準備を整え、ロイとディーノは受付で姿勢を正している。
ルークは厨房で軽食の最終確認を行い、ノアは客席や照明、花瓶の位置まで丁寧に確認していた。
全員の視線が自然とレンへ集まる。
レンは穏やかに微笑んだ。
「みんな。」
スタッフたちが静かに頷く。
「今日もいつも通り、一人ひとりのお客様を大切にしよう。」
「はい!」
揃った返事が店内へ心地よく響いた。
ロイが営業中の札を掛ける。
夜営業が始まった。
最初に扉を開けたのは、ガイルだった。
「こんばんは。」
「いらっしゃいませ、ガイル様。」
ロイが笑顔で迎える。
その後ろにはサラとボルドの姿もあった。
「こんばんは。」
ディーノも自然な動きで一礼する。
「三人ともお揃いですね。」
ガイルは笑顔で頷いた。
「ああ。今日も世話になる。」
「ありがとうございます。」
リリアが歩み寄る。
「こちらへどうぞ。」
三人はいつもの席へ案内される。
レンもカウンター越しに頭を下げた。
「こんばんは。」
「今日もありがとうございます。」
ガイルは手を軽く上げた。
「こっちこそ、楽しみにしてたぞ。」
レンは三人の好みに合わせて酒を作り始める。
ビールを注ぐ音。
氷がグラスへ触れ合う澄んだ音。
静かな店内に心地よく響いていく。
「お待たせしました。」
三人の前へ酒が並ぶ。
サラは冷やし果実酒を眺めながら微笑んだ。
「いつ見ても綺麗ですね。」
「ありがとうございます。」
レンも穏やかに笑う。
「見た目も楽しんでいただけるよう心掛けています。」
ボルドはビールを一口飲み、大きく頷いた。
「やっぱり美味い。」
「毎回来るたびに、飲みたくなる味だ。」
「ありがとうございます。」
その言葉を聞いたルークも厨房で少しだけ笑みを浮かべた。
酒だけではない。
これから料理も運ばれる。
今日も美味しいと言ってもらえるよう、丁寧に仕上げよう。
そんな思いを込めながら、軽食の最後の仕上げを進めていく。
しばらくして、入口の扉が再び開いた。
「こんばんは。」
落ち着いた声とともに姿を現したのはリオネルだった。
「いらっしゃいませ、リオネル様。」
ロイが笑顔で迎える。
リオネルは店内を見回し、ガイルたちの姿に気付くと穏やかに微笑んだ。
「皆さん、お揃いですね。」
ガイルが笑う。
「リオネルさん。」
「よかったら一緒にどうだ。」
リオネルは一度レンへ視線を向ける。
レンが静かに頷くと、安心したように笑った。
「それでは、お言葉に甘えます。」
リリアが自然な動きで椅子を一脚追加する。
「こちらへどうぞ。」
こうして四人は同じテーブルを囲むことになった。
レンはリオネルの分の酒を用意し、丁寧に差し出す。
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
リオネルは軽く頭を下げ、ゆっくりとグラスを手に取った。
やがてルークが仕上げた軽食が運ばれてくる。
「失礼いたします。」
ロイが皿を置き、続いてディーノが追加の料理を運ぶ。
焼きたての香りがふわりと広がる。
「美味しそうですね。」
サラが嬉しそうに微笑む。
「今日は特に香りがいいですね。」
ルークは厨房からその声を聞き、小さく胸を撫で下ろした。
料理を口へ運んだボルドが何度も頷く。
「この軽食も酒によく合うな。」
「食べ過ぎるくらい美味い。」
ガイルも笑う。
「この店は酒だけじゃない。」
「料理も楽しみなんだ。」
レンはその言葉に笑顔で頭を下げた。
「ありがとうございます。」
店内には穏やかな会話が流れていた。
ガイルたちは最近の依頼について語り合い、リオネルも時折商人としての話を交えながら会話へ加わる。
立場の違う者同士が自然に言葉を交わす。
それもClub Moon Dropでは当たり前の光景になりつつあった。
やがて頃合いを見て、甘い菓子が運ばれる。
「こちらもどうぞ。」
リリアが優しく皿を置く。
そのタイミングで、ガイルがグラスを軽く持ち上げた。
「甘い物には、少し強めの酒が欲しくなるな。」
ボルドも頷く。
「確かに。氷入りの蒸留酒を頼む。」
リオネルも静かに口を開いた。
「私も同じものをお願いします。」
サラは少し考えてから微笑む。
「私は、冷たい果実酒を少し甘さを抑えたものをいただけますか。」
レンは頷いた。
「かしこまりました。」
カウンターで手際よく酒を用意する。
氷を入れたグラスに蒸留酒を注ぎ、透明な液体が静かに揺れる。
サラのためには、甘さを調整した冷やし果実酒を丁寧に仕上げた。
「お待たせしました。」
それぞれの前に新しい酒が置かれる。
サラは一口飲み、嬉しそうに微笑んだ。
「ちょうどいい甘さです。」
「ありがとうございます。」
ガイルは蒸留酒を口に含み、満足そうに息を吐く。
「いいな。甘い菓子とよく合う。」
ボルドも頷いた。
「これは進むな。」
リオネルも静かに味わいながら微笑む。
「組み合わせまで考えられているのが、この店らしいですね。」
エルナが優しく微笑む。
「ありがとうございます。」
「最後まで楽しんでいただけるようご用意しています。」
ガイルは店内をゆっくり見渡した。
リリアたちは自然な笑顔でお客様へ寄り添い、ロイとディーノは必要な時だけ静かに動く。
ノアは店内全体を見ながら、お客様が困ることのないよう気を配っていた。
カウンターではレンが一杯ずつ丁寧に酒を作り続けている。
その様子を眺めながら、ガイルがぽつりと口を開いた。
「最近、この店の雰囲気がますます良くなったな。」
レンは少し照れくさそうに笑う。
「ありがとうございます。」
「みんなのおかげです。」
ガイルは静かに頷いた。
「最初の頃も居心地は良かった。」
「でも今は、それぞれが自然に動いている。」
「誰か一人が頑張って店を回している感じじゃない。」
その言葉に、リオネルも同意するように微笑んだ。
「私も同じことを感じました。」
「スタッフの皆さんの息が、とても合っています。」
「お互いに何をすればいいか分かっている。」
「だから店全体に余裕がありますね。」
レンは仲間たちへ視線を向けた。
リリアが笑顔で接客をし、エルナたちも自然に会話へ加わっている。
ロイとディーノは声を掛け合いながら料理を運び、ノアは静かに客席を整える。
厨房ではルークが次の料理を丁寧に仕上げていた。
「まだまだ勉強中です。」
レンは穏やかに答える。
「皆が支えてくれているから、今のClub Moon Dropがあります。」
ガイルは満足そうに笑った。
「その考え方だから、みんなも安心して働けるんだろうな。」
「俺たち客も居心地がいい。」
サラも嬉しそうに頷く。
「来るたびに温かく迎えてくださいますから。」
「また来たいと思えるお店です。」
リオネルはゆっくりと酒を口に運び、静かに微笑んだ。
「紹介制という形だからこそ、この空気が守られているのでしょうね。」
「信頼が積み重なっているのを感じます。」
レンはその言葉に静かに頷いた。
「ありがとうございます。」
少しだけ間を置いてから、レンは穏やかな声で続けた。
「実は、二日後の夜営業は貸切となっております。」
ガイルが軽く眉を上げる。
「貸切か。」
「珍しいな。」
「はい。」
レンは頷いた。
「バルドさんの酒商会の方々が来店される予定です。」
ボルドが納得したように頷く。
「なるほどな。」
「それなら納得だ。」
サラも微笑む。
「大切な日になりそうですね。」
リオネルも静かに頷いた。
「それは楽しみな場になりそうです。」
ガイルはグラスを軽く揺らしながら笑った。
「じゃあ、その日は邪魔しないようにするか。」
「また別の日に来る。」
レンは頭を下げる。
「ありがとうございます。」
「またいつでもお待ちしております。」
ガイルは満足そうに頷いた。
「いい店だからな。」
「また来るさ。」
夜は穏やかに更けていく。
料理を楽しみ、酒を味わい、会話に花が咲く。
誰も肩書きを気にすることなく、一人の客として同じ時間を過ごしていた。
やがて営業終了の時間が近付き、ガイルたちは席を立つ。
「今日もごちそうさん。」
「ありがとうございました。」
「また来る。」
「いつでもお待ちしております。」
リリアたちが笑顔で見送る。
リオネルも軽く一礼した。
「今日も素敵な時間をありがとうございました。」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
静かに扉が閉まり、店内は穏やかな静けさを取り戻した。
ロイとディーノは受付を片付け、ノアは客席を整えていく。
ルークは厨房で片付けを終え、明日の仕込みを確認する。
リリアたちも最後の清掃を始めていた。
レンはカウンターの中で、一つのグラスをゆっくりと磨く。
静かな店内に、布がガラスを滑る小さな音だけが響く。
(あと二日。)
心の中で静かに呟く。
(焦る必要はない。)
(俺たちは、いつも通りやればいい。)
今日の営業も、お客様は笑顔で帰っていった。
仲間たちも、それぞれの役割を自然に果たしていた。
その積み重ねこそが、Club Moon Dropの強さなのだ。
レンは磨き終えたグラスを棚へ戻し、店内をゆっくりと見渡した。
貸切営業の日は、少しずつ、しかし確実に近付いていた。
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