第7話 冒険者ギルドと最初の仕事
初めての執筆で読みにくいところもあると思いますが楽しんで読んで頂けましたらうれしいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
本日も3話投稿のうち1話目です。
「だったら冒険者ギルドに行くか?」
ガイルの提案に、俺は迷わず頷いた。今の俺には金がない。家もない。身分証もない。頼れる親族も知人もいない。あるのは神様から与えられた五つのギフトと、前世で身につけた黒服としての経験だけだ。
だが、異世界に来てすぐに分かったことがある。チート能力があっても、社会の中で生きるには信用が必要だ。金も必要だし、身分も必要だし、何よりこの世界の常識を知らなければならない。
「よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、ガイルは豪快に笑った。
「おう。冒険者ギルドなら、身元がはっきりしない奴でも登録できる。もちろん、最低限の確認はあるがな」
「便利ですね」
「便利な分、犯罪者や食い詰め者も紛れ込む。だから油断はするな」
弓使いのサラが静かに補足した。彼女は口数こそ少ないが、周囲をよく見ている。こういうタイプは夜の店でも重宝される。派手さはないが、危険な客を先に察知できる人間だ。
俺は頷きながら、改めて自分の置かれた状況を整理した。
まずは冒険者ギルドで身分証を得る。次に金を稼ぐ。そして街の酒事情、物流、客層、物価を調べる。いきなり店を出すなど論外だ。商売は勢いだけでは続かない。前世のキャバクラでも、立地、客層、女の子の質、客単価、リピート率、固定費、全部が噛み合って初めて利益が出る。
異世界だからといって、そこは変わらない。
◇◇◇
冒険者ギルドは、街の中央区画にあった。石造りの三階建てで、入口には巨大な剣と盾の紋章が掲げられている。門構えだけ見れば役所のようにも見えるが、中から聞こえてくる音は明らかに役所ではなかった。
笑い声、怒鳴り声、ジョッキがぶつかる音。誰かが勝利を叫び、誰かが負けを嘆いている。空気には酒と汗と肉料理の匂いが混ざっていた。
「これ、本当にギルドですか?」
「ギルドだ」
「酒場では?」
「ギルドだ」
ガイルは当然のように答えた。だが俺からすれば、ほとんど大衆居酒屋である。受付カウンターと依頼掲示板がなければ、普通に飲食店だと思っただろう。
扉を開けて中に入ると、何人もの冒険者がこちらを見た。屈強な男、魔法使い風の女、片目に傷のある老人、獣人らしき大柄な戦士。視線には好奇心と警戒が混ざっている。見慣れない新人が、ガイルたちに連れられて入ってきたのだから当然だ。
「おい、ガイル。また拾ったのか?」
「今度は随分細いな」
「子守り依頼でも受けたのか?」
周囲からからかう声が飛ぶ。俺は苦笑いするしかなかった。見た目は十六歳。しかも転生直後で装備もない。どう見ても駆け出し以前の少年だ。
「うるせえ。こいつは登録希望者だ」
ガイルが一喝すると、冒険者たちは笑いながら酒に戻った。どうやらガイルはこのギルドでそれなりに顔が利くらしい。こういう人物と最初に縁ができたのは幸運だった。
受付カウンターに向かうと、そこには茶色い髪の女性が座っていた。眼鏡をかけた知的な雰囲気の美人で、年齢は二十代前半くらいだろう。ギルド受付嬢。まさにファンタジーのお約束だ。
「お帰りなさい、ガイルさん。今日はどうされました?」
「こいつの登録を頼む」
ガイルが俺を親指で示す。受付嬢の視線が俺に向いた。
「初めまして。登録希望ですね?」
「はい。レンと言います」
俺は自然に頭を下げた。前世の癖だ。黒服時代、客にもキャストにも業者にも頭を下げ続けてきたせいで、挨拶だけは身体に染みついている。
受付嬢は少し目を丸くした。
「礼儀正しいんですね」
「そうですか?」
「新人冒険者は、もっと態度が大きい方が多いので」
なるほど。異世界でも新人ほどイキるのは同じらしい。
◇◇◇
登録手続きは想像より簡単だった。名前、年齢、出身地、得意分野。質問はその程度だ。だが、出身地で少し詰まった。
「出身地は?」
俺は一瞬だけ考え、用意していた答えを出す。
「すみません。記憶が曖昧で、はっきり覚えていません」
異世界転生者の定番、記憶喪失設定である。便利すぎて申し訳ないが、他に説明しようがない。まさか日本から転生してきましたとは言えない。
受付嬢は困った顔をしたが、ガイルたちが森で俺を見つけた状況を説明してくれたことで、最終的には納得してくれた。
「では、簡易鑑定を行います。こちらの水晶に手を置いてください」
カウンターの上に透明な水晶玉が置かれる。俺は内心で少し緊張した。全鑑定がある俺からすると、他人に鑑定される側になるのは気持ちが悪い。神様からもらったスキルがそのまま表示されたら、かなりまずい。
恐る恐る手を置く。水晶が淡く光った。
受付嬢が表示を覗き込む。その直後、彼女の表情が変わった。
「……あれ?」
「どうした?」
ガイルが横から聞く。
「職業が表示されません。スキル欄も、判定不能になっています」
空気が少しだけ変わった。俺は表情を変えないように努める。内心では冷や汗をかいていたが、ここで焦れば余計に怪しまれる。
「そういうことは珍しいんですか?」
俺が尋ねると、受付嬢は首を傾げた。
「珍しいです。ただ、完全にないわけではありません。特殊な加護持ちや、魔力の波長が水晶と合わない方は、まれにこうなります」
助かった。どうやら即アウトではないらしい。
サラが俺をじっと見た。
「特殊な加護持ち、ね」
その視線は鋭かったが、追及はされなかった。リリアは純粋に心配そうな顔をしている。ガイルは細かいことを気にしない性格なのか、「登録できるなら問題ねえだろ」と笑った。
受付嬢も最終的には頷いた。
「身元保証はガイルさんのパーティーが行うということで、登録を受理します。ただし、最初は最低ランクのF級からです」
「問題ありません」
俺は銅色のカードを受け取った。冒険者カード。手のひらに収まる薄い金属板には、名前とランクが刻まれている。
たった一枚のカードだが、今の俺にとっては大きな意味があった。この世界で初めて手に入れた身分証。つまり、社会に参加するための最初の鍵だ。
◇◇◇
登録を終えると、俺は依頼掲示板の前に立った。木製の大きな掲示板には、無数の紙が貼られている。薬草採集、荷物運搬、害獣駆除、護衛、下水掃除、倉庫整理。華やかな冒険とは程遠い依頼も多いが、新人が受けられる仕事などそんなものだろう。
ガイルが横に立つ。
「F級なら、採集か雑用だな。討伐はまだ早い」
「分かりました」
俺は掲示板を一枚ずつ確認していった。報酬、場所、依頼主、拘束時間。自然と前世のアルバイト感覚で条件を比較してしまう。
時給換算すればどれが良いか。危険度はどれくらいか。移動時間は無駄にならないか。ついでに情報を集められる仕事はないか。
そして、一枚の依頼で目が止まった。
【酒樽運搬】
依頼主:ルミナス酒商組合
内容:倉庫から金獅子亭および周辺酒場へ酒樽を運搬
報酬:銅貨八枚
条件:力仕事に耐えられる者
俺はその紙を剥がした。
「これにします」
リリアが目を丸くする。
「え、酒樽? もっと楽な薬草採集とかあるよ?」
「いや、これがいい」
「なんで?」
「市場調査になるから」
リリアは意味が分からないという顔をした。だが俺にとっては重要だった。酒樽運搬なら酒商人の倉庫に入れる。流通量を見られる。酒場への納品経路も分かる。どの店がどれだけ酒を仕入れているかも推測できる。
将来、酒を売るなら絶対に必要な情報だ。
受付嬢に依頼票を渡すと、彼女は少し心配そうに俺を見た。
「酒樽はかなり重いですよ。大丈夫ですか?」
「多分、大丈夫です」
アイテムボックスがある。重さも容量も関係ない。問題は、それをどう自然に見せるかだ。
◇◇◇
酒商組合の倉庫は、ギルドから徒歩十分ほどの場所にあった。大通りから一本入った場所にある大きな木造倉庫で、入口には太った中年商人が立っていた。赤ら顔で、見るからに酒を扱っていそうな男だ。
「おう、ギルドから来たのはお前か?」
「はい。レンです」
「細いな。酒樽を運べるのか?」
「やってみます」
俺は倉庫の中に案内された。そこには大量の酒樽が積まれていた。大きさは前世のビール樽よりずっと大きい。普通の十六歳なら一つ動かすのも難しいだろう。
商人が腕を組んで言う。
「まずは金獅子亭に三樽だ。荷車は外にある」
俺は樽に触れた。周囲の視線を確認する。商人は面倒くさそうに帳簿を見ていた。倉庫番も奥で作業をしている。
今ならいける。
「アイテムボックス」
小さく呟くと、酒樽が音もなく消えた。
商人の帳簿をめくる手が止まった。
「……今、樽が消えたか?」
「収納魔法です」
俺は平然と答えた。嘘ではない。厳密にはアイテムボックスだが、相手に伝わりやすい言葉を選んだだけだ。
商人は目を見開き、次の瞬間、満面の笑みになった。
「収納魔法持ちか! そりゃ助かる! 荷車よりずっと早いじゃねえか!」
どうやら収納魔法は存在するらしい。珍しいが、理解不能なものではない。これは運が良かった。
俺は指定された酒樽を次々に収納し、金獅子亭へ向かった。納品は驚くほど簡単だった。店の裏口で樽を出すだけ。力仕事どころか、ほとんど移動だけで済む。
本来なら半日かかる依頼は、一時間もかからず終わった。
◇◇◇
「いやあ、助かった!」
商人は上機嫌だった。追加で周辺の小さな酒場への納品も頼まれ、俺はそれも引き受けた。もちろんギルド依頼の範囲内だが、印象を良くしておいて損はない。
納品先を回りながら、俺は街の酒場を観察した。大衆向けの店、労働者向けの店、冒険者向けの荒っぽい店。どこも客は入っている。つまり酒の需要は強い。
だが、どの店も似たようなエールとワインばかりだった。メニューの幅が狭い。冷えた酒もない。氷を使っている店は一軒もない。酒の提供温度も管理されていない。グラスも木製や粗い陶器が中心で、見た目の演出も弱い。
前世の感覚で言えば、未開拓市場そのものだった。
納品を終えて倉庫へ戻ると、俺は何気ない顔で商人に尋ねた。
「この街では、酒の種類はこれくらいなんですか?」
「ああ? まあ、エール、ワイン、果実酒、強い蒸留酒くらいだな。上等な酒は王都に行けばあるが、庶民が飲むならこんなもんだ」
「冷やして飲む酒は?」
「冷やす? 冬なら勝手に冷えるだろ」
俺は心の中で確信した。
勝てる。
この世界には、冷えたビールの概念がほとんどない。氷入りハイボールもない。カクテルもない。シャンパンタワーも、ボトルキープも、指名制度も、延長営業もない。
もちろん、いきなり全部出せば危険だ。目立ちすぎれば潰される。既存の酒商人から敵視される可能性もある。だから最初は小さく始めるべきだ。試飲、限定提供、口コミ、固定客作り。夜の店も酒商売も、最初に必要なのは熱狂的な常連だ。
俺は受け取った報酬の銅貨を握りしめた。金額としては大したことはない。だが、これは異世界で自分の力で稼いだ初めての金だ。
「また頼むぞ、坊主。収納魔法持ちは貴重だからな」
「はい。ぜひお願いします」
商人との縁もできた。酒の流通も少し見えた。酒場の客層も確認できた。
初仕事としては、十分すぎる収穫だった。
◇◇◇
ギルドへ戻る途中、リリアが隣を歩きながら俺を見上げた。
「レンって変だよね」
「いきなり失礼だな」
「だって、普通は初めての依頼が終わったら、報酬で喜ぶでしょ? なのにずっと酒場とか樽とか商人さんばっかり見てる」
「大事なんだよ」
「酒が?」
「酒だけじゃない。人がどこで金を使って、何に満足して、何に不満を持っているか。それを見るのが大事なんだ」
リリアは少し考え込んだが、やはりよく分からないらしい。
「難しいこと言うね」
「まあ、俺の趣味みたいなものだよ」
本当は趣味ではない。商売の種だ。
俺は空を見上げた。異世界の夕暮れは、前世より少し赤く見えた。石畳の道を人々が行き交い、酒場からは早くも賑やかな声が聞こえてくる。
この街には夜がある。酒を飲む人間がいる。疲れを癒したい冒険者がいる。金を使いたい商人がいる。話を聞いてほしい男たちがいる。
なら、店は作れる。
前世で俺が好きだったあの空間。酒と会話と笑顔が混ざり、客が少しだけ自分を大きく見せられる場所。女の子たちが努力次第で稼ぎ、自分の価値を高められる場所。
異世界にないなら、俺が作る。
「酒」
俺が呟くと、リリアが首を傾げた。
「酒?」
「ああ。まずは酒だ」
異世界に来てまだ二日。金もないし、店もない。だが確信だけはあった。
この世界の酒市場は、俺がひっくり返す。
後に酒王と呼ばれ、さらに歓楽街王として名を残すことになるレン。その野望が、本格的に動き始めた瞬間だった。
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