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異世界キャバクラ王 ~酒チートと氷魔法で、夜の社交界を支配する~  作者: 阿鼻恭介
第4章 育つ店、広がる縁

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第60話 初めての営業と、新たな扉を叩く男

窓から差し込む柔らかな陽射しが、木目の床と整えられた客席を照らしている。昨日までと同じ朝のはずなのに、店内に立つ者たちの表情には、どこか新しい一日を迎える緊張と期待が混じっていた。


今日から、ルークとディーノが営業に加わる。


正式にClub Moon Dropの仲間となってから、店内の案内や役割の説明は済ませていた。けれど実際の営業に立つのは今日が初めてだった。


レンは店内を見回しながら、静かに息を吸った。


ロイは受付台で登録帳と会員証を確認している。その隣にはディーノが立ち、ロイの動きを真剣な表情で見ていた。


「紹介者の確認は、最初に必ず行います。」


ロイが落ち着いた声で説明する。


「正式会員の方か、仮会員の方か。それによって記録の仕方も変わります。」


「分かりました。」


ディーノは頷きながら、受付台の上に置かれた登録帳へ視線を落とす。


「焦らず一つずつ、ですね。」


「はい。」


ロイは小さく笑った。


「最初はそれで十分です。」


そのやり取りを見て、レンは安心する。


ディーノはまだ慣れていない。だが、視線は落ち着いている。入口だけを見ているのではなく、客席、受付、ロイの手元まで確認していた。


黒服として大切なのは、目立つことではない。


店全体の空気を感じること。


ディーノには、その素質があった。


一方、厨房ではルークが立っていた。


今のClub Moon Dropでは、料理の多くを金獅子亭で仕上げている。店内厨房で本格的に調理する段階にはまだない。だが、盛り付けや提供前の確認、温度や見た目の調整など、厨房でできる仕事は少しずつ増えていた。


「今日はまず、流れを覚えてくれ。」


レンが声を掛けると、ルークは真剣な表情で頷いた。


「はい。」


「無理に何かを変える必要はない。」


「今の提供方法を見て、その上で気付いたことがあれば教えてほしい。」


「分かりました。」


ルークは作業台の上に並んだ皿や器を見つめる。


「お客様に届く最後の状態を見るのが大事ですね。」


「ああ。」


レンは微笑んだ。


「料理は作って終わりじゃない。」


「席へ届いて、お客様が口にして、笑ってくれて初めて完成する。」


ルークはその言葉に、少し嬉しそうに笑った。


「昨日聞いたお話と同じですね。」


「そうだな。」


厨房の外では、リリアが客席を整えている。


エルナとセレナはグラスを並べ、ミーナは甘味の確認をしていた。ノアはいつもの手帳を片手に、入口から客席までの動線を見ている。


「ノア。」


レンが声を掛ける。


「はい。」


「今日、二人が入ることで何か気付いたことがあれば、いつも通り書いておいてくれ。」


「分かりました。」


ノアは手帳を胸に抱え、小さく頷いた。


「ディーノさんが受付近くに立つと、入口横の椅子が少し近いかもしれません。お客様が入られる時に、少し狭く感じるかもしれないので、少しだけ内側へ寄せておきます。」


レンは思わず笑った。


「もう気付いたのか。」


「いえ……たまたまです。」


ノアは少し照れたように視線を落とす。


「助かる。」


その一言に、ノアは小さく微笑んだ。


全員の準備が整った頃、レンは店の中央へ立った。


「みんな、少しだけ聞いてくれ。」


自然と全員の視線が集まる。


ルークとディーノは少し緊張した顔で並んでいた。


「今日から新しい体制で営業する。」


レンはゆっくりと言った。


「でも、特別なことをしようと思わなくていい。」


「いつも通り、一人ひとりのお客様を大切にしよう。」


リリアが頷く。


「うん。」


ロイも静かに姿勢を正した。


「ルーク、ディーノ。」


レンは二人へ視線を向ける。


「初日だから、緊張すると思う。」


「はい。」


ルークが頷く。


ディーノも短く返事をした。


「失敗してもいい。」


「分からないことがあれば聞けばいい。」


「大事なのは、一人で抱え込まないことだ。」


二人は真剣に聞いている。


「この店は、一人で動かす店じゃない。」


「みんなで支える店だ。」


「だから、今日も焦らずいこう。」


「はい。」


二人の声が重なる。


レンは満足そうに頷いた。


「それじゃあ、昼営業を始めよう。」


リリアが営業中の札を表へ返す。


扉が開き、Club Moon Dropの新しい一日が始まった。


最初に訪れたのは、昼会員の女性だった。


「こんにちは。」


「いらっしゃいませ。」


受付に立ったロイが丁寧に頭を下げる。


その横でディーノも一歩引いた位置から同じように頭を下げた。


女性はディーノに気付き、少し微笑む。


「あら、新しい方?」


ロイが穏やかに答える。


「はい。本日から店に加わりましたディーノです。」


ディーノは姿勢を正した。


「ディーノと申します。よろしくお願いいたします。」


「よろしくね。」


女性は柔らかく笑った。


ロイは会員証を確認し、来店記録を登録帳へ書き込む。


ディーノはその動きを見ながら、客の立ち位置や入口の空き具合にも目を配っていた。


「こちらへどうぞ。」


ロイが案内しようとした時、ディーノが自然に入口横の椅子を少し引いた。


女性が通りやすいように道を空けたのだ。


ロイはちらりとディーノを見る。


ディーノは何も言わず、少しだけ頷いた。


それを見たレンは心の中で頷く。


(いい動きだ。)


まだ教えたばかりではない。


だが、何を見ればいいのかを理解し始めている。


客席ではリリアが女性を迎えた。


「こんにちは。今日も来てくださって嬉しいです。」


「こちらこそ、楽しみにしていたの。」


会話が自然に弾む。


ディーノが受付にいることで、ロイは落ち着いて受付を続けられる。リリアも途中で受付へ戻る必要がない。その分、客との会話にしっかり向き合えていた。


昼営業は穏やかに進んでいく。


数名の仮会員が来店し、ロイとディーノは一つずつ確認を行った。


時折ディーノが迷う場面もあった。


仮会員の記録欄をどこへ記入するか。


紹介者名をどの順番で確認するか。


そのたびにロイが静かに教える。


「ここです。」


「ありがとうございます。」


「焦らなくて大丈夫です。」


「はい。」


二人のやり取りは落ち着いていた。


一方、厨房ではルークが盛り付けの確認をしていた。


ミーナが甘味の皿を運ぼうとした時、ルークが声を掛ける。


「少しだけ待ってください。」


「はい?」


ルークは皿の向きをそっと整えた。


「こちらの飾りが、お客様から見て正面になるようにした方がきれいです。」


ミーナは目を丸くする。


「なるほど……!」


「すみません、細かくて。」


「いえ、すごく助かります。」


ミーナは嬉しそうに皿を受け取った。


その様子を見ていたレンは、ルークに近付く。


「よく気付いたな。」


「料理は、最初に目で楽しむものでもありますから。」


ルークは少し照れながら答える。


「この店なら、そういう部分も大事にした方がいいと思いました。」


レンは深く頷いた。


「その通りだ。」


料理そのものを変えなくても、届け方を整えるだけで印象は変わる。


ルークはすでに、Club Moon Dropの空気を理解し始めていた。


やがて昼営業は大きな問題なく終わった。


最後の客を見送り、リリアがほっと息を吐く。


「お疲れさま。」


「お疲れさまでした。」


スタッフたちの声が重なる。


ルークとディーノも少し緊張が解けたように表情を緩めた。


「どうだった?」


レンが尋ねると、ルークが正直に答えた。


「思っていたより、見るところが多かったです。」


「料理だけを見ていればいいわけじゃないんですね。」


「そうだな。」


レンは笑う。


ディーノも口を開く。


「受付は、ただ名前を確認するだけじゃありませんでした。」


「お客様の立ち位置や表情、入口の流れまで見る必要がある。」


ロイが嬉しそうに頷いた。


「そう感じてくださったなら十分です。」


リリアも笑顔で言った。


「二人とも初日とは思えなかったよ。」


エルナも頷く。


「すごく落ち着いていました。」


セレナは穏やかに微笑む。


「お客様も安心されていたと思います。」


ミーナも明るく言った。


「ルークさんの盛り付け、すごく勉強になりました!」


ルークは少し困ったように笑う。


「まだまだです。」


ノアは手帳を開きながら、小さく口を開いた。


「ディーノさんが入口横の椅子を避けてくださったおかげで、お客様が通りやすそうでした。」


ディーノは少し驚いた。


「見ていたんですか?」


「はい。」


「そういうことも書くようにしています。」


ノアは照れたように言う。


ディーノは感心したように頷いた。


「すごいな。」


「店を良くするためには、そういう気付きが必要なんですね。」


ノアは小さく微笑んだ。


レンは全員を見回した。


「いい初昼営業だった。」


「でも、まだ始まったばかりだ。」


「夜営業は昼とは空気が違う。」


ルークとディーノの表情が再び引き締まる。


「焦らずいこう。」


レンは穏やかに言った。


「昼と同じだ。」


「一人ひとりのお客様を大切にする。」


「それだけ忘れなければ大丈夫だ。」


二人は力強く頷いた。


「はい。」


新体制で迎えた初めての昼営業。


それは大きな成功でも、派手な出来事でもなかった。


けれど、Club Moon Dropにとっては確かな一歩だった。


そしてその日の夜。


新しい仲間を迎えた店に、もう一つ新しい出会いが訪れようとしていた。


 そしてその日の夜。


 昼営業を終えたClub Moon Dropでは、夜営業へ向けた準備が静かに進められていた。


 昼よりも少し照明を落とした店内。


 柔らかな灯りが客席を照らし、昼とはまた違う落ち着いた空気が流れている。


 ルークは厨房で酒に合う軽食の準備を確認し、ディーノはロイと並んで受付台へ立っていた。


 二人にとって初めての夜営業。


 昼営業を経験したことで少しだけ緊張は和らいだものの、その表情は真剣だった。


 レンは二人へ穏やかに声を掛ける。


「昼営業、お疲れさま。」


「ありがとうございました。」


 二人が揃って頭を下げる。


「夜営業は昼とは少し雰囲気が違う。」


 レンは店内を見渡しながら続けた。


「でも、大切なことは同じだ。」


「一人ひとりのお客様を大切にする。」


「それだけ忘れなければ大丈夫。」


「はい。」


 二人は力強く返事をした。


 ロイが登録帳を閉じ、笑顔で言う。


「昼営業と同じように、焦らず一つずつです。」


「分からないことがあれば、すぐ聞いてください。」


「はい。」


 ディーノは真剣に頷いた。


 リリアも優しく笑う。


「私たちも近くにいるから安心してね。」


「ありがとうございます。」


 準備が整い、リリアが営業中の札を表へ返した。


 Club Moon Dropの夜営業が始まる。


 最初に訪れたのは、仕事帰りの正式会員だった。


「こんばんは。」


「こんばんは。いつもの席でよろしいですか。」


「お願いします。」


 ロイが受付を済ませ、ディーノはその様子を静かに見守る。


 続いて紹介を受けた仮会員が来店する。


 紹介者の確認。


 会員証の確認。


 登録帳への記入。


 昼営業で教わった流れを思い返しながら、ディーノは一つひとつの仕事を目で追っていく。


 客席ではリリアが自然な笑顔で迎え、エルナやセレナが飲み物を運ぶ。


 厨房ではルークが注文に合わせて軽食を仕上げていた。


「ルーク。」


 ミーナが皿を受け取りに来る。


「こちらでお願いします。」


「お願いします。」


 ルークは皿の向きを整え、料理の彩りを最後に確認してから手渡した。


 昼営業で学んだことを、そのまま夜営業にも活かしている。


 レンは店内全体を見回し、小さく頷いた。


 ロイは落ち着いて受付をこなし、ディーノも少しずつ周囲を見る余裕が出てきている。


 ルークも慌てることなく厨房で仕事を進めていた。


(いい流れだ。)


 そう思った、その時だった。


 カラン……


 入口のベルが静かに鳴る。


「いらっしゃいませ。」


 ロイが笑顔で迎える。


 店へ入ってきたのはガイルだった。


 以前のような勢いのある姿ではない。


 店の空気に合わせ、落ち着いた足取りで受付へ向かう。


「こんばんは。」


「こんばんは、ガイルさん。」


 レンが笑顔で迎える。


 ガイルは軽く頷くと、後ろへ視線を向けた。


「今日は、俺が昔世話になった人を紹介したくて来た。」


 その言葉とともに、一人の男性が静かに店へ足を踏み入れる。


 三十代後半ほど。


 飾り気のない服装。


 しかし、無駄のない立ち姿と穏やかな物腰には、不思議と人を惹きつける品格があった。


 男は静かに一礼する。


「初めまして。」


「レオナルド・バレンティと申します。」


「本日はガイル殿の紹介で伺いました。」


 レンも丁寧に一礼を返す。


「ようこそ、Club Moon Dropへ。」


「ご来店ありがとうございます。」


 ロイは登録帳を開く。


「紹介者は正式会員のガイル様。」


「ご来店者はレオナルド・バレンティ様ですね。」


「はい。」


 確認を終え、仮会員として登録を行う。


 その様子をディーノは真剣な表情で見つめていた。


 昼営業でも学んだ受付の流れ。


 しかし夜営業では、店全体の静かな空気と一緒になって、その大切さがより深く伝わってくる。


 受付を終えると、リリアが微笑んだ。


「こちらへどうぞ。」


 二人を席へ案内する。


 レオナルドは席へ着く前に店内をゆっくり見回した。


 柔らかな照明。


 静かな音楽。


 落ち着いて酒を楽しむ客たち。


 誰も大声を出さず、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。


「素敵なお店ですね。」


 レオナルドが静かに呟く。


 ガイルは少し照れたように笑った。


「だろ。」


「だから紹介したかった。」


 リリアが水を置く。


「まずはこちらをどうぞ。」


「ありがとうございます。」


 レオナルドは一口飲み、小さく息をついた。


 レンはその様子を見てから近づく。


「本日は初めてのご来店ですので、おすすめをご用意いたしましょうか。」


「ぜひお願いします。」


 レオナルドは穏やかに答えた。


 レンは厨房へ目を向ける。


「ルーク。」


「はい。」


「酒に合う軽食をお願いする。」


「承知しました。」


 ルークは酒との相性を考えながら軽食を選ぶ。


 酒の香りを引き立て、ゆっくり味わえる一皿。


 盛り付けを整え、皿の向きを確認し、最後に彩りを加える。


 料理を受け取ったリリアが席へ運んだ。


「どうぞ。」


 レオナルドはゆっくりと口へ運ぶ。


「……美味しいですね。」


 その一言に、厨房のルークは静かに安堵した。


 続いてレンが酒を用意する。


 香りを楽しめる軽めの一杯。


 レオナルドはグラスを口元へ運び、ゆっくりと味わった。


「飲みやすいですね。」


「ありがとうございます。」


 レンは穏やかに微笑む。


「ガイル殿が勧めてくださる理由が分かる気がします。」


 レオナルドがそう言うと、ガイルは照れくさそうに笑った。


「俺も最初は酒が飲めればいいと思ってた。」


「でも、この店へ来るようになって変わった。」


「どう変わったのですか。」


「酒を味わうようになった。」


「料理も、一緒に過ごす時間も楽しむようになった。」


「ここは、そんなことを教えてくれる店なんだ。」


 レオナルドは静かに頷いた。


「だから、私を連れて来てくださったのですね。」


「ああ。」


「俺が昔世話になった人だからこそ、この店を知ってほしかった。」


 その言葉に、レオナルドは穏やかに笑った。


「ありがとうございます。」


 それから二人は昔話に花を咲かせる。


 詳しい話はしない。


 だが、その言葉の端々から、長い信頼関係があることだけは十分に伝わってきた。


 営業も終盤を迎え、レオナルドは席を立つ。


「今日は本当にありがとうございました。」


「また伺ってもよろしいでしょうか。」


 レンは笑顔で頷いた。


「もちろんです。」


「またのお越しを心よりお待ちしております。」


 レオナルドは深く一礼した。


「今日は来て良かったです。」


 ガイルも静かに立ち上がる。


「また来よう。」


「ええ。」


「次は私からお誘いします。」


 二人は静かに店を後にした。


 その背中を見送りながら、レンは小さく微笑む。


 新しい仲間が初めて夜営業に立った日。


 そして、ガイルが大切な人をClub Moon Dropへ紹介してくれた日。


 店にはまた一つ、新しい縁が生まれていた。


 この出会いが、やがてClub Moon Dropにとって大きな意味を持つことを、この時はまだ誰も知らなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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