第57話 仲間として歩むために
昼営業、そして夜営業。
この日もClub Moon Dropは穏やかな空気に包まれたまま営業を終えた。
最後の客を見送り、リリアが営業中の札を「準備中」へ裏返す。
エルナたちは片付けを始め、ノアは営業中に気付いたことを紙へ書き留めていた。
店内が落ち着いた頃、レンが皆へ声を掛ける。
「みんな、少しだけ残ってくれるか。」
「何かあるの?」
リリアが首を傾げる。
「ああ。」
「今日は面談の日だ。」
ロイはすぐに頷いた。
「ルークさんとディーノさんですね。」
「そうだ。」
レンは頷く。
「このあと二人が来る。」
「ロイ、二人が来るまで入口の鍵は開けたままにしておいてくれ。」
「来たら二階の事務所へ案内を頼む。」
「分かりました。」
「お願いします。」
レンはそう言って二階の事務所へ上がっていった。
一階では片付けを進めながら、スタッフたちも自然とその話題になっていた。
「どんなお話になるんだろう。」
エルナが小さく呟く。
「レンさんなら、きっと店のことを全部話されるんでしょうね。」
セレナが穏やかに答える。
ノアも二階を見上げながら思う。
(また新しい仲間が増えるかもしれない……。)
Club Moon Dropは少しずつ前へ進んでいた。
しばらくすると、入口の扉が軽く叩かれる。
コンコン。
ロイが扉を開けた。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
ルークとディーノが揃って頭を下げる。
「お待ちしていました。」
ロイは笑顔で迎えた。
「レンさんがお待ちです。」
「二階の事務所へご案内します。」
「お願いします。」
二人はロイの後ろについて階段を上がる。
事務所の扉をノックする。
「レンさん、お連れしました。」
「入ってくれ。」
ロイが扉を開ける。
「失礼します。」
ルークとディーノは部屋へ入り、レンへ一礼した。
「来てくれてありがとう。」
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます。」
レンは向かいの椅子を勧める。
「座ってくれ。」
二人が腰を下ろすと、ロイも部屋の隅へ控えた。
レンは穏やかな表情で口を開く。
「昨日も話したけど、今日はお互いのことを知るための面談だ。」
「肩肘張らずに、普段どおり話してくれればいい。」
ルークとディーノは笑顔で頷く。
「分かりました。」
レンは机の上で両手を組む。
「それじゃあ、まずは俺から話そう。」
部屋は静かになった。
「Club Moon Dropを始めた理由は、お酒を売りたかったからじゃない。」
「安心して過ごせる場所を作りたかったからだ。」
ルークとディーノは真剣に耳を傾ける。
「昼営業を始めたのも、そのためですか。」
ルークが尋ねる。
「ああ。」
レンは頷いた。
「昼なら、お酒を飲まない人でも気軽に立ち寄れる。」
「昼しか来られない人もいる。」
「そんな人たちにも、この店を楽しんでもらいたかった。」
ディーノも質問する。
「紹介制を続けるのも、その考えからですか。」
「そうだ。」
レンは迷わず答えた。
「安心できる空間は、一日では作れない。」
「お客様同士の信頼。」
「スタッフへの信頼。」
「その積み重ねで初めて生まれる。」
二人は静かに頷く。
レンはさらに続けた。
「売上ももちろん大切だ。」
「でも、売上のために店の空気を壊したくはない。」
「だから、無理にお客様を増やすこともしない。」
「一人ひとりのお客様を大切にして、その方がまた来たいと思ってくださる店を作りたい。」
部屋には穏やかな空気が流れていた。
ルークもディーノも、レンの言葉を一つひとつ受け止めている。
レンは二人を見つめ、静かに微笑んだ。
「これが、俺がClub Moon Dropで一番大切にしていることだ。」
そして少し間を置き、優しく続ける。
「それじゃあ今度は、二人の話を聞かせてほしい。」
「まずはルークからお願いできるかな。」
ルークは背筋を伸ばし、小さく頷いた。
「はい。」
面談は、いよいよ本題へと入っていった。
事務所には静かな空気が流れていた。
レンの話を聞き終えたルークは、一度小さく息を吐いてから口を開く。
「俺が料理を好きになったのは、小さい頃に母が作ってくれた料理がきっかけです。」
レンは黙って耳を傾ける。
「裕福な家庭ではありませんでしたけど、食卓だけはいつも笑顔だったんです。」
「温かい料理を囲んで、家族みんなで話をする。」
「その時間が大好きでした。」
ルークは少し懐かしそうに笑った。
「だから、料理を覚えようと思いました。」
「美味しい料理を作れば、人は自然と笑顔になる。」
「その笑顔を見るのが、今でも一番嬉しいんです。」
レンは静かに頷く。
「試験営業の時も、お客様の反応を一番気にしていたな。」
ルークは照れくさそうに笑った。
「料理って、自分が満足するものじゃなくて、食べてくださる人が満足して初めて完成すると思っています。」
「だから、お客様が『美味しかった』って笑ってくださると、本当に嬉しいんです。」
レンは優しく微笑んだ。
「その考え方、俺は好きだ。」
ルークは少し安心したような表情になる。
続いてレンはディーノへ視線を向けた。
「次はディーノ。」
「はい。」
ディーノは姿勢を正した。
「俺は、人前へ出るより支える方が性に合っています。」
「誰かが困っていたら動く。」
「足りないところを埋める。」
「目立たなくても、お客様や仲間が安心して過ごせるなら、それで十分です。」
ロイは思わず頷いた。
それは黒服として、自分が目指している姿でもあった。
ディーノは続ける。
「試験営業の時も思いました。」
「お客様が楽しそうに笑っているのを見るのが嬉しかったんです。」
「自分が話の中心じゃなくても、その空間がうまく回っているだけで嬉しい。」
「だから、黒服という仕事に魅力を感じました。」
レンは静かに尋ねる。
「もし、お客様から見えない仕事ばかりになっても後悔しないか。」
ディーノは迷わなかった。
「しません。」
「誰かが見ていなくても、必要な仕事ならやります。」
「店がうまく回ることの方が大事です。」
レンは小さく笑みを浮かべた。
「ありがとう。」
「二人とも、よく分かった。」
部屋は少しだけ静かになる。
レンは椅子にもたれながら、ゆっくり口を開いた。
「正直に言う。」
「今日、二人の話を聞いて安心した。」
ルークとディーノは顔を見合わせる。
「料理が好きだから料理をする。」
「黒服が好きだから黒服をする。」
「もちろん、それも大切だ。」
「でも、それ以上に、お客様や仲間のことを考えている。」
「そこが俺には何より嬉しかった。」
ルークは少し照れながら笑う。
「そこまで考えたことはありませんでした。」
「ただ、そうしたいと思って動いてきただけです。」
ディーノも頷く。
「俺も同じです。」
「自然とそうなっていました。」
レンは笑顔で答えた。
「それでいい。」
「無理に格好いいことを言う必要はない。」
「自然にできることが、その人の一番の強みだからな。」
ロイも二人を見ながら微笑む。
試験営業の頃から知っている二人だが、改めて話を聞いて、その人柄をより深く知ることができた。
レンは一度深呼吸をする。
「今日はありがとう。」
「俺が聞きたかったことは全部聞けた。」
ルークが尋ねる。
「レンさん。」
「次はどうなるんですか。」
レンは穏やかに笑った。
「少しだけ考える時間をもらう。」
「今日聞いた話も含めて、もう一度整理したい。」
二人は納得したように頷く。
「分かりました。」
「俺たちも今日はいろいろ考える時間になりました。」
ディーノも笑顔を見せる。
「呼んでいただいて、本当にありがとうございました。」
三人は席を立つ。
事務所を出ると、一階ではリリアたちが片付けを終えて待っていた。
「お疲れさまでした。」
リリアが笑顔で迎える。
ルークとディーノも一礼した。
「お邪魔しました。」
「ありがとうございました。」
ノアも静かに頭を下げる。
二人は店を後にした。
入口で見送るレンの表情は穏やかだった。
ロイが隣へ立つ。
「レンさん。」
「どうでしたか。」
レンは夜空を見上げ、小さく笑う。
「あらためて確信した。」
「二人とも、本当にいい人材だ。」
「でも。」
ロイが続きを待つ。
「だからこそ、最後まで順番は守る。」
「店のためにも、二人のためにもな。」
ロイは力強く頷いた。
Club Moon Dropは、人を集める店ではない。
信頼を積み重ね、仲間と共に育っていく店だ。
その新しい一歩は、もうすぐ目の前まで来ていた。
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