第56話 新たな仲間候補
朝の西通りには、柔らかな陽射しが降り注いでいた。
石畳を行き交う人々の表情にも活気が戻り、店先では商人たちが開店準備に追われている。
レンはClub Moon Dropの扉を開けながら、昨夜ロイと交わした話を思い返していた。
ロイが受付へ立つようになったことで、リリアは接客へ集中できるようになった。
お客様と向き合う時間は増え、店の雰囲気も以前より穏やかになっている。
その判断は間違っていなかった。
だが、その一方で新たな課題も見えてきた。
黒服が一人足りない。
ロイが受付を離れられなくなった分、店内全体を見回る役目は自然とレンへ集まっていた。
今はまだ問題ない。
正式会員や仮会員も急激に増えているわけではないからだ。
しかし、このまま紹介が増え続ければ、いずれ限界が来る。
「焦る必要はない。」
レンは静かに呟いた。
「でも、準備は始めないとな。」
店内へ入ると、すでにロイが受付の準備を終えていた。
登録帳を開き、会員証を置く台を整え、入口を見渡している。
「おはようございます。」
「おはよう。」
レンは受付台へ歩み寄った。
「今日も頼む。」
「はい。」
ロイは迷いなく頷く。
その姿には、以前のような緊張はもうなかった。
受付という役割を、自分の仕事として受け止め始めている。
レンは安心したように笑みを浮かべた。
やがてリリアたちも出勤してくる。
「おはよう。」
「おはようございます。」
エルナとセレナは客席を整え、ミーナはグラスを確認する。
ノアは制服の状態を確かめながら、一着ずつ丁寧に整えていた。
気付いたことがあれば、あとでレンへ伝えられるよう頭の中へ留めておく。
誰も指示を待たない。
それぞれが自分の役割を理解し、自然と動いている。
その光景を見ながら、レンは静かに思った。
(みんな、本当に成長したな。)
だからこそ、次の一歩を踏み出す時期なのかもしれない。
昼営業を終えたレンは、いつものように金獅子亭へ料理を受け取りに向かった。
料理を受け取っていると、奥からマルクが姿を見せる。
「レン。」
「こんにちは。」
「店の様子はどうだ。」
レンは自然と笑みを浮かべた。
「順調です。」
「正式会員も少しずつ増えていますし、仮会員の方も繰り返し来店してくださるようになりました。」
「そうか。」
マルクは満足そうに頷く。
「いい流れだな。」
「はい。」
レンも頷いた。
紹介で来店した客が再び足を運び、正式会員になる。
それが少しずつ増えてきたことが何より嬉しかった。
しばらく近況を話した後、レンは少し表情を引き締める。
「マルクさん。」
「何だ。」
「そろそろ人を増やそうと思っています。」
マルクは小さく笑った。
「ようやく決心したか。」
「はい。」
「今までは、今いるみんながそれぞれの役割を身につけることを優先してきました。」
「でも、それが少しずつ形になってきました。」
「だから次の段階へ進もうと思っています。」
マルクは腕を組みながら頷く。
「候補は決まってるんだろう。」
「はい。」
レンは迷いなく答えた。
「ルークとディーノです。」
「だろうな。」
マルクは小さく頷いた。
「俺も、お前ならその二人を選ぶと思っていた。」
レンは静かに微笑む。
「ですが、すぐに働いてほしいとは考えていません。」
「ほう。」
「まずは面談をしたいと思っています。」
「面談か。」
「はい。」
レンは真っ直ぐマルクを見る。
「この店で何を大切にしているのか。」
「二人がどんな思いで働きたいのか。」
「それをお互いに話した上で、一緒に働くか決めたいんです。」
マルクは目を細めた。
「やっぱり、お前らしいな。」
レンは少し照れくさそうに笑う。
「腕があるだけでは、この店では働けません。」
「Club Moon Dropは、お客様が安心して過ごせる場所でありたい。」
「その思いを共有できる仲間と、一緒に店を育てていきたいんです。」
マルクは満足そうに頷いた。
「その考えなら安心だ。」
「焦って人を増やす必要はない。」
「納得できる相手と、一緒に歩めばいい。」
「ありがとうございます。」
レンは深く頭を下げた。
料理を受け取り、Club Moon Dropへの帰り道を歩く。
西通りは昼の賑わいを見せ、多くの人が行き交っていた。
レンの頭には、ルークとディーノの姿が浮かぶ。
二人とも実力は申し分ない。
だからこそ知りたいのは、技術ではなく人柄だった。
どんな思いで働きたいのか。
どんな店を目指したいのか。
その答えを聞いてから、初めて一緒に働いてほしいと伝えたい。
Club Moon Dropは、ただ働く場所ではない。
仲間と共に育てていく店だ。
その第一歩として、まずは二人とじっくり話をしよう。
そう心に決めながら、レンは店の扉を静かに開けた。
昼営業と夜営業は、この日も大きな問題なく終わった。
ロイは受付で落ち着いて来店客を迎え、リリアは客席で笑顔を絶やさず接客を続ける。
エルナ、セレナ、ミーナも、それぞれの役割をこなし、ノアは営業の合間に店内で気付いたことを紙へ書き留めていた。
営業終了後。
最後の客を見送り、ロイが入口へ鍵を掛ける。
リリアが看板を裏返し、店内には静けさが戻った。
レンは店内を見回して口を開く。
「今日は少し出てくる。」
ロイが頷く。
「店の方は任せてください。」
「頼む。」
リリアも笑顔で送り出した。
「気を付けてね。」
「ああ。」
レンは外套を羽織り、夜の西通りへ出た。
向かった先は金獅子亭だった。
営業を終えた店内にはまだ灯りが残り、片付けを終えたマルクがレンを迎える。
「来たか。」
「場所を貸していただいて、ありがとうございます。」
「気にするな。」
マルクは笑いながら店の奥を指差した。
「話なら奥でゆっくりしてこい。」
「ありがとうございます。」
レンは奥の席へ腰を下ろす。
しばらくすると、扉が開いた。
「こんばんは、レンさん。」
ルークだった。
「来てくれてありがとう。」
「こちらこそ、お時間をいただいてありがとうございます。」
ルークが席へ着いた直後、再び扉が開く。
「悪い、待たせたか。」
ディーノが姿を見せた。
「いや、今来たところだ。」
三人は向かい合って腰を下ろす。
しばらくは近況を話した。
Club Moon Dropが正式開店してからのこと。
昼営業も夜営業も順調に進んでいること。
正式会員や仮会員が少しずつ増えてきたこと。
ルークもディーノも、自分のことのように喜んでくれた。
「本当に順調なんですね。」
ルークが笑顔で言う。
「紹介のお客様が増えているなら安心ですね。」
ディーノも頷いた。
「試験営業の頃とは、また違う店になってるんだろうな。」
「ああ。」
レンは穏やかに笑う。
「みんなのおかげだ。」
話が一段落したところで、レンは表情を引き締めた。
「今日は、その店のことで二人に話がある。」
ルークとディーノも自然と姿勢を正す。
「まず先に言っておく。」
「今日は、働いてほしいとお願いしに来たわけじゃない。」
二人は少し驚いたように顔を見合わせた。
レンは続ける。
「まずは二人と面談がしたい。」
「面談……ですか。」
ルークが聞き返す。
「ああ。」
レンは静かに頷いた。
「Club Moon Dropがどんな店を目指しているのか。」
「俺が何を大切にしているのか。」
「それをちゃんと伝えたい。」
「それと同じくらい、二人がどんな思いで働きたいのかも聞きたい。」
ディーノが口を開く。
「その話をしてから決めるんですね。」
「そうだ。」
レンは迷いなく答えた。
「腕があるだけで仲間を迎えるつもりはない。」
「この店を大切に思ってくれる人と、一緒に働きたい。」
「だから、ちゃんと話をして、お互い納得した上で決めたいんだ。」
店内は静まり返っていた。
その静けさの中で、ルークがゆっくりと笑みを浮かべる。
「やっぱりレンさんらしいですね。」
「正直、今日呼ばれた時は『働かないか』って言われるんだと思っていました。」
ディーノも笑う。
「俺も同じです。」
「でも、その前に面談をするって聞いて、安心しました。」
レンも小さく笑った。
「店にとっても大事なことだけど、二人にとっても大事なことだからな。」
「働き始めてから『思っていた店と違った』なんてことにはしたくない。」
「だから最初に、お互いの考えを全部話しておきたいんだ。」
ルークは真剣な表情で頷いた。
「ぜひお願いします。」
「俺も、自分の考えをちゃんと話したいです。」
ディーノも続ける。
「俺もお願いします。」
「店のことも、これからのことも、しっかり聞かせてください。」
レンは満足そうに頷いた。
「ありがとう。」
「それじゃあ、日を改めよう。」
「営業が終わった後なら、時間を気にせず話せる。」
「分かりました。」
ルークとディーノは顔を見合わせ、力強く頷いた。
話が終わる頃、奥からマルクが姿を見せる。
「終わったか。」
「はい。」
レンが立ち上がる。
マルクは三人を見渡し、小さく笑った。
「いい話はできたみたいだな。」
レンも笑顔で頷く。
「まだ始まりです。」
「だから面白い。」
マルクはそう言って肩を叩いた。
三人は金獅子亭を後にする。
夜風が心地よく吹き抜け、西通りには静かな時間が流れていた。
「今日は呼んでいただいて、ありがとうございました。」
ルークが頭を下げる。
「こちらこそ。」
レンは穏やかに答える。
「今日は面談のお願いをしただけだ。」
「本番はこれからだからな。」
ディーノは少し笑う。
「少し緊張します。」
「俺もだ。」
レンがそう答えると、三人は思わず笑い合った。
店の前で別れ、それぞれ帰路につく。
レンは静かな夜空を見上げる。
焦って仲間を増やす必要はない。
Club Moon Dropは、人が集まる店ではなく、信頼でつながる店でありたい。
その思いを共有できる仲間となら、この先もっといい店を作っていける。
そのための第一歩は、確かに踏み出された。
本当の面談は、もうすぐ始まる。
レンは静かに歩き出した。
新しい仲間との未来へ向かった。
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