第11話 呼び出し
初めての執筆で読みにくいところもあると思いますが楽しんで読んで頂けましたらうれしいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
朝のルミナスは活気に満ちていた。
まだ太陽が完全に昇り切っていないにもかかわらず、街の大通りには既に多くの人々が行き交っている。パン屋の店先からは焼きたての香りが漂い、肉屋では大きな塊肉が並べられ、商人たちは荷車を引きながら今日の商売の準備に追われていた。
そんな中、俺はリリアの後を追うように石畳の道を歩いていた。
「それで、一体何があったんだ?」
俺が尋ねても、リリアは振り返らない。
「ギルドに着けば分かるから。」
「その言い方、不安になるんだけど。」
「私も不安。」
「え?」
リリアの足が少しだけ止まった。
「今朝、ギルドにすごい人が来てるの。」
「すごい人?」
「うん。」
そこで彼女はようやくこちらを見た。
「商会長。」
商会長。
その単語に俺は少しだけ眉をひそめた。
冒険者ではない。
貴族でもない。
商人だ。
つまり金を動かす人間。
そして昨日俺がやったことを考えれば、心当たりが無いわけではなかった。
「酒の件か。」
「たぶん。」
リリアもそこまでは分かっているらしい。
俺は小さく息を吐いた。
予想より早い。
もっと数日くらい様子を見ると思っていた。
だが考えてみれば当然だった。
ルミナスのような地方都市では、目新しい商品はすぐ噂になる。
まして昨日の金獅子亭は大騒ぎだった。
酒場の噂ほど広まるのが早いものはない。
◇◇◇
冒険者ギルドへ到着すると、入口の時点で異様な空気を感じた。
普段なら朝から騒がしい冒険者たちが妙に静かだ。
中へ入ると、その理由がすぐに分かった。
ギルド中央のテーブル席。
そこに一人の男が座っていた。
五十代くらい。
整えられた髭。
高級そうな服。
無駄のない姿勢。
そして周囲を自然に支配するような空気。
あの男だけで酒場の空気が変わっている。
それが分かった。
「レン。」
受付嬢が俺に気付いた。
「あの方です。」
視線の先。
男がこちらを向いた。
鋭い目だった。
冒険者のような殺気ではない。
商人特有の目だ。
相手の価値を測る目。
利益になるか。
敵になるか。
利用できるか。
そういう目だった。
俺は前世でも何度か見たことがある。
キャバクラのオーナー。
大手企業の役員。
投資家。
種類は違っても本質は同じだ。
人を見る側の人間。
「君がレン君かな。」
男が穏やかに言った。
その声は落ち着いていた。
威圧感はない。
だが軽くもない。
自然と相手を従わせる声だった。
「そうです。」
俺は素直に答えた。
「初めまして。」
男は立ち上がった。
「バルド・グランツだ。」
その名前を聞いた瞬間、周囲の冒険者たちが少しざわめいた。
どうやら本当に有名人らしい。
「バルド酒商会会長をしている。」
なるほど。
やはり酒だった。
◇◇◇
俺たちはギルドの応接室へ移動した。
もちろんリリアも付いてきたが、途中で受付嬢に止められた。
「関係者以外はここまでです。」
「えぇっ!?」
「当たり前です。」
リリアは不満そうだったが、諦めるしかなかった。
俺は少し苦笑しながら応接室へ入る。
中は意外と質素だった。
木製のテーブル。
ソファ。
棚。
それだけだ。
バルドは向かい側へ座る。
そして開口一番、こう言った。
「単刀直入に聞こう。」
予想通りだった。
商人は回りくどい話を嫌う。
特に利益が絡む時は。
「昨日の酒は君のものか?」
俺は少し考えた。
嘘をつく意味はない。
むしろここで誤魔化した方が怪しい。
「そうです。」
バルドは黙った。
数秒。
俺の顔を見ている。
観察されている。
そう感じた。
◇◇◇
「面白い。」
それが最初の感想だった。
「普通は否定する。」
「否定する理由がありませんから。」
「なるほど。」
バルドは少し笑った。
どうやら試されていたらしい。
「君は商人か?」
「なりたいと思っています。」
「まだ違う?」
「今は冒険者です。」
実際にはFランク冒険者である。
一応。
「だが商売には興味があると。」
「かなり。」
俺は即答した。
バルドはさらに面白そうな顔になった。
◇◇◇
「では質問を変えよう。」
彼は机の上で指を組む。
「なぜ十杯しか売らなかった?」
やはりそこか。
昨日マルクも驚いていた。
そしてこの男も気付いた。
本当に優秀な商人はそこを見る。
酒の味ではない。
売り方を見る。
「希少価値です。」
俺は答えた。
「人は手に入らないものを欲しがります。」
バルドは黙って聞いている。
「十杯しか無いから飲みたくなる。」
「ふむ。」
「そして飲めなかった客は翌日来る。」
「なるほど。」
「つまり酒だけじゃなく期待も売ったんです。」
部屋が静かになった。
そして。
バルドは笑った。
大声ではない。
だが本当に楽しそうだった。
「面白い。」
二回目だった。
今度は本気だ。
◇◇◇
「レン君。」
「はい。」
「君はいくつだ?」
「十六です。」
「信じられんな。」
俺も二十一ですとは言えない。
前世込みなら。
バルドは椅子にもたれかかる。
「普通の十六歳は酒の味しか語らん。」
「そうですか?」
「商売を語る者は少ない。」
なるほど。
それは確かにそうかもしれない。
俺は中身が大学生だからな。
しかも経済学部。
そして元黒服。
考え方が普通の十六歳ではない。
◇◇◇
その時。
バルドは不意に真剣な顔になった。
「レン君。」
「はい。」
「私の商会で働く気はあるか?」
俺は一瞬だけ固まった。
予想外だった。
てっきり敵対か牽制かと思っていた。
まさかスカウトとは。
「商会で?」
「そうだ。」
バルドは頷く。
「給料は出す。」
「住居も用意しよう。」
「教育もする。」
破格だった。
異世界に来て数日。
無職。
身元不明。
そんな少年に対する条件ではない。
つまり。
それだけ俺に価値を感じている。
◇◇◇
だが。
俺はすぐに答えられなかった。
なぜなら。
俺には夢がある。
酒を売ること。
店を作ること。
そして。
異世界初のキャバクラを作ること。
その夢を考えると。
簡単に雇われるわけにはいかなかった。
バルドはそんな俺を見て笑う。
「すぐ答えなくていい。」
「……。」
「だが君は面白い。」
そう言って立ち上がった。
「また話そう。」
その言葉を残し、部屋を出て行く。
扉が閉まる。
静寂が戻る。
俺はゆっくり息を吐いた。
どうやら思っていたよりずっと早く。
この異世界での商売が動き始めたらしい。
そして。
この出会いが後に俺の人生を大きく変えることになる。
敵としてか。
味方としてか。
それはまだ誰にも分からなかった。
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