第10話 酒商会の男
初めての執筆で読みにくいところもあると思いますが楽しんで読んで頂けましたらうれしいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
ルミナスの夜は遅い。
城門が閉まった後も、酒場の灯りは消えない。冒険者たちは依頼の成功を祝い、商人たちは取引の成立に乾杯し、職人たちは一日の疲れを酒で流す。
そして、その夜の経済を陰から支えている者たちがいた。
酒商人である。
ルミナスには大小合わせて十数の酒商が存在するが、その頂点に君臨するのがバルド酒商会だった。
街の酒流通のおよそ四割を握る巨大商会。
エール、ワイン、果実酒、蒸留酒。
ありとあらゆる酒を扱い、王都とも繋がりを持つ。
その本部は中央区画の一等地にあった。
豪華な石造りの建物。
広い中庭。
専用倉庫。
そして商会長室。
そこに一人の男が座っていた。
バルド・グランツ。
五十二歳。
バルド酒商会会長。
太っているわけではない。
むしろ引き締まっている。
若い頃から商売だけでなく護身術も学んできた男だった。
鋭い目。
短く整えられた髭。
そして何より、金の匂いに敏感な嗅覚を持つ。
成功する商人に共通する資質だ。
「もう一度言え。」
低い声でバルドが言った。
その前には若い部下が立っている。
「は、はい。」
部下は少し緊張した様子だった。
「金獅子亭で見たこともない酒が販売されたそうです。」
「見たこともない酒?」
「はい。」
バルドは眉をひそめた。
酒商人として生きて三十年以上。
王都にも行った。
貴族の晩餐会にも出た。
外国の酒も扱った。
だが見たこともない酒など聞いたことがない。
「どんな酒だ。」
「それが……。」
部下は困った顔になる。
「分からないそうです。」
「分からない?」
「飲んだ者の話では、冷たく、香りが良く、非常に飲みやすいとのことです。」
バルドは黙った。
冷たい。
その単語が引っ掛かる。
この世界で氷は高級品だ。
夏場に酒を冷やして飲むなど、一部の大貴族しかできない。
それを酒場で提供した?
「値段は?」
「通常のエールの五倍。」
「売れたのか?」
「十杯限定で完売したそうです。」
部屋が静かになった。
バルドは椅子にもたれかかる。
五倍。
普通なら誰も買わない。
それでも完売。
つまり客は価値を感じた。
これは重要だった。
非常に重要だった。
◇◇◇
「誰が作った。」
「分かりません。」
「金獅子亭のマルクか?」
「それも不明です。」
バルドは机を指で叩く。
トントン。
トントン。
考える時の癖だった。
商売人は数字を見る。
だが本当に優秀な商売人は数字の裏を見る。
なぜ売れたのか。
なぜ客が集まったのか。
なぜ話題になったのか。
そこを見る。
そして今回。
一番おかしいのは味ではない。
限定十杯という販売方法だった。
「面白いな。」
バルドが呟く。
部下が顔を上げる。
「面白い……ですか?」
「ああ。」
バルドは笑った。
「その酒を作った奴は商売を知っている。」
「と言いますと?」
「普通なら大量に売る。」
部下は頷く。
確かにそうだ。
売れるなら多く売る。
誰でもそう考える。
「だがそいつは違う。」
バルドは続けた。
「最初から限定にした。」
「はい。」
「つまり味だけでなく、話題も売った。」
部下は目を丸くする。
そこまで考えていなかったのだろう。
だがバルドには分かる。
酒を売るだけなら職人でもできる。
商売を作るのは商人だけだ。
◇◇◇
その頃。
俺はギルドの部屋で寝ていた。
もちろんそんなことは知らない。
バルド酒商会。
ルミナス最大の酒商。
現時点では名前すら知らない。
だから気楽なものだった。
「金増えたなぁ。」
ベッドの上で銀貨を眺める。
銀貨三枚。
前世なら大した額ではない。
だが異世界では違う。
俺にとって初めて稼いだ金だ。
しかも酒で。
「いいスタートだ。」
思わず笑う。
キャバクラ経営。
歓楽街経営。
そんな大きな夢を語るにはまだ早い。
今はただの冒険者だ。
宿も借り物。
服も安物。
店なんて影も形もない。
だが。
確実に前進している。
その感覚があった。
◇◇◇
翌朝。
俺はいつもより早く目を覚ました。
窓の外では商人たちが店を開き始めている。
今日も市場は動く。
人は金を使う。
酒を飲む。
そして俺はそれを見る。
「さて。」
身支度を整えながら考える。
次に何をするべきか。
ビールは成功した。
だがあれだけでは弱い。
商品は一つではいけない。
酒だけではいけない。
前世のキャバクラでもそうだった。
人気店は必ず複数の武器を持つ。
酒。
接客。
空間。
イベント。
女の子。
全部が揃って初めて強い。
そして。
俺の頭の中には既に次の一手が浮かんでいた。
「ハイボール。」
思わず呟く。
この世界にはウイスキー文化がない。
炭酸文化もない。
つまり。
ハイボールも存在しない。
もし成功すれば。
ビール以上の衝撃になるかもしれない。
◇◇◇
その時。
部屋の扉が叩かれた。
コンコン。
朝早い。
誰だろう。
「はい。」
扉を開ける。
すると。
そこにはリリアが立っていた。
「レン。」
少し息を切らしている。
走ってきたらしい。
「どうした?」
「ギルドに来て。」
「ギルド?」
「今すぐ。」
表情が真剣だった。
俺は少し違和感を覚える。
いつもの明るいリリアではない。
何かあった。
そう直感した。
「分かった。」
俺は急いで支度を整える。
そしてまだ知らない。
この日。
俺はルミナス最大の酒商会と初めて接触することになる。
それが商売仲間になるのか。
それとも敵になるのか。
まだ誰にも分からなかった。
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