【第八話】王都
門をくぐった瞬間。
世界が、変わった。
「……なんだよこれ」
思わず、声が漏れる。
広い。
とにかく広い。
視界いっぱいに広がる街並み。
石造りの建物が並び、人の流れが絶えない。
声、足音、呼び込み、怒鳴り声。
すべてが重なって、ひとつの音になっている。
「うるせぇだろ」
ロッジーニが笑う。
「……うるさいっていうか、重い」
ハルは眉をひそめた。
人が多いだけじゃない。
空気が違う。
濃い。
何かが、満ちている。
「……魔力、多い」
リーフィアがぽつりと呟く。
やっぱりか、と思う。
この街は、さっきの場所とは違う。
明らかに“密度”がある。
「まあ王都だからな。人も魔力も集まる」
「それ、いいことなのか?」
「さあな」
ロッジーニは肩をすくめる。
「だから揉め事も多い」
「納得だわ」
歩き出す。
人の波に飲まれそうになる。
すれ違う人間の視線が、時折こちらに向く。
見慣れない顔。
見慣れない服。
仕方ない。
「……疲れるなこれ」
「慣れろ」
「無茶言うな」
そのとき。
「どけどけぇ!」
大声が響いた。
横から、荷馬車が突っ込んでくる。
「うおっ!?」
慌てて避ける。
すれすれで通り過ぎる車輪。
「危ねぇな!」
「ここじゃ普通だ」
「普通で済ませんなよ!」
ため息を吐く。
その横で。
リーフィアは、少しだけ周囲を見ていた。
「……落ち着かない?」
「……うん」
小さく頷く。
「……人、多いの苦手」
「分かる」
思わず同意する。
この空気は、慣れない。
そのとき。
「止まれ」
ロッジーニが言った。
目の前に、一軒の店。
古びた看板。
武器屋、と書かれている。
「ここだ」
「……武器屋?」
「そうだ」
扉を押して入る。
中は薄暗かった。
壁一面に並ぶ武器。
剣、槍、弓。
どれも使い込まれている。
「おい、いるか」
ロッジーニが声をかける。
少しして。
奥から、重い足音が聞こえてきた。
現れたのは、一人の男。
背が高く、がっしりした体格。
右肩に大きな傷跡。
目つきが鋭い。
そして——
とにかく、怖い。
「……なんだ」
低い声。
空気が、一瞬で張り詰める。
「久しぶりだな、ドリュー」
ロッジーニが軽く手を上げる。
「……ロッジか」
ドリューと呼ばれた男は、ゆっくりと頷く。
「また厄介事か」
「まあな」
短いやり取り。
だが、その間にある空気は軽くない。
ハルは少しだけ息を呑んだ。
「……そいつらか」
ドリューの視線が、こちらに向く。
鋭い。
見られているだけで、何かを見透かされるような感覚。
「……ああ」
ロッジーニが頷く。
「で、今日は何しに来た」
「ちょっとな」
ロッジーニはちらりとハルを見る。
「“変なの”拾った」
「……そうか」
ドリューの目が、少しだけ細くなる。
「見せろ」
短い一言。
圧があった。
ハルは一瞬迷ってから。
鍵を取り出す。
その瞬間。
ドリューの動きが、止まった。
「……それは」
低い声。
今までとは違う。
明らかに、反応している。
「なんか知ってんのか?」
ハルが聞く。
ドリューはしばらく黙って。
「……触るな」
「いやもう触ってるって」
「そういう意味じゃねぇ」
視線が、鍵に固定されている。
「……それ、ここに持ち込んだのか」
「悪いか?」
「……悪いな」
はっきりと言った。
店の空気が、一気に重くなる。
「……何がだよ」
「……ここは王都だ」
ドリューが言う。
「余計なもんは、すぐに目をつけられる」
その言葉に。
ハルの頭に、さっきの男がよぎる。
「……もう遅いかもしれねぇがな」
ロッジーニが苦笑する。
「……ああ」
ドリューも頷く。
そして。
「……来るぞ」
小さく、呟いた。
「何がだよ」
ハルが問い返す。
ドリューは、鍵を見たまま。
「面倒な連中だ」
短く、答えた。
その言葉の意味を。
このとき、まだ誰も理解していなかった。




