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【第六話】風の道

 

 まだ空が白み始めたばかりの時間。


 孤児院の前には、すでに人影があった。


「遅ぇぞハル!」


 ムス・ロッジーニが、腕を組んで立っている。


「まだ朝だろ……」


「だからだ。朝の方が風がいい」


「風で動くのかよ」


「半分な」


 よく分からない理屈だった。


 荷物はほとんどない。


 最低限のものだけ。


 それでも、いつもより少しだけ重く感じた。


 視線を向ける。


 孤児院の子供たちが、少し離れたところに集まっていた。


「おいハル!帰ってこいよ!」


「次は負けねぇからな!」


「絶対だぞー!」


 口々に叫んでくる。


 その中で。


「……絶対勝つ」


 ピピンが、真剣な顔で言った。


「その前に速くなれよ」


「うるせぇ!」


 でも、その顔は少しだけ笑っていた。


 ロッジーニが大きく手を振る。


「行ってくるぞお前ら!勝手に大きくなっとけ!」


「雑すぎるだろ別れ!」


「細けぇこと気にすんな!」


 笑いながら言う。


 そのまま、ハルの肩を掴んで。


「よし、飛ぶぞ」


「は?」


「行く手段それしかねぇだろ」


「いや聞いてねぇよ!?」


 次の瞬間。


 地面が遠ざかった。


「うおおおおおおお!?」


 空だ。


 また空だった。


 ロッジーニに掴まれたまま、一気に高度を上げる。


 風が強い。


 視界が一気に開ける。


「ちょっとは慣れろ!」


「無理だろこんなの!?」


 横を見る。


 リーフィアは、何事もないように浮かんでいた。


「……普通に飛べんのかよ」


「……うん」


 短く答える。


「……慣れれば大丈夫」


「慣れねぇよ」


 風が顔を打つ。


 でも。


 怖さよりも、少しだけ——


「……すげぇな」


 そんな感情が、勝っていた。


 見たことのない景色。


 地上が遠く、小さくなる。


 森も、川も、すべてが一望できる。


「王都まで半日ってとこだな!」


 ロッジーニが叫ぶ。


「遠くねぇかそれ!?」


「空なら近い!」


「基準が分かんねぇ!」


 叫びながらも。


 少しずつ、慣れていく。


 風の流れ。


 高度の感覚。


 身体のバランス。


 そのときだった。


「……止まって」


 リーフィアの声。


 珍しく、少しだけ強い。


 ロッジーニがすぐに反応する。


「どうした」


「……下」


 視線を落とす。


 森の中。


 木々が揺れている。


 何かがいる。


「……魔物か」


 ロッジーニが呟く。


「様子がおかしいな」


「おかしいって?」


「普通はあんな動きしねぇ」


 確かに。


 暴れるように、無秩序に動いている。


 逃げているようにも見えるし、追われているようにも見える。


「……さっきと同じ」


 リーフィアが言う。


「……流れ、変」


 空気が、少しだけ重くなる。


 ハルの胸の奥がざわつく。


 ポケットの中の鍵が、微かに冷たくなる。


 ——カチッ。


 音がした気がした。


「……行くぞ」


 ロッジーニが降下する。


 森の中へ。


 地面に近づくにつれて、異様さがはっきりしてくる。


 魔物が数体。


 だが——


 目が、明らかにおかしい。


 焦点が合っていない。


 ただ暴れているだけだ。


「……暴走してやがるな」


 ロッジーニが舌打ちする。


「下がってろ」


「いや、俺も行く」


 自然と、そう言っていた。


 ロッジーニが一瞬だけこちらを見る。


 そして、ニヤッと笑う。


「いい度胸だ」


 地面に降りる。


 魔物がこちらに気づく。


 低い唸り声。


 そして、一斉に飛びかかってくる。


「っ!」


 速い。


 だが、読めない動きじゃない。


 ハルは横に避ける。


 その瞬間。


 また、あの感覚。


 “流れ”が見える。


 歪んだ、暴れた流れ。


「……これか」


 鍵を取り出す。


 魔物が再び突っ込んでくる。


 距離が近い。


 タイミングを合わせる。


 ——カチッ。


 鍵を、振る。


 次の瞬間。


 魔物の動きが、止まる。


「……は?」


 そのまま、力が抜けたように崩れ落ちる。


 もう一体。


 同じように迫る。


 同じように、振る。


 止まる。


「……できる」


 さっきよりも、はっきりしていた。


 感覚が掴めてきている。


 暴れている“何か”を。


 止めるだけ。


 それだけでいい。


 最後の一体。


 飛びかかってくる。


 踏み込む。


 鍵を、突き出す。


 ——カチッ。


 完全に止まる。


 そのまま、静かに倒れる。


 森が、一気に静かになる。


「……やるじゃねぇか」


 ロッジーニの声。


 いつの間にか、他の魔物はすべて片付いていた。


「……今の」


 リーフィアが、少しだけ近づいてくる。


 視線が、鍵に向く。


「……前より、はっきりしてる」


「……そんな気はする」


 自分でも分かる。


 さっきよりも、迷いがなかった。


「……慣れてきてる」


 リーフィアが言う。


 その声は、ほんの少しだけ明るかった。


「いい傾向だな」


 ロッジーニが頷く。


「だが、調子乗んなよ」


「分かってる」


「それ、扱い間違えりゃ洒落にならねぇからな」


 真面目な声だった。


 ハルは鍵を見て。


「……ああ」


 小さく頷く。


 さっきの感覚。


 あれがもっと大きくなったら。


 何が起きるのか。


 まだ分からない。


 でも。


 確実に言えることがある。


 これは——


 “普通じゃない”。


 ロッジーニが空を見上げる。


「行くぞ。寄り道してる暇はねぇ」


「もう寄り道してるだろ」


「細けぇことはいい」


 再び空へ。


 森が遠ざかる。


 風が戻る。


 王都へ向かう道。


 まだ見えない目的地。


 でも。


 確実に、近づいている。


 何かに。

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