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【第五話】出発前夜

 夜。


 孤児院は、いつもより静かだった。


 昼間はあれだけ騒いでいた子供たちも、今はそれぞれの寝床で眠っている。


 風の音と、遠くで鳴る虫の声。


 それだけが、やけに大きく聞こえた。


「……明日、出るんだよな」


 ぽつりと呟く。


 答えるやつはいない。


 分かっていることを、確認しただけだ。


 ハルは一人、外に出ていた。


 崖の縁に立つ。


 夜空が、やけに近い。


「……ほんとに来たんだな、異世界」


 今さら実感が湧く。


 ここに来て、まだ数日。


 なのに。


 もう元の場所が、少し遠く感じる。


 ポケットに手を入れる。


 鍵の感触。


 冷たいはずなのに、不思議と落ち着く。


 ——カチッ。


 小さな音がした気がした。


「……なんだよ」


 答えはない。


 ただ、静かなだけだ。


「……ここにいたいのか?」


 ふと、そんな言葉が口から出た。


 誰に言ってるのか、自分でも分からない。


 そのとき。


「……ここにいるの?」


 後ろから、静かな声。


 振り返る。


 リーフィアが立っていた。


 夜の中で、白い髪がやけに目立つ。


「……なんだよ」


「……別に」


 ゆっくりと近づいてくる。


 足音はほとんどしない。


 ハルの隣に立って、同じように崖の先を見る。


 しばらく、何も言わない時間が流れる。


 風の音だけが、二人の間を通り抜ける。


「……明日、行くんだよね」


「まあな」


「……そう」


 短い返事。


 でも、その声は少しだけ小さかった。


「お前、なんで来るって言ったんだよ」


 ハルが聞く。


 リーフィアは少しだけ考えて。


「……分からない」


「分からないのに来るのかよ」


「……うん」


 あっさりと頷く。


「……でも」


 少しだけ間を置いて。


「……あれ、放っておけないから」


 視線が、鍵に向く。


「……怖い?」


「……うん」


 迷いなく答える。


「……壊れるの、見たことあるから」


「……それって」


 聞き返そうとして、やめる。


 踏み込んでいい話じゃない気がした。


 リーフィアはそのまま続ける。


「……止められなかった」


 小さな声。


 風に消えそうなくらい。


「……だから」


 ほんの少しだけ、こちらを見る。


「……今度は、止めたい」


 その言葉は、はっきりしていた。


 ハルは少しだけ黙って。


「……じゃあさ」


 軽く肩をすくめる。


「一緒に止めるか」


 言葉にしたあと、自分でも少し驚いた。


 でも。


 不思議と、しっくりきた。


 リーフィアは、ほんの一瞬だけ目を見開いて。


 それから。


「……うん」


 小さく、頷いた。


 その声は。


 ほんの少しだけ、柔らかかった。


 また沈黙。


 でも、さっきとは違う。


 少しだけ、居心地がいい。


「……お前、あんまり喋んねぇな」


「……必要ないから」


「いや、もうちょい喋れよ」


「……努力する」


「できんのかそれ」


「……たぶん」


 少しだけ、間があって。


「……無理かも」


「だろうな」


 思わず笑う。


 リーフィアは、ほんの少しだけ首を傾げた。


「……今の、面白い?」


「いや、別に」


「……そう」


 会話が、少しだけズレている。


 でも、それが妙に自然だった。


 そのとき。


「おーい!こんなとこにいたか!」


 遠くから声。


 ロッジーニだった。


 大きな足音を立てながら近づいてくる。


「こんな夜に二人で黄昏てるとはなぁ!青春か!」


「違ぇよ」


「……違う」


 ほぼ同時に否定した。


 ロッジーニは大笑いする。


「いいじゃねぇか!若いってのはそういうもんだ!」


「だから違うって」


「まあいい。明日早いぞ、さっさと寝ろ」


「分かってるよ」


 ロッジーニは満足そうに頷いて、そのまま戻っていく。


 その背中を見送りながら。


「……寝るか」


「……うん」


 二人で歩き出す。


 孤児院の明かりが、少しずつ近づく。


 この場所とも、もうすぐ別れだ。


 寂しいかと聞かれたら。


 正直、よく分からない。


 でも。


「……また来るかもな」


 ふと、そんな言葉が出た。


「……うん」


 リーフィアが、少しだけ頷く。


「……その時は」


 言葉を探して、少しだけ止まる。


「……もう少し、喋れるようにする」


「期待しとくわ」


 軽く返す。


 扉を開ける。


 暖かい空気が流れ出る。


 それを一歩踏み越えて。


 ハルは、少しだけ振り返った。


 夜の空。


 崖の上の村。


 短い時間だった。


 でも。


 確かに、何かがあった。


 それだけで、十分だった。


 ——明日から、外に出る。


 何が待っているのかは、分からない。


 でも。


 もう、退屈はない。

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