【第四話】外へ
夕方。
孤児院の前に、重たい空気が流れていた。
いつもなら、子供たちの声が響いている時間帯。
なのに今は、妙に静かだった。
「……全員無事か」
低い声。
振り向くと、ムス・ロッジーニが立っていた。
いつもの笑顔はない。
真剣な顔だった。
「さっきの件だがな」
ゆっくりと、ハルの方を見る。
「お前、あれ……どうやって止めた」
誤魔化せる空気じゃなかった。
ハルはポケットに手を入れて、鍵を取り出す。
「……これ使った」
ロッジーニの視線が、鍵に落ちる。
その瞬間。
空気が変わった。
「……なるほどな」
短く、呟く。
少しだけ、目を細める。
「見せてみろ」
手を差し出される。
ハルは一瞬迷ってから、鍵を渡した。
ロッジーニは受け取って、軽く振る。
——何も起きない。
「……やっぱりか」
小さく息を吐く。
「どういうことだよ」
「俺じゃ反応しねぇってことだ」
鍵を返しながら言う。
「……お前だけだな、それ使えてんのは」
「なんでだよ」
「知らん」
即答だった。
「だが、ろくでもねぇもんだってのは分かる」
ロッジーニの目が、少しだけ鋭くなる。
「さっきのは、“魔力の暴走”だ」
「暴走?」
「この世界じゃたまにある。だがな——」
少しだけ間を置く。
「普通は、あんな規模じゃ済まねぇ」
ハルは黙って聞いていた。
「人一人で止められるもんじゃない。
下手すりゃ村一つ消える」
「……じゃあなんで止まった」
「お前が止めたからだろうが」
当たり前のように言う。
でも。
「……そんな簡単に言うなよ」
実感がなかった。
ただ触れて、止まっただけだ。
「簡単じゃねぇよ」
ロッジーニは低く言う。
「だから問題なんだ」
視線が、鍵に向く。
「その鍵……“普通じゃねぇ”」
「それは分かるって」
「分かってねぇな」
はっきり言い切る。
「普通じゃねぇってのは、“存在しちゃいけねぇ側”だ」
空気が、少しだけ冷えた。
「……大げさすぎねぇか」
「大げさで済めばいいがな」
ロッジーニは頭をかきながら、空を見上げる。
風が強く吹く。
「……このままここに置いとくのは危険だな」
「は?」
「王都に行くぞ」
あまりにも唐突だった。
「いや待て、なんでそうなる」
「決まってんだろ」
ロッジーニはニヤッと笑う。
さっきまでの重さが、少しだけ消える。
「分かんねぇもんは、分かるやつに聞く」
「それだけかよ」
「それだけだ」
シンプルすぎる答えだった。
だが、妙に納得もした。
「……王都って、どんなとこなんだ」
「でけぇぞ。人も多いし、めんどくせぇやつも多い」
「雑すぎだろ説明」
「行きゃ分かる」
笑いながら言う。
そのとき。
「……王都、行くの」
静かな声。
リーフィアが、いつの間にか近くに立っていた。
「おう。ちょっと野暮用だ」
「……そう」
小さく頷く。
少しだけ、間が空いて。
「……わたしも、行く」
「お前もか?」
「……うん」
視線が、鍵に向く。
「……それ、放っておけない」
その言葉は、強かった。
ロッジーニは少しだけ考えてから、笑う。
「いいだろ。来い」
「……ありがとう」
小さな声。
でも、はっきりしていた。
ハルはその様子を見て、少しだけ肩をすくめる。
「なんか話進んでるけど、俺の意見は?」
「決まってんだろ」
ロッジーニが振り向く。
「お前は来る側だ」
「強制かよ」
「安心しろ、悪いようにはしねぇ」
「信用できるかよ」
「できねぇなら置いてくぞ」
「それは困る」
即答だった。
ロッジーニが笑う。
「だろうな」
風が吹く。
崖の上の村。
見慣れ始めた景色。
でも——
ここに長くいる気は、もうなかった。
鍵を握る。
あの感覚が、微かに残る。
これが何なのか。
なぜ自分なのか。
まだ、何も分からない。
でも。
「……行くしかねぇか」
小さく呟く。
リーフィアが、少しだけこちらを見る。
目が合う。
すぐに逸らされる。
でも、その一瞬で。
ほんの少しだけ、距離が近くなった気がした。
こうして。
瀬戸ハルの“最初の外”が決まった。
それがどこへ繋がるのかは、まだ誰も知らない。




