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【第三話】静かな異変

 朝食は、思っていたよりも賑やかだった。


 長い木のテーブルに並ぶ料理。

 パンとスープ、焼いた肉。どれも素朴だが、やけにうまい。


「もっと食えハル!遠慮すんな!」


 ロッジーニが豪快に笑いながら皿を押しつけてくる。


「いや、もう十分だって……」


「足りねぇ足りねぇ!落ちてきた分取り戻せ!」


「そんな理屈あるかよ」


 呆れながらも、口に運ぶ。


 周りでは子供たちが騒いでいた。


「おいピピン!もう一回やれよ!」


「やらねぇよ!あんなの反則だろ!」


 昨日のデコピンが相当効いたらしい。

 ピピンはまだ額を押さえながらこちらを睨んでいる。


「お前、なんかズルしてただろ!」


「してねぇよ」


「絶対してた!」


「してねぇって」


 言い合いになりかけたところで——


「……やめた方がいい」


 小さな声が、割り込んだ。


 視線が、一斉に向く。


 テーブルの端。


 白髪の少女——リーフィアが、静かに座っていた。


 相変わらず、表情は薄い。


 でも、どこか空気が違う。


「……なんでだよ」


 ピピンが食い下がる。


 リーフィアは少しだけ視線を落として。


「……たぶん、また壊れる」


「は?」


「……あなたが」


 淡々とした声。


 でも、それ以上何も言わない。


 ピピンは口を開いたまま固まって、やがて不満そうに顔を背けた。


「……なんだよそれ」


 納得していない顔だったが、それ以上は言わなかった。


 リーフィアは何事もなかったかのように、スープに口をつける。


 ハルは、その様子を少しだけ見ていた。


「……お前」


 声をかける。


 リーフィアはゆっくり顔を上げた。


「……なに」


「昨日のやつ。あれ、何か知ってんのか」


 一瞬だけ、間が空く。


 ほんのわずかに、目が揺れた。


「……少しだけ」


「少しってなんだよ」


「……全部は分からない」


 短い返答。


 それ以上話す気はなさそうだった。


 でも。


「……でも」


 続いた言葉は、少しだけ違った。


「……それ、普通じゃない」


「それは分かる」


「……うん」


 小さく頷く。


「……だから、近づかない方がいい」


「誰が?」


「……みんな」


 静かな声。


 まるで、自分に言い聞かせているみたいだった。


 ハルは少しだけ考えて。


「……お前は?」


 問いかける。


 リーフィアは、一瞬だけ言葉を止めた。


 そして。


「……わたしは、もう遅いから」


 そう言って、視線を逸らした。


 それ以上、何も聞けなかった。




 昼過ぎ。


 ハルは一人で外に出ていた。


 崖の上の村。


 風が強く、遠くまで見渡せる。


 空を飛ぶ人影もちらほら見える。


「……ほんとに異世界なんだな」


 改めて実感する。


 ポケットに手を入れる。


 あの鍵。


 触れるだけで、あの感覚が蘇る気がした。


 ——カチッ。


 気のせいか、音がした。


「……?」


 顔を上げる。


 違和感。


 空気が、少しだけ重い。


 風の流れが、変わっている。


「……なんだ?」


 そのとき。


 遠くで、悲鳴が上がった。


「……っ!」


 反射的に走る。


 声の方向へ。


 崖の少し下。


 木々の間で、子供が一人倒れていた。


「おい!」


 駆け寄る。


 息はある。


 だが——


「……なんだこれ」


 身体の周りの空気が、歪んでいる。


 見えない何かが、渦を巻いている。


 さっき感じた“流れ”が、明らかにおかしい。


 そのとき。


「……触らないで」


 後ろから声。


 振り返ると、リーフィアが立っていた。


「……それ、危ない」


「見りゃ分かる。でも放っとけねぇだろ」


「……触ったら、巻き込まれる」


「だったらどうすんだよ」


 リーフィアは少しだけ黙って。


「……待つ」


「待ってたら死ぬだろ」


 ハルは舌打ちして、手を伸ばした。


「やめて——」


 制止の声。


 だが、止まらなかった。


 触れた。


 ——ドクン。


 心臓が、大きく鳴る。


 同時に。


 “見えた”。


 歪んだ流れ。


 暴れている何か。


 それが、子供を中心に渦を巻いている。


「……これ、か」


 分からない。


 でも。


 直感だけで動いた。


 ポケットから鍵を取り出す。


「……それ」


 リーフィアの声が、少しだけ強くなる。


 ハルは構わず、鍵を近づけた。


 ——カチッ。


 音が、鳴った。


 次の瞬間。


 渦が、止まる。


「……え」


 リーフィアの声が、わずかに揺れた。


 暴れていた“流れ”が、一瞬で静まる。


 まるで、最初からなかったかのように。


 子供の呼吸が、安定する。


「……おい、大丈夫か」


 肩を揺する。


 ゆっくりと、目が開いた。


「……あれ……?」


「よかったな、生きてる」


 安堵の息を吐く。


 その横で。


 リーフィアが、動かずに立っていた。


「……なんだよ」


 声をかける。


 彼女はゆっくりと、こちらを見る。


 その瞳は——


 はっきりと、揺れていた。


「……止めた」


「……みたいだな」


「……そんなこと、できるの……」


 初めてだった。


 リーフィアの声に、はっきりとした感情が混じっていたのは。


「……知らねぇよ。勝手にできただけだ」


 鍵を見る。


 何も変わっていない。


 ただの鍵にしか見えない。


 でも。


「……それ」


 リーフィアが一歩、近づく。


 ほんの少しだけ、距離が縮まる。


「……それは」


 言葉を探すように、間が空く。


「……終わらせるもの」


 小さな声。


 でも、はっきりしていた。


「終わらせる?」


「……うん」


 視線が、鍵に落ちる。


「……だから、怖い」


 そのまま。


 ぽつりと。


「……でも」


 少しだけ、顔を上げる。


 ハルを見る。


「……あなたが持ってるなら」


 迷いながらも。


 確かに言った。


「……少しだけ、大丈夫な気がする」


 風が吹く。


 崖の上の村に、いつもの空気が戻る。


 でも。


 何かが、確実に変わっていた。


 ハルの手の中の鍵。


 それはただの道具じゃない。


 “何かを終わらせるもの”。


 その意味を、まだ誰も知らない。


 ただ一つ。


 確かなことがある。


 この力は——


 使い方を間違えれば、すべてを壊す。


 そして。


 正しく使えば。


 何かを、守れるかもしれない。

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