【第二話】デコピン一発
朝、目が覚めた瞬間。
「……知らねぇ天井だな」
思わず、そんなことを呟いた。
木の梁が剥き出しの天井。
軋むような音と、どこか暖かい匂い。
昨日の出来事が、一気に蘇る。
「……夢じゃねぇのかよ」
起き上がると、身体が少し痛んだ。
あの落下のせいだろう。
部屋の外から、賑やかな声が聞こえてくる。
子供の声だ。
ドタバタと走る音、笑い声。
ゆっくりと扉を開けると——
「お、起きたか!」
いきなり大声が飛んできた。
振り向くと、昨日の男。
ムス・ロッジーニが、豪快に笑っていた。
「まあ寝てりゃそのうち起きると思ってたがな!」
「……あんた、朝からうるせぇな」
「元気でいいだろうが!」
ロッジーニは気にした様子もなく、肩を叩いてくる。
思ったより力が強くて、少しよろけた。
「ここは……?」
「俺のとこだ。孤児院みたいなもんだな」
視線を向けると、広い部屋の中に何人もの子供たちがいた。
年齢もバラバラ。
走り回っているやつもいれば、じっとこちらを見ているやつもいる。
「……ずいぶん賑やかだな」
「静かなのは性に合わねぇんでな」
ロッジーニは笑う。
そのとき。
「おい、お前!」
後ろから声。
振り返ると、小柄な少年が立っていた。
年の頃は十三くらいか。
妙に睨んでくる。
「……なんだよ」
「昨日、ロッジに助けられたやつだろ」
「まあ、そうだな」
「……気に入らねぇ」
「は?」
いきなりだった。
少年は一歩前に出て、腕を組む。
「俺の方が先に強くなる予定だったのに、お前が来たせいでなんか狂った」
「知らねぇよそんな予定」
「うるせぇ!とにかく勝負しろ!」
完全に理不尽だった。
ロッジーニが後ろで腹を抱えて笑っている。
「いいじゃねぇかハル!軽く相手してやれ!」
「なんでだよ……」
ため息を吐きながらも、ハルは前に出た。
「名前は?」
「ピピンだ!」
「はいはいピピン。で、何すんの」
「決まってんだろ、戦うんだよ!」
そう言って、ピピンは拳を構えた。
……構えは悪くない。
ただ。
「……それ、本気で言ってんのか」
「当たり前だろ!」
突っ込んできた。
勢いだけはいい。
だが——
「遅い」
軽く避ける。
そのまま、額に指を当てて。
——弾く。
パチン。
「いっっってぇぇぇ!?」
乾いた音と共に、ピピンが吹っ飛んだ。
床を転がりながら、頭を押さえて悶絶している。
「……え?」
周りの子供たちも、ぽかんとしていた。
ロッジーニだけが、大笑いしている。
「ははははは!いいぞハル!容赦ねぇな!」
「いや……そんなつもりじゃ」
「てめぇぇぇ!!」
ピピンが涙目で立ち上がる。
「今のはノーカンだ!もう一回!」
「いやもういいだろ」
「よくねぇ!」
再び突っ込んでくる。
同じ動き。
同じ勢い。
「だから遅いって——」
再び避けて、同じように指を当てる。
——その瞬間。
“カチッ”と。
あの音が、頭の奥で鳴った。
「……?」
違和感。
ほんの一瞬だけ。
周囲の空気が、ズレた気がした。
そして。
パチン。
「いってぇぇぇぇ!!?」
さっきよりも大きく吹っ飛んだ。
壁にぶつかって、ずるずると崩れ落ちる。
「……今の」
自分でも分からなかった。
ただのデコピンのはずなのに。
妙に、軽かった。
「おーおー、やりすぎんなよ」
ロッジーニが笑いながら近づいてくる。
ピピンは完全に伸びていた。
「……いや、今の俺もよく分かってねぇ」
「そうか?俺には“なんかやった”ように見えたがな」
ロッジーニの目が、少しだけ鋭くなる。
一瞬だけ。
ハルの右手に視線が向いた。
——鍵。
ポケットの中にあるはずなのに。
なぜか、存在を見抜かれている気がした。
「……まあいい」
ロッジーニはすぐにいつもの調子に戻る。
「飯にするぞ!腹減ってんだろ!」
「……ああ」
考えても分からない。
でも。
確実に、何かが起きている。
あの鍵と関係しているのか。
まだ、分からない。
ただ——
少しだけ。
この場所が、嫌じゃなかった。
「……ピピン」
「ぐぅ……」
「またやるなら、もうちょい速くしろよ」
「覚えてろぉぉ……!」
涙目で叫ぶピピンを見て。
少しだけ、笑った。
——たぶん、初めてだった。
この世界に来てから。
少しだけ、“楽しい”と思ったのは。




