【第二十六話】干渉
王都護衛隊本部、会議室。
机の上に広げられた地図には、いくつもの印が打たれていた。
すべて、消失が起きた場所だ。
「状況は悪い」
リッパーが短く言う。
無駄のない声だった。
「発生地点は散ってる。時間もバラバラだが、現象は全部同じ——削りだ」
「数も増えてる」
シャマリが腕を組む。
「西区の件で確定だな」
「ああ」
リッパーは頷く。
「単体じゃねぇ。複数いる」
ハルは地図を見る。
点が増えている。
しかも、広がっている。
「……あれが全部同じなら、普通にやばいだろ」
「普通じゃねぇからな」
リッパーが返す。
その一言で終わりだった。
バルザスが一歩前に出る。
机に一枚の紙を置いた。
「記録」
短い言葉。
リッパーがそれを広げる。
古い資料だ。
紙は黄ばんでいて、ところどころ擦れている。
「……どこから引っ張ってきた」
「保管庫」
「よく残ってたな」
「残ってたのがこれだけだ」
バルザスの答えは簡潔だった。
リッパーが目を通し、ゆっくりと読み上げる。
「——存在干渉実験」
聞き慣れない言葉だった。
「……干渉?」
ハルが眉をひそめる。
「何にだよ」
「存在そのものだ」
リッパーが答える。
さらっと言ったが、内容は重い。
「魔法じゃねぇ。魔力の延長でもねぇ。“在り方”に触れる研究だ」
「……いや、意味分かんねぇな」
「分からなくていい」
リッパーは紙を指で叩く。
「問題は結果だ」
ページの途中が、不自然に途切れている。
「記録が途中で消えてる」
「消えてる?」
「研究者、実験体、経過——全部だ」
ハルは一瞬言葉を失う。
消えた、という表現がそのまま当てはまる。
「……削られた、ってことか」
「可能性は高い」
静かに言う。
シャマリが小さく息を吐く。
「やっぱりか」
「何がだ」
ハルが振り向く。
「噂はあった」
シャマリが言う。
「ここ数年、貴族の一部が妙な研究してるってな」
「貴族?」
「アルルクァルト家だ」
リッパーがはっきりと言った。
ハルは眉をひそめる。
「……どこだそれ」
素直に聞く。
「知らねぇか」
「知らねぇよ」
「まあ普通はそうだな」
シャマリが肩をすくめる。
「表に出てくる連中じゃない。かなり閉鎖的だ」
バルザスが補足する。
「古い貴族だ。魔法に特化している」
「昔の戦争にも関わってる」
リッパーが続ける。
「表には出ねぇが、力はある」
ハルは小さく頷く。
名前だけでは実感は湧かない。
だが、今の話と繋がるなら——
「……無関係ってわけじゃなさそうだな」
「むしろ本命だ」
リッパーは言い切る。
迷いはない。
そのとき。
「……それ」
小さな声が落ちた。
リーフィアだった。
全員の視線が向く。
「……知ってる」
短い言葉。
だが重い。
「どこまでだ」
リッパーが問う。
リーフィアは少しだけ視線を落とし、
「……実験」
とだけ言った。
「……やってた」
それ以上は続けない。
だが、それで十分だった。
場の空気が変わる。
ハルは横を見る。
何も言えない。
ただ、繋がったと分かる。
この事件と、リーフィアの過去。
「……そうか」
リッパーはそれ以上追及しなかった。
短く頷くだけだった。
そして、立ち上がる。
「行くぞ」
「どこに」
ハルが聞く。
「アルルクァルト家だ」
即答だった。
シャマリが眉をひそめる。
「正面からか」
「回りくどいことしてる時間はねぇ」
リッパーは地図を指で叩く。
「広がってる。止めるなら元を叩くしかない」
合理的だ。
だが危険でもある。
「……いいのか、それ」
ハルが言う。
「よくはねぇ」
リッパーはあっさり認める。
「だが他に手はない」
ハルはリーフィアを見る。
彼女は小さく頷いた。
「……行く」
迷いはない。
「……だな」
ハルも頷く。
もう引き返せない。
鍵を握る。
冷たい感触。
だが、確かに繋がっている。
黒い男。
消える現象。
そして、この実験。
全部が同じ線の上にあった。
「……面倒な話だな」
ハルが呟く。
リッパーが軽く笑う。
「今さらだろ」
その通りだった。
王都は、もう普通じゃない。
そしてその中心に、ハルたちは踏み込もうとしていた。




