【第二十五話】本体
戦闘の余韻は、すぐに消えた。
西区の路地には、再び人が戻り始めている。
だが——完全には戻らない。
消えた者は、そのままだ。
「封鎖は終わりだ」
リッパーが言う。
「だが油断するな。同じことが別の場所で起きる」
周囲の隊員たちが動き出す。
痕跡の確認、住民の誘導、情報の整理。
手際がいい。
「……増えてるんだよな」
ハルが呟く。
「ああ」
シャマリが短く答える。
「さっきので確定だ。単体じゃない」
「分体、か」
「それもある」
リッパーが口を挟む。
「だが——」
少しだけ視線を上げる。
「“それだけ”じゃねぇ」
「どういう意味だ」
ハルが聞く。
リッパーは一瞬だけ考え、
「気配が違う」
そう言った。
「同じ力だが、密度が違う」
言葉は曖昧だが、ニュアンスは伝わる。
あの黒い男と、さっきの二体。
似ているが、同じではない。
「……本体がいるってことか」
「いる」
リーフィアが静かに言う。
はっきりと。
「……近い」
その一言で、空気が変わる。
「近い?」
ハルが振り向く。
「……どこだ」
「……分からない」
小さく首を振る。
「……でも、見てる」
背筋が冷える。
“見られている”感覚。
さっきの戦いとは違う。
もっと、深いところから。
「……気味悪ぃな」
ハルが呟く。
そのとき。
——カチッ。
鍵が鳴る。
勝手に。
「っ!」
ハルが反応する。
ポケットから取り出す。
微かに震えている。
「……反応してる」
「どっちだ」
リッパーが問う。
ハルは目を閉じる。
さっき感じた“流れ”を思い出す。
削られる前の歪み。
それを辿る。
「……上」
ゆっくりと顔を上げる。
王都の中心。
塔が見える。
「……あっちだ」
指差す。
リーフィアも同じ方向を見る。
「……うん」
頷く。
その瞬間。
風が止まる。
音が消える。
ほんの一瞬だけ、世界が静止したような感覚。
「——見つけた」
声。
直接、頭に響いた。
「っ!?」
ハルが目を見開く。
周囲を見渡す。
誰もいない。
だが、確実に聞こえた。
「……今の」
シャマリも反応している。
「聞こえたか」
「ああ」
リッパーの声が低くなる。
警戒。
完全に戦闘態勢。
再び、声が響く。
「形を保っている」
「それでいて、その力か」
カイの声だった。
だが——
姿はない。
「……どこだ」
ハルが言う。
答えはない。
ただ、言葉だけが落ちてくる。
「違うな」
「俺の時は、もっと歪んでいた」
空気がわずかに揺れる。
リーフィアが顔を上げる。
「……そこ」
だが、何もない。
姿は現れない。
見えないまま、話している。
「……ふざけんな」
ハルが歯を食いしばる。
「出てこいよ」
その言葉に、少しだけ間が空く。
そして——
「まだ早い」
静かな声。
「壊れすぎる」
あの時と同じ言葉。
だが、少し違う。
抑えているような。
「……何なんだよ、お前」
ハルが言う。
今度は、すぐに返ってきた。
「どこで踏み外したと思う?」
質問。
意味が分からない。
「は?」
「……答えろ」
「知らねぇよ」
苛立ちが混じる。
その瞬間。
空気がほんの少しだけ削れる。
警告のように。
「……そうか」
カイの声が、少しだけ低くなる。
「なら、まだだな」
そのまま、気配が遠のいていく。
完全に。
静寂が戻る。
「……なんだ今の」
ハルが息を吐く。
戦闘よりも、妙に疲れる。
「……会話してやがったな」
シャマリが言う。
「しかも姿見せずに」
「……本体だな」
リッパーが確信するように言う。
煙草をくわえる。
今度は火をつけた。
「完全に、別格だ」
短く言う。
ハルは鍵を見る。
まだ微かに震えている。
「……あいつ」
ぽつりと呟く。
「俺のこと、知ってるな」
「だろうな」
リッパーが煙を吐く。
「じゃなきゃ、あんな話し方はしねぇ」
ハルは少しだけ黙る。
さっきの言葉。
頭に残っている。
“俺の時は、もっと歪んでいた”
“どこで踏み外したと思う?”
意味は分からない。
だが——
「……気に入らねぇ」
小さく言う。
「なんか、見透かされてる感じがする」
「それが狙いだろ」
リッパーが言う。
「揺らしてくるタイプだ」
「……めんどくせぇな」
「だから強ぇんだよ」
軽く返される。
だが、その目は真剣だった。
王都の空気が変わっている。
見えない何かが、確実に広がっている。
そしてそれは——
ハルに向かってきていた。




